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30. エレアノールのお願い
しおりを挟む離宮に住んでいたエドゥアルド殿下が住まいを王宮へ移したのを機に、私も王宮内にある『緑風の間』へと移動させてもらった。
ノックスとルーカスも王宮内にそれぞれ自室を与えられており、それは私の部屋からもそう遠くない位置にある。
(だからといって、この格好で行き来するのはかなり勇気がいるけれど……)
レースと刺繍が施された美しいシルクのローブを羽織ってはいるものの、前を掻き合わせて誰にも会いませんようにと願いながら歩く。
ノックスの部屋の前にたどり着いてからも、誰か来るのではと思うと気が気ではなく、キョロキョロと周囲を見回しながら急かすようにノックをした。
コンコンコン
すぐに部屋の中で人の気配が動き、ドアが開く。
「ルーカス遅かったじゃないか。俺はもう寝る……って、エレアノール! どうした!?」
「夜遅くにごめんなさい。どうしても話したいことがあって……」
ノックスはうろたえながらも、私の格好に目を留めるとギョッとした顔をして、大慌てで私を部屋に引き入れた。
「な、な、なんでそんな格好で廊下を歩いてんだ! 誰かに見られたらどうする!?」
「ええと、一応誰にも会わなかったわ?」
「結果論だろ! ……いや、待て。ルーカスが起きて待ってろって言ったんだから、これはアイツの……だとすると廊下も人がとおらないよう調整してたか……そういう気遣いは細かいからなアイツ……クソ、でも絶対殴る」
ブツブツ呟くノックスをよそに、ぐるりと部屋を見回す。
彼の部屋はとてもシンプルで、必要最低限のものしか置いていないという感じだ。
家具も机と椅子、あとはベッドだけ。
最近引っ越してきたからというのもあるけれど、きっとイシルディアに戻るつもりだからというのが大きいだろう。
彼は「ここしかなくて悪いな」と言って私をベッドに座らせると、自分も隣に座った。
忙しいノックスの貴重な睡眠時間を削ってしまうのも申し訳ないし、お願いしたいことだけ伝えて退散しようと心に決めて早速本題に入る。
「ノックスお願い。シャンベル男爵令嬢が来たら、彼女の前に姿を現さないで欲しいの」
「はぁ!? まさかそれを言いに来たのか? エレアノールが操演の宝珠を持ってるやつと対峙するときに、離れていられるわけないだろ」
「だからよ! シャンベル男爵令嬢は、私がノックスと恋仲だと知れば必ずあなたを操ろうとするわ……そういう人なの」
私だって本当はシャンベル男爵令嬢の顔など見たくないけれど、きっとマルセルを使って私を引っ張り出そうとしてくる。
私が隠れてもヴァルケルの人たちに迷惑がかかるだけだから、それなら最初から顔を出した方がマシだ。
でも、ノックスはそうじゃない。そもそも存在を認識されていないのだから、わざわざ顔を出して操られるリスクを冒す必要などないのだ。
「それでもダメだ! そもそも、宝珠を奪うなら複数人で隙を狙ったほうが確実だろ」
「でも……ノックスが操られたら、わ、私……」
子どものように口角を下げて駄々をこねる。
ノックスが操られてしまうという予感が拭えなくて、視界がじわりと滲んだ。
「エレアノール!? 泣くなよ……参ったな……」
「泣いてなんか、いないもの」
頭をがりがりと掻きながらも引く気のないノックスを見て、やっぱりルーカスの作戦を実行しなければダメなのねと手の甲で目を擦る。
すっくと立ちあがり彼を跨ぐように膝立ちでベッドに乗り直すと、ノックスが素っ頓狂な声を上げた。
「な、な、なぁぁーー~~!? おま、あし、見えてるから、ぱ、ぱんつも!!」
意味不明な叫びを上げ続けるノックスを無視して、腰の位置で結んであるシルクの紐を素早く解く。
するりと肩からローブを落とし、シュミーズ一枚の姿になると、ノックスは私を凝視したまま固まってしまった。
ノックスの瞳と同じサファイアブルーのシュミーズは、総レースなのになぜか裏地がついていない。
胸元のリボンを結んで留める前開きの構造が、簡単に脱ぎ着できていいなとは思っているけれど、なんせ丸見えなので着る意味があるのかはよくわからなかった。
しかも、このシュミーズは謎の布とセットになっているのだ。これはなんと下半身につける下着で、さきほどノックスも言っていたように『ぱんつ』と呼ばれている。
イシルディアでは『ぱんつ』を履く文化はないけれど、大事な部分を覆えるとなんとなく落ち着くので、これはイシルディアにもぜひ持ち帰りたい。
縁にレースがついていてかわいいし、シュミーズと違い透けていないところも安心感がある。腰の左右に紐で結んでいるだけなので、脱ぐのも簡単だ。
ちなみに、このデザインはルーカスが勧めてくれた。
でも、アンナに用意するようお願いしたら歯をギリギリ鳴らしていたから、アンナは気に入っていなかったのかもしれない。と、そこまで考えたところで、ノックスがいまだ硬直していることに気づいた。
ルーカスは「判断力が鈍っている間にお願いしろ」と言っていた。だから、お願いするチャンスと言っていたのはここね! とピンと来た私は、手を組んで再び同じお願いをすることにした。
「ね、ノックス。お願いだから、彼女がいる間は姿を現さずに隠れて……きゃぁ!」
突然動き出したノックスに両手で腰を掴まれ、その手の熱さと大きさにどきりと心臓が跳ねる。
なんだか怒っているような気配にそろりと彼の顔を覗くと、サファイアブルーの目がギラギラと獰猛な光を湛えてこちらを見つめていた。
「エレアノール……男にこうやってお願いしたら、どうなるか教えてやるよ」
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