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4話 嘆きのホルマリン ーその2ー

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俺の不安をよそに、準備室はひっそりと静まりかえっており、特に異常はなさそうだった。

「おい、蜜月。いないのか…?」

色々な器具が雑然と置かれている準備室内に、人の気配はない。

器具洗浄用の水道蛇口から時折こぼれる水滴の音だけが、不規則に時を刻んでいる。

ひと通り室内を見廻し、準備室を離れようとしたその時、棚の中でコトリと瓶が倒れる音がした。

倒れたホルマリン漬けの瓶に近寄って確認する。
目玉らしき物体が液の中でゆっくり旋回し、こちらに焦点が向く。

(うえ…なんか目が合った気がする…)

倒れた大きな瓶から目を逸らすと、棚の奥が視野に入る。

(…! 何だこれ…)

夥しい量のガラス瓶がならんでいる。
その瓶の中は、全てホルマリン漬けで、濁った球体がその中でふやけている。

さっき近藤が話していた怪談話が、瞬時に頭をよぎった。


『昔、この学校の化学講師がある事故を起こした。
薬品同士の化学反応で、劇物が飛び散って失明したんだ。
事故後発狂し、亡くなったその講師は、
自分に合う眼球を求め、亡霊としてあらわれては、生徒を襲って目を奪い続けている。
そして奪われてしまった目玉はホルマリン漬けにされ、
永遠にコレクションにされ続けるそうな…』

次の瞬間、瓶の中の目たちがギョロリと一斉に俺を見つめた。
と同時に、準備室のドアがバシンと音を立てて閉じる。


肌に突き刺さるような、猛烈な視線。
亡者の、生者に対する飽くなき羨望。

「ああ…。キミのも、欲しいなあ…」

不快なノイズを伴った声が、直接脳に入ってくる。

突然足下が激しく揺れる。
そしてまるで生き物のように床板がベリベリと剥がれ、
床に漆黒の闇がぽっかりと口を開いた。







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