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泣いたまま寝たせいで目が腫れていた。テオは既におらず、アンはホッとした。どんな顔をして会えばいいのか分からなかった。
テレンスの子。既に世を去ってしまった。サリタはどれだけ恨んだだろう。
テオが排除するのは当然だった。闇に葬らなければならない真実。でも忘れられない。考えているとまた涙がこみ上げてくる。アンは涙を拭った。
その日は夜になってもテオの訪れは無かった。久しぶりに一人で夜を明かした。
その次の日も一人だった。静かな夜。アンは一人で窓を開けて夜空を眺めた。
テオから呼び出され、執務室へ。二日ぶりの彼は、相変わらずたくさんの奏上を捌いていた。
今日は宰相がいない。二人きりだった。
「落ちついたか?」
「はい…」
「ではこれを」
一枚の手紙を渡される。封を開けて中を見ると、テレンス派の死刑となった者たちのリストだった。アンは直ぐに折りたたんだ。
「把握しておいた方がいいだろう。サリタ嬢は焚き付けた張本人だが、子を喪ったのに配慮して、死罪とはせず軟禁に留めた」
「……………」
「言いたいことがあるなら言いなさい」
「いいえ。私が浅慮でございました。あのような理由があったのなら、仕方のないことかと」
「そんなにテレンスの子に未練があったのか」
「いいえ」
アンは拳を握った。
「そう見える。何故だ?」
「いいえ。失礼します」
「何を隠している」
アンは自分の腕を掴んだ。
「…ご報告するようなことは何も」
テオが立ち上がる。アンは一歩後ろに下がった。
「では質問を変えるが、何故君は、テレンスの王妃になれた。君の実家は子爵。王家に輿入れ出来るような格の出ではない。君は王妃になるために父からブルック侯爵の位を叙任されている。極めて異例だ」
「私も詳しくは…。私の父が外交で功を上げたとか…」
テオは近づいてアンに詰め寄った。
「君は嘘が下手だ」
腕を掴まれ、逃げられない。恐ろしいほどの間。アンは喉が震えて、答えられなかった。
陛下に許されて、部屋を出る。歩けずにその場に倒れ込む。侍女が慌てて助けに来てくれた。このまま気を失ってしまえたらどんなに良かったか。侍女に掴まりながら、なんとか歩き出す。どうしよう。でも自分が話さなければ、テオが知ることは無い。証拠は無い。調べても何も出ないはず。でも彼は、核心に迫ってきている。怖い。アンは追い詰められていた。
シュミット伯を庭に呼び寄せる。彼が姿を見せた途端、アンは耐えられずその胸に泣きながら抱きついた。
ハンカチを渡される。シュミット伯はやんわりとアンから離れた。
「王妃殿下、そのような姿を臣下に見せてはなりません」
シュミット伯はあくまでも王妃としてアンを扱った。アンの涙は止まらず、立ち尽くした。
「…陛下は、私を怪しんでおられます。私…もうどうすればいいのか…」
「……私からは、何も出来ません。隠し通すしか」
アンはハンカチを目に当てた。シュミット伯の言うことは最もだ。何も出来ない。でも、何かすがりたくて、こうしてシュミット伯を頼った。
彼は周囲を見回して、アンに顔を寄せた。
「早く子を宿すことです。跡継ぎを産んでしまえば、狂った歯車が戻り、全ては無かったことに」
「で、でも疑いは無くなりません」
「意味は無くなります。陛下が追求を止めるまで、かわすしかありません」
アンはうつむいた。全てをテオに明かせたら、どんなに楽か。
「もう王妃でいたくない…」
本音を吐露する。シュミット伯は頭を振ったが、最後は頷いた。
「私たちしか、もう知る者はいません。確かに、その方が楽かもしれませんな」
二人の間に沈黙が下りる。シュミット伯はそのまま、礼も取らずに去っていった。
疲労が溜まったせいか、熱を出した。熱に浮かされて、何か喋ってしまいそうで、誰も部屋に通さないようにお願いした。アンは眠りについた。
冷たいものが当てられる。目を開けると、テオがこちらを見ていた。昼間の追及など忘れているかのように優しい顔をしていた。
「…テオさま…」
「起こしたな。体調はどうだ」
「大丈夫です」
「嘘つきめ」テオが笑う。「辛そうな顔してる」
テオは首元にも濡れた布を当てた。心地よかった。
「目を閉じて。よく休みなさい」
アンはあらゆる感情を押し殺した。自ら打ち明けて、墓穴を掘るような真似だけはしたくなかった。
「…テオさまも。私より、お疲れでしょう。お休みください」
「君が眠ったら休む」
アンは目を閉じた。まぶたに唇の感触。それから頬、口にも落とされて、その優しさが怖かった。
数日後、シュミット伯が逮捕された。
アンはテオの元に。アンが来ることが予想されていたのだろう。テオは共にキストン塔に行こうと言った。
「伯も交えて三人で話そう」
塔へ向かう。彼はアンが閉じ込められていた部屋に投獄されていた。待遇の良さにホッとしつつ、テオが何を言い出すのかも恐ろしく、また、もう諦めもあった。
テオは小椅子に座った。二人にも座れという。おずおずと座った。
「私は短気でな。なかなか待っていられない。アン、君が答えなければシュミット伯を殺す」
突然のことにアンは思わず立ち上がった。病み上がりの体はそれだけでめまいを起こす。立っていられず座り込んだ。
シュミット伯は、四十を超えているが剣術に優れた人だった。今は両手足を鎖で繋がれている。テオがその気になったら、シュミット伯は何の抵抗も出来ずに殺されてしまう。彼は幾度もアンを助けてくれた。恩がある。この方を死なせるわけにはいかない。
「…陛下」シュミット伯だった。「妃殿下は気分が優れないご様子。代わりに私に発言させてください」
「貴殿は人質だ。王妃でなければ、私は信じない」
しかしシュミット伯は続ける。
「アン妃殿下は、テレンス前王の双子の妹君であらせられる」
アンは顔を覆った。決定的な事実を、とうとう知られてしまった。今この瞬間、何もかも放り出して逃げてしまいたかった。
「妹だと?」
テオが問う。
「双子は不吉とされております。災いを招くと、普通ならば密かに『処理』されますが、長いこと子宝に恵まれず、やっと産まれた子を先々代は惜しみ、キーリング家に引き取らせました。やがて成長し、テレンス様のご病気が発覚しました」
そこまで言って伯は言葉を切った。テオが急かすと、再び口を開いた。
「不能…男になれなかったのです」
テオは丸っきり信じていない顔をした。
「まさか。サリタはテレンスの子を産んだ」
「それはよく分かりません。愛妾でしたから、本当に男になれたのやもしれませんし、別の男との子かもしれません。事実は確かめようがありません」
「…解せんな。アンを妻にしても、結局、子は成せない」
「妃殿下は王の血を引くもの。男が誰であろうと子さえ産めば、表向きはテレンス前王の子と見なされる。それを期待されておりました」
「そんなことをさせるために、父はアンを生かしたのか」
最初は確かに憐れみだったのだろう。しかし結局は王家の存続のためにアンは使われた。
アンは力なく口にする。
「相手の方は、誰でもいいと。でも私は、そんなことはとても。…テレンス様には、直接お聞きしたことはありませんでしたが、私が何者か知っていたのでしょう。お会いしたときから私を遠ざけておいででした。テレンス様から見たら、私は王位を奪いに来た女にでも見えていたのでしょうね」
アンを女王に、という噂は密かに囁かれていた。シュミット伯から請われた過去もあった。アンはそんなことは到底無理だと断っていた。
「シュミット伯は、私の良き指導役でした。私の立場を知っている数少ないお方でした。だから、私…シュミット伯に…」
アンの告白に、テオは強張った顔をした。シュミットが答える。
「お断りいたしました。親子ほど年も離れておりましたし、妻を裏切れません。妃殿下は誰とも褥を共にしないまま、陛下の王妃になったはずです」
「……そうまでして、テレンスを王に据える必要があったのか。私がいたのに」
いくら当時、王位継承権を放棄していたとしても、テオは王の血を引く男児だった。テオを皇太子にすれば、こんな回りくどいことをしなくて済んだ。
もちろんアンは、その理由も知っていた。
「そのご意見はごもっともかと」
シュミットは澄まして言う。
「陛下は、従僕の子だと聞いております」
「……なんだと」
「先々代から直に聞きました。その為、従僕は殺し、母君と陛下を投獄したと。陛下はテレンス前王に告発されたとお思いでしたでょうが、実際は先々代のご指示でした」
テレンスに告発させることで、従僕の子である事実を隠し、先々代は恥をかかされた自分の矜持を守ろうとした。そういう卑怯な手段を使うところを、テレンスは受け継いでいた。
「ですから、現時点での正統な王家の血を引くものは、アン妃殿下のみです」
シュミットの発言に、テオは沈黙した。自分の出自の真実を知って衝撃を受けているのか、表からは何の表情も読み取れない。何か思案している様子で、じっとシュミットとアンを見ていた。
「──この事実を知っている者は、他に誰がいる」
静かな声音だった。
「前は何人かおりましたが、先の騒動で処刑されましたので。今は私と妃殿下のみです。もしくは、サリタ嬢は何か聞き及んでいるかもしれませんが、陛下の出生の秘密まではご存知ないかと」
「…であれば、二人を殺せば私は安泰か」
腰に佩いていた剣が抜かれる。キラリと光る剣先を見て、アンは考えるよりも先に体が動き、シュミットの前に立ちふさがった。
「お願いします。シュミット伯はこの国に必要なお方です。私だけを殺してください」
「なりません!貴女様がいなければ王家は絶えます。私は貴女様に忠誠を誓っております。陛下に仕える気などありません。陛下、殺すなら私だけを」
「そんなこと言わないで!」
アンはあらん限り叫んだ。初めてのことで、胸が痛くなる。
「──陛下、私さえいなくなれば終わる話です。どうか後顧の憂いを失くすために、私だけをお切りください」
アンは膝をついた。手を組んで祈った。
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