■完結■ 竜騎士と花生み〜逃亡奴隷はご主人様に恋をする〜

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50.緑の絨毯


 すぐ近くへ落下してくるアベル。迫ってくる黒竜。
 助けるか。逃げるか。
 一つだけしか選べないのなら、決まっている。
 マルは両手をあげた。アベルが落ちてきそうな辺りの木へ向けて。全ての指の間からつるを急いで出す。ぐるぐると葉に絡ませて、枝を繋げて、落ちてくるアベルを木々で守れるように。少しでも受け止められるように。
 大量に生みすぎて目眩がするが、それがどうしたと気合いを入れた。アベルを助けなければ。その一心だった。
 以前、アベルはマルへ教えてくれた。花を生むときは、幸せだったことを思い出すか『いつかこうなったらいいな』ということを強く願えと。
 アベルはマルと王都で遊ぶ。二人で食べ歩きをする。そしてアベルはアニムスと、マルはロナウドとデートをするのだと話したばかりだ。
 叶えたい願いはこんなにある。『いつかこうなったらいいな』だらけ。
 だから、もっとつるを太く、長く、アベルを受け止められるくらいしっかりと繋ぐのだ。決して死なせはしない。全力で助ける。

「あべ……るぅ……」

 指の間のつるがとてつもない勢いで伸びていく。それと同時に、目の前の視界が急に狭くなった。頭のてっぺんから意識を無理矢理引き抜かれるようで膝が抜けたが、マルは構わずに続ける。アベルを受け止める緑の絨毯を編むのだ。
 空から落ちてくるアベルは、自分自身へつるを巻いている。そして枝をバキバキと折る音をいくつも立てながら、マルが全力で繋げた木を通って地面へ落ちた。酷い怪我はしていないか、駆け寄って確かめたかったが、マルも限界をとっくに超えている。背中は冷たくて熱くて燃えるように痛かった。
 目の前に黒竜が降り立った。ごつごつしている外皮は夜の闇よりも暗く、目は紅玉よりも赤い。
 自分はこれから焼かれるか食われるかして、死ぬのだろうか。
 生きてなければ英雄になれない。生きて、恩赦を貰って、ロナウドの側にいたいけれど、黒竜の気迫だけで圧倒され、手も足もがたがたと震えた。
 巣からギュイギュイと鳴き声が聞こえる。卵は巣に戻せたのはいいが、結局人間そのものを、母竜と父竜は許さないのかもしれない。
 立ち上がる力すらない。マルは地面へ倒れ込んだ。見上げた空は狭かった。もうマルの視界は真ん中しか残っていないからだ。それでも冬の夜空は星が掴めそうな程澄んでいて、思わず手を伸ばした。両手の指からは、何本も長く出て垂れ下がっている。もう何の力も残っていないと思えたのに、小さな花が一輪だけ生まれた。
 銀色に艶めく花だ。
 何度この花を見たことか。不思議とこの花は、ロナウドを考えていると生まれているような気がした。けれどもしそうだとしたのなら、周り中の人どころか、ロナウド本人にもマルの気持ちが伝わってしまっているのだ。

「ふふ、ふぅ……」

 ゴロナに殴られたせいで、笑うことさえ頬が痛む。国ですら滅ぼせる伝説の黒竜の前にいながら、ちっぽけな花生みが己の失態を恥じている。それがちぐはぐでおかしかった。これから卵泥棒として、黒竜によって処されるというのにだ。

「ね……おれ、マルって、いうの……。こじだから、いえのなまえは……ないよ。ただの、マルだよ……」

 生か死か。間違いなくマルはその狭間に立っている。
 マルは黒竜へ語り始めた。

「たまごをぬすんだのは、おれじゃ、ない……。さっき、あなたがほうりなげた、あべるでもない……。おれたちは、たまごをかえしにきたんだ……」

 黒竜が人語を解するかは知らない。けれどこのままでいたらどうせ死ぬ。美味しいディナーになるか、丸焦げにされるか。どちらにしても墓なんて贅沢なものは望み薄だ。
 生まれてからロナウドに会うまで、マルは自分でもぼろ雑巾と思っていたけれど、この姿は人生で一番のぼろだ。ぼろぼろのぼろっかすで、今ならウサギに襲われても負ける。黒竜になど勝てるわけがない。かといって逃げるのも不可能だ。
 けれどマルは諦めていなかった。
 逃げられなくてもいい、生きて帰れさえすれば、どんなにぼろぼろでも国を救った英雄だ。恩赦を貰ったら、ロナウドをデートに誘うのだ。アベルもアニムスを誘うと約束をしたから、ダブルデートもできる。
 それはきっと楽しい。

「えへ、へへ……」

 絶対! 生きて! 帰る!
 鉛が入っているのかと思うほどずっしりした腕を動かして、なんとか笛を咥えて鳴らす。

 ピィー、ピ、ピィ……。

 奇妙な生き物を観察しているようだった黒竜が、ぴくりと反応を示した。

「いいおと、でしょ……。おれの、ごしゅじんさまがくれたんだ……。おれ……でえとするんだぁ、ごしゅじんさまと……。でもうわぎ……もやされちゃったから……またかわなきゃ……ね……」

 マチルダと市場で選んだ上着が燃えたのは悲しかった。マルにとって思い出の一日であり、これはその記念だったから。

「うぅ……おれたち、たまごのおんじんなのに……ひどすぎ、るぅ……。せなかもめっ……ちゃくちゃ……いた……い。おれをたべたら、しょうちしないぞ……」

 黒竜はマルへ長い首を突き出し、匂いをかぐと大きな口を開けた。真っ暗な喉に見えたのは、マルの視野がとうとうなくなって意識を失ったからだった。
 最後に幻聴が聞こえた。
 ロナウドの声だった。
 悲痛なほどの叫びで、マルの名を呼んでいた。
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