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第1章:追放と再出発
第1話 「予備のポーションがない?」――補給を軽視する勇者ゼクスと、サトシの正論。
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「おい、ユウサク。さっさと『上級ポーション』を出せ。肩の切り傷が疼いて仕方ねえんだ」
夕闇が迫る「黄昏の街道」。
ゴブリンの残党との小競り合いを終えたばかりの勇者パーティが、野営の準備を始めていた。
吐き捨てるようにそう言ったのは、パーティのリーダーであり、聖剣に選ばれた男、勇者ゼクスだ。彼は豪華な装飾が施された金色の甲冑を、返り血で汚したまま不機嫌そうに焚き火のそばへ座り込んだ。
「断る。現在の在庫状況では、君に上級ポーションを渡すことはできない」
淡々とした、しかし有無を言わせぬ低い声が響いた。
声の主は、鈴木悠作。この異世界では「ユウサク」と名乗っている。
彼はパーティの最後尾で、山のような荷物を積んだ馬車……ではなく、彼自身が担いでいる巨大な背負い箱の整理をしていた。
悠作の体格は、この世界の住人と比べても圧倒的だった。
194センチの身長。無駄な脂肪を一切削ぎ落とし、鋼のように引き締まった肉体。北欧の彫刻を思わせる整った顔立ちに、冷徹なまでに理知的なアイスブルーの瞳。その佇まいは、戦士としての威圧感に満ちている。
だが、彼が手にしているのは聖剣でも杖でもなく、在庫管理用の羊皮紙と、彼自身の脳内に展開された「仮想ウィンドウ」だった。
「……あ? 今、なんて言った?」
ゼクスが顔を上げ、目を剥いた。
「現在のポーション残数は28本。内訳は中級が12本、初級が16本だ。上級ポーションは、今日の午前中に君が『喉が渇いたから』という理由で飲み干したのが最後の一本だった」
悠作は、空中に指を滑らせる。
彼の固有魔法【倉庫管理魔法:アバロンWMS】が発動している。彼が「荷物」と認識したものの位置、状態、消費期限、および「いつ、誰が、何のために使ったか」という履歴が、リアルタイムで青白いホログラムのように表示されていた。
「チッ、なら中級でいい。さっさと寄こせ」
「それも許可できない。ゼクス、君の傷は深さ3ミリ、長さ5センチの表皮剥離に過ぎない。自然治癒魔法と洗浄だけで十分に処置可能だ。中級ポーションは、明日以降の交戦で重傷者が出た際のリザーブとして確保しておく必要がある」
悠作の言葉は、まるで企業の監査官のように冷ややかだった。
「お前……ふざけてんのか? 俺は勇者だぞ! このパーティの主役だ! 主役が怪我をしてるんだから、最高の薬を使うのは当然だろうが!」
「ロジスティクスの観点から言わせてもらえば、リーダーのわがままは資源の浪費でしかない」
悠作は一歩前に出た。194センチの影がゼクスを覆う。
「いいか、ゼクス。俺たちの現在の位置は、最寄りの補給拠点であるメルキアの町から徒歩で3日の距離にある。この街道の魔物出現率は現在、平時より15%上昇している。消費のリードタイムを計算すれば、今の在庫は『危機的状況』だ。ここで中級ポーションを浪費すれば、万が一の奇襲を受けた際、回復手段が尽きて全滅する。数字は嘘をつかない」
「数字、数字、数字……! うるせえんだよ! お前はいつもそうだ!」
ゼクスが立ち上がり、腰の聖剣の柄を強く握った。
「俺たちは魔王を倒すために命を懸けて戦ってるんだ! その士気を支えるのがお前の仕事だろうが! 飯の量が少ないだの、矢の在庫が足りないだの、研磨剤の使いすぎだの……チマチマした計算ばかりしやがって! お前は戦場の熱さがわかってねえんだ!」
パーティの他のメンバーも、気まずそうに目を逸らしている。
癒術師のセーラは、悠作の管理のおけげで自分の魔力を温存できていることを理解していたが、逆上したゼクスを止める勇気はなかった。重戦士のボルドも、悠作が整えた「重心バランスが完璧な背負子」のおけげで長距離行軍ができている事実に気づいていない。
「熱さ、か。情緒的な動機づけは否定しないが、それは『胃袋の中に飯があること』が前提だ。愛では腹は膨れないが、パンは腹を膨らませる。そして、パンを運ぶのが俺の仕事だ」
悠作は感情を動かすことなく、淡々と続けた。
「昨日、君は街の酒場でもらったからと言って、予備の水を捨て、代わりに高級ワインを荷車に積ませた。その結果、今の我々の飲料水在庫は、明日正午までに枯渇する予定だ」
「それがどうした! 魔法で水くらい出せるだろう!」
「癒術師のセーラのMPを、生活用水の生成に回すコストを計算したことがあるか? 彼女の魔力を10%消費するごとに、我々の戦闘持続時間は約15分短縮される。君のワイン1瓶のために、俺たちは死に近づいているんだ」
「黙れッ!!」
ゼクスの堪忍袋の緒が切れた。
聖剣の鞘で地面を叩き、悠作に向かって指を突きつける。
「もう我慢ならねえ。お前、クビだ。今すぐこのパーティから出て行け!」
一瞬、野営地に沈黙が流れた。
焚き火の爆ぜる音だけが聞こえる。
「……クビ、か。聞き間違いではないな?」
悠作の瞳が、さらに冷たく、鋭くなった。
「ああ、そうだ! お前みたいな『戦えない事務屋』なんて、勇者パーティには必要ねえんだよ! 荷物なんて自分たちで持てばいい。ポーションが足りなきゃ、現地で調達する。お前の細けえ説教を聞かされるくらいなら、そっちの方がマシだ!」
「わかった。契約解除だな。異論はない」
悠作は驚くほどあっさりと頷いた。
むしろ、その表情には微かな「安堵」さえ浮かんでいるように見えた。
この「無能な在庫管理者」たちに付き合い続けるのは、プロフェッショナルとして限界だったのだ。
「ただし」
悠作は巨大な背負い箱を地面に下ろした。ドスン、と重い音が響く。
「契約に基づき、俺の所有物と管理下にある資産はすべて回収させてもらう」
「資産? 薬や食糧は、元々この国が俺たちに支給したものだろうが! お前の私物じゃねえ!」
「物理的な実体についてはその通りだ。だが、俺が提供していたのは『管理』というサービスだ。安定した供給、適切な在庫、そして運搬。俺が提供したその『価値』がなければ、これらはただの荷物だ」
悠作の右手が青い光を帯びる。
【倉庫管理魔法:アバロンWMS・一括デリンク(連携解除)】
瞬間。
ゼクスが腰に下げていたはずの予備のナイフが、消えた。
ボルドの背中にあったはずの予備の盾が、消えた。
そして、焚き火の横に積まれていたはずの食糧袋やポーションの瓶が、吸い込まれるように悠作の背負い箱……いや、その背後に展開された「虚数空間」へと消えていった。
「なっ……! 何をしやがった!」
「俺の【アバロンWMS】は、単なる倉庫じゃない。俺が登録した物品の『存在確率』を管理するシステムだ。俺が管理責任を放棄すれば、それらの荷物は本来あるべき場所……つまり、俺の倉庫へと帰属する。これは俺がこの世界に来た時に結んだ、システムとの契約だ」
悠作は背負い箱を軽々と肩に担ぎ直した。
194センチの巨体が、沈みゆく夕日を背にして立ち上がる。
「ゼクス。君たちが言う通り、俺がいなければ『細かい数字』に悩まされることはなくなるだろう。だが、一つだけ予言しておく。物流を軽視した軍隊が辿る結末は、歴史上たった一つしかない」
悠作は一歩、また一歩とパーティから遠ざかっていく。
「敗北だ。それも、戦う前に負ける、最も惨めな敗北だ」
「ふ、ふん! 強がりやがって! たかが荷物持ちが一人いなくなったところで、俺たちは最強の勇者パーティだ! 明日には魔王軍の砦を落として、お前の言葉が間違いだったと証明してやる!」
「そうか。幸運を祈るよ。……ああ、忘れていた。現在の君たちの平均空腹度と疲労蓄積率から計算して、君たちが『助けてくれ』と泣き言を漏らすまでの時間は、およそ72時間。つまり、3日後だ」
悠作は一度も振り返ることなく、森の奥へと続く道を歩き出した。
ふと、彼は懐から一枚の汚れた依頼書を取り出した。そこには、魔王軍との最前線にある「アルシュタット辺境伯領」の惨状が記されていた。
「3日後、君たちが泥水を啜りながら、俺が管理していた『カビの生えていないパン』の価値を思い知ることを楽しみにしているよ」
背後でゼクスの怒鳴り声が聞こえたが、悠作の耳にはもう届かなかった。
彼の脳内では、既に新しいルートがマッピングされていた。
「さて。これほどの在庫を抱えたまま、この近辺で一番の商機がある場所はどこか。……辺境伯領、アルシュタットか。噂では若き女当主が、飢える領民のために奔走しているというが……」
悠作はアイスブルーの瞳を細め、遥か北の空を見上げた。
そこには、自分のような理詰めの男を最も必要としている「絶望の現場」が待っているはずだ。
夕闇が迫る「黄昏の街道」。
ゴブリンの残党との小競り合いを終えたばかりの勇者パーティが、野営の準備を始めていた。
吐き捨てるようにそう言ったのは、パーティのリーダーであり、聖剣に選ばれた男、勇者ゼクスだ。彼は豪華な装飾が施された金色の甲冑を、返り血で汚したまま不機嫌そうに焚き火のそばへ座り込んだ。
「断る。現在の在庫状況では、君に上級ポーションを渡すことはできない」
淡々とした、しかし有無を言わせぬ低い声が響いた。
声の主は、鈴木悠作。この異世界では「ユウサク」と名乗っている。
彼はパーティの最後尾で、山のような荷物を積んだ馬車……ではなく、彼自身が担いでいる巨大な背負い箱の整理をしていた。
悠作の体格は、この世界の住人と比べても圧倒的だった。
194センチの身長。無駄な脂肪を一切削ぎ落とし、鋼のように引き締まった肉体。北欧の彫刻を思わせる整った顔立ちに、冷徹なまでに理知的なアイスブルーの瞳。その佇まいは、戦士としての威圧感に満ちている。
だが、彼が手にしているのは聖剣でも杖でもなく、在庫管理用の羊皮紙と、彼自身の脳内に展開された「仮想ウィンドウ」だった。
「……あ? 今、なんて言った?」
ゼクスが顔を上げ、目を剥いた。
「現在のポーション残数は28本。内訳は中級が12本、初級が16本だ。上級ポーションは、今日の午前中に君が『喉が渇いたから』という理由で飲み干したのが最後の一本だった」
悠作は、空中に指を滑らせる。
彼の固有魔法【倉庫管理魔法:アバロンWMS】が発動している。彼が「荷物」と認識したものの位置、状態、消費期限、および「いつ、誰が、何のために使ったか」という履歴が、リアルタイムで青白いホログラムのように表示されていた。
「チッ、なら中級でいい。さっさと寄こせ」
「それも許可できない。ゼクス、君の傷は深さ3ミリ、長さ5センチの表皮剥離に過ぎない。自然治癒魔法と洗浄だけで十分に処置可能だ。中級ポーションは、明日以降の交戦で重傷者が出た際のリザーブとして確保しておく必要がある」
悠作の言葉は、まるで企業の監査官のように冷ややかだった。
「お前……ふざけてんのか? 俺は勇者だぞ! このパーティの主役だ! 主役が怪我をしてるんだから、最高の薬を使うのは当然だろうが!」
「ロジスティクスの観点から言わせてもらえば、リーダーのわがままは資源の浪費でしかない」
悠作は一歩前に出た。194センチの影がゼクスを覆う。
「いいか、ゼクス。俺たちの現在の位置は、最寄りの補給拠点であるメルキアの町から徒歩で3日の距離にある。この街道の魔物出現率は現在、平時より15%上昇している。消費のリードタイムを計算すれば、今の在庫は『危機的状況』だ。ここで中級ポーションを浪費すれば、万が一の奇襲を受けた際、回復手段が尽きて全滅する。数字は嘘をつかない」
「数字、数字、数字……! うるせえんだよ! お前はいつもそうだ!」
ゼクスが立ち上がり、腰の聖剣の柄を強く握った。
「俺たちは魔王を倒すために命を懸けて戦ってるんだ! その士気を支えるのがお前の仕事だろうが! 飯の量が少ないだの、矢の在庫が足りないだの、研磨剤の使いすぎだの……チマチマした計算ばかりしやがって! お前は戦場の熱さがわかってねえんだ!」
パーティの他のメンバーも、気まずそうに目を逸らしている。
癒術師のセーラは、悠作の管理のおけげで自分の魔力を温存できていることを理解していたが、逆上したゼクスを止める勇気はなかった。重戦士のボルドも、悠作が整えた「重心バランスが完璧な背負子」のおけげで長距離行軍ができている事実に気づいていない。
「熱さ、か。情緒的な動機づけは否定しないが、それは『胃袋の中に飯があること』が前提だ。愛では腹は膨れないが、パンは腹を膨らませる。そして、パンを運ぶのが俺の仕事だ」
悠作は感情を動かすことなく、淡々と続けた。
「昨日、君は街の酒場でもらったからと言って、予備の水を捨て、代わりに高級ワインを荷車に積ませた。その結果、今の我々の飲料水在庫は、明日正午までに枯渇する予定だ」
「それがどうした! 魔法で水くらい出せるだろう!」
「癒術師のセーラのMPを、生活用水の生成に回すコストを計算したことがあるか? 彼女の魔力を10%消費するごとに、我々の戦闘持続時間は約15分短縮される。君のワイン1瓶のために、俺たちは死に近づいているんだ」
「黙れッ!!」
ゼクスの堪忍袋の緒が切れた。
聖剣の鞘で地面を叩き、悠作に向かって指を突きつける。
「もう我慢ならねえ。お前、クビだ。今すぐこのパーティから出て行け!」
一瞬、野営地に沈黙が流れた。
焚き火の爆ぜる音だけが聞こえる。
「……クビ、か。聞き間違いではないな?」
悠作の瞳が、さらに冷たく、鋭くなった。
「ああ、そうだ! お前みたいな『戦えない事務屋』なんて、勇者パーティには必要ねえんだよ! 荷物なんて自分たちで持てばいい。ポーションが足りなきゃ、現地で調達する。お前の細けえ説教を聞かされるくらいなら、そっちの方がマシだ!」
「わかった。契約解除だな。異論はない」
悠作は驚くほどあっさりと頷いた。
むしろ、その表情には微かな「安堵」さえ浮かんでいるように見えた。
この「無能な在庫管理者」たちに付き合い続けるのは、プロフェッショナルとして限界だったのだ。
「ただし」
悠作は巨大な背負い箱を地面に下ろした。ドスン、と重い音が響く。
「契約に基づき、俺の所有物と管理下にある資産はすべて回収させてもらう」
「資産? 薬や食糧は、元々この国が俺たちに支給したものだろうが! お前の私物じゃねえ!」
「物理的な実体についてはその通りだ。だが、俺が提供していたのは『管理』というサービスだ。安定した供給、適切な在庫、そして運搬。俺が提供したその『価値』がなければ、これらはただの荷物だ」
悠作の右手が青い光を帯びる。
【倉庫管理魔法:アバロンWMS・一括デリンク(連携解除)】
瞬間。
ゼクスが腰に下げていたはずの予備のナイフが、消えた。
ボルドの背中にあったはずの予備の盾が、消えた。
そして、焚き火の横に積まれていたはずの食糧袋やポーションの瓶が、吸い込まれるように悠作の背負い箱……いや、その背後に展開された「虚数空間」へと消えていった。
「なっ……! 何をしやがった!」
「俺の【アバロンWMS】は、単なる倉庫じゃない。俺が登録した物品の『存在確率』を管理するシステムだ。俺が管理責任を放棄すれば、それらの荷物は本来あるべき場所……つまり、俺の倉庫へと帰属する。これは俺がこの世界に来た時に結んだ、システムとの契約だ」
悠作は背負い箱を軽々と肩に担ぎ直した。
194センチの巨体が、沈みゆく夕日を背にして立ち上がる。
「ゼクス。君たちが言う通り、俺がいなければ『細かい数字』に悩まされることはなくなるだろう。だが、一つだけ予言しておく。物流を軽視した軍隊が辿る結末は、歴史上たった一つしかない」
悠作は一歩、また一歩とパーティから遠ざかっていく。
「敗北だ。それも、戦う前に負ける、最も惨めな敗北だ」
「ふ、ふん! 強がりやがって! たかが荷物持ちが一人いなくなったところで、俺たちは最強の勇者パーティだ! 明日には魔王軍の砦を落として、お前の言葉が間違いだったと証明してやる!」
「そうか。幸運を祈るよ。……ああ、忘れていた。現在の君たちの平均空腹度と疲労蓄積率から計算して、君たちが『助けてくれ』と泣き言を漏らすまでの時間は、およそ72時間。つまり、3日後だ」
悠作は一度も振り返ることなく、森の奥へと続く道を歩き出した。
ふと、彼は懐から一枚の汚れた依頼書を取り出した。そこには、魔王軍との最前線にある「アルシュタット辺境伯領」の惨状が記されていた。
「3日後、君たちが泥水を啜りながら、俺が管理していた『カビの生えていないパン』の価値を思い知ることを楽しみにしているよ」
背後でゼクスの怒鳴り声が聞こえたが、悠作の耳にはもう届かなかった。
彼の脳内では、既に新しいルートがマッピングされていた。
「さて。これほどの在庫を抱えたまま、この近辺で一番の商機がある場所はどこか。……辺境伯領、アルシュタットか。噂では若き女当主が、飢える領民のために奔走しているというが……」
悠作はアイスブルーの瞳を細め、遥か北の空を見上げた。
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