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23.怒りっぽいアベル
アベルと一日一緒に過ごすと、確かにアベルはマルとアニムス以外には愛想が良かった。どの隊士にも笑顔で接しているし、声も明るく高めだ。なんなら、竜にも馬にもラバにも優しい。
「ねぇ、アベル。ここにはロバはいないの? ご主人様のとこにはロバがいたんだけど」
「『アベルさん』だろ、このぼんくら頭。ロバなんていねぇよ、見りゃ分かるだろ。お前の目は節穴か」
一応返事はしてもらえるが、とげとげしい。そのくせ隊士が通りかかろうものなら、ふわっと笑顔になるのだ。
マルは奇しくもアベルと同じ緑色の目をしていた。マルの銀髪に対して、アベルは金髪。花生みの特徴でもあるが、体つきは二人とも華奢だ。身長もほぼ同じ。二人でいると、まるで対のよう。
それを「兄弟みたい」だと指摘した隊士がいた。するとアベルは嫌悪するどころか「そうなんです。僕も弟ができたみたいで嬉しくて」と言って、マルと腕を組む。
その隊士が去るやいなや「ベタベタするんじゃねぇよ、図々しい」と腕を振りほどく。最後に睨むのも忘れない。全くもって見事であった。
けれども竜の世話について聞けば教えてくれる。ひたすら口が悪いだけの人だ。
「あ、カシス! カシス!」
マルの昼休憩が終わって厩舎へ戻ると、房にいるカシスを発見した。カシスもマルへ気が付いて、短く鳴いている。思わず正面へ近づいた。すると息を吸って鼻の穴が大きく膨らませ、そして止まった。
カシスが火を噴こうとしている!
それが分かったのに、遅かった。身体の反応が遅れて間に合わない。マルは今度こそろうそくになる覚悟をした。
「このノロマっ!」
膝裏に衝撃を受けて、尻餅をついた。その直後、マルのいた場所をめがけて炎が直撃する。蹴り飛ばしたのはアベルだった。
マルを助けてくれたのだ。
「主人の竜が火を吐く間合いくらい、しっかり見極めろっ!」
「ありがとう、アベル……」
「いい加減『さん』を付けろ。毎回助けてもらえると思ったら大間違いだぞ、ハゲ!」
マルは禿げてない。念のため頭を撫でてみたが、禿げはなかった。
「カシスもさぁ、もうちょっと早く火を吐けたらあのハゲを丸焦げにできたのに。次はちゃんと黒焦げを頼むよ」
マルを助けた割には、どちらに加担しているのか疑問に思う台詞だ。アベルはぶつくさ言いながらも、ぽん、ぽん、ぽん、と連続して指先から花を生み出し、カシスに与えてた。
カシスは喜んで花を食べている。今だってマルと会えたのが嬉しかったのだろう、つい火を噴いたのだ。親友とはまだ言いがたいが、友達くらいの距離にはなれている、はずなのだ。
厩舎には、緑色の竜ばかりいる。性格は竜の中では従順な方で、火を噴かないし、小型で扱いやすいそうだ。隊長クラスにもなると、赤や青の中型を使うことが多い。その中でも別格は、カシスのように赤紫色をして、火を噴く竜になる。気性が荒く、竜の方が人を選ぶ。そのカシスを撫でられるアベルは相当気に入られてる部類だ。もちろん主のロナウドは言うまでもない。
カシスがここにいるということは、いずれロナウドもやってくるのだろう。そう思うと、仕事にも一層身が入った。
花生みならではの仕事は、人に慣れてきた幼竜の散歩だ。基本、竜は側に花生みがいれば、勝手に飛んではいかない。だから幼竜へ手綱を付け、大人しく引かれることを覚えさせるのは、花生みが適任なのだ。
中でも危険な作業は、牙と爪の手入れだ。慣れていない者がすれば、噛みつかれたり鋭く尖った爪で肉を引き裂かれることもある。
けれど花生みは別だ。アベルが「あーんして」と言えば、大きな口を開ける。口に被さる皮膚をめくり上げて牙を点検しても、噛もうとはしない。長すぎる爪を鉈で整えても、踏みつけられもしないのだ。
ロナウドは夕暮れが近くなっても現れなかったが、アニムスはふらりとやってきた。
「よお、二人とも調子はどうだ?」
「えっと、なんとかやってます」
マルは牙の点検をしていた。アベルは爪を整えているが、アニムスに返事をする気はないようだ。
「二人へロナウド隊長からの連絡だ。明後日は第四部隊と第五部隊の合同任務があるから、各竜の点検を優先的に頼むってさ。それからこれはついでだけどな。マル、隊長が今日、様子を見に行くって言ってたぞ」
ロナウドに会える。ふわりと身体が軽くなるようだった。
「嬉しそうな顔しちゃって、良かったな。会いたかったんだろ?」
「う、うん」
ものすごく。酷く会いたかったのだと、自覚する。おなじみのリスたちも連なってやってきて、みんなでうきうきと跳ね始めているし、マルも踊りたくなってしまう。
「なぁ、アベルよぉ。そういや俺の恋人は今どうなってんの?」
アベルによると、アニムスは浮気中の恋人がいることになっている。事実無根らしいが、それを楽しんでいるのだ。
「っ……絶賛浮気中だよっ! この大馬鹿野郎っ!」
「アベルはなんでいっつもイライラしてんだ? そういうときは牛乳とか乳製品がいいんだぞ。そうだ、チーズ食えよ」
「アニムスまでチーズって言うなぁーーっ!」
後は知らないと言わんばかりに、ドスドス靴音を鳴らして厩舎から出て行ってしまった。とはいえ、今二人で手入れをしていた竜が最後なので、もう終了ではある。
そこでマルはロナウドを待っていたが、肝心な「いつ」と「どこで」を訊き忘れていた。
夕食時になっても現れない。食堂にいても来ない。急な予定変更があったのだろうか。それとも自分の記憶違いで、今日ではなくて明日だったのだろうか。浮き上がった気持ちは急降下した。屋根裏へ続く細い階段を上る足が重い。俯き、視線は足下へと降りていく。
「マル」
上から降る声に、顔を上げた。
「ねぇ、アベル。ここにはロバはいないの? ご主人様のとこにはロバがいたんだけど」
「『アベルさん』だろ、このぼんくら頭。ロバなんていねぇよ、見りゃ分かるだろ。お前の目は節穴か」
一応返事はしてもらえるが、とげとげしい。そのくせ隊士が通りかかろうものなら、ふわっと笑顔になるのだ。
マルは奇しくもアベルと同じ緑色の目をしていた。マルの銀髪に対して、アベルは金髪。花生みの特徴でもあるが、体つきは二人とも華奢だ。身長もほぼ同じ。二人でいると、まるで対のよう。
それを「兄弟みたい」だと指摘した隊士がいた。するとアベルは嫌悪するどころか「そうなんです。僕も弟ができたみたいで嬉しくて」と言って、マルと腕を組む。
その隊士が去るやいなや「ベタベタするんじゃねぇよ、図々しい」と腕を振りほどく。最後に睨むのも忘れない。全くもって見事であった。
けれども竜の世話について聞けば教えてくれる。ひたすら口が悪いだけの人だ。
「あ、カシス! カシス!」
マルの昼休憩が終わって厩舎へ戻ると、房にいるカシスを発見した。カシスもマルへ気が付いて、短く鳴いている。思わず正面へ近づいた。すると息を吸って鼻の穴が大きく膨らませ、そして止まった。
カシスが火を噴こうとしている!
それが分かったのに、遅かった。身体の反応が遅れて間に合わない。マルは今度こそろうそくになる覚悟をした。
「このノロマっ!」
膝裏に衝撃を受けて、尻餅をついた。その直後、マルのいた場所をめがけて炎が直撃する。蹴り飛ばしたのはアベルだった。
マルを助けてくれたのだ。
「主人の竜が火を吐く間合いくらい、しっかり見極めろっ!」
「ありがとう、アベル……」
「いい加減『さん』を付けろ。毎回助けてもらえると思ったら大間違いだぞ、ハゲ!」
マルは禿げてない。念のため頭を撫でてみたが、禿げはなかった。
「カシスもさぁ、もうちょっと早く火を吐けたらあのハゲを丸焦げにできたのに。次はちゃんと黒焦げを頼むよ」
マルを助けた割には、どちらに加担しているのか疑問に思う台詞だ。アベルはぶつくさ言いながらも、ぽん、ぽん、ぽん、と連続して指先から花を生み出し、カシスに与えてた。
カシスは喜んで花を食べている。今だってマルと会えたのが嬉しかったのだろう、つい火を噴いたのだ。親友とはまだ言いがたいが、友達くらいの距離にはなれている、はずなのだ。
厩舎には、緑色の竜ばかりいる。性格は竜の中では従順な方で、火を噴かないし、小型で扱いやすいそうだ。隊長クラスにもなると、赤や青の中型を使うことが多い。その中でも別格は、カシスのように赤紫色をして、火を噴く竜になる。気性が荒く、竜の方が人を選ぶ。そのカシスを撫でられるアベルは相当気に入られてる部類だ。もちろん主のロナウドは言うまでもない。
カシスがここにいるということは、いずれロナウドもやってくるのだろう。そう思うと、仕事にも一層身が入った。
花生みならではの仕事は、人に慣れてきた幼竜の散歩だ。基本、竜は側に花生みがいれば、勝手に飛んではいかない。だから幼竜へ手綱を付け、大人しく引かれることを覚えさせるのは、花生みが適任なのだ。
中でも危険な作業は、牙と爪の手入れだ。慣れていない者がすれば、噛みつかれたり鋭く尖った爪で肉を引き裂かれることもある。
けれど花生みは別だ。アベルが「あーんして」と言えば、大きな口を開ける。口に被さる皮膚をめくり上げて牙を点検しても、噛もうとはしない。長すぎる爪を鉈で整えても、踏みつけられもしないのだ。
ロナウドは夕暮れが近くなっても現れなかったが、アニムスはふらりとやってきた。
「よお、二人とも調子はどうだ?」
「えっと、なんとかやってます」
マルは牙の点検をしていた。アベルは爪を整えているが、アニムスに返事をする気はないようだ。
「二人へロナウド隊長からの連絡だ。明後日は第四部隊と第五部隊の合同任務があるから、各竜の点検を優先的に頼むってさ。それからこれはついでだけどな。マル、隊長が今日、様子を見に行くって言ってたぞ」
ロナウドに会える。ふわりと身体が軽くなるようだった。
「嬉しそうな顔しちゃって、良かったな。会いたかったんだろ?」
「う、うん」
ものすごく。酷く会いたかったのだと、自覚する。おなじみのリスたちも連なってやってきて、みんなでうきうきと跳ね始めているし、マルも踊りたくなってしまう。
「なぁ、アベルよぉ。そういや俺の恋人は今どうなってんの?」
アベルによると、アニムスは浮気中の恋人がいることになっている。事実無根らしいが、それを楽しんでいるのだ。
「っ……絶賛浮気中だよっ! この大馬鹿野郎っ!」
「アベルはなんでいっつもイライラしてんだ? そういうときは牛乳とか乳製品がいいんだぞ。そうだ、チーズ食えよ」
「アニムスまでチーズって言うなぁーーっ!」
後は知らないと言わんばかりに、ドスドス靴音を鳴らして厩舎から出て行ってしまった。とはいえ、今二人で手入れをしていた竜が最後なので、もう終了ではある。
そこでマルはロナウドを待っていたが、肝心な「いつ」と「どこで」を訊き忘れていた。
夕食時になっても現れない。食堂にいても来ない。急な予定変更があったのだろうか。それとも自分の記憶違いで、今日ではなくて明日だったのだろうか。浮き上がった気持ちは急降下した。屋根裏へ続く細い階段を上る足が重い。俯き、視線は足下へと降りていく。
「マル」
上から降る声に、顔を上げた。
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