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下・聖剣の大陸

闇の侵攻

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闇が蠢く。

光の一筋すらも遮断された洞穴の中でリコは鎖で磔にされている。

狂気は辺りに漏れ、弱い動植物は狂気に当てられ狂い死んだ。

「……この娘が器として機能するまでにどのくらい掛かるんだ?」

ソフィアは煙草に火を点ける、

わずかな灯りが回りの湿った岩肌を照らして消えた。

『本来ならば7日。

だがまぁ、この娘の狂気を以てすれば3日とかからないだろう』

ルシファーはリコを眺める。

一糸纏わぬ姿のリコの全身には血の刻印が刻まれていた。

刻印は溢れ出す狂気を血のように鎖を這って滴らせ、リコの足元で蠢いていた。

「なら、少なくとも3日は時間を稼がなきゃならないってわけか……面白い」

ソフィアはオーパーツであるグレイプニールを招来した。

「奴等の躾も済んだところだし、余興を楽しもうじゃないか」

グレイプニールが円を作りその中からヘドロの様に粘着しつな闇が溢れる。

それはボトボトと剥がれ落ち三人の人間を呼び出した。

「ああああああっ」

「ぬおおおおっ」

「…………………」 

生気のない瞳。

身体は弛緩しているかのように力が入っていない。

しかし、だらしないほどに揺れるその姿からは想像もしないほどの魔力と狂気をそれぞれが放っている。

「さぁ"闇の軍勢"よ。

残る大陸王共を殲滅せよ」

「おおおおあっ」

グレイプニールの闇の中に消えていく三人。

『一応保険だ我々も行くぞ』

「ふーん。ルシファーにしちゃ慎重だね」

『まぁな……



そりゃあ慎重にもなるさ、天界転覆の大事なピースだからな』

「ん?何か言ったか?」

ルシファーの言葉をソフィアは聞いていなかった。

ルシファーはソフィアに見られないように残酷に笑う。

『いいや、何でもないさ』

そして二人は闇の中に消えていく。

ソフィアですら知り得ないルシファーの残酷なシナリオが歯止めの効かないままに加速していくのだった。



そして厳冬の城ではようやくサスケが正気を取り戻した。

サスケは辺りをキョロキョロと見渡し、様子を聴く。

「拙者は……負けたというのか?


勝利の槍は拙者を勝者には仕立てあげてはくれなかったのか」

サスケはすっかりと気迫がなくなっていた。

オーディンはただ黙している。

シルクの『呪浄』の力でどうにか一命をとりとめるに至ったワイズ。

「君は本当に強い男だったよサスケ。
おそらくは、いや。まず間違いなく僕にしろシルクにしろ一対一で君と対峙していたなら勝利はなかっただろう」

「早春の……」

ワイズはゆっくりとサスケに近づく。

そして手を差しのべた。

「けれど君は最後の最後で自分の力を信じてやることができなかった。

勝利の槍を手にした時から君の負けは確定していたのかもしれないね」

サスケはがっちりとワイズの手を握った。

ワイズは盲目のサスケにも分かるように差しのべた手に魔力を集めていた。

ワイズに引かれゆっくりと立ち上がるサスケ。

「立夏の……」

「はい」

シルクはサスケを見つめる。

「君の光はただの力ではない。そう感じた」

「……」

「拙者は拙者の力を誇示する為だけに統一王の座を求めた。

だが君の覚悟はそうではない。他を護る為の力が君の本質であろう。

だが君もまた忘れてはならない。我らの矮小な正義と言う心の中には必ず打ち消せぬ巨大な悪が根元にあるものだ」

サスケを圧倒したシルクの普段とは違った姿。

それが巨大な悪なのかは分からないが確かにその存在はシルクに恐怖を抱かせ。


その時、全大陸に暴風が吹き荒れた。

強大な風は山を街を飲み込み打ち砕く。

暗黒の霧が立ち込め、人々は恐怖に震えながら身を縮めるしかなかった。

「な、なんだありゃあ」

風はすぐに止み、ただ非情なまでの爪痕を大地に刻み付けて去っていった。

屋外へ様子を見に出た人々がその異変に固唾を呑む。

「終わりだ……もうこの世界は」

「神様……」

暗黒の霧が光を遮断し心細い松明の灯りだけが辺りを照らす。

真っ黒な空。

そこには悪魔の如く真紅にどす黒く輝く月が光っていた。

世界の終焉まで残り








3日。










そして厳冬の城にいたシルク達も世界の異変に気づく。

「これは……」

元凶は誰もがはっきりと分かっていた。反応はまちまちだった。

これまでの何とも比べがたい邪悪な魔力に、自身の怪我も合間って額に手を当てたワイズ。

自らの力を図りたいが為に、これほどまでの悪魔に挑もうとしていたのかと、愚かさを知ったワイズ。

そして

「初めて見るな……彼があそこまで怒りに打ち震えるのは」

わなわなと手を震わしシルクは歯を喰い縛っていた。

その横で顔を歪めて西方を睨み付ける者がいた。

「ミカエル、君は……いったい何を知っているんだ?」








大気が揺れる。

木々がざわめき、ある地点から同心円状に広がる狂気の波が大地を這う。

その一線から一際強大な魔力を持った何かが厳冬の城へとたどり着く。

戦士の勘とも言える第六感でそこにいた全ての者が部屋の中央を向く。

不自然な闇が床から湧き出て、まるで間欠泉の如くおどろおどろしい闇を辺りに撒き散らす。

「なんだこれは・・・?」

サスケは無意識の内に自分が一歩退いていたことに気づく。

ワイズはサスケの槍に貫かれた部分を抑えてそれを見ている。

「来たな・・・・



ソフィア!!!!」

誰もが想像していなかった。

怒りに身を任せ初撃を放ったのはシルクだった。

強い光の筋が部屋を切り裂き闇に向かっていく。

不快な音を立てながら闇が伸びシルクの光を飲み込んだ。

そしてその中から不敵な笑い声が響く。

「くはははは。

所詮カスの力はカスだな」

気味が悪いほどに黒い煙がタバコからもくもくと立ち上る。

身に纏った闇を振り払いソフィアとルシファーが姿を現した。

しかし蠢く闇はまだ依然としてソフィアの下の床を這い回っていた。

「んーー?」

ソフィアは辺りを見渡す。

そしてボロボロになり死闘を終えた三人の戦士を見て鼻で笑った。

「大陸王三人が戦って一人も死んでねえのかよ。想像以上に腑抜けばっかだったようだな。

よおカス・・・何にらんでんだよ、あ?」

明らかな敵意を放ちながらシルクはソフィアを見つめていた。

ソフィアはタバコを床に捨てて黒い革靴で踏みつけて火を消した。

「文句なら戦いの中で聞いてやらあ。

・・・・ま、てめぇみたいなカスがこのオレ様と”闘い”が出来たらの話だけどなぁ!」

ソフィアが飛び出そうとした瞬間。

『止めろ』

冷たい言葉が小さく部屋を貫く。

その聞き入らなければ逃してしまいそうな声量とは裏腹に込められた強大すぎる邪悪にその場にいた誰もが身を縮めるほどだった。

『ここへ来た理由を履き違えるな。

こんなカス共はあいつらに任せておけば良い。

我々は”高みを目指す”』

その最後の一言にミカエルの表情が変わる。

『ルシフェル貴様、禁忌を犯すか!!』

『禁忌・・・?』

ルシファーはミカエルを見る。

その口調と手振りは感情の高揚と共に大きく強くなる。

『英知を得ることは悪か?力を求めることが邪であると言うか?奴らはただその高みにある自らの椅子を守るために禁忌という枷を我らに与え給うたのではないのか?

私は奴らを・・・”神”を嫌悪する!!』

ルシファーはよほど興奮していたのだろうそう言い終わると息を弾ませていた。

そして最後に静かに言う。

『見ていろ大天使よ。私は貴様が敬愛する神を地に落とし世界を暴虐と戦慄の渦中に突き落として見せよう』

ルシファーがパチンと指を鳴らすと蠢く闇がソフィアとルシファーの目の前に現れた。

二人はゆっくりとその中に入っていく。

『待ちなさいルシフェル!!』

ミカエルの怒号に反応したかのようにシルクが飛び出していた。

「言っただろうが、てめぇじゃ俺様の相手には足りねえ」

あと数センチでソフィアの服を掴めるシルクの前に闇が現れ、ソフィアとシルクとを遮断した。

『闇の配下達とせいぜい戯れるが良い』

闇の中でルシファーが振り返ると闇は霧散して消えた。

そこにはもうソフィアとルシファーの気配はなかった。


「くそっ」

シルクが怒りを地面にぶつける。

「おっと……憤っている場合では無いようだぞ」

何者かの気配を察知したサスケが縮地法でシルクの背を護るように立った。

シルクが振り返ると部屋の中央で蠢いていた闇が、ソフィアが現れた時のように吹き上がっている。

「おおおおおおおぉぉぉっ」

「ぬあぁぁぁぁぁっ」

「………………………………」

そして闇が人の形を現し、中から三人の影が現れた。

その姿は未だに真っ暗な闇に覆われている。

「…………………………ふっ!」

真ん中にいた影が何か刃のような物を地面に突き刺す。

そこから部屋中を飲み込むほどの闇が侵食する。

闇はざわざわと喚きたて、そしてゆうに200人を超える影が現れた。

「なんて数だよ…………」

シルクは愕然とした。

その数多の使い手は、立夏の大陸で捕まえた指名手配犯達とは隔絶された殺気を放っている。

いくら大陸王三人とはいえ、今は全員が大きな傷を負い魔力も底を尽きようとしている。

そんな状態では中央を陣取る先んじて現れた三人はおろか配下200人すら相手にできる状態ではなかった。

「くっ……どうすれば良いのだ」

じりじりと近づいてくる闇の配下達。

三人は段々と壁際へと追い込まれていく。

その時シルクには見えた。

相当な深手を追っていたワイズがその場から動くこともできずに闇に飲まれようとしていたのを。

「ワイズ!『光撃』!!」

光は数人の闇の配下を消し去ったが、途中で闇に飲まれる。

幾度も光を放ったがどんどんワイズの身体が視界から消えていく。

「くそっ、くそっ!


うぉぉぉぉおっ!!」

てを伸ばした先でワイズが見えなくなった。

シルクの全身の血の気が引いていく。

「なぁに?情けない顔ね。


蹴散らしなさい『破壊神の七夢』」

その瞬間、厳冬の城の天井も何もかもを吹き飛ばしながら神々しい光が打ち抜いた。








魔力によって保護されているはずの大陸王の城の半分が消し飛ぶほどの威力。

大空に舞い上がった土煙がゆらゆらと暗黒の雲によって覆われてしまった空を漂う。

闇に溶け込む煙はまるで地平線の境を崩すかのように揺らめくのだった。

「・・・全く相変わらず無茶をするね」

煙をかき分けて出てきたワイズ。

ワイズとシルフィードを匿うように水の柱が天高く伸びている。

その水柱は四本あった。

ワイズはその水柱を精製した張本人を見ていう。

「助かったよ。いくら我々でも彼女のオーパーツから身を守れるほどの力は残っていなかったからね。

強くなったんだんね・・・マリア」

水柱がふっと消え、マリアは照れ笑いをしている様にも見えた。

「いえ、間に合って良かったです。

恐らくシルクと厳冬の大陸王も無事でしょう」

「ああ、助かったぞ」

煙を払いのけてサスケがその姿を現した。

白い道着には埃がついている。

グレイシア、マリア、サスケそしてワイズの無事が確認された。

「・・・シルクは?」

マリアがそう口にして振り返った瞬間だった。

土埃を払いながら地面から岩が隆起して襲いかかってくる。

「『光撃』!!」

光の筋が隆起し貫かんとする岩を消し飛ばす。

マリアの鼻先で岩は止まった。

「シルク」

「今は再会の喜びに浸っている暇はないようだ。

骨のありそうなのが三人・・・深手を負っているワイズは後方で待機して、あとはそれぞれ戦いましょう。・・・・・・来ます!!」

その突進力で土煙が渦巻きながらはれていった。

「僕はあのハットの男を・・・残り二人は頼みます」

シルクはそう言うとシルクハットをかぶった男めがけて飛んでいった。

サスケは大男に、そしてグレイシアとマリアは上背のある男に向かっていく。

「せめてものサポートだ・・・皆、無事で帰ってこいよ」

そよ風が四人の戦士にまとわりつく。

それは優しくも力強く戦士の鎧として害なす物を振り払う。



























































サスケが大男と対峙する。

「・・・・・」

サスケはすぐにその男が、否。

その男たちが正気でいないことに気付いた。

ゆっくりと鞘に収めたままの刀を構える。

「ぬあああああああああっ」

「貴様、何故我らに牙を向けるのだ?」

「ぬあああああっ、ああああああああ!!」

サスケは小さく息を吐いた。

哀れみの念が溢れ出る。

「あやつの何かしらの能力に犯されたか・・・

せめて我が刀でもって安らかに逝くが良い」

サスケの姿が消える。

超速の縮地は目で追うことなど到底叶わず、文字通り視界から消える。

地面を蹴る音は後に響き、無音のもとに相手の喉元へと移動する。

その速力を微塵ほども殺すことなく繰り出される斬撃は無論回避するに能わず、ただ水が掌をこぼれ落ちていくが如く、生命を刈り取る。

「ぬあ?」

大男は右手を上げる。

そこには気味が悪いほど真紅に煌く指輪がはめられていた。

指輪はおぞましい魔力を放つ。

するとまた何処からともなく大地が隆起し突起した岩がサスケを襲う。

サスケは横回転しながら斜めに飛ぶ。

「さっきの娘を襲ったのはこの男か!

小癪な技を使うーーなっ!!」

逃げた先に待ち構える漆黒の闇。

サスケは着地することもできずに体勢を崩した。

「この男……闇の力を使うのか?

しかし、なんだこの違和感は?」


焦土と化した大地に巨大な氷が立ち上る。

その下では壮絶な闘いが行われていた。

「マリア水流弾よ」

「はい!『流翔弾』」

螺旋回転した高圧水流が闇を纏う男に迫っていく。

「がぁぁぁあっ」

男が手を切ると闇が水流を遮る。

マリアの中でもとりわけ攻撃力の高い水流弾を容易く受け止められ、マリアは表情を強ばらせる。

体してグレイシアは笑っていた。

「受け止めたわね。

避けなかったことを後悔しなさい『アイス・ウェーブ』」

凍てつく様な波動を放つグレイシア。

波動は直進して男ではなくマリアの放った水流弾に直撃した。

その瞬間。

「凍れ変質者!」

パキィッ。と高い音が鳴り響き、重厚な水の幕が一瞬にして凍りつく。

それは闇を纏う男をも巻き込んで凍りついたのだった。

「ちょろいもんね」

グレイシアは勝ち誇った様にそういうと笑った。

「あれだけの流動する水を一瞬で凍らせるなんて、なんて桁外れの魔力なの!

流石ですグレイシア様」

マリアがグレイシアに駆け寄る。

「…………喜ぶのは早いみたいよマリア。

全く、しつこいオヂサンは嫌われるわよ?」

氷が割け、闇が飛沫のように吹き上がる。

黒い雨が氷を侵食し、闇が蠢いて人が現れた。

「はっ……あれは」

マリアはその男の正体に驚愕する。

「何でよ……あなたはシルクに負けて、ソフィアによってコロサレタト聞いたのに。

何であなたが今目の前にいるの!……ゲセニア・アルボルト!?」





そこにいたのは紛れもなくゲセニア・アルボルト本人であった。

宴の席で闇の絶対防御を駆使しシルクを苦しめた男。

シルクの目の前でソフィアのきょうじんに倒れ闇に飲み込まれたはずのゲセニアが、より強靭な闇を纏ってグレイシアとマリアの前に対峙しているのだった。

「知ってるのマリア?」

グレイシアの問いにマリアは答える。

そして口を開くとある結論に至るのだった。

「さっきの岩の攻撃も私は知っている。彼の最後は知らないけれど、もしも彼がソフィアの手によって闇に飲み込まれたのだとしたら……」

その答えをマリアは敢えて口にしなかった。

「ま、憶測で考えてても埒が明かないわ。

今は目先の敵をどうにかしないとね」

ゲセニアは闇を纏いながらゆっくりと前進してくる。

マリアはウンディーネの集束させた水を自らの回りを、まるで公転するかのように回している。

「マリア、あなたこいつのこと知ってるの?」

グレイシアの問いにマリアは頷く。

「立夏の大陸の宴の参加者です。

シルクに負けたはずですが、以前に見た時よりも遥かに魔力が増幅しています」

「とは言っても所詮は大陸王になれなかった。その程度の器ってことでしょ?

元大陸王の私が負ける道理が無いわ」

グレイシアが手を空で切るとゲセニアの足元から氷柱が生えた。

「『ヴァコース・テリトリー』!!」

蠢く闇がゲセニアを貫こうとする氷を食べ尽くす。

ゲセニアを覆っていた闇が左右に分かれるように晴れていく。

その眼前にグレイシアが迫っていた。

「『アイシクル・ウィップ』!この鞭に触れた凍傷じゃ済まないわよ」

氷の鞭が無防備なゲセニアを襲う。

すると先程の闇とは違う闇がゲセニアの眼前に急に現れた。

マリアだけがその異変を見逃さなかった。

マリアは直ぐ様水流弾を放つ。

間合いも長く、ゲセニアも反応していた。

蝿が群がりゲセニアを覆い尽くす。

「やはり、今のは別の」







サスケの神速の刃が大男を切り裂く。

「ガァァァァァァアッ!」

大男は血飛沫よりも早くに紅く煌々と輝く指輪を発動する。

「なんと奇っ怪な……」

切り裂かれた身体が光輝き細胞が再びくっつき始めた。

血は一滴も流れることもなく、切り傷一つ分からぬほどに完璧に治癒した。

「ふはは。驚いておるか?ワシの力に。
我が賢者の石の力に……は?」

「……至宝一刀『神無月』」

大男の全身に亀裂が走る。

サスケはわずかに血のついた刀を振るい、血を飛ばすとゆっくりと刀を納めていく。

「身体が……ワシの身体が!

ぬおぉぉっ!賢者の石!賢者の石!!わしの身体を治せぇぇぇっ!!」

チン。と納刀の音が小さく響く。

サスケは崩れ落ちていく大男を哀れみ見下す。

「貴様の力がいかに高速に身体を治そうと、拙者の刀の前には鈍重極まる。

貴様が身体を千度治す前に、拙者は貴様を万度切り裂く。眠れ弱者よ」

「くっそぉぉぉぉおっ!!!」

ぼとっと崩れ落ちた肉片。

賢者の石はくすんだ光をわずかに撒き散らし、粉になって消えた。

「…………くっ」

サスケはその場に崩れる。

「全く。宴の参加者を蝕み、自らの魔力を分け与え操る力か。

弱者を弄ぶその所業、許せぬな」




その頃ゲセニアと戦うグレイシアとマリアは闇の絶対防御の前に苦戦を強いられていた。

「『水流弾』!!」

「凍てつけ!」

マリアが産み出した水がゲセニアに向かい、渦を巻きながら突進する。

その水流にグレイシアの魔力が触れるとたちまちに氷結していく。

「無駄だ。我が絶対防御は何物も触れることすら赦さない『ヴァコース・テリトリー』」

闇の蝿の群れがゲセニアを包み込んでいく。

凍てつく水流がゲセニアを捕らえるが、蝿がゲセニアを包み込む方が早く、水流を蝕む。

「なんて面倒な能力なの!?

私のオーパーツなら一発なのに、流石に1日に三回も使ったら私の魔力がもたない」

グレイシアの意識が僅かにゲセニアから逸れた瞬間をゲセニアは見逃さなかった。

ゲセニアがグレイシアに向かい手をのばすと漆黒の闇がグレイシアを取り囲んだ。

「しまった……!?」

闇が魔力もろともグレイシアを呑み込もうとした時、不可思議な気流がそれを飲み込んだ。

それはマリアのオーパーツ『ロッド・オブ・バミューダ』の力だった。

「助かったわマリア」

グレイシアはゲセニアから距離を取る。

その姿を見てゲセニアは不敵に笑っていた。



ゲセニアは笑っている。

それを見たグレイシアが不快そうに言う。

「何が可笑しいのかしら?」

ゲセニアはゆっくりとグレイシアみる。

「なに、私の力が証明されて嬉しいのだよ。グレイシア女王。

前回最強の魔力を有するとうたわれた貴様もオーパーツを使えないとはいえ、この私の絶対防御の前では手も足も出ない。

やはり私は王の器だったのだ」

その言葉を聞いたグレイシアの表情が一瞬にして変わった。

辺りに放たれる魔力はより冷たく鋭くなり、一番近くに居たマリアの集めた水分が凍り始める程の激しい冷気。

「あなたが・・・

いえ、あなた如きが王の器ですって?」

ゲセニアは手を軽く上げて言う。

「この状況下で何か異論があるかね?」

「ふっ」

グレイシアの蔑むような渇いた笑いにゲセニアの眉間に幾重もシワが寄った。

「あなたに分からせてあげるわ。

私程度の陥落した王ですら、あなたの力では遠く及ばないということを」

グレイシアの本来の魔力が開き始める。

「私は氷を操る。故にこの極寒の地では私がわざわざ氷を招来せずとも十分すぎる水分と氷とが溢れている。

だから私はここで戦う時には力を抑えているの。だって私が本当の力を出してしまったら超零度の氷が大陸を覆ってこの大陸に居る人間も含めてほとんどの生物が死滅してしまうんだもの」

グレイシアの開放した魔力が触れると氷も石もレンガも全てがアメジストの様に魅惑的な紫の光を反射する結晶へと姿を変えていく。

「マリア。これより私が魔力を封鎖するまでの間、あなたは自らの周りにバミューダの力を。決して術を解いてはいけないわよ?じゃないとあなたもアメジストの様に結晶化して崩れ落ちてしまうから」

にっこりと笑うグレイシアにマリアは全身が恐怖と悪寒に包まれていくのを感じた。

そして直ぐさま自らの周りにバミューダの結界を纏うのだった。

「100年ぶりだから手加減できないと思うわ。もしあなたが生きていられたら思い知りなさい本当の王の器をね。

シヴァ・・・魔界の氷よこの世界に転生し我が矛となれ!!『紫氷』」

瞬間。

ゲセニアを漆黒の闇が覆った。

これはゲセニアの絶対防御が有する最高の力とも言えた。

術者が命じることがなくとも、術者の身に危険が迫る時、ベルゼブブの闇が自動でゲセニアを覆い尽くし護る様になっているのだ。

漆黒の闇に包まれたゲセニアと、バミューダの結界の中にいたマリアを残して、半径5キロメートルの範囲にあったもの全てがアメジストの結晶のようになってしまった。

「恐ろしい能力だが私の絶対防御の前ではやはり無意味であったな」

闇が払われ、ゲセニアが愉快そうに笑っていた。

グレイシアの表情は微塵も変わらないままだ。

「全ての物を結晶化できても私の力は闇そのもの。何物にも干渉はできないし、無論闇には何も存在しないのだから結晶化などでき得るわけもない。

さて、私は生きていられたが、残念なことにどうやら本当の王の器というのは思い知ることができなかったようだ。すまないねグレイシア女王・・・」


グレイシアは一つ大きなため息をついて、そして声をあげて笑う。

「はははははは。

本当に呆れるわ。ゲセニア・アルボルトあなたは確かに本当の王の器を思い知ることは出来ない様ね。

ねぇ、何だか少し息苦しくなてきたんじゃないかしら?」

グレイシアがそう言うと、恐らく彼女の声と共に吐き出された息が何かを揺らしたのだろう、僅かに紫色の光が揺れた。

「・・・何を言って」

そしてゲセニアは気づくのだった。

「かっ・・・な、なんだこれは・・・!!

息が出来な」

苦しみ悶えるゲセニア。

喉元に手をやろうとすると両手も動かないことにことに気づく、そして量の手に目をやると指先がアメジストの様に結晶化してしまっていた。

それは指先からじわじわと全身に広がっていく。

「私の招来する死の氷は全ての物を原子レベルで結晶化させる。それは接触する原子を飲み込む様に直ぐさま広がり私以外の全ての物を犯し尽くすまで止まらない」

瞬く間に全身の自由が奪われたゲセニア。

「ああああああああああああああああああっ」

恐怖から発狂するがその醜い声すらすぐに止む。

「闇に覆われたままだったら確かに生きながらえたでしょうね。戦いの続いた私より今のあなたの方が魔力がもったかもしれない。でもあなたは油断し絶対防御を解除して私の前に現れた。全く軽率極まるわ。

もう一度言う、あなたはやはり――――」

紫色の結晶と化したゲセニア。

グレイシアはそっと彼の体に触れる。

「王の器を知ることもなく死の大地へ崩れ散る」

パリン。と渇いた小さな音を立ててゲセニアは脆くも崩れ去った。

粉々になった紫色の結晶が大地に落ちて煌めいていた。

「シヴァ・・・もう良いわ」

魔力を封鎖したグレイシア。

辺りは結晶以外何もない更地へと姿を変えていた。

「やった・・・んですよね?グレイシア様」

更地の向こうから歩み寄るマリア。

グレイシアは振り返ることなく言った。

「彼は本来ならこうして私なんかとあいまみえることはなく死ぬこともなかった。

こんな戦いに意味などあるはずがない。たった一人の王の娯楽で掛け替えのない命が無駄にされて良い訳がない。

私はあいつを許さない・・・波乱を呼ぶ者の末裔よ!!」

























グレイシアはそっと南東の方角を見た。

その視線の先、視界には映らないが確かに巨大な魔力同士が今まさにぶつかり合おうとしていた。

グレイシアはその魔力に覚えがあった。

「マリア。あなたを一人の戦士として認めるが故に言うわ」

改まるグレイシアにマリアは拭いきれない不安がこれから現実のものとなるかもしれないことを知った。

「・・・はい」

「もし私の感覚が鈍っていないのだとしたら、シルクはこれから今までに対峙した事のない強大な敵と闘うことになるわ。

もし彼がその強大な敵に敗れることがあったなら次は私たちが彼の仇をとり、そして世界を波乱に陥れようとしているヤツを殺す。良いわね?」

その言葉を聞いた時マリアは溢れ出る涙を止めることができなかった。

涙は彼女の白い肌をつうと滑り、紫の結晶に落ちて染み込んだ。














「・・・はい、必ず」






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みんなの感想(1件)

2018.05.05 ユーザー名の登録がありません

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小鉢 龍(こばち りゅう)
2018.05.05 小鉢 龍(こばち りゅう)

コメントありがとうございます。あまり執筆は早くありませんが、丁寧に最後まで書き上げられたらと思います。

リンキョウ様も執筆活動頑張ってくださいね。後でお邪魔させて頂きます。

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