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上・立夏の大陸

五人の来客

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シルクがミカエルにより新たな力を与えられた頃。

王都に入るケルデラ山脈の中腹である男が戦っていた。

「ふん。ちょこまかと逃げ足だけは速い様だな。」

たくましい体躯に金髪金眼の男。

サマー・ガーデンの治安を支える警務団(けいむだん)の本拠地がある暁(あかつき)からやってきたその男こそ。

警務団第一支部隊長・ゲセニア・アルボルトであった。

「はぁはぁ、なんだってあんな化物みてぇに強ぇヤツに追われなきゃなんねぇんだよ……」

リーピン・アンデラ。家宅強盗の常習犯であり、数回殺人にも至った指名手配犯であった。

リーピンは木々の生い茂る場所を選び逃げる。

こちらからはゲセニアの姿は見えない。

それでも足を止めることなどできなかった。

「……くそ。なんだよ後ろからへばりついてくる様なこの気持ち悪さは。」

リーピンが一瞬後方へと振り返ったその瞬間。

「……ほう。この力を感じ取れたのかね。」

「……え?」

背後に突如現れたゲセニアにリーピンは腰を抜かして座り込む。

「ひっ……あんたいつの間に……ば、化物ぉおっ!!」

懐から取り出した拳銃でゲセニアを打つリーピンの顔が蒼白に沈むまでに時間は掛からなかった。



ゲセニアを捕えたはずの銃弾がまるで影に飲み込まれる様に跡形もなく消えた。

「な、な…………うわぁぁぁぁぁあっ!!」

腰を抜かしたままに這いずりながら逃げるリーピンの足をゲセニアが踏みつける。

「ぐわぁ、痛ぇ、痛ぇえよぉ……」

ギリギリと踏みつけ、リーピンの動きを奪ったゲセニアが鋭い瞳で見下ろしている。

「リーピン・アンデラ。フレア王の命により処分する。力を貸せ『ベルゼブブ』。」

ずぁぁっ。とゲセニアの周囲に闇がまとわり付き、蠢(うごめ)く。

「…………た、助け――」




「ぎやぁぁぁぁぁあっ!!」

闇に飲み込まれたリーピンの断末魔だけが辺りにこだまし、ゲセニアは影に消えた。



ゲセニア・アルボルト宴への参加資格を獲得。



ゲセニアが宴への参加資格を得た半日後。

漁師町からやってきたフリップ・クレイドルがある指名手配犯を断崖絶壁の崖へと追い詰めていた。

「はい、鬼ごっこはお仕舞い。僕の勝ち♪」

にこっと笑うフリップの瞳の奥は怖いくらいに冷ややかだった。

その足元で何かが這いずりまわっている。

「さて、おとなしく捕まるか、抵抗して殺されるかどっちが良い?」

詐欺師サーシャ・トーマスが恐怖に震える。

しかし後ろに回した手にはナイフが握られていた。

「変な気起こすと苦しむことになるから、おとなしく捕まってくれないかな?」

にっ。と笑うフリップ。

サーシャはすでにその覚悟を決めていた。

「……わかったわ。」

ゆっくりと立ち上がったサーシャがフリップの元に歩み寄る。

そして

「この怪物さえ始末したらアンタなんか――!!」

隠し持っていたナイフで怪物の眉間を貫いた。

「あーあ。バカな女だな……」

フリップは冷ややかに見つめる。

怪物からは紫色の液体が噴き出している。

「バカ?バカはアンタの方でしょ。捕まったってどうせ殺される身。だったらアンタを殺して逃げるに決まってるじゃ……?」

サーシャの視界が突如ぼやける。


フリップは不敵に笑っていた。




「はぁ、な、何よこれ?」

全身が痙攣(けいれん)を起こし、立つこともできなくなったサーシャが地面に突っ伏す。

「だから言ったじゃん。変な気起こすと苦しむことになるよって……」

「……はぁ。……は。」

呼吸もできないのだろう、もがくように首を抑えるサーシャ。

「いつまで寝てるのさシーラ。起きて。」

フリップの声に反応する様にシーラがその身を起こす。

そこに現われたのはヒトの三倍はあろう巨大な白蛇だった。

「ダメだよお姉さん『バジリスク』の体液は猛毒なんだから、無闇に傷つけたら。」

フシュー。と高い息を吐くシーラの傷ついた眉間をフリップが撫でると、傷が消えた。

「しかもシーラは"蘇生"を司る白蛇の血も流れてるから、死なない。心強いパートナーでしょ?♪……って、なんだ死んじゃったか。」

つまらなそうに言い捨ててフリップは王都目指して歩きだした。

残されたサーシャの亡骸はバジリスクの毒で急速に腐敗し、誰に見られることもなく地中に消えていった。




時を同じくして炭黄のとある協会にある者が逃げ込んでいた。

その男は懐から取り出した小さなカプセルを飲み込んだ。

「……はぁ。ちくしょう。なんだってんだあのジジイ。」

激しい禁断症状から解放された男が、協会に備え付けられていた棚から何かを取り出した。

男の名はアンドレ・ドラッグ。

麻薬の栽培、服用、売買の常習犯であり、先日王都にある刑務所から脱獄した身であった。

アンドレは架けられた十字架の前に行くが、どうも祈る様子はなさそうだ。

「何が神だ、メシアだ。そんなんがいるんだったら、この可哀そうなオレ様を救ってみろってんだ。」

ふてくされ、唾を床に吐いた。

「迷える子羊よ。そなたの願い叶えてやろう。」


どこからともなく聞こえた声にアンドレは震えた。 

「おいおいまさか、本当に神様が現れたってか?」

その問いへの答え。

カツ。と足音がしてアンドレが振り返えると、そこには優しく微笑む太った男がたっていた。

「くそっ。こんな所まで追って来やがってなんなんだよ!!」

アンドレは先ほどくすねたシルバーのナイフを投げる。

「『ノーム』壁を。」

男がそう囁くと、まるで植物が生えるかのように丈夫な壁が地面から突き出した。

壁はいとも簡単にナイフを跳ね返す。

「くそっ。こうなったら何処までも逃げてやる。」

アンドレは走って出口まで行くが、扉はびくともしない。

「何だよ。おい!開けよ!!開けっつってんだろ!!!」

大の大人が本気で蹴り破ろうとしたが、全く歯がたたない。

「やめなさい。この協会はノームに造らせた。扉を開けるも閉めるも私の思いのままだ。」

背後に迫った男がアンドレの肩をポンと叩いた。

冷や汗が吹き出す中でアンドレが振り返り問う。

「……あんた何なんだよ?」

男はにこりと笑った。

「私はしがない牧師。名をシム・ジェファーソンと言います。では迷える子羊よ、そなたに永遠の安息を……」


アンドレの断末魔も協会の外へと響くことはなかった。

その日、周辺に住む者の何人かが見知らぬ協会を見た。と言ったが、その場所に協会などなく。

何か建物を建てられる様な地盤はしていなかったと言う。


フレア城で宴の招待客を待つバーク。

「期日まであと2日。ゲセニア、フリップ、シムの3人は来たが後の2人はどうかな……?」

するとその時、バークの憂いを晴らすかの様に扉が開いた。

「ようこそマリア、我が城へ。」

マリアはバークに向かい丁寧なお辞儀をした。

「さぁ、ここから次の司令がある明後日までは、我が城でゆっくりと過ごしてくれ。」 

「はい、ありがとうございます。バーク王。」

にっこり。と笑って敷地に入ったマリア。

(……随分と油断しているのねバーク王。腕輪もしないで……)

腕輪は精霊に力を授かるための媒介である。

それをしていないということは、精霊を使えないと言うこと。

(こんな風にルールを無視して襲われたらどうするのかしらね?……ウンディーネ。)

マリアが魔力を込めた瞬間。

「……えっ?魔力が出せない!?」

「そうそう。言い忘れていたが、この敷地内では精霊はおろか魔力すら出せないようになっている。」

「……あら、そうだったんですの?お教え頂きありがとうございます。」

マリアは会釈をして庭園へと出ていった。

「くそっ。流石にしっかりしているわね。」


出ていくマリアをほくそ笑みながら見ていたバーク。

ゆっくりと灰炎のある方角を見据える。

「さて、スカーレットの血を引く者よ。まずは最初の試練を突破できるかな?」




そして2日後の夕刻。

第一の試練の期日が迫っていた。


円卓の間に呼び集められた参加者達が座ってその時を待っていた。

「ふむ。どうやら最後の1人は試練を突破できなかったらしいな。」

まるで、そこにいる全員を威嚇するかの様に、高圧的に言い放つゲセニア。

「……あと4分あるではないか。」

打って変わって優しく穏やかな物言いをするシム。

「どんなヤツなんだろーね。楽しみだな。」

ただ1人、席に座らずうろちょろとしているフリップをマリアが呆れた表情で見ていた。


無情にも進んでいく時計の針がその時を指した。

「ここまでか……宴への参加者はこのよに――」

バタン。と扉が開き誰かが入ってきた。

全員の視線が集まる中で、その少年は堂々としていた。

バークが笑う。

「訂正しよう。ゲセニア・アルボルト。フリップ・クレイドル。シム・ジェファーソン。マリア・ビーナス。シルク・スカーレット。以上五名を今回の宴の参加者とする。」


ここに聖霊の宴への参加者が揃った。




シルクが空いている唯一の席に座る。

「さて皆ご苦労だった。君達のおかげで手を焼いていた指名手配犯を一掃することができた。」

バークが投げ入れた羊皮紙に書かれた指名手配犯の名が全て消されていた。

「さてシルク、君は捕まえた17人全てを拘束して生かして連れてきたのだそうだね。」

「はい。僕は誰も殺したくはないので。」

そう言ったシルクをゲセニアが睨む。

「ふん。甘っちょろい餓鬼だな。」 

シルクは何も言わない。

「生かすか生かさぬかは君達次第だと言ったはずだ。無益な言い争いなど王の前でしてくれるな。」

静かだが全身がビリビリする様な威圧感に、五人が僅かに緊張した。

「さて、次の試練だがこれより三月後に開始することとなる。内容は……」

バークがもったいぶるかの様に、五人全員をゆっくりと見回した。

「五人の参加者の中からたった一人。私との戦いの挑戦者を決める為のサドンデスバトル。生死は問わぬ、己の全てを掛けて戦いぬけ。」

待ってましたと言わんばかりに口元をゆるめたゲセニア。

ワクワクしているのだろうか、鼻歌が出ているフリップ。

マリアは冷静に、シルクとシムはただ黙して話を聞く。

「三月の時間は、それぞれ自由に鍛練するがいい。まだまだ君達の力では私を倒すことなど到底叶わないのだから。」


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