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上・立夏の大陸
今亡き王の友
しおりを挟む岩肌を駈け抜けシルクは深い森の中へと逃げ込んだ。
「はぁ、はぁ」
乱れてしまった息を整える為にゆっくりと歩く。
その隣にはソフィアと戦っているはずのクラフィティがいた。
「クラフィティ伯爵……何故ここに?」
クラフィティはシルクハットの影に沈む瞳でシルクを見つめる。
「かつての友が君の危険を知らせてくれた」
「かつての……友?」
クラフィティは木々の隙間から微かに見える空をあおぐ。
「私は彼と約束したのだ。君と同じ名を持った彼と、君を……スカーレットの血を守るとね」
そしてクラフィティは話し始める。
大陸王の苦悩とそれを支えた友の物語を。
七十六年前――
穏やかな晩秋の大陸で大規模な内乱が勃発した。
「クラフィティ王。西の騎士団からの連絡が途絶えました」
王宮の最奥でクラフィティは頭を抱えていた。
そこへやってきたのは執事のアルバスであった。
アルバスは部屋に入るなりに跪く。
「ヘルニスめ……本当にこの大陸を乗っ取るつもりか?」
ランバール・ヘルニス。
クラフィティが設立した騎士団の初代騎士長を務めていた、気高き男であった。
ブレのない信念、貫き通される意志、そして冷酷なまでの強さを持っていた。
「ヘルニス様……いや、ヘルニスに従う軍勢はおおよそ二千。しかしいずれも一騎当千の猛者ぞろい。ここは……王自ら戦場におもむかれるのが宜しいかと」
「クラフィティ伯爵!」
急に扉が開かれる。
そこに入ってきたのは赤い髪を持つ、力強い瞳の青年だった。
「ルーク・スカーレット……何故貴様がここにいる!」
アルバスの声を視線で流して、ルークはクラフィティの側へ歩み寄る。
「貴方は戦場へ行くべきではない。ヘルニスの始末は私がします」
「ルーク……」
ルークは真っ直ぐにクラフィティを見ながら続ける。
「王とは大陸の象徴です。例えあなたが不老不死の呪いにかかっていようとも、あなたは戦地で血を流すべきではない」
ルークはゆっくりと跪く。
「ヘルニスは私の手で止めてみせます。しかし、私の身にもしものことがあったら、息子を……シルクのことを守ってやってください」
ルークは王室を後にする。
「ルーク・スカーレットめ、王に向かって進言するとは無礼極まりない」
「アルバス。私は王だが神ではない。民の思いも知らなければならぬし、民の意志を見守る責任がある」
クラフィティはゆっくりと城下を見下ろした。
そしてルーク隊が西方へとむかってから二週が経ち、ついにヘルニスの軍勢を打ち破る。
しかし後一歩の所でヘルニスに逃げられてしまったのだった。
「ルーク・スカーレットただ今戻りました」
王室に戻ってきたルーク。
「ヘルニスは仕留め損ねたか……だが内乱は終わった。良くやってくれたルーク・スカーレット」
「はっ」
「しばらく休みを取ると良い。シルクは城下の空き家で預かっている。迎えに行ってやりなさい」
ルークはその足でシルクを迎えに行った。
城下街の外れ、王家が管理する空き家。
その扉をゆっくりと開く。
「……こ、これは!?」
室内に飛び散ったおびただしい血。
扉の前に横たわる男の亡骸。
そこにシルクの姿は無かった。
「――!手紙?」
机に置かれた手紙を手に取る。
『ガキは預かった、返して欲しければ1人で嘆きの丘へ来い』
「双蛇に冠……ヘルニスのマークか」
ルークは手紙を握り潰す。
そして抑え切れぬ怒気を放ちながら出ていくのだった。
そしてこのことにクラフィティが気付くのは日付が変わる頃であった。
――嘆きの丘。
植物は鬱蒼と生えるのに、何故か葉をつけない特殊な大地に覆われた丘である。
「来たか、ルーク・スカーレット」
その中腹にヘルニスはいた。
「ヘルニス貴様、シルクを何処へやった!」
放たれる怒気を、ヘルニスは鼻で笑い飛ばす。
「ふっ、たかだかガキ1人に何を熱くなっている?ガキならそこにいるだろう?」
ヘルニスがルークの後ろを指差した。
振り返るルークの目に写ったのは、枯れた木に眠らされたまま吊されるシルクの姿だった。
「シルク、シルクー!」
取り乱したルークがシルクの元へ駆け寄ろうと身を翻した時。
「――がっ」
ヘルニスは無防備なルークの背中を躊躇なく切り裂いた。
ふらつくルークに更に無情な刃が迫る。
「貴様のせいで私の計画は狂った。息子もろとも死して償え、ルーク・スカーレット」
背を裂かれ、腕を斬られ、四肢を傷つけられてもルークは立っていた。
一歩たりともシルクには近づかせまいとただ立ちすくむ。
「心折れぬか……ならば足を切断してやろう。そうしてゆっくりとガキを殺すとしよう」
「き、貴様ぁぁあっ!」
無情にも切り取られる両足。
「ふん…………むっ?」
ヘルニスがルークの横を通り過ぎようとすると、足を何かに掴まれた。
「汚らわしい。その手を退けよ」
ぎりっ、と握り締める手。
ヘルニスはため息を吐く。
そして刄を振り上げた。
「ぐぁぁぁぁぁあっ!」
右手を失ってなおルークはヘルニスをにらみ続けた。
そんなルークを嘲笑してヘルニスはシルクの元へと歩み寄る。
吊していた紐を切り裂き、ヘルニスの手にシルクが。
「まだ息はあるなルーク?見るが良い貴様の子供が殺される瞬間をな」
左腕でシルクを鷲掴みにし、右手に握られた剣を引く。
そして、小さなシルクの喉元目がけて振り切られる。
「シルクぅぅぅうっ!!」
ガキィィィィィン。
鉄と鉄のぶつかり合う音が丘に響き渡る。
「貴様は……オルター・クラフィティ」
「久しいなヘルニス」
ガッと剣を振り払い間合いを取る2人。
クラフィティはちらりとルークを見た。
「気高き騎士ルーク・スカーレットよ。君の子供は、いや君の血縁は私が守ると誓おう」
「クラフィティ伯爵……」
「来るのが遅れた、済まなかった」
飛び出したクラフィティ。
ヘルニスはシルクを投げ捨てクラフィティの刄を受け止める。
ルークは左腕一本でどうにかシルクの元へと、駆け寄った。
そして愛しい我が子を抱き締める。
「シルク良かった、良かった。父はここで逝くがお前はあの気高き王をいつまでもお守りするのだ」
ルークの視界が消える。
「シルク……愛している」
シルクを抱き締めたまま息耐えたルーク。
半日続いたヘルニスとクラフィティの死闘も、不老不死の呪いを持つクラフィティの特異性が勝りヘルニスは死んだ。
そして四十年が経つ。
クラフィティはシルクを立派な騎士へと育て上げ、側近として一番近くに置いた。
「クラフィティ伯爵」
「何だシルク・スカーレット?」
「東方での暴徒が勢力を増してきているようです。私が行きます」
「ならぬ。私が出よう」
クラフィティは杖を手に歩きだす。
「私の使命はあなたをお守りすることです。例えあなたが不老不死の呪いにかかっていようと、王たるあなたは戦地で血を流すべきでない」
シルクの言葉にクラフィティは驚く。
「……ふっ。知らぬはずの父と同じ台詞で私を諭すか。スカーレットの血は実に面白いな」
「……?どういうことですか?」
「何でもない。行くぞシルク・スカーレット。それほどまでの忠義、戦地で私を守り通すことで見せてみせよ」
「はい!」
「そしてその戦いの中でシルク・スカーレットは命を落とした」
クラフィティはシルクハットを取る。
「君の先祖には私の命を幾つも救ってもらった。感謝している」
「クラフィティ伯爵……」
「君の祖父であるシルクを失ってから、父ハルクと君を私は陰ながら見守ってきた」
その時、頂上で大爆発が起こる音がしてクラフィティが振り返った。
「どうやら私もここまでらしい。直にこの幻影も消えるだろう」
「幻影?じゃあクラフィティ伯爵はまだソフィアと?」
クラフィティは真っ直ぐにミカエルを見つめる。
「ミカエルよ。お前ほどの精霊ならば『鍵』は持っているだろう。シルクを殺されたくなければ開くのだ……『ヘブンズ・ドア=天界の扉=』を」
二度目の爆発でクラフィティの姿が弱々しく波打った。
「ここまでだな。シルク・スカーレット、君は王となり何を成す?」
「……誰も傷つかなくて済む暖かな世界を僕は作ります」
真っ直ぐな瞳。
クラフィティは笑った。
「さらばだシルク・スカーレット。君の覚悟上から見届けよう」
そしてクラフィティの幻影は消え、頂上はおぞましい程の魔力で包まれた。
『シルク、行きましょう。クラフィティの死を無駄にしてはいけない』
「うん……わかってる」
オルター・クラフィティ死亡。
このことによりソフィアが晩秋の大陸の新王となった。
四日後。
炎王の城へと辿り着いたシルク。
王を決する最後の戦いは翌々日と決まる。
その頃、他の全ての大陸で新王が決定した。
早春の大陸はワイズ・スプリング。
晩秋の大陸、"波乱を呼ぶ者"ソフィア。
厳冬の大陸はグレイシアを破り、謎の刺客サスケが新王となった。
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