時空郵便

小鉢 龍(こばち りゅう)

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五通目:伝えたい気持ち

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「うっ、う……ひっ」


泣いた。

涙が枯れるまで泣いて。

枯れてもまだ泣いて泣いて……



目が腫れて熱くなっても、ほんの少しすら

気休め程度の晴れた気持ちも私はもてなかった。



大好きだったお母さんが死んだ。

いつも朝ご飯に納豆を欠かさなかったお母さん。

テストで赤点を取ってしまっても豪快に笑い飛ばしてくれたお母さん。


小学校の授業参観で母に宛てた手紙を読んだ時、恥ずかしいくらいに声をあげて泣いてくれたお母さん。

柔らかくて温かくて、シャンプーの香りがする私の大好きなお母さん。



もう会えないなんて、そんなの……




そんなの嫌だよ。



「お父さん……」

「……ん?」

「お腹空いたね」




「…………ああ」


そう言ってお父さんがテーブルの上にあった財布を取った。

私はパーカーの袖でどれだけ流したか分からない涙をぬぐう。

「……悪い奈緒美。コンビニ行って買ってきてくれるか?」

「うん」




お母さんを失った傷は大きかった。

元気で楽天的で町内でも有名だったお父さんは、今では脱け殻の様になってしまった。

忌引きの公欠なんて使い果たしても私は学校に行く力などなかったし。

お父さんも口には出さないけれど仕事どころではないのだろう。




そうだ、お母さんは太陽だった。


私とお父さんが学校や会社で頑張れる様にいつも温かく照らしてくれる、ウチの太陽だったんだよ。





普段はかぶりもしない帽子をかぶって、赤くなった鼻を隠す為にマスクをした。


歩いて5分のコンビニまでの道を月がおぼろげに照らしている。

道の脇に咲く桃色の花が悲しく揺れる。






私どれだけお母さんに好きって言えたんだろう。

どれだけありがとうって言えたんだろう。




もっといっぱいいっぱい好きって言えば良かった。







もっと沢山たくさんありがとうって伝えたら良かったよ。






もう、そんなことすら叶わないんだよね?




すると曲がり角に急に影が現れた。

「どーもー。毎度お騒がせ、安心便利をモットーに過去も未来もヨヨイのヨイ『時空郵便』の者でーす」


突然に現れた男に私は立ち止まった。

恐怖は少しもない、不思議な感覚。


「西田奈緒美さん。あなた"過去"か"未来"の自分に手紙を出したいとは思いませんか?」

ぬるい風で草が揺れる。

「過去か未来の自分に手紙を……?」

男はゆっくりと頷き、肩から提げたカバンから一枚の便箋を取り出した。

私はその真っ白な便箋を受け取る。

何故か分からないけれど手が震えていた。

「もっともっと伝えたいことがあった。もっともっと言わなくちゃいけないことがあった」

唇が震える。

私は涙をふくのも忘れて一心不乱にその便箋に書いていく。




そして書き終えたそれを渡すと男は消えた。




月曜日の朝。

「奈緒美ー、起きなさい!」

「んん……わかってるぅ」

お母さんの声で目が覚めた。

「わかってるぅじゃないわよ。何時だと思ってるの?

学校遅刻だけは許さないからね」

そう言ってお母さんは桃色のカーテンをシャッと開ける。

目が痛いほどの光が射し込んできて、私は頭の下にあった枕で顔を隠す。

「なんでこうウチの人達は朝に弱いのかしら。私がもしも居なくなったらどうするんだか……」


そんなあり得ない様な"もしも"を呟いてお母さんが下に降りていった。

「んー……眠い」

うだうだと何度も寝返りをうった。

ちょっとずつ目がさえてくる。

カチャ。

すると部屋の扉が再び開く音がした。

「お母さん?もう起きるからぁ」

枕を横に置いてゆっくりと目を開けると

そこには深緑の制服を着た郵便局員が立っていた。

「"未来のあなた"からお手紙を預かっています。どうぞ」

男は私に真っ白な封筒を手渡すと音もなく消えていった。


私はおそるおそるその封筒を開ける。



「何よこれクシャクシャじゃない」


『過去の私へ
いつか大事な人がいなくなってしまう時が来るかもしれない。

その時になって後悔しないように気持ちを伝えてください。

いっぱい好きって言って、いっぱいありがとうって伝えて

それでも言い足りないくらい沢山の気持ちをしっかりと皆に伝えてください。』


「……あれ?なんだろ、涙が」

私はよくわからないけれど涙を流していた。

目が乾いちゃったのかな?


あ、そっか……

この手紙、涙でクシャクシャなんだ。

「伝えたい気持ち……そういえば今日も起こしてもらったのにありがとうって言ってないな」

私は着替えを済まして下へと降りていく。





リビングでは寝癖頭のまま納豆ご飯を食べるお父さんと

私のお弁当を詰めてくれているお母さんの姿があった。

私はお母さんの横に寄っていく。

「お母さんいつも朝起こしてくれてありがと」

「あら、なに?いつもうるさいなんて言うくせに」

「やっぱ気持ちって伝えなきゃな。って思って。

私、お母さんもお父さんも大好き」

私がそう言うとお母さんとお父さんは二人で笑った。




月曜日の朝。

「奈緒美ー、起きなさい!」

「んん……わかってるぅ」

お父さんの声で目が覚めた。

「わかってるぅじゃないよ。何時だと思ってるんだ?

学校遅刻だけは許さないからな」

そう言ってお父さんは桃色のカーテンをシャッと開けた。

目が痛いほどの光が射し込んできて、私はぼーっとしながらも身体を起こした。

「うぅ眠い……お父さんありがとう」

「おう。納豆ご飯あるから早く着替えて降りてきな」

「分かったぁ」

眠気眼をこすって机の上にあるお母さんの写真を見た。

「お母さんお早う」

お母さんが死んでまだ1ヶ月も経たない。

泣いて泣いて。

涙が枯れるまで泣いて。


ありがとうも大好きもいっぱいいっぱい言ってきたけど。

もっと伝えたい気持ちがあったって今でも後悔している。


でも、その分だけ私は毎朝起こしてくれるお父さんに気持ちを伝えていこうと思うんだ。




「お父さん大好き」

下に降りた私がそう言うと、お父さんは照れ臭そうに仏壇のお母さんを見ながら笑った。





時空郵便は今日も誰かの元へ。

しかしそれは運命を変えるとは限らない。

しかしあなた自身に何か変化を与える――かもしれない。



「どーもー。毎度お騒がせ、安心便利をモットーに過去も未来もヨヨイのヨイ『時空郵便』の者でーす」


...『伝えたい気持ち』fine.
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