万年ネタ切れ作家、勇利愛華の邪推録

さいだー

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中年男性と女子生徒の怪しい関係2

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 あまりに唐突な事だったから思わず、悲鳴のような物をあげてしまった。

 まるで、か弱い女の子みたいな。不覚だ。

「きゃっ」

 ここで、私にこんな幼稚じみた事をする人物なんて一人しか思い浮かばない。

「汐音。もうこんな子供みたいな事はもうやめてちょうだい。私たちはもう十九才なのよ」

 そう言いながら視界を塞ぐ手を払い除け、侮蔑の意味を込め目を細め振り返ると、件の犯人である奏汐音かなでしおねは小学生男子が黒板消しを教室入口にしかけ、それを知らずにスーツ姿で扉を開いてしまった、やる気に満ちた新任教師のやるせないやり場のない怒りを目の当たりにしたようなニヤケ面を浮かべていた。

「そんな怒る事ないじゃん。横座っていい?」

 私が答える前に汐音はカウンター席の椅子を引き、腰をおろした。

「好きにすればいいじゃない」

「もう、愛ちゃんは素直じゃないんだから。昔からそうだよね」

 私の腕によりかかるようにしながら汐音は言った。

 全く。本当に仕方のない子ね。

 奏汐音は昔からこうだった。

 物心付く前から既に私達は友人関係だった。
 汐音が私のことをどう思っているかはわからないけれど、親友だと言っても良い存在だと私個人は思っている。

 いや、きっと汐音もそう思ってくれているはず。

 私が起こしたあんな事件も笑って許してくれたのだから。

 ……なんて今はこんな事を考えている場合じゃなかったわね。

 肩に寄りかかってくる汐音を定位置に押し戻すと、汐音はマジマジと私を見つめてきた。


 とても綺麗な瞳だ。茶色味がかった虹彩の外側が、皆既日食の縁取りのように緑色掛かっている。

 同性の私からみてもかなり可愛い顔立ちをしていて、思わず吸い込まれそうだなと思った。

 今まで何度もこうして見つめ合った事があるけれど、何度も同じ感想を抱く。

 ここ最近は少し大人めいてきた雰囲気もあるけれど、少し不思議な魅力のある少女。それが私が抱く汐音への総評だ。

 劣等感を感じるような事は正直に言えばある。でも、それで、奏汐音を嫌いになるような事はない。

「で、先生どうなの?進捗状況は」

 言いながら汐音は、鼻腔をくすぐる甘い香りを漂わせながらサラサラの髪を近づけてきた。そして、私の眼の前に置かれたノートパソコンを覗き込む。


「って、あれ、なんにも書いてないじゃん」

「しょうがないじゃない。他に気になる事があったのだから」

「気になる事?」

 私は汐音に小声で決して振り返らないように伝えてから、ノートパソコンに文字をカタカタと打ち込む。

 本人達に聞かれる訳にもいかない。


『私の後ろのテーブル席に座っている男性と、女の子の二人組、もしかしたらパパ活なのかもしれなくて、どうしたものか頭を悩ませていたらなんにも進まなかった』

 私の打ち込んだ文章を見た瞬間、警告を無視して汐音は一切戸惑う事なく、振り返る。

「ちょっと汐音」

 すぐにこちらを向くように目で訴えるが、汐音は私の所作なんて気にすることなく、席を立ち上がると、ツカツカと件のテーブル席へとまっすぐに歩いていく。

 えっ!?嘘でしょ。昔から無鉄砲な所がある子だったけど、まさかここまでだったなんて。

 静止する暇もなかった。


 そして、汐音は中年男性と無愛想に会話をしているリナの肩に手を置いた。

「やあリナちゃん。こんな所で会うなんて奇遇だね」

 私に向けられた物と全く同じ笑顔だ。
 汐音から全く悪気は感じられない。

「あっ、奏先輩。こんにちは」

 先程までの無表情が嘘のように瓦解する。
 リナは汐音に満面の笑顔で対応していた。

 と言うかちょっと待って、汐音とリナは知り合いなの!?


 リナがこちらに振り返ったおかげで、胸につけられているリボンの色がわかった。

 腰越高校では、すぐに学年が判別できるように、学年別でリボンの色が分けられている。
 リナのつけているリボンは緑色。

 つまり、リナは一年生だということになる。去年まで私と汐音もつけていたリボンと同じ色だ。


 私達とリナの在学期間は被っていない。

 それなのに、汐音とリナは顔見知りで、なおかつ、リナは汐音の事を先輩と呼んだ。

 つまり、先輩後輩関係だと、リナは理解しているという事。


 汐音は何を思ったか、私の方に振り返ると、おいでおいでと手招きをした。

 当然リナの視線が私に注がれる。中年男性もにこやかな笑顔でこちらを見ていた。

 もう、行かないわけには行かない雰囲気だった。

 私は気を引き締める為に一度深く息を吸い込んでから立ちあがる。

 まるで、丸腰で敵陣に乗り込む兵隊の気分だった。
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