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上・立夏の大陸
血塗れ伯爵との邂逅
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100年に一度。
世界に魔力が溢れだす。
万象に宿りし精霊はその力を現し、人々に力を与える。
力を与えられた人々は各大陸を治める王となる資格を持つが、
一つの大陸に王は1人。
選ばれし者達よ、その英知と天武を以て争え。
そして王は聖剣の元に跪き、百年の不老不死を手に世界を治めよ。
夕闇の路を少年が駈けている。
手には口きりいっぱいに川の水を入れられた桶を抱えている。
2つの桶を器用に長い棒に掛け、零れないよう細心の注意をしながら、かつ迅速に走っていることが伺える身のこなし。
その桶が足取りで揺れる度にピチャピチャとわずかばかり水を溢れさせていた。
大きく欠けた月は濃い紫のような雲に覆われ、更に深い森の生い茂った葉が僅かばかりの光すら少年の足元に落ちようとはしない。
明かりのない獣道。
響くのは走る足音と、わずかに切れた白い息だけ。
目的地である少年の村へ、あとほんの一息にまで来た時、突然にそれは現れたのだった。
ガサガサ。
少年は目と鼻の先で光の差さない土に不似合いの、茂る葉の濃い影が揺れるのを見た。
そしてその先には複数の、緋色に艷めく鋭い眼差しがあった。
その目の持ち主の大きさは人のそれを遥かに越えていた。
一体であれ今のこの状況下で逃げおおせるには相当な強運と、相応な工夫が必要となるだろう。
しかし、その影は奇しくも複数あり、少年の頬を冷たい汗が伝っていた。
それは少年にとって逃亡のきっかけなどではなく、単なる逃避の為の準備反応にすぎなかったが、無意識の内に後退する為に左足を僅かに地面に擦る様に上げた瞬間だった。
「ゴォァァァァァアッ!!」
尖った歯を剥き出しにしながら、赤い目をしたゴリラの様な巨大な生物は一斉に襲い掛かってきた。
見たのは初めてではなかった。ただ、その記憶は否応なしに、顔見知りの死と言う最悪の記憶と共に蘇るものであったので少年は思わず目をせ向けたくなる。
「くそっストロング・バイトの群れか!!」
しかし、敵前に目をそらすなど喰ってくれと言わんばかりの行為はできそうにもない。
少年は後退しながら相手の特徴を頭の中で想起し反芻した。
強靱な顎の力でどんなものでも噛み砕くために付けられた名前。
ストロング・バイトは群れでの狩りを好み、肉食だ――。
「まずい、とりあえず逃げなきゃ……うわっ!!?」
走りだした足が、木の根にもつれて絡まり少年は前のめりに倒れてしまう。
手を着いて反射的に起き上がろうとした、身体を動かすセンスが仇となり絡まった根は足を離すことなく限界まで筋肉を引き伸ばした。
「……っつ。ぐがっ」
右足に電気のような激痛が走る。少年は両手で右足を抑えたが、既に倍ほどにも腫れ、熱を帯びていた。
右足の感覚はもう痛み以外はない。
これから数刻後の自信の姿を悟った少年が、ゆっくりと振り向く。突進してきていたストロング・バイトがその大きな口を開け、強靭な顎に生やした鋭利な牙を光らせる。
少年がまさに捕食されようとした時だった。
ふわり虹色の球体が少年の視界を無数に横切った。
それは有り得ない時間の流れだった。
あれほどまでに俊敏なストロング・バイトはコマ送りのように少年の肩口を噛み切ろうとしているのに、ふわりと浮かんだシャボン玉はそよ風に遊ばれる様に舞っていく。
あまりにも幻想的なその空間に直後、響き渡るはストロング・バイトの悲痛な咆哮。
その生命の袂を分かつ悲鳴を聞いて元の時間軸へと舞い戻った少年が目にしたのは現実なのか。
我に返った少年が目にしたのは、胴を真っ二つに切り裂かれその命を閉ざされたストロング・バイト達の哀れな姿だったのだ。
「……えっ、何が起こったんだ?」
辺りに漂う死臭。真っ赤に染め上げられた地面。その真ん中に立つ人。
シャボン玉が異様な空間に舞い散り、鮮血の上を漂う。
その男を少年は知っていた。いや、この世界にいるものならば皆が知らないはずもない。
「……『晩秋の大陸』王。オルター・クラフィティ……血塗れ伯爵。」
そう、そこに立っていたのは隣の大陸・オータム・ランドの大陸王だったのだから。
高貴なスーツにシルクハット、細くも丈夫な木制の杖。
白髪の奥から覗く瞳は青色。
紳士的な佇まいに似合わない鋭く射ぬくような眼光。そしてストロング・バイトの血で全身が赤い血で染められている。
「く、クラフィティ伯爵。この命助けて頂きありがとうございました」
少年はその場で、額が地面に擦れるほどに深い土下座をして頭を下げた。
クラフィティは静かに言う。
「……直『聖霊の宴』が始まる。覚悟しておくことだ、スカーレットの血を引く者よ」
「…………!?」
クラフィティはそうとだけ呟き踵を返した。
数歩ゆっくり歩きだすとまた虹色の球体が少年の視界を埋め尽くす。
その時少年はクラフィティの右肩にキセルからシャボン玉を吹き出す猫の姿をたしかに見たのだった。
視界を埋め尽くしていたシャボン玉はしばらくすると、一斉に弾け飛び。
散乱していたはずのストロング・バイトの屍と共にクラフィティの姿は、霧散して跡形もなく無くなっていたのだった。
これが少年の
シルク・スカーレットの血塗れ伯爵との邂逅の瞬間であった。
この後、シルクが幾度の困難にあう度に彼が、彼の意志がシルクを成長させ、励まし、時に叱咤しながら道しるべとなることとなる。
世界に魔力が溢れだす。
万象に宿りし精霊はその力を現し、人々に力を与える。
力を与えられた人々は各大陸を治める王となる資格を持つが、
一つの大陸に王は1人。
選ばれし者達よ、その英知と天武を以て争え。
そして王は聖剣の元に跪き、百年の不老不死を手に世界を治めよ。
夕闇の路を少年が駈けている。
手には口きりいっぱいに川の水を入れられた桶を抱えている。
2つの桶を器用に長い棒に掛け、零れないよう細心の注意をしながら、かつ迅速に走っていることが伺える身のこなし。
その桶が足取りで揺れる度にピチャピチャとわずかばかり水を溢れさせていた。
大きく欠けた月は濃い紫のような雲に覆われ、更に深い森の生い茂った葉が僅かばかりの光すら少年の足元に落ちようとはしない。
明かりのない獣道。
響くのは走る足音と、わずかに切れた白い息だけ。
目的地である少年の村へ、あとほんの一息にまで来た時、突然にそれは現れたのだった。
ガサガサ。
少年は目と鼻の先で光の差さない土に不似合いの、茂る葉の濃い影が揺れるのを見た。
そしてその先には複数の、緋色に艷めく鋭い眼差しがあった。
その目の持ち主の大きさは人のそれを遥かに越えていた。
一体であれ今のこの状況下で逃げおおせるには相当な強運と、相応な工夫が必要となるだろう。
しかし、その影は奇しくも複数あり、少年の頬を冷たい汗が伝っていた。
それは少年にとって逃亡のきっかけなどではなく、単なる逃避の為の準備反応にすぎなかったが、無意識の内に後退する為に左足を僅かに地面に擦る様に上げた瞬間だった。
「ゴォァァァァァアッ!!」
尖った歯を剥き出しにしながら、赤い目をしたゴリラの様な巨大な生物は一斉に襲い掛かってきた。
見たのは初めてではなかった。ただ、その記憶は否応なしに、顔見知りの死と言う最悪の記憶と共に蘇るものであったので少年は思わず目をせ向けたくなる。
「くそっストロング・バイトの群れか!!」
しかし、敵前に目をそらすなど喰ってくれと言わんばかりの行為はできそうにもない。
少年は後退しながら相手の特徴を頭の中で想起し反芻した。
強靱な顎の力でどんなものでも噛み砕くために付けられた名前。
ストロング・バイトは群れでの狩りを好み、肉食だ――。
「まずい、とりあえず逃げなきゃ……うわっ!!?」
走りだした足が、木の根にもつれて絡まり少年は前のめりに倒れてしまう。
手を着いて反射的に起き上がろうとした、身体を動かすセンスが仇となり絡まった根は足を離すことなく限界まで筋肉を引き伸ばした。
「……っつ。ぐがっ」
右足に電気のような激痛が走る。少年は両手で右足を抑えたが、既に倍ほどにも腫れ、熱を帯びていた。
右足の感覚はもう痛み以外はない。
これから数刻後の自信の姿を悟った少年が、ゆっくりと振り向く。突進してきていたストロング・バイトがその大きな口を開け、強靭な顎に生やした鋭利な牙を光らせる。
少年がまさに捕食されようとした時だった。
ふわり虹色の球体が少年の視界を無数に横切った。
それは有り得ない時間の流れだった。
あれほどまでに俊敏なストロング・バイトはコマ送りのように少年の肩口を噛み切ろうとしているのに、ふわりと浮かんだシャボン玉はそよ風に遊ばれる様に舞っていく。
あまりにも幻想的なその空間に直後、響き渡るはストロング・バイトの悲痛な咆哮。
その生命の袂を分かつ悲鳴を聞いて元の時間軸へと舞い戻った少年が目にしたのは現実なのか。
我に返った少年が目にしたのは、胴を真っ二つに切り裂かれその命を閉ざされたストロング・バイト達の哀れな姿だったのだ。
「……えっ、何が起こったんだ?」
辺りに漂う死臭。真っ赤に染め上げられた地面。その真ん中に立つ人。
シャボン玉が異様な空間に舞い散り、鮮血の上を漂う。
その男を少年は知っていた。いや、この世界にいるものならば皆が知らないはずもない。
「……『晩秋の大陸』王。オルター・クラフィティ……血塗れ伯爵。」
そう、そこに立っていたのは隣の大陸・オータム・ランドの大陸王だったのだから。
高貴なスーツにシルクハット、細くも丈夫な木制の杖。
白髪の奥から覗く瞳は青色。
紳士的な佇まいに似合わない鋭く射ぬくような眼光。そしてストロング・バイトの血で全身が赤い血で染められている。
「く、クラフィティ伯爵。この命助けて頂きありがとうございました」
少年はその場で、額が地面に擦れるほどに深い土下座をして頭を下げた。
クラフィティは静かに言う。
「……直『聖霊の宴』が始まる。覚悟しておくことだ、スカーレットの血を引く者よ」
「…………!?」
クラフィティはそうとだけ呟き踵を返した。
数歩ゆっくり歩きだすとまた虹色の球体が少年の視界を埋め尽くす。
その時少年はクラフィティの右肩にキセルからシャボン玉を吹き出す猫の姿をたしかに見たのだった。
視界を埋め尽くしていたシャボン玉はしばらくすると、一斉に弾け飛び。
散乱していたはずのストロング・バイトの屍と共にクラフィティの姿は、霧散して跡形もなく無くなっていたのだった。
これが少年の
シルク・スカーレットの血塗れ伯爵との邂逅の瞬間であった。
この後、シルクが幾度の困難にあう度に彼が、彼の意志がシルクを成長させ、励まし、時に叱咤しながら道しるべとなることとなる。
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