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第1章:追放と再出発
第6話 辺境伯領の惨状。届かない食糧と、現場の「精神論」による疲弊。
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鉄の関所を越え、アルシュタット辺境伯領の内懐へと足を踏み入れたユウサクを待っていたのは、想像を絶する「沈黙」だった。
街道の脇には、車輪が折れたまま放置された荷馬車がいくつも並び、墓標のように突っ立っている。
行き交う領民の顔からは生気が失われ、194センチの巨躯を誇るユウサクが横を通り過ぎても、彼らは見上げる気力さえないようだった。
「……ひどい。メルキアの活気が嘘のようだわ」
法務官エレナが、馬車の窓から外を眺めて唇を噛んだ。
彼女の隣では、重い儀礼用甲冑を脱ぎ捨て、ユウサクが予備として持っていた機能的な軍用チュニックを纏ったリネットが、悔しそうに拳を握りしめていた。長い手足が、軽装になったことでより一層際立っている。
「……すまない、ユウサク。これが私の守りたかった領地の今の姿よ。魔王軍に攻められる前に、私たちは『空腹』という見えない敵に負けかけている」
「……リネット。君が謝る必要はない。これは個人の責任ではなく、システムの崩壊だ」
ユウサクは冷淡に、しかし確信を持って答えた。
彼のアイスブルーの瞳は、街道の至る所に散見される「非効率」の証拠をスキャニングし続けていた。
「見ろ、あの馬車を。積み荷の重量配分がデタラメだ。馬が100の力で引いても、荷台には30の力しか伝わっていない。さらに、この先の緩やかな斜面。轍が深すぎて、軽量な馬車ほどスタックする構造になっている。……誰がこの物流を管理しているんだ?」
「……城の役人と、古参の騎士団長よ。彼らは『気合で乗り切れ』『領主様への忠誠を見せろ』と繰り返すばかりで……」
ユウサクの眉が、わずかにぴくりと動いた。
「精神論か。……物流の現場で最も有害な毒だな」
アルシュタット本領の中枢。城下町の配給所では、一触即発の事態が起きていた。
「どういうことだ! 今日届くはずのパンの配分が、予定の半分しかないじゃないか!」
「黙れ! 輸送隊は不眠不休で働いているんだ! 文句があるならお前が自分で運んでみろ!」
怒号を飛ばしているのは、額に青筋を立てた壮年の騎士だ。
彼の足元には、泥にまみれた食糧袋が乱雑に積み上げられていた。
「……非効率の極みだな」
人混みを割り、194センチの影が騎士の上に落ちた。
騎士が驚いて見上げると、そこには彫刻のように整った、しかし冷徹な男が立っていた。
「貴様、何者だ! 外部の人間が口を出すな!」
「鈴木悠作。ただの運び屋だ。……騎士団長、君に一つ質問する。その食糧袋、最後に在庫を確認したのはいつだ?」
「在庫だと? そんなもの、届いたそばから配っているに決まっているだろう! 帳簿をつけている暇があったら、一人でも多くの民に配るのが『誠意』というものだ!」
「……最悪だな」
ユウサクは溜息さえつかずに、無造作に一番上の袋を足蹴にした。
「な、何を……!」
「中身を確認しろ。この袋、底に湿気が溜まっている。このまま積み上げれば、明日には全体にカビが回る。……君たちの言う『誠意』とやらのせいで、この領地の食糧自給率は実質的にさらに10パーセント低下している」
ユウサクは仮想ウィンドウ【アバロンWMS】を展開した。
彼の視界には、配給所に集まっている人員、馬車の数、そして残された食糧の「残存鮮度」がグラフ化されて表示されている。
「現在の配給スピード、毎時50世帯。だが、荷降ろしの人員の配置が不適切だ。あそこにいる3人の兵士、10分間何もしていない。一方で、あちらの老人は重い袋を抱えて立ち往生している。……この現場のボトルネックは『物理的な量』ではない。リソースの『配置ミス』だ」
「理屈をこねるな! 現場は死に物狂いなんだ! 泥水を啜り、不眠不休で、気合で食糧を繋いでいるんだ!」
騎士がユウサクの胸ぐらを掴もうとした。
だが、ユウサクはその腕を最小限の動作で払い退け、冷徹なアイスブルーの瞳で射抜いた。
「――不眠不休が、すべての間違いだ」
ユウサクの声が、騒がしい配給所に響き渡った。
「疲弊した人間は判断を誤る。判断を誤れば、届くはずの荷物が届かなくなる。君の言う『気合』が、この領地の物流を殺している。……いいか、精神論で解決できるのは個人の限界までだ。社会の飢えを救うのは、気合ではなく『システム』だ」
「……そこまでにしてください、騎士団長」
人混みの向こうから、静かだが凛とした声が響いた。
人々がモーセの十戒のように左右に分かれる。
そこにいたのは、銀髪の麗人だった。
カタリナ・フォン・アルシュタット。28歳。
小柄ながらも圧倒的な気品。深い紫色の瞳。彼女は、ぼろぼろになったドレスの裾を気にすることもなく、ユウサクの前に進み出た。
「カタリナ様! なぜこのような場所に!」
騎士たちが慌てて膝をつく。
カタリナは騎士たちの言葉を無視し、目の前に立つ巨大な男を真っ直ぐに見上げた。
194センチと157センチ。
圧倒的な体格差があったが、二人の間に流れる空気は対等だった。
「……あなたが、リネットが手紙で知らせてくれた『異世界の運び屋』ですか?」
「鈴木悠作だ。……辺境伯、君に一つ言っておく。この現場の惨状、君の責任だ」
周囲の騎士たちが「無礼な!」と叫ぶ中、カタリナは静かに片手を上げてそれを制した。
彼女の眉が、複雑な感情を宿してわずかに動く。
「……仰る通りです。私は、民を飢えさせないために全力を尽くしているつもりでした。しかし、あなたの目には、これがただの『無駄』に映るのですね」
「無駄ではない。『罪』だ。届ける手段があるのに、知識の欠如でそれを止めているのは、緩やかな虐殺と同じだ」
ユウサクは一切の容赦をしない。
彼は相手が美しき領主であろうと、徹底的な事実で追い詰める。
「……ですが、私たちにはもう、金も、新しい馬車も、魔法の資材も残されていません」
カタリナの声に、隠しきれない疲労と絶望が混じる。
「資源がないなら、既存のリソースを最適化するまでだ。……カタリナ、君に取引を提案する」
ユウサクは懐から、エレナが道中で書き上げた「暫定コンサルティング契約書」を取り出した。
「俺に、この領地の全物流の『全権』を預けろ。一週間以内に、この領地の配給遅延をゼロにする」
「……一週間? 冗談でしょう!? メルキアからの補給路さえ断たれているこの状況で!」
騎士団長が叫ぶが、カタリナは契約書をじっと見つめていた。
「代償は、何ですか?」
「成功報酬として、この領地における『独占輸送権』と、魔王城への補給路を断つための全兵站情報の提供。……それと、今すぐその騎士団長を現場の指揮から外せ。彼は熱すぎる。物流には、冷徹な脳が必要だ」
カタリナは顔を上げ、紫の瞳でユウサクの心根を探るように凝視した。
ユウサクはただ、アイスブルーの瞳で彼女の覚悟を測る。
「……わかりました。鈴木悠作、あなたの提案を受け入れます。……アルシュタットの民を救えるなら、私は、この地位も、誇りも、あなたの好きにして構いません」
カタリナは深く、頭を下げた。
銀色の髪が、午後の光を受けて美しく揺れる。
「取引成立だ」
ユウサクは、自身の仮想ウィンドウを最大まで展開した。
配給所の全在庫、人員、そして街の構造が、青いグリッドラインとなって彼の脳内に統合されていく。
街道の脇には、車輪が折れたまま放置された荷馬車がいくつも並び、墓標のように突っ立っている。
行き交う領民の顔からは生気が失われ、194センチの巨躯を誇るユウサクが横を通り過ぎても、彼らは見上げる気力さえないようだった。
「……ひどい。メルキアの活気が嘘のようだわ」
法務官エレナが、馬車の窓から外を眺めて唇を噛んだ。
彼女の隣では、重い儀礼用甲冑を脱ぎ捨て、ユウサクが予備として持っていた機能的な軍用チュニックを纏ったリネットが、悔しそうに拳を握りしめていた。長い手足が、軽装になったことでより一層際立っている。
「……すまない、ユウサク。これが私の守りたかった領地の今の姿よ。魔王軍に攻められる前に、私たちは『空腹』という見えない敵に負けかけている」
「……リネット。君が謝る必要はない。これは個人の責任ではなく、システムの崩壊だ」
ユウサクは冷淡に、しかし確信を持って答えた。
彼のアイスブルーの瞳は、街道の至る所に散見される「非効率」の証拠をスキャニングし続けていた。
「見ろ、あの馬車を。積み荷の重量配分がデタラメだ。馬が100の力で引いても、荷台には30の力しか伝わっていない。さらに、この先の緩やかな斜面。轍が深すぎて、軽量な馬車ほどスタックする構造になっている。……誰がこの物流を管理しているんだ?」
「……城の役人と、古参の騎士団長よ。彼らは『気合で乗り切れ』『領主様への忠誠を見せろ』と繰り返すばかりで……」
ユウサクの眉が、わずかにぴくりと動いた。
「精神論か。……物流の現場で最も有害な毒だな」
アルシュタット本領の中枢。城下町の配給所では、一触即発の事態が起きていた。
「どういうことだ! 今日届くはずのパンの配分が、予定の半分しかないじゃないか!」
「黙れ! 輸送隊は不眠不休で働いているんだ! 文句があるならお前が自分で運んでみろ!」
怒号を飛ばしているのは、額に青筋を立てた壮年の騎士だ。
彼の足元には、泥にまみれた食糧袋が乱雑に積み上げられていた。
「……非効率の極みだな」
人混みを割り、194センチの影が騎士の上に落ちた。
騎士が驚いて見上げると、そこには彫刻のように整った、しかし冷徹な男が立っていた。
「貴様、何者だ! 外部の人間が口を出すな!」
「鈴木悠作。ただの運び屋だ。……騎士団長、君に一つ質問する。その食糧袋、最後に在庫を確認したのはいつだ?」
「在庫だと? そんなもの、届いたそばから配っているに決まっているだろう! 帳簿をつけている暇があったら、一人でも多くの民に配るのが『誠意』というものだ!」
「……最悪だな」
ユウサクは溜息さえつかずに、無造作に一番上の袋を足蹴にした。
「な、何を……!」
「中身を確認しろ。この袋、底に湿気が溜まっている。このまま積み上げれば、明日には全体にカビが回る。……君たちの言う『誠意』とやらのせいで、この領地の食糧自給率は実質的にさらに10パーセント低下している」
ユウサクは仮想ウィンドウ【アバロンWMS】を展開した。
彼の視界には、配給所に集まっている人員、馬車の数、そして残された食糧の「残存鮮度」がグラフ化されて表示されている。
「現在の配給スピード、毎時50世帯。だが、荷降ろしの人員の配置が不適切だ。あそこにいる3人の兵士、10分間何もしていない。一方で、あちらの老人は重い袋を抱えて立ち往生している。……この現場のボトルネックは『物理的な量』ではない。リソースの『配置ミス』だ」
「理屈をこねるな! 現場は死に物狂いなんだ! 泥水を啜り、不眠不休で、気合で食糧を繋いでいるんだ!」
騎士がユウサクの胸ぐらを掴もうとした。
だが、ユウサクはその腕を最小限の動作で払い退け、冷徹なアイスブルーの瞳で射抜いた。
「――不眠不休が、すべての間違いだ」
ユウサクの声が、騒がしい配給所に響き渡った。
「疲弊した人間は判断を誤る。判断を誤れば、届くはずの荷物が届かなくなる。君の言う『気合』が、この領地の物流を殺している。……いいか、精神論で解決できるのは個人の限界までだ。社会の飢えを救うのは、気合ではなく『システム』だ」
「……そこまでにしてください、騎士団長」
人混みの向こうから、静かだが凛とした声が響いた。
人々がモーセの十戒のように左右に分かれる。
そこにいたのは、銀髪の麗人だった。
カタリナ・フォン・アルシュタット。28歳。
小柄ながらも圧倒的な気品。深い紫色の瞳。彼女は、ぼろぼろになったドレスの裾を気にすることもなく、ユウサクの前に進み出た。
「カタリナ様! なぜこのような場所に!」
騎士たちが慌てて膝をつく。
カタリナは騎士たちの言葉を無視し、目の前に立つ巨大な男を真っ直ぐに見上げた。
194センチと157センチ。
圧倒的な体格差があったが、二人の間に流れる空気は対等だった。
「……あなたが、リネットが手紙で知らせてくれた『異世界の運び屋』ですか?」
「鈴木悠作だ。……辺境伯、君に一つ言っておく。この現場の惨状、君の責任だ」
周囲の騎士たちが「無礼な!」と叫ぶ中、カタリナは静かに片手を上げてそれを制した。
彼女の眉が、複雑な感情を宿してわずかに動く。
「……仰る通りです。私は、民を飢えさせないために全力を尽くしているつもりでした。しかし、あなたの目には、これがただの『無駄』に映るのですね」
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ユウサクは懐から、エレナが道中で書き上げた「暫定コンサルティング契約書」を取り出した。
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「……一週間? 冗談でしょう!? メルキアからの補給路さえ断たれているこの状況で!」
騎士団長が叫ぶが、カタリナは契約書をじっと見つめていた。
「代償は、何ですか?」
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カタリナは顔を上げ、紫の瞳でユウサクの心根を探るように凝視した。
ユウサクはただ、アイスブルーの瞳で彼女の覚悟を測る。
「……わかりました。鈴木悠作、あなたの提案を受け入れます。……アルシュタットの民を救えるなら、私は、この地位も、誇りも、あなたの好きにして構いません」
カタリナは深く、頭を下げた。
銀色の髪が、午後の光を受けて美しく揺れる。
「取引成立だ」
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