40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします

伊達ジン

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第3話 S&P500の憂鬱と氷の女王

 1999年4月12日、月曜日。
 新たな一週間の始まりは、抜けるような青空とともに訪れた。

 ハイヤーの後部座席で、俺は携帯電話を耳に当てていた。

「……そうか。ご苦労だったな、明智」
『はい。スターダスト・プロモーションの債権は、今朝の営業開始と同時にすべて当方が買い取りました。例の悪徳不動産屋も、国税の動きを察知して完全に手を引いています』
「上出来だ。これで月曜の不当な契約は完全に白紙だな。くるみさんには、今日から新体制で動くこと、そして余計な心配はせず芸を磨くことだけに集中するよう伝えておいてくれ」
『承知いたしました、オーナー』

 通話を終え、俺は小さく息を吐きながら携帯電話を胸ポケットにしまった。
 これで一つ、厄介事は片付いた。未来のトップアイドルが下らない無能経営者の犠牲になって潰れる悲劇は、未然に防がれたわけだ。

「玲央様、到着いたしました」

 運転手がドアを開ける。
 降り立ったのは、都内屈指の名門校・私立桜花学園高等部の正門前だ。
 満開の桜並木が、新入生たちを歓迎するかのように花弁を散らしている。
 今日が入学式。
 俺の、そして原作の物語が本格的に始まる日だ。

 1年A組の教室は、特有の初々しい緊張感と喧騒に包まれていた。
 俺は指定された席に座り、周囲を観察する。
 クラスメイトたちは、これから始まる高校生活への期待に胸を膨らませているようだが、俺にとっては精神年齢とのギャップに耐える忍耐の場でもある。

 ふと、教室の前方で騒がしい声が上がった。

「やったなマナ! 俺たち、高校でも同じクラスだぜ!」
「……うん、そうだね。偶然ってすごいね」

 視線を向けると、そこには原作の主人公・日向翔太と、メインヒロインの桜木マナがいた。

 日向は、どこにでもいそうな茶髪の少年だ。人懐っこい笑顔を浮かべているが、その瞳には相手の心情を察する深みがない。
 対する桜木マナは、ハッとするような愛らしさを持っていた。
 ショートボブの黒髪が健康的に弾み、大きな瞳はリスのように愛嬌がある。少し短めのスカートから伸びる脚は健康的で、ルーズソックスがよく似合っていた。クラスの男子の半数は、すでに彼女に目を奪われているだろう。

 だが、その表情は少し曇っていた。

「高校でもマナが一緒で安心したよ。俺、ネクタイ結ぶの苦手だしさ。これからも頼むな!」
「えっ……」
「ほら、部活も何入るか決めようぜ? 俺はマナがマネージャーやる部活にしようかなー、なんて」

 日向は屈託なく笑い、マナの肩に気安く手を回そうとする。
 マナは反射的に身を引いた。

「……翔太、近いよ。それに私、高校では自分のやりたいこと見つけたいから……」
「えー? マナのやりたいことって、俺の世話係だろ? 昔からそうじゃん」

 悪気のない、純度100%の無神経。
 マナの眉間に、微かな不快感の皺が刻まれるのを俺は見逃さなかった。
 彼女は実家の洋食屋を手伝うしっかり者だ。高校生になり、精神的にも自立しようとしている少女に対し、「世話係」というレッテル貼りは致命的だ。

(……なるほど。これが『逆効果』というやつか)

 俺は声をかけることなく、静かにその光景を見ていた。
 原作なら、ここで二人の仲睦まじい姿が描かれるはずだが、現実のマナは明らかに翔太の幼稚さに疲弊し始めている。
 俺が介入するまでもない。このまま放置しておけば、自滅するのは時間の問題だろう。
 とはいえ、彼女があまりに不憫なら、いずれ手を差し伸べる必要はあるかもしれないが。

 入学式は、厳粛な雰囲気の中で執り行われた。
 理事長の長い祝辞が終わり、司会者が声を張り上げる。

「続きまして、新入生代表挨拶。西園寺玲央くん」

 名前を呼ばれ、俺は席を立った。
 全校生徒の視線が背中に突き刺さるのを感じながら、壇上へと上がる。
 マイクの前に立ち、一礼。
 母直伝のポスチャーと視線誘導で、講堂内の空気を掌握する。

「……柔らかな春の日差しに包まれ、私たちがこの桜花学園の門を叩く日を迎えられたことを、心より光栄に思います」

 用意された原稿など読むつもりはない。
 俺は会場を見渡し、言葉を紡いだ。

「世紀末と呼ばれるこの時代、世界はかつてない速度で変革を続けています。IT革命による情報の民主化、グローバル経済の加速。……私たちは、過去の常識が通用しない不確実な未来へと足を踏み入れようとしています」

 15歳の少年の口から出るには、いささか早熟すぎる内容かもしれない。
 だが、俺はあえて視座の高い言葉を選んだ。
 単なる優等生の挨拶ではない。これからこの学園で、そして社会で実権を握る「プレイヤー」としての宣戦布告だ。

「しかし、恐れることはありません。知性という羅針盤と、友という航海図があれば、どのような嵐も乗り越えられるはずです。……この学園での三年間が、私たちにとって未来を切り拓くための礎となることを誓い、挨拶とさせていただきます」

 一瞬の静寂の後、割れんばかりの拍手が講堂を揺らした。
 女子生徒たちからの熱っぽい視線と、一部の男子生徒――特に日向翔太からの、得体の知れないものを見るような視線を感じる。
 俺は完璧な角度で一礼し、壇を降りた。

 式が終わり、生徒たちが教室へ戻るため廊下へと溢れ出した。
 俺も人の波に乗りながら角を曲がろうとした、その時だった。

「きゃっ……!」

 不意に角から現れた女子生徒と、ぶつかりそうになった。
 俺は反射的に身を引き、同時に相手がバランスを崩さないよう距離を取る。触れれば失礼になる距離感だ。
 だが、その急激な回避行動のせいで、胸ポケットから黒い革張りの生徒手帳が滑り落ちてしまった。

「……あ、すみません。大丈夫ですか?」

 俺は立ち止まり、深く頭を下げた。
 顔を上げると、そこに立っていたのは、息を呑むほど美しい少女だった。

 艶やかな黒髪のロングヘア。
 日本人離れした彫りの深い顔立ちと、意思の強さを宿した大きな瞳。
 一切の隙のない立ち姿は、まるで抜き身の日本刀のような鋭い緊張感を周囲に放っている。

 ――霧島セイラ。

 2年生の先輩であり、生徒会副会長を務める「学園の女王」だ。

 彼女の足元に落ちた俺の生徒手帳に、彼女の白く細い指が先に触れた。

「……これ、貴方の?」

 鈴を転がすような、しかし氷のように冷ややかな声。
 彼女は手帳を拾い上げると、表紙に印字された名前を一瞥した。

「……西園寺、玲央」

 その名を口にした瞬間、彼女は鼻で笑った。
 それは明確な侮蔑を含んでいた。

「廊下は社交場ではありませんよ、西園寺グループの御曹司くん。……特注の制服に高級靴。財力を見せびらかしたいなら、他所でやってくださる?」

 彼女は生徒手帳を、俺の胸に押し付けるように返した。
 その瞳には、富める者に対する嫌悪と、それ以上の何か――おそらくは彼女自身のプライドに由来する敵対心が燃えている。

「……すみません。気をつけます、霧島先輩」

 俺は感情を波立たせることなく、恭しく一礼した。
 彼女が俺の名前を知らなくても、俺は彼女を知っている。
 霧島家。かつての名門華族だが、現在は父親の事業失敗により没落の危機に瀕している家だ。
 彼女が「財力」を嫌う理由は、そこにあるのだろう。誇り高い彼女にとって、金で物事を解決する企業グループの人間は、自身の家の現状と比較して最も許しがたい存在なのかもしれない。

「名前……知っているのね」

 セイラ先輩は少し意外そうに眉を上げたが、すぐに興味を失ったように視線を逸らした。

「以後、気をつけなさい。……目障りよ」

 冷たく言い放ち、彼女は長い髪を翻して去っていった。
 その背筋はピンと伸びて美しかったが、どこか張り詰めた糸のような危うさを感じさせた。

 俺は戻ってきた生徒手帳の埃を払いながら、小さく息を吐いた。

「……噂通り、相当に追い詰められているようだな」

 だが、嫌いではない。
 あのプライドの高さは、逆境に立たされた時こそ輝く。
 今はまだ俺を敵視しているようだが、彼女の抱える問題――霧島家の負債については、既に調査済みだ。
 いずれ、彼女がそのプライドを折られそうになった時、手を差し伸べるのは「精神論」を語る子供ではなく、「実利」を提示できる大人であるべきだ。

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