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第三章:それは幾重に積もる時間

再開の時

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鴨居が樹のいた工務店に転がり込んでから、ふた月が流れた。

「もしもし。あ、メグ。体の調子はどう?」

鴨居はメグの本名を知ってからもメグと呼び続けている。

それは真理恵と言う名前の悲しい過去を知ってしまったからではなく、ただ純粋に馴れ親しんだアダ名を呼んでいる気持ちだ。

「うん、まだそんなにお腹も大きくなってないし。調子も良いから未だに妊娠してるって実感ないや。」

そう言って笑うメグの声が電話ごしに聞こえるだけで、鴨居は仕事のつらさなど忘れられた。

「カモはどう?無理とかしてないよね。」

鴨居の身体を心配するメグ。

「うん平気。やっと仕事慣れてきて、少しずつだけど工具とかも覚えてきたしね。」

それはメグを安心させるつもりとかではなく、実際に鴨居はきちんと働けるようにはなっていた。

仕事の役には立てなくても、邪魔だけはしたくない。という一心で夜な夜な工具を勉強したからだ。

「そっかじゃあまた電話するね。あ、そうだ。ママがね、たまにはカモから電話してきなさいだって。」

嬉しそうに言ったメグ。

あれだけ鴨居を寄せ付けなかったメグの養母が、いよいよ鴨居を認めた証だった。

「分かった。二人に宜しく伝えといて。それじゃ、またね。」

「うん、ばいばい。」

受話器を置いた二人が同時に窓から外をながめた。

会いに行きたい気持ちを抑え二人は別々の場所で過ごしていく。

それは養父との約束だった。 

それは工務店で働きはじめてから一月が経った頃。

メグに会いに大阪に行った鴨居に養父がさせた約束。

「メグが心配なのは分かるけど。どうだろう、真理恵が本格的に出産に向け準備をしなくてはならなくなる春まで、君は1人で頑張ってみては。」

正直な所、口にはしなくとも、もうすでに養父も養母も二人のことは認めていた。

それは鴨居のひたむきな努力と誠意があったからであったし。

養父にいたってはかなり鴨居のことを気に入っていた。

「建前としては私達に誠意を見せろ。ってことなんだが、出産にはお金必要でしょ?ここまで行き来するお金があるなら少しでも多く貯めなさいな。」

養母に言われたことは言い返すことなんて到底出来ない事実で。

鴨居はモヤモヤを抱えながらも承諾せざるを得なかったのだ。

「あ、そうそう。君のおかげでね最近は私も妻もメグと頻繁に会話をするようになったよ。そしたらどうだろう、あれだけ見たくて仕方がなかったあの子の笑った顔が毎日のように見れるようになった。」

養父は本当に嬉しそうに話す。

「妻は決して口に出したりはしないだろうが、私達は君に感謝しているんだよ。だから、頑張りなさい。」

そう言われて鴨居の顔もほころんだ。

「おーい鴨居。わりぃけど事務所に置いてきちまった鉛筆取ってきてくれ。」

坂口が材木を裁断する機械の場所から大声で叫んだ。

「はーい、今すぐ。」

鴨居は走って事務所に行き坂口の机から鉛筆を取ってきた。

「はい、坂口さん。」

「ん、サンキュー。」

手渡された鉛筆を耳に挟む坂口。

坂口はねじり鉢巻きもしているし。

大工のイメージってこんなだよな。なんて鴨居は思った。

「あ、そろそろお昼ですね。坂口さん何にします?」

鴨居は基本的に雑務しかできないので、昼飯や残業の時の晩飯の調達も任されている。

「あー、なんか最近CMで宣伝してるあの、何だったか?あれ買ってきてくれや。」

なんとアバウトな注文だろうか。

「はい、分かりました。」

しかし、もうそんなのも慣れっこになっていた鴨居は、新しい物好きの坂口の注文に備えて、しっかりとコンビニの弁当情報を把握していた。

「それじゃ、買い出し行ってきまーす!!」

鴨居がそう叫ぶと工務店の所々から「おー」とか「早くしろよ」などと返事がした。

コンビニへと駆ける鴨居。

走りながら頼まれた五人分の注文を確認する。

「樹くんがホットドッグのハバネロ味と抹茶あんみつ。坂口さんが新商品の牛塩カルビクッパ。あとはみんな美味そうなカップラーメンとか美味そうなおにぎり……っと。」

しかし美味そうなカップラーメンとか美味そうなおにぎり。とはいったい。

「しかし樹くんの食べ合わせオカシくないか?激辛と激甘じゃん。」

アバウトな注文よりも樹の食べ合わせの方が鴨居的には納得できなかったらしい。

「いらっしゃいませー。」

コンビニに着いた鴨居は次々と弁当をカゴに入れていく。

「んーと、樹くんと坂口さんはオッケーだから、後は……」

おにぎりコーナーに向かった鴨居の目がギラリと光った。

「あ、このピリ辛高菜って美味しそう。あ、エビマヨなんてのもある。うぉ、なんだこれ……」

美味しそうなシリーズとはそういうことだったらしい。

鴨居が行ってみて、なんとなくこれは美味しそうだと思ったおにぎりやカップラーメンを買うことの様だ。

「よし。全部オッケー。」

そうして皆の弁当を必死に選んだ鴨居だったけど、自分の弁当を買い忘れ、しぶしぶ葛城が愛妻弁当を分けてくれることになるとは、この時の鴨居には知る由もなかったのでしたとさ☆

仕事も終わり、社員達が帰った事務所に葛城と濱田がいた。

「で、どんなもんよあのガキは?」

タバコをくわえながら濱田が聞くと、葛城は少し冷めてしまったコーヒーを片手に答える。

「だいぶ慣れてきたみたいですよ。なんか自主的に建築の勉強したり、坂口さんとかに教わったりして鉋を研いでるのもたまに見かけますしね。」

そうかそうか。と言って濱田は顎をなでた。

「そろそろ教えてくれませんか?鴨居くんを入れた本当の理由。うちは素人を入れるほど、そこまで人出に困ってはいなかったでしょう?」

葛城の問い掛けに濱田はしばらく黙り込む。

そしてお茶を濁すように言う。

「人数居たほうが楽だろうがよ。他に理由なんかあんのか?」

予想どおりの答えに葛城は微笑む。

「あのヤンチャだった樹が、友達だって言って連れてきたのが嬉しくて、考えもなしに入れたんでしょ?」

「なっ、そんなことあるわけ……むぅ。」

図星だったのだろう、濱田は吸っていたタバコの煙をわざと葛城に吹き掛ける。

「嬉しかったのは確かだ。それによ、そろそろあの馬鹿もここから去るべきな気がしててよ。あのガキが一緒に連れ出してくれんじゃねぇかって……な。」

千葉に来た頃の杉宮兄弟はヤンチャで喧嘩ばかりしていた。

ある日たまたま樹が不良連中と喧嘩しているのを濱田が止めた。

樹は喧嘩を邪魔されたと濱田に殴りかかり、人生で初めて喧嘩で負けることになった。

樹の手当てをするために工務店に担ぎ込んだのだが、目覚めた樹が放った一言はこうだ。

「手当てなんて余計な情けかけやがってこの糞ジジィ。てめぇを倒すまで何度でもここに来てやらぁ。」

で、毎日の様に濱田に挑んでは負け。挑んでは負け。を繰り返していたうちに何故か、自然と工務店で働くようになっていた。

「もう樹はあの頃とはちげぇ。そろそろよ、社会に戻るべきだと思うんだよオレはな。」

吸い切ったタバコを灰皿に押し付けると、タバコの先から最後の煙が舞った。

「ふーん。ハマさん頭使うの苦手なんだから、いちいちそんなこと考えなくても良いのに。」

葛城の言葉にむっとする濱田。

葛城は残っていた仕事を終えるとカバンを手に取り席を立つ。 

「あいつはここを離れませんよ。同じようにしてハマさんに拾われた僕が言うんだから間違いない。」

にっと笑うと、葛城は「お疲れ様です」と言って帰っていった。

それからしばらく事務所の明かりが消えることはなかった。


その日、工務店は驚きの声から始まった。

「結婚式に呼ばれた!?」

「誰の?」

なんと鴨居の元に挙式の招待状が送られてきたのだ。

それは信じられない人物からで、鴨居はまだ実感が無かった。

「大学の時にお世話になった先生なんですけど……信じられなくて。」

その招待状の送り主は佐野からだった。

招待状には手紙もそえてあった。

『久方ぶりだな。
身のお世話をさせてもらっていた、お母様の調子が良くなってきたので、前々から紹介されていた見合いの相手と結婚することになった。
佐野明美。』

それは何とも簡潔な文章で素気が無くて、鴨居には夢でも見ているかの様なフワフワした感覚だった。

「まぁ、行ってこいよ。せっかく呼ばれたんだし。なぁハマさん。」

坂口がそう言うと濱田は頷く。

「おぅ。挙式なんて滅多に参加できるもんでもねぇし。せっかくのめでてぇ席だ行ってこい。」

そんなわけで鴨居は二週間後に佐野の結婚式に出席することになったのだが。

同封された座席表を見てみると、鴨居の座る席には知らない夫婦だろうか?二人の名前が一緒に書かれていた。

「三芝梓さんと三芝要さんか。要か……珍しい名前だなぁ、ひょっとして杉宮先輩だったりして。」

呟いてはみたものの、そんなことはあり得ないとすぐに自分の中で否定した。



実際のところ三芝要は鴨居の知る杉宮本人で、佐野は杉宮が結婚したことなど鴨居はとうに知っているだろうと思っての計らいだった。

そして佐野の結婚式当日となった。


「会場は埼玉か。案外近いから当日にゆっくり移動できるのは良いな。」

鴨居は唯一の正装である大学の入学式で一度だけ袖を通した慣れないスーツ姿で電車に揺られていた。

鴨居はカバンに入れていた披露宴の座席表を取り出す。

「先生……杉宮先輩は呼ばなかったんだな。」

何度も何度も確認したが、座席表に杉宮と言う文字は見当たらなかった。

「結婚式か……」

メグとの挙式を頭で思い浮べてみるのだが、なにせ結婚式になんて一度も出席したことのない鴨居である。

とても想像などできなかった。





真っ白な教会のある結婚式場が見えてくると、ようやく結婚式だという実感がわきはじめた。

「えっと受付は中かな…?」

おそるおそる鴨居は、式場の中へと入る。

中には正装をした人達が和やかに話をしていた。

手前の方に受付を見つけたので、鴨居は受け付けをしている人達の列に並んだ。

作法が分からない鴨居は前に並んでいた小柄な女性をお手本にする。

その女性は招待状を受付に見せ、出席欄に記入をした。

「あ……この人。」

三芝梓。三芝要。と書かれた欄にサインがされた。

じっと見ていた鴨居の視線に気付いた梓は、にこりと笑うと軽く会釈をして、どこかに行ってしまった。

「あの人が三芝さん。もう一人の人はどこかで休んでいるのかな?」

鴨居も梓の真似をして受け付けをする。

披露宴までの時間は驚くほどに長く感じた。

なぜか分からないが緊張してしまった鴨居は何度もトイレに入った。

そこで何回も一緒になった小太りな男性。

きっとその人も緊張してるんだろうなと、少しだけ可笑しくなった。

人柄がよさそうなその人が何故だか妙に印象に残った。



「ご来賓の皆様、披露宴の準備が整いましたので中へどうぞ。」


そう促されて次々と人が部屋の中へと入っていく。

大広間に用意された綺麗な会場に、中に入っていく人達から賞賛の声が上がった。

なんでもウエディングプランナーに任せた披露宴らしく、凝りにこったその会場は確かに素晴らしかった。

でも、鴨居には佐野がこんなに凝ったことをするとは思えなくて、きっと新郎がマメな人なのだろうと一人納得していた。

「えっと、席は……あ、梓さんだ。」

座席表を見ながら辺りを見回すと梓の姿を見つけた。

「あら、あなたは受け付けの時の。」

鴨居に気付いた梓がそう声をかけてくれた。

席にはまだもう一人の姿はない。

「ごめんなさいね、主人たら披露宴始まるっていうのにまだ新婦さんの所で話し込んじゃっているみたいで。」

「え、あ。オレすっかり先生に挨拶するの忘れてた!!どうしよう、怒られるー。」

佐野に挨拶するのを忘れていたと気付いた鴨居の様子を見て、梓はくすりと笑った。

「鴨居くんて本当に聞いた通りの方なのね。」

口を手で隠して上品に笑う梓。

「え、聞いたって誰からですか?」

そう聞く鴨居に梓は驚いた。

「誰からってそれは……」




すたすたと鴨居と梓のいる席に近づいてくる一人の男。

その男は何の前触れもなしに鴨居の首に腕を絡める。

「よっ、カモ。久しぶり。」
現れたその男に鴨居の心臓は止まりそうなくらいに、強く弾んだ。


「杉宮、先輩……?」

突然の再会に鴨居の心は震えていた。

紛れもない現実なのに、何度ふとももを痛いくらいにつねっても、夢にさえ思えてしまう。

しかし対照的に、いつも通りを崩さないのが杉宮という男だ。

「残念でした。今は三芝先輩な。」

そう意地悪を言って、満足そうに笑う杉宮。

こんな何でもない会話が、やりとりが二人には嬉しくて仕方がなかった。

「要さん。もうすぐ新郎新婦が出て来ますよ。」

じゃれ合う二人の横で冷静な梓、その言葉にようやく杉宮は席に座った。

「なんかしばらく見ない間に、大人っぽくなったな。」

座って、テーブルに肘をついて杉宮が言う。

マナーの悪さに呆れた。という表情の梓だが、それは許容範囲らしい、そっと肘に手をやって杉宮の姿勢を正した。

「そうですか?」

「うん。色々あって一皮向けたんだな。って感じ。」

会場はまだ騒ついていて、みんな思い思いに会話を楽しみながら新郎新婦の登場を心待ちにしていた。

懐かしいその顔は少しだけ痩せ細ってしまっているように見えた。

「先輩は……何だかやつれましたね。」

鴨居の的を射た言葉に杉宮は少し悲しそうに笑った。

「ああ……オレも色々あったから、な。」

そう言った杉宮の顔を、梓は少し哀しげに見つめていた。


しばらくすると、会場の電気がパッと消された。

騒ついていた会場が徐々に静けさに包まれていく。

いよいよ新郎新婦の登場である。

披露宴らしい曲が大きなスピーカーから会場に響き渡り、主役の登場する扉を明るい光が照らす。



「皆様お待たせ致しました。それでは新郎新婦の入場です。暖かい拍手でお迎えください。」


豪華な扉がゆっくりと開かれる。

「カモ、あけみちゃんとこ行った?」

暗闇で拍手が行き交う中、杉宮が話し掛ける。

「いや、オレすっかり忘れてて。っていうか正直そんなこと頭に無かったっていうか。」

「はは、お前らしいよ。」

扉は少しもったえつけるかの様にゆっくりと、ゆっくりと開いていく。

「あけみちゃん……すげぇ綺麗だったぜ。」

何だろう杉宮のその言葉には淋しさみたいなものが含まれていて、鴨居は杉宮がこの暗闇の中で泣いているんじゃないのかと思った。

「二人とも、ほら出てきましたよ。」

梓の言葉に、杉宮と鴨居はスポットライトの先を見た。

純白のウエディングドレスに身を包んだ佐野は、本当に綺麗で思わず見とれてしまう。

しかしそんな佐野に似付かわしくない、小太りの新婦が、緊張しているのか肩で息をしている。

「あっ!!あの人トイレの人。」

思わずそう叫んでしまった鴨居を、杉宮と梓が笑う。


ゆっくり、ゆっくりと新郎新婦が壇の方へと歩いていく。

来賓の中にはもう涙を流している人もいた。

その中でも一番鴨居の目を引いたのは、新婦側の席にすわる唯一の親族とその人の手にある遺影。

「なんかマサキさんも嬉しそうに見えるな。」

小さく杉宮が呟いたが、鴨居は聞こえなかったふりをした。

それは追求するべきでもないし、同意する必要もない、純粋に杉宮の口から零れ出た言葉だったからだ。

「あーあ、私も着たかったなウエディングドレス。」

そう言って梓が笑うと杉宮も笑った。




ちょっとしたハプニングで、新郎が壇の上にあがろうとした時につまずいて転んでしまった。

そんな新郎を笑顔で起こしてあげた佐野。


そんな姿を見て唐突に。

鴨居の中にいつまでも残って離れなかった疑問が少しずつほどけて、なくなっていくのが分かった。 







ずっと不安だった。

杉宮先輩も佐野先生も、二人はまだ好き合っていて。

何か疑問とか悲しみとかそういう、迷いみたいなモノを抱えながら結婚するんじゃないのか?って――

望んでもいない相手とこれからの長い長い、気の遠くなる様な時間を共にするんじゃないのか?って――



でも、どうやらそうじゃないみたい。

きっとまだ二人は好き合ってる。

だから……その思いはそのままに、思い出と一緒に胸の内にしまって。

これから別々の道を歩んでいくのだ。

今こうして見せている、何の曇りもない笑顔で。



そう――きっと。



新郎新婦が席につくと、急に正面に明かりが灯った。

スキャナーで二人の馴れ初めをまとめた映像が映し出された。



そして、新郎の友人挨拶の後に、新婦の親族からの挨拶。

和子は正紀の写真をしっかりと胸に掲げながら壇上へと登り、深く一礼をした。


「明美さん。結婚おめでとう。今日この日にあなたの母親として出席させてもらえているのを本当に感謝してなりません。」

和子の挨拶に佐野の目がすぐに潤む。

「みなさん、私は新婦、佐野明美の本当の母親ではありません。この遺影に写る私の息子と新婦がお付き合いをさせて頂いていた。それだけの関係なのです。」

和子の話に会場のあちこちでどよめきが起こった。

「それでも明美さんは私を本当の母親の様に接してくれました。そして私が病で倒れると、勤めていた学校を辞めてまで看病をしてくれたのです。」

涙を堪えきれなくなった和子のしわくちゃの瞳から次々と涙が溢れていく。

そしてまた、佐野の瞳からもとめどなく涙が流れ出ていた。

「明美さんは前にこんな話をしてくれたことがあります。明美さんには私の息子正紀とした二つの約束があったのだそうです。1つは大好きなタバコを息子の命日だけは吸わないこと。」

その約束に会場から笑い声が零れた。

そして、そんな会場はすぐに涙を流す人ばかりになる。


「もう一つは息子から明美さんへの約束。もし自分が先に死んだなら、すぐに他に好きな人を見つけて自分の分まで幸せになって欲しい。」

正紀の佐野に対する深く、そして澄んだ愛。

「僕はそれまで幽霊になって約束を果たすのを見届けるし、素敵な相手を見つけたのなら仏になって二人の幸せを見守り続けるよ。と。」

会場中から啜り泣く声があふれだす。




「明美さんは息子が死んでからの五年もの間、その約束を守れずに独り悲しみに暮れていました。その間にもいい人との出会いはいくらでも有ったでしょうに。」

和子はハンカチを取り出して涙を拭う。

「それはまるで、仕事に打ち込むことで息子を忘れようとして、逆に息子に縛られてしまっているかのようでした。」

杉宮はこの和子のスピーチをどんな気持ちで聞いているのか。

そんなこと思ったら鴨居は胸が苦しくなった。

「そんな明美さんを変えてくれたのはある二人の学生との出会いだったと聞きます。今日もその二人には来て頂いているんですよ。杉宮さんと鴨居さん立って頂けますか?」

和子にそう言われて二人は立ち上がる。

すると即座にスポットライトが二人を照らし、会場中から拍手が起こる。

「この二人の学生との出会いが明美さんを立ち上がらせ、再び前に歩きださせたのだそうです。」

佐野のそんな思いを聞いて、杉宮は一粒だけ涙を流した。

「杉宮さん鴨居さん、ありがとうございました。」

和子は二人に向かって深く丁寧なお辞儀をした。

二人も軽く礼をして席につく。

「長くなってしまいましたね。新郎の達男さん。この子は強がってみせるけど、とても繊細で傷つきやすい子です。どうかあなたの暖かさでいつまでも包んであげてください。」

最後にまた一礼をすると和子は席に戻った。

巻き起こった拍手はしばらく鳴り止まずに、いつまでも会場に響き渡っていった。



その後も披露宴は盛り上がり、新郎の父親が乾杯の音頭を取り食事をしたり。

新郎の友人が祝福の為に生演奏で歌を歌ったりした。

そして新郎新婦が各席を回ってキャンドルサービスをしたりもあり。

そのキャンドルサービスの際に、杉宮が必要以上に佐野をはやしたてた。

どうにか怒りを抑える佐野が、新郎に聞こえないようにぼそりと一言。

「お前ら、後で殺す。」

なんで自分まで対象にされているのか困惑しながらも鴨居は笑った。

ふっ、と笑うと佐野は振り向き次の席へと移る。

その時に一度だけ、目元をぬぐったのを杉宮は見逃さなかった。


そして、お色直しをして、ケーキ入刀をした。


切ったケーキがゴロっと落ちる。

不器用な二人の愛の形を見たようで、温かな涙が止められなかった。



披露宴も少しずつ落ち着いてきた頃、佐野が鴨居達の席までやってきた。


「おう、腹いっぱい食ってるか?」

ウエディング姿に相応しくない言葉遣いも何だか佐野らしくて安心する。 

「もう、お腹いっぱいです。結婚おめでとうございます。先生綺麗ですよ。」

鴨居にそう言われて恥ずかしかったのか、にかっと豪快に笑う佐野。

「来てくれて嬉しいよ。お母様に言われてしまったが、私は本当にお前等には感謝しているんだぞ。」

改めてそう言われると、何だか逆に実感が遠退いていくような感覚になる。

「これからブーケトスもあるのにメグちゃんがいないのは残念だな鴨居。なんなら特別にお前が取っても良いぞ?」

最後は佐野らしい冗談で、こんな風に着飾っていてもやっぱり、佐野は佐野であって。

大して変わんないもんだな。なんて鴨居は思った。



シャンパンを一口飲んで鴨居が佐野に聞く。

「ねえ、先生。達男さんのこと本当に好きなの?」

その鴨居の不思議な質問に杉宮と梓が首を傾げたが、佐野はさらりと答えると、さっさと去っていった。

「ああ、好きだぞ。世界で三番目に……な。」

その時の佐野の豪快な笑顔が鴨居には忘れられない。



結婚式が終わり、杉宮と梓は二次会には参加せずに京都に帰る。ということで鴨居はタクシーを拾うまで二人に付き合うことにした。

「いやぁ、食った食った。さすがに良い物出るなー、披露宴は。」

洋式のパーティー会場のいったいどこにあったのか、杉宮は爪楊枝で歯の間をかきながらそう言った。

「もう、せっかくの余韻が台無しじゃない。ねぇ?鴨居君。」

そうやって文句を言う梓だったが、握っている杉宮のスーツの袖を離すことはない。

「良いんだよ、余韻なんてずっと浸ってたら悲しくなるだけだろ。」

「まぁ、そうだけど。少しくらい浸ったって良いじゃない。」

梓は立ち止まり真っ白に輝いている教会を見つめる。

つられるように見上げた鴨居。

「はは。良いなぁ結婚式。オレもいつか……」

そう呟いた鴨居を、杉宮は優しげな表情で見つめ言う。

「なら次にオレらが会うのは、カモとメグちゃんの結婚式になるな。」

言われてみるまで、忘れていて鴨居は顔を赤らめた。
「はい。その時にはオレ必ず先輩を呼びます。」

「おう。美味い飯用意しろよな。」

そんな他愛もない会話をしているとタクシーがやってきた。



杉宮は梓を先に乗せると、タクシーに乗り込んだ。

もう、次に会うのはいつになるか分からない。

もしかしたら、もうこの先ずっと会うことも無くなるかもしれない。

そう思ったら、鴨居はそれを改めて口に出さずにはいられなかった。

「先輩!!オレ。オレ……先輩に会えて本当に良かった。」

真顔でそう叫ぶ鴨居に杉宮は一言だけ返す。

「ああ……オレもだよカモ。」

ゆっくりとタクシーが走りだす。

追い掛けずに見送る鴨居。

いつかまた会えると信じて、二人は振り返らずに別れたのだった。

そうして杉宮と梓は東京駅へと向かって去っていった。



ほんの数時間だけだったが、二人はお互いに気にしていた友に会えて満足だった。

きっとこれから先会うことなどほとんどなくなるだろう。

しかしどれだけ時が過ぎようとも、二人で過ごした思い出が薄れようとも、二人は互いを胸を張って親友だと言い張れる。

そんなことを強く確認した再会だった。







そして月日は驚くほど早く流れていくのだった――

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