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26・陰に眠るモノタチ

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 夜になって、ルードの差し入れを大盤振る舞いして二人と一頭で満足の夕食を終え、私はリュースをわざわざ居間へと呼んだ。ゆっくりと時間をかけて淹れたコーヒーにミルクと砂糖をたっぷり入れて、向かいに座ったリュースに勧めた。
 私の様子がいつもと様子が違うのに気づいてか、カップに口をつけながら上目遣いにちらちらとこちらを伺って来る。かわええ…ふふ。

「リューに話しておきたいことがあるの。私はこれからとある件で忙しくなって、ほとんど家を留守がちにすると思う。その間の家の管理や仕事をリューに任せることになるから」
「ちょっと待って!ほとんど留守って…」
「うん。私の…と言うか、魔女に関して重要な情報集めをしなくちゃならなくなったの。その為に諸外国を回っての調査になるから、リュースに留守番をお願いしたいの。それで…」
「魔女の――――重要なことって?」
「……それをリューに話しても、君は簡単に受け入れられないと思う。かなり衝撃的な内容だから。だから、聞きたいか聞きたくないかをリューに選んで欲しいの」

 そんな選択肢を与えられるとは思わなかったらしく、リュースはカップを手にしたまま途方に暮れた子供の様な表情で、しばらく考え込みながらコーヒーを見つめていた。そして、ゆっくりと顔を上げて私を見つめ返した。

「……聞きたい。アズのことなら…だって家族だ…」

 その答えは、私の心の凍り付いていた奥底にほんのりと温もりを灯した。
  黙って頷き、ワインと二つの木製カップを持ってくると注いだ。一つをリュースに渡し、仕切り直しのつもりでもう一つを一気に呷った。たんっと甲高い音を立ててカップを置くと、じっとリュースと見つめた。

「先に、リューの知ってる魔女の話しを教えて?」

 何を話し出すのかと構えていたリュースは、私の質問に一瞬呆気にとられ、それから話し辛そうに目を伏せ重い口を開いた。
 本人を相手に誣言ふげんじみた話しをするのは、誰でも腰のすわりが悪いもの。相手が話して欲しいと願ったとしても、だ。それでなくともリュースは自分で『魔女との生活』を体験している最中で、子供のお伽噺であってもそれを口にすることに罪悪感を覚えているようだった。
 ごめんね、リュー。

「昔…魔女がこの世界に現れて、大陸中に数々の災いを振りまいて行った。魔女は、国を滅ぼし、村から村へと渡り歩いて人々を殺し、山を崩して魔物たちをけしかけて街を襲い、空から死の病を撒いた……それを天から見ていた女神ファシエル様は嘆き悲しみ、魔女を討伐するために…」
「え?」
  
 思わず声が漏れた。リュースの話しの腰を折るつもりじゃなかったけれど。

「あ、ごめん。続けて」
「――――魔女を討伐するために、神様からお借りしたとても強い武神を遣わせた。そして、魔女はいなくなった。…こんな話しだよ?小さい頃に母から寝物語に聞いたんだ。南の方では、よく親が子供に話して聞かせる魔女の話しだ……どうしたの?」

 漏らした声を境に、私が考え込みながら顔を歪めていたのが気になったらしい。心配顔で身を乗り出して来た。

「リュー……聖人様って知ってる?大昔、パレスト辺りに降臨したって言う」
「うん、知ってる」

 その時の私の顔は、きっと物凄く強張っていたと思う。自分の答えに私があまりにも顕著な反応を示したことに、逆にリュースの方が慄いたらしい。
 こんな所にヒントが落ちていたなんて。

 そこで私はリュースに、この世界へ召喚されて来てからの事を始め、魔女や召喚についての不可解な歴史や真実を語って聞かせた。まだピースの足りない仮定話しだ。ただ流れを整理しただけの情報を、リュースは黙って聞いてくれた。

「そうか…もう女神ファシエル様はこの世界から…」
「うん。それだけは断言できる。ただね……聖女や神子の別名から考えると、魔女を殺され力を使い果たして消滅なさったのかも疑問なのよ。私の記憶は、歴代の魔女の目線でしかない上に、消滅して行く女神様を見ていた訳じゃないみたいなの。欠片となって闇の中を漂っていた時に、欠片たちが垣間見た天の間に女神様の姿も気配も無くなっていた…その記憶があるだけなの」
「神様…も?」
「そう。欠片たちが漂っていた光あふれる宙が、いきなり闇になった。さっきまで感じていた神の心が消えた。それだけ」

 そうなのだ。よくよく思い出してみると、魔女の目で見た女神様や神様が消滅して行く記憶映像はないんだ。どちらも在るべき所に居らず、気配もない、と言うだけの曖昧な記憶。それがいつの事なのか、はっきりしない。ただ、魔女が全て死んで、欠片になって宙を漂っていた頃だと。だから私や魔女たちは、最後の魔女を殺されて力を失った女神様は消滅したんだ、神は女神を失わせた世界を見捨てたのだ、と思い込んでいた。
 お家君の記憶のようなものだ。情報の届かない場所では、憶測はできても、誰かが教えてくれない限り真実は解らない。

「さあ、聖人について話して」

「うん。僕らの一族はね、《赤目の民》と昔は呼ばれていたんだ。先祖は今のパレスト辺りに昔あった小国の辺境に住んでいて、その集落の民たちは血が繋がっている訳じゃないのに、皆が赤い眼をしていて魔力を大量に持っていたんだ。聖人様は、その小国の教会にご降臨なさって、国中を慰問して回った。そして《赤目の民》の集落へいらした時、村一番の魔力持ちを旅の従者にと召し抱えたんだ。赤目の従者は聖人様を命をかけて護った。でも、そんな田舎者が聖人様の一番近くにいることを許せなかった国の魔術師が、従者を罠にかけて殺した。それを嘆いた聖人様は国を見捨てて天へ還った。これが、昔から言い伝えられてる話しだ。もう……純粋な一族は少なくなってて、この話を知ってる者はほとんどいなくなったけどね…。僕らは《赤目の民》だ。魔族なんかじゃない…」

「ええ…そうね」
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