フォロワー100万人の裏側、全部晒します。~炎上コンサルタント・佐藤任三郎の処刑ログ~

ken

文字の大きさ
1 / 43
第1章 偽りの女神と加工された嘘

第1話 いいね!の数だけ殺意がある

しおりを挟む
 深夜2時。東京都港区、某タワーマンションの一室。

 カーテンの隙間から漏れる都市の光だけが、部屋の主の輪郭を浮かび上がらせていた。

 男の名前は、佐藤任三郎。

 高級ブランドのダークスーツを皮膚のように自然に着こなし、彼は無機質なデスクに向かっていた。モニターのブルーライトが、彫刻のように端正だが血の気のないその顔を青白く照らす。

 画面に映っているのは、とある匿名掲示板のログだ。



『こいつの住所特定したわw』

『拡散希望。この店、ゴキブリ入ってたらしいぞ』



 ある飲食店に対する、根拠のないデマと誹謗中傷の嵐。主導しているのは「正義の執行人」を自称するアカウントだ。店主は精神的に追い詰められ、昨日、首を吊ろうとしたところを家族に発見されたという。



「……愚かしい」



 佐藤は低い声で呟いた。感情の籠もらない、事実確認のような響きだった。

 彼の細長い指がキーボードを叩く。打鍵音は驚くほど静かだ。

 特殊な解析ツールが、幾重にも偽装されたIPアドレスの皮を一枚ずつ剥いでいく。VPN、踏み台サーバー、匿名ブラウザ。玉ねぎの皮を剥くように、虚構のレイヤーが取り除かれていく。

 数分後。

 画面に一つの個人情報が表示された。



 ――大東亜大学経済学部4年、内定先:大手メガバンク。実家は県議会議員。



 デマを拡散していた「正義の執行人」の正体は、順風満帆な未来を約束されたエリート大学生だった。就職前のストレス発散。そんな軽い動機で、彼は一人の店主の人生を終わらせようとしていたのだ。



「あなたの人生のリスク評価を行いました」



 佐藤は独り言のように告げる。その瞳は、獲物を狙う爬虫類のように瞬き一つしない。



「結果は――『是正不能』」



 Enterキーが押される。

 送信されたのは、二通のメールだ。

 一通は、大学生の内定先の人事部へ。過去3年分の誹謗中傷ログと、彼が裏アカウントで行っていた未成年淫行の証拠画像を添付して。

 もう一通は、県議会議員である父親の政敵と、週刊誌の編集部へ。

 物理的な暴力は一切振るわない。ただ、彼が積み上げてきた社会的信用という名の土台を、一番下の積み木から引き抜いただけだ。

 明日、彼の輝かしい未来は崩壊する。内定は取り消され、実家のスキャンダルとなり、デジタルタトゥーは一生彼を蝕むだろう。

 佐藤はハンカチを取り出し、汚いものに触れたかのように丁寧に指先を拭った。



「損切り完了」



 部屋には再び、PCの排熱ファンの音だけが響いた。



 仕事を終えた佐藤にとって、料理とは儀式である。

 自宅のキッチンは、モデルルームのように生活感がない。水滴一つないステンレスのシンク。整然と並べられたスパイスの瓶。

 そして、業務用の電気式ピザ窯が鎮座している。



 彼はジャケットを脱ぎ、袖をまくり上げると、専用の保冷庫から白い塊を取り出した。

 今夜のメニューは『ナポリピザ』だ。

 生地は、イタリア・カプート社の小麦粉「サッコロッソ」を使用し、24時間かけて低温長時間発酵させたもの。イースト菌の働きを極限までコントロールし、小麦本来の旨味を引き出している。



 佐藤は生地を大理石の台に乗せ、指先で優しく押し広げていく。

 麺棒は使わない。生地の中に生まれた気泡を潰さないよう、中心から外側へと空気を送り込むように手で延ばす。これによって、焼いた時に縁がふっくらと膨らむのだ。

 円形に広がった生地に、手で潰したサン・マルツァーノ種の完熟トマトを塗る。

 その上に、カンパニア州から空輸させた水牛のモッツァレラチーズをちぎって乗せ、フレッシュバジルを散らす。

 最後に、エクストラバージンオリーブオイルを回しかける。



 ピザ窯の温度計は450度を示している。

 佐藤はパーラーを使い、生地を一気に窯の中へと滑り込ませた。



 ジューッ……!!

 高温の熱が水分を瞬時に飛ばし、生地が踊るように膨らんでいく。

 90秒。

 ナポリピザの命は、この短時間の焼き上げにある。

 佐藤は窯の中を凝視し、絶妙なタイミングで生地を回転させ、均一に焼き色をつけていく。チーズが溶け出し、トマトソースと混ざり合ってグツグツと沸騰する。縁には美しい焦げ目が浮かび上がる。



「……よし」



 完璧だ。

 佐藤は焼き上がったピザを取り出し、カッターで6等分にした。

 湯気と共に、小麦の香ばしさと、焦げたチーズの濃厚な香りが爆発的に広がる。

 彼は冷蔵庫から、よく冷えた『コカ・コーラ』のガラス瓶を取り出し、栓を抜いた。

 シュポッ。

 軽快な音が、静寂な部屋に響く。グラスに注ぐと、黒い液体の中で炭酸が激しく弾け、琥珀色の泡を作る。



 彼は一人、ダイニングテーブルに座り、手を合わせる。



「いただきます」



 まずはピザを一切れ。

 熱々のチーズが糸を引き、トマトソースが滴り落ちる。

 口に運べば、サクッとした歯ごたえの後に、モチモチとした生地の食感が訪れる。トマトの酸味、チーズのコク、バジルの爽やかさ。それらが口の中で渾然一体となり、脳髄を直撃する旨味の波状攻撃となる。

 そこへ、すかさずコーラを流し込む。

 強烈な炭酸とカフェインの刺激が、口の中に残った脂っこさを一瞬で洗い流し、爽快感だけを残して喉を駆け抜ける。



 完璧なマリアージュ。

 秩序と調和。

 この食卓の上には、嘘も、裏切りも、不条理な悪意も存在しない。あるのは、計算された調理工程と、その結果として約束された「美味」という真実だけだ。

 佐藤は目を閉じ、その完璧な世界に浸る。

 誰かと食卓を囲みたいとは思わない。他者はノイズだ。予測不可能な言動で、この静謐な調和を乱す存在だ。



 ……あの日、妹が死んで以来、彼は世界をそう定義していた。



 翌朝。

 佐藤任三郎は、東京・丸の内にあるオフィスビルの一角にいた。



 「オメガ・リスクマネジメント」。それが彼の表の城だ。



 モノトーンで統一された無機質な会議室に、クライアントである食品メーカーの役員たちが座っている。彼らは一様に顔面蒼白で、脂汗を拭っていた。

 自社製品への異物混入疑惑。SNSでの拡散が止まらず、株価への影響が出始めている。

 佐藤はホワイトボードの前に立ち、レーザーポインターをスライドに向けた。



「結論から申し上げます。社長の会見は中止です」



 佐藤の声は、氷のように冷たかった。



「な、なぜだ! トップが出て誠意を見せないと……」

「今の社長のメンタル状態では、記者の挑発に乗って失言するリスクが85%を超えています。それは誠意ではなく、燃料投下です」



 佐藤は淡々とデータを提示した。



「まずは品質管理部長による事実関係の説明のみに留めること。感情的な言葉は一切排除し、数値と改善策のみを語ってください。謝罪の角度は45度、時間は7秒。それ以上でも以下でもいけません」



 役員たちは息を呑む。

 佐藤の指示はあまりにも機械的で、人間味がない。だが、その瞳には「絶対に失敗させない」という不気味なほどの確信が宿っている。



「我々の仕事は、炎を消すことではありません。延焼を防ぎ、焼け跡から再建可能な資材を残すことです。感情論は捨ててください」



 会議が終わると、役員たちは逃げるように退室していった。

 佐藤は一人残された会議室で、ハンカチを取り出し、自分が触れたマーカーやポインターを入念に拭いた。

 他人の手汗、焦燥感、恐怖。それらが付着している気がして、吐き気がするのだ。



 その時、受付の内線が鳴った。



「社長。予約のお客様がお見えです。……あの、少し様子がおかしいのですが」



 受付嬢の戸惑った声。



「通してください」



 佐藤はハンカチをポケットにしまい、完璧な「コンサルタントの顔」に戻る。



 通されたのは、40代半ばの女性だった。

 以前は上品な身なりをしていたのだろうと推測できるが、今は髪が乱れ、目の下には濃い隈がある。手にはボロボロになった週刊誌の切り抜きが握りしめられていた。

 彼女の名前は、長谷川美佐子。

 ソファーに座るよう促しても、彼女は立ったまま、震える声で話し始めた。



「……助けてください。もう、あの子が……娘が、壊れてしまいそうで」

「落ち着いてください。順を追って話していただけますか」



 佐藤は事務的に、しかし柔らかく促す。

 長谷川美佐子は、堰を切ったように語り出した。



「サプリメントなんです。『MIIKA』というインフルエンサーの方がプロデュースした……」



 MIIKA。

 その名前を、佐藤も知っていた。フォロワー数80万人。美容系インフルエンサーのトップに君臨し、「無加工・無添加」を売りにしているカリスマだ。



「娘は彼女のファンでした。お小遣いを貯めて、彼女が勧める『完全天然由来』のダイエットサプリを買って……でも、飲み始めてから体調を崩して、救急搬送されたんです。肝機能障害でした」



 美佐子は涙を流す。



「医師からは、サプリに含まれている成分が原因の可能性があると言われました。だから私、MIIKAさんの事務所に問い合わせたんです。でも……」

「相手にされなかった?」

「いえ、もっと酷いんです」



 彼女はスマホを取り出し、佐藤に見せた。

 そこには、MIIKAのインスタライブのアーカイブが表示されていた。画面の中の、人形のように整った顔立ちの美女が、甲高い声で笑っている。



『なんかぁ、私のサプリ飲んで病気になったとか言ってる人いるんだけど~、マジうける。それって普段の生活が不摂生なだけでしょ? 私のこと妬んでるアンチの捏造だから、みんな騙されないでね! 営業妨害で訴えるから!』



 コメント欄には、MIIKAを擁護し、被害者を攻撃する言葉が滝のように流れていた。



『アンチ乙』『ブスがサプリ飲んだくらいでMIIKAちゃんになれるわけないだろ』『住所特定してやろうぜ』



「……これのせいで、娘のSNSにも誹謗中傷が殺到して。娘は、部屋から一歩も出られなくなりました。被害者なのに、加害者みたいに扱われて……私たち、どうしたらいいのか」



 美佐子は泣き崩れた。

 理不尽だ。

 圧倒的な知名度と「数の暴力」の前では、個人の真実など容易に揉み消される。

 佐藤は、テーブルに置かれたMIIKAの写真をじっと見つめた。

 完璧に加工され、光り輝く笑顔。その裏にある、腐臭漂う傲慢さと、他者を踏み躙っても何とも思わない冷酷さ。

 彼の脳裏に、10年前の光景がフラッシュバックする。



 ――お兄ちゃん、助けて。みんなが、嘘をついてるの。



 妹の最後のメッセージ。それを無視し、面白おかしく拡散した何万もの匿名のアカウントたち。



 佐藤の中で、スイッチが切り替わる音がした。

 表のコンサルタントとしての「冷静な判断」ではない。

 裏の処刑人としての「断罪の決定」だ。



「長谷川様」



 佐藤はハンカチを差し出した。



「この案件、お引き受けします。ただし、通常のコンサルティング契約とは少し異なる形になりますが」

「え……? でも、相手は有名なインフルエンサーで、弁護士もいて……」

「関係ありません」



 佐藤は立ち上がり、ブラインドの隙間から外の景色を見下ろした。眼下に広がる東京の街。そこには、無数の「いいね」と「悪意」が渦巻いている。

 彼はガラスに映る自分の顔――爬虫類のように冷たい瞳をした男――に向かって、静かに宣告した。



「彼女は、リスクを見誤りました。自分を王様か何かだと勘違いしているようですが……私が、その王冠を溶かして差し上げましょう」



 佐藤の口元が、微かに歪む。

 それは笑みだったのかもしれない。だが、慈愛や喜びとは程遠い、獲物の喉笛に牙を突き立てる瞬間の捕食者の表情だった。



「残念ですが、MIIKAの人生はここで『損切り』です」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

清掃員と僕の密やかな情状

MisakiNonagase
恋愛
都心のオフィスビルで働く会社員の26歳・高城蓮(たかぎれん)。彼の無機質な日常に唯一の彩りを与えていたのは、夕方から現れる70歳の清掃員・山科和子だった。 青い作業服に身を包み、黙々と床を磨く彼女を、蓮は「気さくなおばあちゃん」だと思っていた。あの日、立ち飲み屋で私服姿の彼女と再会するまでは――。 肉じゃがの甘い湯気、溶けゆく氷の音、そして重ねた肌の温もり。 44歳の年齢差を超え、孤独を分かち合った二人が辿り着いた「愛の形」とは。これは、一人の青年が境界線の向こう側で教わった、残酷なまでに美しい人生の記録。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

『お兄ちゃんのオタクを卒業させてみせるんだからね❤ ~ブラコン妹と幼馴染オタク姫の果てしなき戦い~』

本能寺から始める常陸之介寛浩
青春
「大好きなはずなのに……! 兄の『推し活』が止まらない!?」 かつて、私は信じていた。 優しくて、頼もしくて、ちょっと恥ずかしがり屋な── そんな普通のお兄ちゃんを。 でも── 中学卒業の春、 帰ってきた幼馴染みの“オタク姫”に染められて、 私のお兄ちゃんは**「推し活命」**な存在になってしまった! 家では「戦利品だー!」と絶叫し、 年末には「聖戦(コミケ)」に旅立ち、 さらには幼馴染みと「同人誌合宿」まで!? ……ちがう。 こんなの、私の知ってるお兄ちゃんじゃない! たとえ、世界中がオタクを称えたって、 私は、絶対に── お兄ちゃんを“元に戻して”みせる! これは、 ブラコン妹と 中二病オタク姫が、 一人の「兄」をめぐって 全力でぶつかり合う、果てしなき戦いの物語──! そしていつしか、 誰も予想できなかった 本当の「大好き」のカタチを探す、 壮大な青春ストーリーへと変わっていく──。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

無実の罪で全校生徒から土下座を要求された僕は、逆に一人ずつ土下座をするように要求した。

葉月
恋愛
無実の罪で全校生徒から土下座を要求された僕は、逆に一人ずつ土下座をするように要求した。

処理中です...