聖霊の宴

小鉢 龍(こばち りゅう)

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下・聖剣の大陸

風の来訪

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城に戻ったシルクが歓喜の声をあげた。

それはシルクが思ってもいなかった人物が出迎えてくれた為であった。

「おかえりなさい、シルク・スカーレット」

金髪の長い髪が風にさらりと揺れる。

その肩には水の精霊が乗っている。

「マリアさん!もう歩ける様になったんですね、良かった」


シルクは十数の階段を駆け上がる。

近づくとマリアの額にうっすらと汗が光っていた。

「……まだ痛むんですね?」

シルクはマリアのわきばらを見て眉をひそめる。

マリアはシルクの肩に優しく手を置く。

「新王様がなんて顔をしているの?一介の銀行員が怪我をしたぐらいでしょ?」

マリアは笑って肩をポンと叩いた。

シルクは力強く首を横に振る。




シルクは真っ直ぐにマリアを見る。

「考え頭を抱えよ、されど決して俯くな。民を守る為の盾となれ、されど決して折れてはならぬ。

民の安寧を全てとし、されど決して自らを犠牲にするな。

王とは民の為にある。しかし王も民の1人だということは決して忘れるな」

マリアはその表情にドキリとした。

いつか湖であった少年は、周囲の人を守る男となり、いつのまにか民を護る王となっていたのだ。

「フレアさんから教えられたその言葉を僕は胸に刻みました。

この世界に"たかが"なんて言葉を使う人は誰一人いません。皆が僕を支えてくれているんです」

マリアは笑って頷いた。

「そうね。もう十分に立派な王になったのねシルク」

シルクはにっと笑う。

「……さて、私の身体のことは置いておいて。

今日はあなたに来客が見えているわよ?」

「来客、僕に?」

「ええ、立夏の大陸王に会う為に早春の大陸王が直々に見えているわ」







「早春の大陸王……ワイズ王が!?」

その時、柔らかな風が吹き抜け、シルクの目の前にワイズが現れた。

ワイズは驚くシルクに微笑む。

「こんにちは立夏の大陸王」

たたずまいで分かる、王としての資質。

伸びた背が、真っすぐな瞳が、柔らかな物腰の奥に隠れる研ぎ澄まされた魔力が、自ずと頭を垂れさせられる。

「今日は君に話があって来たんだが……時にシルク・スカーレット」

「え、はい……!!」

一瞬にしてワイズは姿を消し、シルクの背後を取る。

その手に握られた『そよ風のフルート』には鋭利な風の刃がまとわれている。

首に突き付けられた刃がシルクの首の皮一枚を切り僅かに血が垂れた。

「これから統一王の座をかけ争おうとしている僕が君の城にやってきたのに、魔力を一切纏わないとは甘過ぎやしないかい?」

「……わ、ワイズ王?」

「現に君は背後をみすみすと奪われ、今まさに命を僕に握られてしまった。

神の啓示が休戦を謳ったからといって、素直に休む理由などないだろう?

さぁシルフィード……」

解き放たれた魔力がシルクの肌を震わす。

そしてワイズが風の刃を振り上げた。







嵐の様な凄まじい風を纏うフルートが振り下ろされる。

「――くそっ」

シルクの無防備な頭をフルートがコツンと打った。

「……なんてね」

「――へっ!?」


ワイズはギフトを解除して、大げさに手を挙げた。

「冗談だよ、冗談。今君を殺す理由なんて一つも無いしね」

『……まったくワイズは本当に悪戯が好きね』

シルフィードがワイズの肩にちょこんと乗り、呆れ顔でそう言った。

シルクはまだ現状が理解出来ずにいるのだが、悪戯に成功したワイズは満足そうに笑っている。

「えっと……つまり、どういうことかなミカエル?」

シルクはミカエルに頭を向ける。

ミカエルはそんなシルクを見て、「ぷっ」と吹き出した。

『つまり……ああいうことでしょう?』

そう言われてワイズを見ると、ワイズは真剣な顔で手を出していた。

「立夏の大陸王シルク・スカーレット。君と協定を結びに来た」








客間に移動したシルクとワイズ。

簡単な家屋くらい入ってしまいそうな程に広い客間。

その中央にはガラス製のテーブルとアガシアの木を削って造られた椅子が向かい合わせに置かれている。

大きな窓からは城下が一望でき、ワイズは満足げに口笛を一息ついた。

「お茶をお持ちしました」

マリアがノックをしてから客間にやってくる。

その手には2人分のティーセットがあった。

「良い香りだ。アルグレイと僅かなオレンジペコがブレンドされている様だね」

ティーカップを手にとって香りを確かめたワイズがそう言った。

マリアは驚いた様に目を見開く。

「ふふ、どうやら当たりの様だね。君のオリジナルのブレンドかな?なかなかセンスがあるね」

「あ、ありがとうございます。

それでは私は失礼いたします」

マリアは深々と頭を下げて客間を後にした。

「お茶も嗜(たしな)まれているんですね」

シルクはゆっくりと香りをかいだが、全く茶葉の種類など分からず眉をひそめた。

「100余年も王をしていると、なかなかどうして時間を持て余すことがあってね。

気ままに大陸を巡っては色々な地の様々な特産物を見たりしてね、いつの間にか詳しくなっていたのさ」

ワイズは笑って紅茶を一口すすり、「うん」と言って穏やかに頷いた。





ワイズは静かにティーカップを置く。

そして真剣な表情で話を始めるのだった。

「さて、今回僕がここにやってきたのはさっきも言った様に君と協定を結ぶ為だ。

協定を結ぶ利点は単純だ。厳冬と晩秋の王はまず間違いなく手を組むことはない。

一個人としての魔力や戦闘能力はこれまでに類を見ないが、君と手を組むことでこちらは大陸王2人で戦うことができる。言うまでもなく有利に戦えるだろう」

シルクはゆっくりと頷く。

「そして自ずと問題は統一王のことになるのだが、安心して欲しい。

僕は統一王の座に欠片ほどの興味がない。つまり厳冬と晩秋、2つの王を落としたあかつきには君が統一王になることとなる。

どうだい?悪くない話だろう」

ワイズの言葉にシルクの反応はなかった。

冷たい沈黙が流れる。







「……一つだけ聞いても良いですか?」

シルクが口を開く。


ワイズは両肘をテーブルにつき、手を組んでその上からシルクを見る。

シルクは静かに言うのだった。

「……あなたは今、2つのウソを吐きましたよね?

それは何故ですか?」

ワイズは組んだ手で口元を隠し、シルクに悟られぬように笑った。

「ウソ?なんのことかな?」

ワイズは上体を立たせ、両腕を上げてみせる。

シルクは大きく息を一つ吐いて、言う。

「一つは統一王に興味がない。ということ。

もう一つは……」


シルクはワイズの瞳を真っ直ぐに見つめている。

ワイズもまた目を逸らすことはない。

「僕達2人が組むことで、戦いを有利にできるということ」

「…………

ふっ」

ワイズは声を出して笑った。

とても愉快そうに。

「気に入ったよ、シルク・スカーレット。

最初はただフレアの頼みで君をサポートしようと思っていたのだが、気が変わった」

『……ワイズ?』

シルフィードが心配するかのようにワイズの周りを優しく飛ぶ。

「大丈夫だよシルフィード。少しだけ興奮してはいるけれどね」


「いやはや、流石は立夏の大陸王と言うべきなのか、スカーレットの血縁と言うべきなのか……」

ワイズは興奮からか、飲み干しているティーカップに何度も手を掛ける。

「確かに私は統一王に興味がないわけではない。

しかしある事情で……これはまだ君にも言えないことなのだが、私は統一王になることはできない」

「統一王になることはできない?」

シルクが聞き返すとワイズはにっこり笑い、口元に人差し指をたてる。

「そして君と組むことでたてる。戦いを有利にできるという点。

言い換える必要はなさそうだが、敢えて言おう。

晩秋の大陸王・ソフィア。厳冬の大陸王・サスケ。この二王に打ち勝つには私達は手を組まざるを得ないのだ」







ワイズの言葉に濁りを感じたシルク。

「……隠し事は止めませんか、ワイズ王?」

シルクの声にワイズは笑った。

シルフィードは光りながらワイズの周りを飛び回る。

「この戦い、僕を引き入れることでワイズ王、あなたは本当は得るものなど無い。

違いますか?」


ここで初めてワイズは獲物を狩る猛獣の様な瞳をした。

ピリッと痛い空気が辺りを覆う。


「君は洞察力が高いようだが本質を見落としてしまいがちだね」

鋭い瞳と柔らかな口調のミスマッチ。

シルクは無意識にいつでも臨戦態勢を整える心構えをしていた。

「君は……


この戦いの勝者が既に決まっていると知ったらどうする?」


「この戦い……聖霊の宴の勝者が既に決まっている――?

言っている意味が分かりません」

シルクは動揺していた。

はっきりと意識して、ワイズの瞳を見つめなければ、それが伝わってしまうほどに。

「これまでに約30の大陸王と5の統一王が生まれた。彼らは幾多の戦いの果てにその座を掴んだわけだが……

その影に倒れた数え切れぬ宴の参加者達はきっと、王なる者との戦いでこう感じたはずだ。


――持てる物が違う。と」

ゾクッと背筋が凍るほどに冷たい瞳。

冷や汗がシルクの額を伝い、それに気付いたワイズが眉をひそめて笑った。

辺りに漂う空気が柔らかくなる。

「ではその持てる物とは何か?

バトルセンス、カリスマ性、才能、努力、英知、身体能力はたまた強い精霊を呼び込む運だろうか?

答えはそうであり、そうではないと言える」

「……じゃあ、その持てる物とは、なんなんですか?」

シルフィードがくすりと笑う。

「それは『血』だ。

今にあげた幾つもの力、才というものを全て包括したもの、それが王足りえる血なのだ」






「しかし、王の子供がその座を引き継ぐ世襲性ではないこの時代だ。

しかし、あたかも神の意志かのように、これまでの王にはある血を継いでいたという事実がある」


「ある血……?」

ワイズはゆっくりと視線をシルクからミカエルに移した。

それに気付いたミカエルがここで初めて口を開く。


『シルク、あなたもサモンから聞いていたでしょう?

錬金術師『アーケイム・スカーレット』。魔導士『ヴァイズ・ブリンガー』。魔闘士『ブレイブ・サミュレット』。祈祷士『プリエスト・ロッカレッチ』。先導士『ロウラル・クリリエント』。

つまり彼ら5人の血を受け継ぐ者が宴の勝者となる。そういうことですね、ワイズ王?』

ワイズは口元を緩める。

辺りはすでにオレンジに染まり、はぐれ烏が火山を越えようとしていた。

「その通り。しかし、もう1つの血が抜けている」

「……ソフィア族」

「――!!

ふっ、その通りだシルク」

ワイズは立ち上がり城下町を眺める。

「始まりの5賢者と波乱を呼ぶ者。これらの血縁こそが王たる血なのだ。

シルク君は、今までに何度もスカーレットの血を引く者と言われたことはなかったかい?」






シルクは確かに覚えがあった。

クラフィティ、サモン、フレアにワイズ。

今思えば皆が確かにシルクをその血で呼んだ。

「スカーレットは5賢者の中で最も力を持ち、5賢者の中で唯一ソフィア族に対抗し得る血族なのだ」

ワイズは窓際からゆっくりとシルクに歩み寄る。

そして女性の様に綺麗な手を差し出した。

「分かっただろう、シルク・スカーレット?この戦いに勝つために君の力が必要なのだ。

今一度言おう。私と手を組んで欲しい」

シルクはその手をゆっくりと掴む。

『……シルク?』

シルクは分かっていた。

今必要とされているのは「自分」ではなく「スカーレットの血」だということ。

それでも協定を結んだのはただ、風の様に奔放で力強いワイズという人物に惹かれてしまったからに他ならないことも。






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