聖霊の宴

小鉢 龍(こばち りゅう)

文字の大きさ
21 / 32
下・聖剣の大陸

束の間の帰郷

しおりを挟む




4の大陸王が選出され、終演の満月が大陸に浮かんだ日から7日。



『……やっぱ様子がおかしいぜ?』

とある山脈の坑道でフレアは身を潜めていた。

イフリートの言葉にフレアが小さく頷く。

「大陸王は決し、アバンカールドはその姿を見せた……だが、イフリートは消えていない」

『ああ、しかもどうやらオレだけではないらしい』

「……他の精霊もまだこの世界に留まり続けているというわけか」

パキッと炎の中で薪が割れる。

宙に舞った炭がフレアの魔力で粉々に砕け散る。

「ふむ……アバンカールドはまだオレ達、宴の参加者に何かをさせるつもりなのかもしらんな」

真っ暗な闇に浮かぶ三日月を見つめるフレア。

『よぅ、気付いているかフレア?

終演の満月が出た時から、おぞましい魔力が大陸に溢れてきている』

「ああ、今までで最悪に邪悪な魔力だ。これは"普通"じゃない」










大陸の中心・フレア城改めシルク城から最も離れた地、灰炎にシルクは帰ってきていた。

「よし、あとはあの山を越えたら灰炎だ。リコやサモンおじさん、村の皆は元気でやってるかな?」

『シルク、何故タラリアを使わないのです?わざわざ陸を進んでこんなに時間をかけなくても』

ミカエルの言葉にシルクは笑う。

「良いんだ。今まで僕を育ててくれた土地に成長した自分の足で帰る。

それが今までの恩を皆に少しでも返す方法だと思うから」

そう言ってシルクはまた歩き始める。

つかの間の休戦の最中だからか、足取りは軽い。














終わりを告げる満月の夜。

シルクが城で休息をとっていると、突如辺りがまばゆく光りだした。

「くっ、なんなんだ!?」

『……落ち着いてシルク。これは……』


戦闘体勢に入ろうとしたシルクを制するミカエル。

すると光は一点に収縮し、その影に人が現れたのだった。

『初めまして、こんばんは新たなサマー・グラウンドの王』

「はっ!……君は天使なの?」

ミカエルの様な純白の衣に身を包み、背中からはたくましい翼が生え、頭上に光の輪が煌めく。

ミカエルとの違いといえば少し弱々しく見える杖を持っていることだろうか。

『私は"通達する者"。名をメゼシエル。』

「通達する者メゼシエル。ミカエルは彼を知っているの?」


ミカエルとメゼシエルはお互いを見つめる。

無表情なミカエル、メゼシエルはにっこりと笑った。

『私は神に使えていますが大天使様が知らぬのも無理はありません。

私は一介の下級天使に過ぎませんので』

申し訳なさそうに眉をひそめるミカエルに、メゼシエルはまた微笑む。

『それでは本題に入りましょう。

今日私が地上に出向いたのは他でもない。神の意志を大陸の王達に伝える為です』

「神の意志……?」









『新たなる王達よ。真の王を決める戦い、それぞれの意であるならば認めよう。

これより三つ月の後、統一王になり得る資格があるのか各々に試練を与える。

それを乗り越えた者達で統一王を決める。異論はないものとし、しばしの休戦を自らの意志で過ごすがよい』

メゼシエルは神からの言葉を伝えると、またにっこりと微笑む。


「3つ月の休戦――そして試練に統一王……」

『手の内は明かしていませんが今回の王達も相当な使い手ばかりです。

鍛練に励みますか?シルク』

ミカエルがそう尋ねるとシルクは優しい表情で言うのだった。

「そうだね。でもまずはサモンさんとリコに会いに行きたいな。

村の皆がビックリするんだろうな。僕がサマー・グラウンドの新しい王になったなんて言ったら」

そう言ってシルクは「ははは」と笑った。

久しぶりに見るシルクの歳相応な笑顔にミカエルも安心するのだった。

『それでは私はまだ他の新王達に通達に行かねばなりませんので、これで』

右手をさっと胸にあてながら深いお辞儀をすると、まばゆい光に包まれメゼシエルは去っていった。








灰炎の手前にある山の頂上にシルクは立っていた。

陽も傾きだしたが、あとは真っすぐに山を下るだけ。

山頂から今来た道を振り返ると、この数か月の壮絶な日々が走馬灯の様に蘇るのだった。

「フレア王はいなくなってしまったし、マリアさんは未だ眠ったまま。

クラフィティ伯爵は死んでしまって……」

シルクはぐっと拳を握り締める。

その視線の先にはいるはずのないソフィアの姿が写っているのかもしれない。

『シルク、さぁ帰りましょう』

ミカエルがそっと、握り締められたシルクの拳に触れる。

シルクは少し眉をひそめながら笑って、また歩きだした。


その時だった。

「――――なっ!?」

『何ですかこの得体の知れない、おぞましいばかりの狂気は!?』

急に重力が強くなったかの様に全身にのしかかった狂気。

心臓が慌てて脈をうち、冷や汗が全身から流れ出る。

それは一瞬にして治まったが、今までの何とも比べようのない恐怖をシルクは感じたのだった。

「何だったんだ……今の」

しばらく辺りに気配を感じないか探ってみたのだが、何もない。





陽はもう頭の先だけをどうにか出しているだけで、遠く山々が作る地平線に飲み込まれようとしていた。

『敵だったのかどうかは分かりませんが、どうやら今は仕掛ける気はないらしいですね……

さぁもう少しです。シルクの故郷に帰りましょう』

ミカエルに諭されシルクはようやく臨戦体勢を解く。

そして深呼吸を三度して山を下っていくのだった。 






夕暮れの街並みから出る白い煙。

それはほのかな風とともに夕食の香ばしい香りを届けるのだった。

「ただいま」

灰炎と崩した文字で書かれた看板を過ぎて小さくシルクがそう言った。

家の横にはそれぞれの畑があり、それぞれが責任を持って管理している。


「シルク!シルクじゃあないか」

瑞々しいとうもろこし畑を横切ると草影から声がして、シルクは立ち止まる。

「こんばんはリンダさん。今年のとうもろこしもまた一段と瑞々しくて美味しそうですね」

シルクが笑うがリンダの顔は晴れない。

「どこも怪我はしてないのかい?辛いこととか無かったかい?

サモンさんからあんたが宴に呼ばれたと知らされた時に、私はどれほど心配したことか」

リンダは畑から出て、シルクにゆっくりと歩み寄る。

「辛いことがなかったわけではないですが、身体は無事ですよ。心配かけました」

シルクはそう言ってリンダの手を取る。

「あんたが無事なら良いんだよ。さ、早くサモンさんのところに行っておやり。

リコも……いや、私が言うことじゃないね。さ、サモンが一番あんたの心配をしていたんだ、顔を見せて安心させておやりね」


「はい。では」

手を振って歩いていくシルクを、リンダは辛そうな表情で見送っていた。







サモンの家は村の奥にある。

シルクがゆっくりと歩いていく。

夕飯の煙がそれぞれの家から立ち上る。

しかしサモンの家にだけは煙がなかった。

「あれ?おかしいな。いつもだったらこのくらいの時間には夕飯を食べているはずなのに」

そう疑問に感じてシルクは僅かながら歩調を早める。

そして玄関に手をかけた瞬間だった。

「――なっ!?」

再び感じるおぞましいばかりの狂気。

シルクは震えそうになる手で玄関の扉を開いた。

「ぐっ……中でいったいなにが起きているっていうんだ?

サモンさん……リコ……」

扉を開くと中から狂気が溢れだした。

身を圧迫されるほどのそれにあらがい、シルクは中に入っていく。

茶の間にもサモンはいない。

台所も何もない。

サモンの部屋も布団が一式敷いてあるだけ。

「奥……リコの部屋か?」

シルクはサモンの部屋の襖(ふすま)を締め、一番奥のリコの部屋へと向かう。


陽は落ち、民家の灯りだけが辺りにこぼれる。

「リコ……サモンさん……無事でいてくれ」

開かれた扉の向こうの光景にシルクは言葉を失うのだった。







たった一本のロウソクに照らされる部屋は薄暗く、熱気が充満していた。

その真ん中で布団に横たわるリコと、リコの前に座り何かを唱えるサモンの姿。

そして、それを部屋の片隅で見つめるフレアとイフリート。

「リコ……?リコ!!」

リコに駆け寄ろうとしたシルクをフレアが腕を掴んで止める。

「フレア王……」

「王はお前、ただのフレアで良いよ」

フレアは掴んでいた腕を離す。

「これはいったいどういうことですか?リコの身に何があったって言うんですか?

何で……元大陸王のあなたがこんな地にいるんですか?」

シルクの瞳は哀しげで、自らの無力を嘆いているようだった。

フレアはそんなシルクを見て優しく微笑む。

「どうやら一段落付いたみたいだ、さっきの質問にはちゃんと答えるよオレとサモン様でな」

サモンがゆっくりと立ち上がる。

振り返ったサモンの額には滝の様に汗が伝っていた。

「サモンさん?あなた……いったい何者なんですか?」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...