ケンショウ学級

小鉢 龍(こばち りゅう)

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一時間目:パブロフの犬【前編】

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『パブロフの犬』

イワン・パブロフによって行われた犬を用いた実験の総称。


条件反射、無条件反射という言葉を用いて今日にもペットのしつけの基盤となる「古典的条件付け」を実証した。




実験概要

・正常な犬は餌を食べる前に準備として口のなかに唾液を分泌(無条件反射)する。

・犬の頬に唾液の分泌量を測定するための管を外科手術を用いて取り付ける。

・餌を与える際に同時に特定の音を鳴らすこと(対提示)を継続して行い学習させる。

・次第に犬は特定の音と餌とを関連付け特定の音を聞いた段階で唾液を分泌するようになっていく。

・そして特定の音のみを聞かせ、餌を与えない場合に唾液の分泌が行われるのかを検証する。





 あ、頭がぼーっとする。左のほっぺたが冷たい。まるで冷たい鉄板の上にでも寝転んでるみたいだ。

「……で……」
「…………ないか!」
「……も……じゃん」

 誰かの声が聞こえてきた。どうやら複数人が僕と同じこの場所にいるようだ。
 あれ?今まで僕は何をしていたんだっけ。

「…………藍斗、藍斗!」

 この声……春馬。そうだ僕は・・・・・・学校で。

「…………!」

 意識が戻った僕は、跳ねるように飛び起きた。目を覚ました僕を見て、春馬は安堵の息をつく。春馬・・・・・・本当に心配してくれていたんだな。

「そうだ、大上先生!先生は!?」

 辺りを見渡すとそこは、さっきまで居た教室などではなかった。ただのコンクリートでできた四角い空間。どうにかその空間の中に居る人の顔が分かる程度の、薄暗い明かり。そんな空間に、突如として連れてこられた僕らの戸惑いの声が反響していた。

「…………どこ?ここ?」

 なんだろう奥の方の暗闇がなんとなく揺れているように感じた。

「……うっ、なんなのこれ?」
「大丈夫、大丈夫だよ悠里」

 隅にうずくまる原田さん。体操座りをして顔を伏せる原田さんの背中を、小野 真緒(おの まお)さんが優しく励ましながらさすっている。そうだよな、いきなりこんな訳の分からないところに来たら恐怖で震えてしまうのも仕方がない。ざっと周りを見回しただけでも、原田さんと同じように俯いたり、泣いている人は沢山いた。

「くっそ。どこなんだよ」
「ほんとダルい」

 佐野くん達のグループは固まって不平不満を口にしていた。いつも通りを装ってはいるけれど、やっぱりどこか皆がイライラしている。
 もう起きている人がほとんどだけれど、まだ意識が戻っていない人もいる。眠らされているだけに決まっている。そう頭では考えていても、昨日の大上先生の死に際がどうしても頭をよぎってしまう。僕は気づかないうちに手が震えていた。

「あ、小池も目が覚めたみたいだ、いこう」
「うん」

 春馬にそう促された僕は、一緒に小池っちの側に駆け寄る。これでほとんどの人は意識を取り戻した。まだ目が覚めてい何人かは仲の良かった人が側について揺すったり声をかけたりしていている。亮二は僕らの側に来ることもできずに、この四角い空間んの角でガタガタと震えて座り込んでいた。亮二怖がりだったもんな。

 僕は何故かどこか冷静で、小池っちに駆け寄るまでに部屋を見渡し大上先生の姿を確認していた。ここに運ばれていないということは、まだあの教室に遺体が残されているのだろうか?アイツは死んだと確かに言っていたけれど、本当にそうなのかどうかは分からない。もの凄く低い確率ではあると思うけれど、それでも僕は大上先生の無事を祈っていた。

「大丈夫か、小池」
「…………あ、春馬くん。藍斗も」
「うん、身体起こせる?」

 僕と春馬は小池っちの両脇から、ゆっくりと身体を起こすのを支えてあげた。身体を起こして、僕たちに微笑んだ小池っちはすぐに周りを見渡して「あきらも無事で良かった・・・」 と小さく呟いた。

「これで一応全員目が覚めたみたいだな」
「だね」

 その時、どこからか監視をしているのか背後に設置されていたモニターの電源が勝手に点いた。わずかにこの空間に明るさが強まる。
 モニターの向こう、そこにはアイツの姿がまた映されていた。

「やー、皆さん。おはようございます」

 アイツの変声機の声はすぐさま大上先生への罰を、無意識の内に強く想起そうきさせた。その時クラスの皆が一斉に同じ反応をした。「身の毛のよだつ思い」 とはきっとこういうことを言うのだろう。まさか、自分の人生の中でこんなにも早くに経験することになるだなんて考えても見なかったのだけれど。

 そんな僕らの不安や恐怖、混乱などを置いてけぼりにしてアイツは自分勝手に、奔放に進めていく。

「これより『ケンショウ学級』の一時間目を開講します。では、出欠を取るので元気に・・・返事をするように」

 柔らかい口調だけどその声はとてつもなく冷たいもので、全員が恐怖を感じていた。いや、笑顔で叱る人を見たかのような、ムッとした顔でお礼をする人をみたかのような、感情と言動が釣り合わない気持ち悪さ。そんな不快感を、アイツの柔らかな口調から感じ取ることができて、僕らは余計に怖くなってしまったのだと思う。

「それでは赤坂さん」
「…………ひっ」

 赤坂さんは言い知れぬ恐怖から声は上ずり、返事ができなかった。それもそのはずだ、こんな状況でまともに返事なんかできるわけがない。いつも明るい赤坂さんですらそうなのだから、クラスの大半は同じようになってしまうだろう。

「おや?このクラスでは返事は「ひっ」 って教わってるのかな。僕はさっき言ったよね。返事をするようにって」

 変声機のせいで分かりづらかったけれど、その語尾の口調は明らかに強くなっていた。するとふいにアイツを映し出していたモニターの画面が切り替わり、暗い教室を写し出した。
 そこは紛れもなく僕達の教室だった。生徒達がいなくなり、もぬけの殻になった教室。その前の入り口にモニターはズームをして照準を絞っていく。そして、そこに横たわるモノを画面いっぱいに映し出したのだった。

「大上先生…………やっぱり」

 そこに写し出されたのは焼け焦げてただれた顔で、元の面影は認識できない人だったもの。数人のクラスメイトが不快感から、この密室の端で嘔吐をしていた。確かにそれは大上先生がアイツによって電気ショックを受けた後の状態そのままであった。モニターはしばらく、その様子を映し続けていたがその人だったものが動くことはなかった。

 そして画面は切り替わり、またアイツのいる教室を映し出した。モニターの淡い明かりが妙に気持ち悪く感じた。


「教室とは集団生活の場でもあります。その中で大切なのはコミュニケーションであり、互いの理解です。

出欠の確認も、教師と生徒という関係においての欠かすことのできない重要なコミュニケーション。それができないというのなら、赤坂さんには大上先生と同じ罰を受けてもらうしか無さそうですね」

 暗い部屋に響き渡る男の脅迫に、皆が震えた。そしてそれは今現在に当事者として名前が出された彼女の恐怖は計り知れないものだったのだろう。

「ごめんなさい!待って、待って。返事します!返事できます!
だから殺さないでくださいぃ・・・・・・」

 赤坂さんの必死の命乞い。またアイツの口調が教師の様に柔らかに戻った。

「素直で宜しいですよ。
ですが、こうして公示したことですので次はありません。では改めて、赤坂さん」
「はい…………はいぃ!!!」 

 赤坂さんの今までに聞いたことがないような大声が、窓も扉もない密室にむなしく響いた。脅迫を受けた恐怖と、それから解放された安堵感から赤坂さんはその場で膝をつき、顔を手で覆い隠しながら声を上げて泣き出してしまった。

「赤坂さんよくできました。では雨宮さん」
「は、はい!!!」

「井上くん」
「はい!」

「入江さん」
「はい!」

 それは異様な光景だった。先生が名前を呼んで生徒が返事をする。こんな当たり前な光景が、内臓を掴まれるような気持ち悪さをはらみながら、目の前で行われている。
 生徒は必死に画面越しの相手に涙を流しながら、震えながらも大きな元気の良い返事をする。それを聞いてアイツは本当に、嬉しそうにしている気さえする。こんなのはまともじゃない。

「上杉くん」
「…………あ、はい」

「----上杉くん」

 しまった。考え事をしていたせいで自分の呼ばれる番が近づいてきていることに気付いていなかった。胸がバクバクと音を立てている。雫が一粒、僕の額から頬を抜けて無機質な床へとこぼれ落ちていった。
 まさか、返事が小さかったのか?まさか、それだけで本当に大上先生みたいになるっていうのか?こんなことで殺されるなんて…………そんなこと。

「次はもっと大きい声が聞きたいですね。
では、遠藤くん」

 え・・・・・・?助かった?今なら赤坂さんのあの取り乱した気持ちが痛い程に分かる。実際に恐怖で高まった鼓動は痛いくらいに強く心臓を動かしていた。
 でも、次は本当に無いのだということは考えなくても分かる。そう、今のは警告だ。

「佐野くん」
「…………ちっ
はい!!」

 怒りを込めた咆哮のような返事。それが、今できる最大限の反抗だった。そんなことをしても何の意味もないことはきっと佐野くんも分かっている。それでも、どういった形であれ得体の知れないアイツに向かって、反抗をできるのはこのクラスでは佐野くんだけだろう。

 そして出血はつつがなく執り行われ、佐野くんの様に反抗的な態度を取る人はそれから居なかったし、皆がどうにか声を振り絞って大声で返事をしていったのだった。

「吉水さん」
 「はい!」

「以上32名ですね。皆さん元気な良い返事でした。

それでは『ケンショウ学級』一時間目を始めます」

 アイツは満足そうに何かの資料に目を通している。とはいえ表情も読み取れないほどの暗さだから、どんな資料なのかは見ることができない。ただこのクラスの誰もが容易に想像ができた。

「どうせろくでもねぇもんだろうが」

 それは皆が思っていることに違いなかった。佐野くんは皆の気持ちを代弁したに過ぎない。もっともそんな態度を取るべきではないと考えている人も多いわけだけれど。

 アイツはそんな佐野くんの吐き捨てるような呟きに、ピクリと反応した。佐野くんのグループの田口くんや寺井くん眞木さんが心配そうな顔で佐野くんを見ている。

「ろくでもない・・・・・・か。そうですね、では授業を開始する前に幾つか質問に応えてもらうとしましょう。
では佐野くん。君は『人間の心』とは何だと思うかな?」 

 佐野くんの態度はとがめられることはなかったが、突然の問答が始まった。僕らは無意識に、回答者となった佐野くんに視線を集めていく。佐野くんは面倒くさそうに答えとは言えない回答を応える。

「はぁ?そんなもん分かるわけねぇだろうが」
「た、たっちん、その答え方はまずいよ多分…………」

 この異様な空間で元気な返事をしない。ただそれだけで、電気ショックの罰で殺すと言うような男だ。問いに対して明確に答えていない。それだけのことをすれば、罰が下されてもおかしくはないと誰もが思った。皆が固唾を飲んで見つめている。

 しかし、予想に反してアイツは上機嫌だった。

「心なんて分かるわけねぇ。良いですね、素晴らしい回答ですよ佐野くん」
 
 そう良いながらアイツは手にしていた資料に何かを書き込んだ。筆記用具の紙を擦る音からして、手にしているのはマジックか何かだろうか。内申書の様なものを書いている?それともただのメモだろうか?

「そうです。心は人間が人間たる一番の特徴でありながら、本当に近年になるまで研究の対象にすらなかった。
ですが精神の疾患が認知されるようになり、心がスポーツや政治などの場面においてパフォーマンスに関わることが判明した。

そして今では科学的見地や臨床的なアプローチから人間の心理は様々な研究が行われるようになりました」

    初めから感じていた違和感。アイツはまるで教師ごっこでもしているかのように振る舞い、と思えば科学者の様に弁舌をたれる。

    この芝居がかったやり取りが、人間の心が、アイツにとってそんなに大切なことなのだろうか。そして、それは人の命を使ってまでのことなのだろうか?

「それでは上杉くん」
「あ、はい!」

「素晴らしい返事です。

上杉くんは、もし自分や他人の心を理解することで、思う通りに影響を与えることができる----としたら、どう思いますか?」

    自分の心や他人の心に思い通りの影響を与えることができるとしたら?僕はその言葉を聞いて無意識に原田さんを見ていた。

    そんな僕の視線に気づいて原田さんが首をかしげた。そこでようやく僕は自分が彼女を見つめていたことに気付いた。

「…………っ。

えっと、もし本当にそんなことができるのなら……夢があって嬉しいけれど、でもそれ以上 に、なんだろう怖くなると思います」

    「自分の心」ですら僕達は理解出来ていない。一時の感情ですらコントロールするのが難しいのに、それも他人の感情や行動に干渉するなんて。絵空事にしても過ぎていて想像もできなかった。

    僕の頭で想像できるのは、それはきっととてつもなく怖いことなのだろう。とその程度がやっとだろう。

「ふむふむ。このクラスは素晴らしいですね。

さて、このままお話を続けるのも良いのですが、そろそろが我慢できません。授業に入りましょう」

「…………ワンちゃん?」

    すると男は画面越しに僕らの背後に向けて指を指した。

    今まではただの箱のような空間だと思っていたのだけれど、指を指されて意識をしてはじめてその向こうに何かがいることに気付いたんだ。

「うぅぅぅぅぅぅう!
うわぁあううううう」


「さぁ皆さん、少し移動をしましょう」

    僕らは恐怖心を堪えながら、恐る恐るその唸り声のする場所へと近づいていく。この先に何が待ち受けているのか分からない恐怖。
    これは進んでも良い道なのだろうか?進まないという選択肢がないことは嫌な程に理解しながらも、そう思えてならない。

「うぅぅぅぅぅぅう!

うあああああぁっ!!」

    見えないけどこの奥から確かにうなり声が聞こえていた。1番先頭で近付いていた委員長が何かに触れたのか、暗い幕みたいなものが波を打ったような気がした。

「なにこれ?暗幕?」

    学級委員長の友澤 洋平(ともざわ ようへい)が、率先して前に出ていく。

「幕?なんだよ、委員長開けろよ」
「あ、ああ」

    僕だったら無理だ。この状況で皆よりも前に出ることも、そこに暗幕があることを見つけたとして、それを開くことなんて僕にはできない。

    委員長は皆を見渡した。そして、震える手を一度見つめて意を決したようだ。

「開けるぞ!うおおおおおっ」

    委員長が幕に手をかけると僕らがいる暗い部屋に光が流れ込んできた。暗幕の向こうは、さっきまでいた部屋より一回り小さく、そして少しだけ明るかった。

「あ、あそこ、なんか書いてあるよ?」
「てかワンちゃんは?」

     うちのクラスの秀才、中崎 亜香里(なかざき あかり)さんが、真正面に、現れた壁の中央の上部を指差していた。

    僕たちはさらに近づき、その何かに目を凝らした。まるで木の板を棒か何かで傷つけた跡のような掠れた文字。

「パブろ…………『パブロフの犬』?」 

    え、パブロフの犬って。まさか、あの?

「おやおや、みなさん気が早いですね。

『ケンショウ学級』一時間目の検証実験は『パブロフの犬』になります」

    僕はそれを少しだけ知っていた。だからこそ、ほんの少し安心して気が緩んでしまったんだ。
    でもそんな安心感は男の次の言葉で簡単に打ち砕かれることになるのだった。

「『ケンショウ学級』では見学検証と実施検証の二つの種類の講義を用意しています。

今回は見学検証ですので、皆さんは我々が検証実験を行うのをただ見ていてもらいます」

「見学検証と実施検証?」
「今回はただ見るだけ…………?」
「なんだ、大上先生を殺したりするからどんな恐ろしい実験に付き合わされるのかと思ったら見てるだけかよ」

 クラスの中でも「ただ見ているだけ」 という、拍子抜けにも思える指示にそんな声が所々から上がった。

「ただし!」

 アイツの言葉に温度は感じないのに、ぞくりと背中が凍りつく感覚がしたのは、きっと僕だけではなかっただろう。さっきまで少し緩んだ気持ちだった皆が、本当に不安そうな顔をしてまたモニターを見つめるのだから。

「ただし…………検証実験をしている間には、君たちには既に取り付けた脳波測定機によって、見学検証の中でどのような脳波の変化が起こるのかを逐一データを取らせて頂きます。

そうしたことから見学検証にはあるルールを設けることとします」
「あるルール?」

 近くなった唸り声、でもそれすらも少しの間どうでもよいと思えてしまうような恐怖にさいなまれながら、僕らの目はモニターに釘付けになった。アイツは嬉しそうな声で、その残酷なルールを告げる。 

「はい。脳波の測定に意義が見られない状態になった場合には、検証への参加価値なしと見なし死んでもらいます」
「は?」
「え?なにどういうこと?脳波の測定に意義が見られない時って何よ?ねぇ、答えてよ!!?」

 アイツはそれだけを言うと、こちら側の意見など一切聞く余地もなく、一方的にモニターを消してしまった。誰もが言葉を失ってしまっている。無音ならではの耳鳴りの様な音が頭の中にしばらく響いていた。

 そんな沈黙に包まれた空間に時おり混じる、謎のうなり声。それが聞こえる度に皆が身体を強張らせていたのが分かった。僕は不安と恐怖から、いつの間にか汗ばんでいた手を強く握りしめていた。

「なぁ、藍斗。お前さっきのアイツの言ってたことどういう意味だと思う?」
「え?」

 春馬にそう訪ねられて僕は少なからず困惑した。心当たりはあったんだ。でも、そのことに誰かが気付くことはないと思っていた。だから、僕は敢えて黙っているつもりだったんだ。それが、皆の為になると、そう考えて。

「あ、えっと憶測なんだけど…………
脳波の測定に意義が見られないってことは、正常に脳波を測定できない状態になることだと思うんだ」
「だから、それって分かりやすく言ってどういうことだよ?」
「だから…………」

 僕が頭に描いていた、その陰惨そのものな未来を春馬に告げようとした時だった。『パブロフの犬』 とうっすら書かれていた壁が勢いよく僕等がいたスペースとは反対側に倒れこんだ。そして埃を舞いあげながら大きな音を立てた。

「きゃあああ!」
「もういや、何なのよ!?」

 何人かの女子が悲鳴をあげて顔を隠した。でも、僕らの目の前にはよりいっそう顔を覆いたくなる様な光景が広がっていたんだ。

 物語の中でしか見ることはないだろうと思っていた鉄製の檻。その中には何やら幾つかの特殊な装置が備え付けられているのが分かった。

 そして、僕らが目を疑うものがその檻の中央に居た。

「どうなってんだよアレ」

 さっきから暗幕越しにも聞こえていた唸り声の正体。そう僕らは、ワンちゃん・・・・・の正体を目の当たりにしてしまったのだから。

 ずっと暗幕の向こう側から聞こえていた犬のような唸り声の主。その信じられない正体に僕らは驚くことしかできなかった。だってそれは犬ではなかったのだから。

「人間じゃねぇかよ」
「どうなってんだよぉおおおおっ!?」

 そこには目をアイマスクによって塞がれ、裸で四つん這いにされた男性の姿があったのだ。それを見た小野さんが嗚咽混じりの小さな悲鳴をあげていたことに、隣にいた原田さん以外は誰も気づいていなかった。

 小野さんはそのまま怯えながら後ずさりをして壁際まで下がり、身体を小さくしてガタガタと震えだす。原田さんがその背中をさすりながら強くも小さな声で「大丈夫」 と気丈に何度も繰り返していた。

「おい、あそこになんかあるぞ」

 春馬がそう言って指差したのは檻の手前にあった机で、その机には丁寧に何かのプリントが重ねられていた。春馬はずんずんとその机の方に近づいていく。よくあんなものに近づけるものだな。僕だったら例え、誰かに命令されたり、お願いされたとしてもあんなのの近くに行くのは勘弁願いたい。

「うぅぅぅぅぅぅう!
うあああああぁっ!」

 鎖と首輪で繋がれた男が唸り声をあげている。それはどこか、何かに怯えているようにも思えた。

 もう、普通じゃない。普通じゃないよ、こんなまるで人間を実験動物モルモットみたいに。

「これは……おい、皆の分もある配ってくれ」

 春馬はそう言うと、まるで授業中の様にプリントを二手に分けて配り始めるのだった。中には得体の知れないそれを受け取ることを嫌がる人もいたけれど、何をされるか分からないこの状況でその紙切れ一枚を拒否する権利すら僕らにはないように思えていた。

 一枚とっては隣の人へと渡すしていく。異様な空間で普段通りのその光景はなんとも形容がし難い不気味なもので、僕は最後になったプリントを亮二から受け取った。

「これが実験の概要なの?」

 配られた人から目を通していく。プリントには『パブロフの犬』の実験の狙いと、実験の概要が僕ら中学生でもなんたなくは分かるように簡潔に書かれていた。

「ぐるるあああああ!
があああああああ」
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