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44.黒竜の恐ろしさ
「まじか。本当に伝説が飛んでるぞ、おい」
「……うん」
王都の鐘が禍々しく響く空で、ぐるぐると旋回をしている。大きい。竜の中でも上位種に入るカシスでも、黒竜に比べたら子どもに見えるだろう。
本部を取り囲む高い塀の向こうから、子どもの泣き声や馬車が石畳を踏む音がいくつも聞こえた。
どこかへ逃げようとしているのかもしれないが、どこへ行こうと無駄な気がした。
緑竜と違って、頭部からに尻尾の先まで尖ったひれが並んでいる。あれでは鞍も付けられない。そもそも黒竜が人を乗せるなどあり得ないのだ。
あらゆる生物の中で、頂点に君臨しているのだから。
「見なよ、火まで吐いてらあ」
圧倒的な存在を前に、アベルが冷めた笑みを浮かべた。
黒龍は更に上昇すると、その巨体よりも大きな炎を口から吐いた。まるで近づくことさえ不敬だと言わんばかりに。
あんなものに、人が一体何をできるというのだろう。
けれどそれをしなければいけないのが、竜騎隊、竜騎士なのだ。
黒竜から大分距離をおいた空中に、竜騎隊は陣形をとっている。
「あそこ、ご主人様だ」
カシスは他の竜よりも大きく身体も赤紫色をしてるので、どこにいてもすぐ分かる。すり鉢のように、後方へいくに従って高い位置で飛んでいた。
部隊長の竜と思われる目立って大きい三頭の竜がいて、カシスを含む二頭は左右に分かれて中間に、残りの一頭は再奥で部隊を見下ろしている。ロナウドが乗るカシスは、左翼だ。
「第四、第五が前方で、第三部隊が後方か。じゃあ動くのはまず第四と第五部隊だろうな」
アベルは西日を遮るように手をかざし、冷静に見守っている。
「ねえアベル、まさかとは思うけど、ご主人様たちは黒竜と戦う……なんてないよね?」
「するわけないだろ。っていうか、できっこないさ。そんなことしたら、急いで全員分の棺桶を用意しなきゃいけないよ」
「そ、そうだよね、さっきの隊員も『追い払う』って言ってたもんね」
王城の鐘はずっと鳴っている。それに続いて寺院の鐘も鳴り出した。いずれもただただうるさいだけの連打。王都を少しでも不快に思わせる手なのかもしれない。言葉や理屈が通じない黒竜への対策として。
けれど、果たしてそうだろうか。
マルはもやがかかったような違和感を覚えた。
ずっと姿を現さなかった伝説の竜が王都へ。どうして。
「マル、ほら、計画を実行しようぜ。この騒ぎなら、王都から出ていっても目につきにくいだろ」
アベルに言われて我に返る。マルはゴロナから逃げないと、花枯れして死ぬまでいたぶられるのだった。
最後にロナウドとカシスの顔も見た。贈り物のハンカチは置いたし、手紙も書いた。
竜騎隊本部の塀の向こうは、逃げ惑う人ばかり。おまけに空の黒竜と竜騎隊に注目しているのは間違いない。
人混みに紛れて逃亡するには、もってこいのはずだ。
「そう……なんだけど、でも……」
「今度はどうしたんだよっ。逃げる気あるのか⁈ ロナウド隊長が気になるんだろうけどさ、もう僕たちがどうこうできるわけじゃないんだ。だって隊員でもないし、花生みなんだから!」
アベルの主張は、何一つ間違っていない。マルは竜にも乗れない、訓練もしていない、ただの花生みでしかない。
けれどこの危機的状況の原因は、黒竜。最大で最強だが、竜だ。
「俺が……ここに来る前、ご主人様のお屋敷にいたときのことなんだけど」
「なんだよ、いきなり。……で、それがどうした?」
「ご主人様が大切にしているものを、俺も大切にしようって思ったんだ」
ぼろぼろの雑巾みたいだった自分を救ってくれたロナウドへ報いたい、そう決心したのだ。大恩があって、しかも大好きな人が今、命をかけている。
人々を、王都を、この国を守ろうと。
「それは分かった。じゃあ話しを元に戻すぞ。ともかく計画どおりに裏口へ行こう」
「行かない」
「は?」
マルが空を見上げると、竜騎隊が動き始めていた。黒竜の炎を躱しながら弓をかけて挑発をしている。どこか王都から離れた場所へ移動させたいのだろう。
ちらちらと炎を吐きながら追い返していた黒竜が大きく口を開け、巨大な炎を出した。口を開けるのも炎を吐くのも、瞬きするよりも速く見えた。
最前線で直撃を受けた隊員は、炎にまかれて落下していった。塀の向こうでは、いくつもの叫び声が上がっている。
黒竜は対峙している竜騎隊を完全に敵と定めたようで、喉を唸らせて威嚇の音を出している。苛立ちが膨れ上がっているのがマルにも分かった。
こんな恐ろしいものを相手に、人が、ロナウドが立ち向かわねばならないのか。
「俺もできることをしようと思うんだ」
「しなくていいよ、このばかーーーーっっ! 今の見ていて、よくそんなこと思えるな! 僕たちは花生みだって言ったろ。飛んでる黒竜に何ができるんだよ! 僕たちが勝てるのは、せいぜい竜の卵くらいだ!」
「うん……今、なんて? ねぇ、今! アベル、今、卵って言ったよね!」
黒竜は百年以上、人里へ姿を現さなかった。滅びていたのではなかったのだから、人を避けていたのだろう。
それなのに、最も人がいる王都へ出現した理由とは。
マルの引っかかっていた違和感だ。渦巻いていたもやがすうと消え、頭の中には鍵となりそうなものが思い浮かんだ。
「言ったけどぉ……」
「それ、それ、アベル凄い! それかも!」
「何がだよ」
「だから、竜の卵だって!」
「……うん」
王都の鐘が禍々しく響く空で、ぐるぐると旋回をしている。大きい。竜の中でも上位種に入るカシスでも、黒竜に比べたら子どもに見えるだろう。
本部を取り囲む高い塀の向こうから、子どもの泣き声や馬車が石畳を踏む音がいくつも聞こえた。
どこかへ逃げようとしているのかもしれないが、どこへ行こうと無駄な気がした。
緑竜と違って、頭部からに尻尾の先まで尖ったひれが並んでいる。あれでは鞍も付けられない。そもそも黒竜が人を乗せるなどあり得ないのだ。
あらゆる生物の中で、頂点に君臨しているのだから。
「見なよ、火まで吐いてらあ」
圧倒的な存在を前に、アベルが冷めた笑みを浮かべた。
黒龍は更に上昇すると、その巨体よりも大きな炎を口から吐いた。まるで近づくことさえ不敬だと言わんばかりに。
あんなものに、人が一体何をできるというのだろう。
けれどそれをしなければいけないのが、竜騎隊、竜騎士なのだ。
黒竜から大分距離をおいた空中に、竜騎隊は陣形をとっている。
「あそこ、ご主人様だ」
カシスは他の竜よりも大きく身体も赤紫色をしてるので、どこにいてもすぐ分かる。すり鉢のように、後方へいくに従って高い位置で飛んでいた。
部隊長の竜と思われる目立って大きい三頭の竜がいて、カシスを含む二頭は左右に分かれて中間に、残りの一頭は再奥で部隊を見下ろしている。ロナウドが乗るカシスは、左翼だ。
「第四、第五が前方で、第三部隊が後方か。じゃあ動くのはまず第四と第五部隊だろうな」
アベルは西日を遮るように手をかざし、冷静に見守っている。
「ねえアベル、まさかとは思うけど、ご主人様たちは黒竜と戦う……なんてないよね?」
「するわけないだろ。っていうか、できっこないさ。そんなことしたら、急いで全員分の棺桶を用意しなきゃいけないよ」
「そ、そうだよね、さっきの隊員も『追い払う』って言ってたもんね」
王城の鐘はずっと鳴っている。それに続いて寺院の鐘も鳴り出した。いずれもただただうるさいだけの連打。王都を少しでも不快に思わせる手なのかもしれない。言葉や理屈が通じない黒竜への対策として。
けれど、果たしてそうだろうか。
マルはもやがかかったような違和感を覚えた。
ずっと姿を現さなかった伝説の竜が王都へ。どうして。
「マル、ほら、計画を実行しようぜ。この騒ぎなら、王都から出ていっても目につきにくいだろ」
アベルに言われて我に返る。マルはゴロナから逃げないと、花枯れして死ぬまでいたぶられるのだった。
最後にロナウドとカシスの顔も見た。贈り物のハンカチは置いたし、手紙も書いた。
竜騎隊本部の塀の向こうは、逃げ惑う人ばかり。おまけに空の黒竜と竜騎隊に注目しているのは間違いない。
人混みに紛れて逃亡するには、もってこいのはずだ。
「そう……なんだけど、でも……」
「今度はどうしたんだよっ。逃げる気あるのか⁈ ロナウド隊長が気になるんだろうけどさ、もう僕たちがどうこうできるわけじゃないんだ。だって隊員でもないし、花生みなんだから!」
アベルの主張は、何一つ間違っていない。マルは竜にも乗れない、訓練もしていない、ただの花生みでしかない。
けれどこの危機的状況の原因は、黒竜。最大で最強だが、竜だ。
「俺が……ここに来る前、ご主人様のお屋敷にいたときのことなんだけど」
「なんだよ、いきなり。……で、それがどうした?」
「ご主人様が大切にしているものを、俺も大切にしようって思ったんだ」
ぼろぼろの雑巾みたいだった自分を救ってくれたロナウドへ報いたい、そう決心したのだ。大恩があって、しかも大好きな人が今、命をかけている。
人々を、王都を、この国を守ろうと。
「それは分かった。じゃあ話しを元に戻すぞ。ともかく計画どおりに裏口へ行こう」
「行かない」
「は?」
マルが空を見上げると、竜騎隊が動き始めていた。黒竜の炎を躱しながら弓をかけて挑発をしている。どこか王都から離れた場所へ移動させたいのだろう。
ちらちらと炎を吐きながら追い返していた黒竜が大きく口を開け、巨大な炎を出した。口を開けるのも炎を吐くのも、瞬きするよりも速く見えた。
最前線で直撃を受けた隊員は、炎にまかれて落下していった。塀の向こうでは、いくつもの叫び声が上がっている。
黒竜は対峙している竜騎隊を完全に敵と定めたようで、喉を唸らせて威嚇の音を出している。苛立ちが膨れ上がっているのがマルにも分かった。
こんな恐ろしいものを相手に、人が、ロナウドが立ち向かわねばならないのか。
「俺もできることをしようと思うんだ」
「しなくていいよ、このばかーーーーっっ! 今の見ていて、よくそんなこと思えるな! 僕たちは花生みだって言ったろ。飛んでる黒竜に何ができるんだよ! 僕たちが勝てるのは、せいぜい竜の卵くらいだ!」
「うん……今、なんて? ねぇ、今! アベル、今、卵って言ったよね!」
黒竜は百年以上、人里へ姿を現さなかった。滅びていたのではなかったのだから、人を避けていたのだろう。
それなのに、最も人がいる王都へ出現した理由とは。
マルの引っかかっていた違和感だ。渦巻いていたもやがすうと消え、頭の中には鍵となりそうなものが思い浮かんだ。
「言ったけどぉ……」
「それ、それ、アベル凄い! それかも!」
「何がだよ」
「だから、竜の卵だって!」
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