花喰いの安珠

紺Peki獅子

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愛しい貴女へ

やさしい夢から醒める時 2

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 時が止まったと思った。
 嫌、嫌、いや、いや、いや!私が、一番愛しているのに。杏花を、何よりも愛しているのに。ずっと前から、出会った頃から大好きなのに。

 俯いた杏花の綺麗なつむじを睨むように見つめて、手の平に痕がつく程拳を握りしめていたことに気付いたのは、着物の袖がくんっと引かれたからだ。

「杏花…?」
「私、怖いよ…!知らん人に嫁ぐなんて嫌!街に行って安珠と会えんのも嫌!」

 どくん!心の臓が音を立てて跳ね上がる。
え……。

「村長の娘として、村の益になるべきなのは分かっとるつもりやよ。でも、"愛してる"って言いながら、お父は私の目を見ない。私が犠牲になるのを仕方ないと思っとる。当たり前やと思っとるの。
 それが、私は怖い。"愛してる"って、嘘やったの?本当は"愛してない"の?
 もしかして安珠も、嘘を吐いてたりするの?」

「っ……!」
思わず抱きしめてしまう。守りたい、可哀想なこの子を。信じていた愛を信じられなくなってしまったこの子を。

「そんなわけないでしょ。私は杏花が好き。愛してる。ずっと一緒にいるよ。」

 悲しまないで、なんて言えないけれど、今のままでは幻のように掻き消えてしまいそうな杏花を、力強く抱きしめる。

「ん…っ」
「!ごめん…」
腕の中で呻いた杏花に動揺してぱっと手を離すが、大丈夫だというように微笑まれて、もう一度おずおずと彼女を包み込む。
 すると彼女は私の胸元に頬ずりして
「"愛してる"って、大げさ。まぁ私が言わせたんやけど。」
そう言って息を漏らして笑った。

 「大げさじゃないよ。本心だ。」
 少しむっとして腕に力を込める。消えてしまいそうな彼女に縋るように、でも、万が一にも傷付けないように。
 ほんのちょっとだけ、私の想いが伝わってと願いながら。

「…うん。知っとる、安珠が私のこと大切にしとること。」

 山の間から朝日が顔を出す。薄紫の雲が金色に輝き出して、先日植えたばかりの稲の苗は朝露をはねて青く光る。まるで絵のような光景は、私の勇気を奮い立たせた。

 腕の中の杏花の髪はふわふわで、ずっと触っていたくなる。幸せそうに垂れた目、二つ並んだ涙ぼくろ。ああ、可愛い。この世で一番可愛くて、この世で一番大切。



「好き、だよ」


小さく呟いて、彼女のほくろに唇を寄せてーーー。







「杏花ー!!」
肩が跳ねて、一気に身体を離す。
「洗濯手伝いなさーい!」
「!はーいっ
ごめん、行かなきゃ。安珠、またね!」

 走り去る杏花を呆然と見つめて口を押さえた。


「好き。好き、好き、すき、すきすきすき。っ、きょうか……っ」

苦しい。痛いよ。好きで好きでしょうがない。

 ああでも、こんなに大好きなのに。守りたいのに。一緒にいたいのに。街になんて行ってほしくないのに。





 私はーー花を喰べなくちゃ、生きていけないの。

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