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上・立夏の大陸

暗黒を司る者

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サマー・グラウンドの最果て。

『炎神獣の寝床』と呼ばれる荒廃した山脈で精霊使い同士の戦いが始まろうとしていた。

「……よくここまで来れたね。」

フリップが誰もいない暗闇に向かって言う。

返事はない。

「僕のヴァジリスクが招来した数百種の毒蛇達を全滅させてくれちゃって……」

暗闇から何かが落ちる。

ヒモの様なそれが地面で僅かに跳ねて、落ちる。

「まじ――むかつく。」

ゴォッ。と溢れだすフリップの魔力に辺りが震えた。

「出てこいよ!!」

フリップが暗闇に向かい叫ぶと、ヴァジリスクは自らの牙を一本吐き飛ばした。

空中で空気に触れ瞬く間に毒素が紫色に変色していく。

「……あんたか……。」

牙は闇に触れると力果てた羽虫の様にポトッと落ちていった。

牙が触れた部分の闇が剥がれ、その男が姿を現すのだった。

「ゲセニア・アルボルト――!!」

「フリップ・クレイドル。君を処刑する。」


対峙した2人の魔力はシルクやマリアのそれとは別格だった。

「ヴァジリスク!!『双牙弾』」

ガバッ。と開かれた像すら丸呑みに出来そうなアゴから、二本の牙が放たれる。

「ベルゼブブ……『絶命の檻』」

ゲセニアが手をかざすと、ブブブブブ……と不快な音をたてながら闇が牙を包み込み、牙もろとも霧散して消えた。

「――!?なんだ今のは……ヴァジリスク、もう一度遠距離から様子を伺うぞ。『腐毒放射』!!」

再びヴァジリスクが口を開くと、今度は喉の奥から銃口の様な筒が出てきて、真っ黒な液体を噴射した。

「様子見か……無駄なことを。ベルゼブブ『ギフト・ヴァコーステリトリー(絶対不可侵の闇)』」

ブブブブブとまた壮絶な雑音が響き渡り、闇がゲセニアを覆い尽くした。

噴射された毒液がその闇にかかると、また一瞬にして霧散して消えてしまった。

「元来……」

ぽん。と誰かがフリップの肩を叩く。

「――――なっ!?」

振り向くと闇の中からゲセニアが姿を現した。

いつ移動したのかすら分からない。

正に闇の中から這い出てきたかのようで、フリップは恐怖に怯える。


肩に乗せられた手の影が蠢く。

「――うわぁぁぁあっ!!」

フリップは必死に振り払い飛ぶようにして距離を置いた。

「元来。様子見というのは拮抗した力を持つ者同士のするものであって、隔絶された力の前にそれは成しえない。」

ジリジリと近づくゲセニアから後退していくフリップ。

「見えるか?……」

ゲセニアが闇に消え、またフリップの背中を何かが触れる。

「うぉぉぉぉおっヴァジリスク!!『ギフト・ポイゾネスウィップ』」

ヴァジリスクの蛇皮で出来た鞭。

全体に猛毒が仕込まれており、触れただけでも生体を腐敗させるだけの恐ろしい力を持っていた。

それを闇雲に振り回すのだがゲセニアは闇に紛れ込み当たらない。

「もう気は済んだかね?」

背後から声がしてフリップは全霊を込めて、鞭をふるった。

その腕に違和感がはしる。

「……え?」

鞭をふるっていたはずの右手が手首の先から無くなっていた。

ゾリゾリ。

すると次第に右手が闇に飲まれていく。

血の一滴すらも出ない傷口を見ると、無数のハエがフリップの右手を食らっていた。

「ぎゃぁぁぁぁぁあっ!!やめろ。やめてくれぇぇぇえっ!!」

ゾリゾリ。少しずつ、だが確かに自らの身体が消えていく。

恐怖からかフリップは笑っていた。


「臓腑の半数が消え、目に見えぬが出血量はすでに致死量を超えている。」

フリップが意味を理解したからか闇の侵食が速くなる。 

「そうだ、フリップ・クレイドル。君はとうに――」
フリップの視界半分が消え、発狂する。

「ぐきゃぁぁぁぁあぁっ…………」

「――死んでいる。」

その叫び声すらも辺りに響かぬままに、フリップは闇へと消えたのだった。



パチパチパチ。

ゲセニアの背後から拍手が聞こえた。

「誰だ?の死にたくなかったら私の後ろに立つな。」

返答はない。

「ふぅ……ベルゼブブ。」

ズァア。っと音をたてながら闇がゲセニアの後方へと進攻する。

しかし途中で闇が止まる。

「……なんだと?」

ベルゼブブの異変に気付き、ゲセニアが背後へと振り返える。

そこではベルゼブブと、それとは違う闇がぶつかり合っていた。

「私と同じ闇の力。貴様はいったい誰だ!?」

コツコツ。革靴が地面に擦れ、はだけたシャツにふかし煙草。

「名前ねぇ。あんまり興味ないんだよな、そういうのって……」

不思議な感覚だった。

確かに目の前にいるその男は、ゲセニアのことなど見ていない様で、針の穴ほどの隙もない。

「サマー・グラウンドの宴の参加者ではないな?」

謎の男はゆっくりとポケットから5つの首飾りを取り出した。

「それは『オータム・ビレッジ』の『晩秋の首飾り』……それも5つだと!?貴様まさか!!」

「クソみたいにつまらない戦いだったなぁ。ま、興味ないからどうでも良いんだけど。こいつがどうしても見ておきたい精霊がいる。って言うから。」

そう言って魔力を込めて煙草をふかす。

すると、気味が悪いくらいに真っ黒な煙があがり、その中心に大きな一つ目と口、そして小さな腕と角が二本ずつ生えた。



「なんだこいつは?」

ゲセニアがベルゼブブに問いかけるが、返事がない。

「どうしたベルゼブブ?」

『……わからねぇ。こんな奴は魔界には居なかったはずだ。』

「闇の力だぞ?それが魔界には居なかったと言うのか?」

特に戦いに至る様な雰囲気ではないが、決して、一瞬たりとも気を抜けない。

『オレ様に突っ掛かるな。少なくとも魔界にはいなかったが、闇の力を手にする方法は何も悪魔に生まれなきゃいけねぇわけじゃねぇ。』

「……どういうことだ?」

『……ある種族は自ら羽をもぎ取ることで魔属の力を手にすることができる。』

ゲセニアは気付いた。

「そうか……『堕天使』か。」




ゲセニアの言葉に初めてその男が笑った。

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