やけに居心地がいいと思ったら、私のための愛の巣でした。~いつの間にか約束された精霊婚~

小桜

文字の大きさ
16 / 29

このままではいられない

しおりを挟む
 手には籠。中身は真っ赤に熟れた林檎。
 もう片手にはささやかな花束を抱え、私は石畳を歩いている。
 これから向かうお屋敷は石造りの小さな二階建て。街中にあってもどこかブレアウッドの森を思わせる佇まいであった。 

 
 今日は、ルディエル様のお父様――先代の精霊守であるおじ様のお見舞いにやってきた。突然お邪魔してご迷惑かとも思ったが、心配になって来てしまった。
 お二人には幼いころからとてもお世話になっていて、時々こうしてお顔を見ないと落ち着かない。ルディエル様のお母様であるおば様も、突然来た私を快く迎え入れて下さった。

「ありがとうネネリアちゃん。お見舞いに来てくれるなんて嬉しいわ」
「いえ、おじ様の具合はいかがですか。気になってしまって」
「今日はずいぶん機嫌がいいのよ。食欲も戻ってきたし……これからも治療は続けていかなければならないけれど、お薬が良く効いてくれているの」
「良かった……ルディエル様も安心されると思います」

 現在、お二人は裏通りの静かな場所に小さなお屋敷を構え、療養生活を送られている。
 最近はおば様のお顔にも少しずつ笑顔が戻ってきていて、私はホッと胸をなでおろした。 

「あなた、ネネリアちゃんがお見舞いに来てくれたわよ」
「ああ、こんにちはネネリア。わざわざ来てくれてありがとう」

 おじ様のお部屋は、日当たりの良い南側の部屋だった。ベッドから身体を起こし、その手は本を開いている。
 ルディエル様に似た涼やかなお顔は、穏やかな表情を浮かべていた。そんなおじ様を見るだけで、思わず安心してしまうような、胸がぎゅっとなるような気持ちになる。

「ほら、こんなに美味しそうな林檎も持ってきてくれて」
「本当だ、これは美味そうだ。ありがとうネネリア。ほら、精霊達も興味津々だ」

 お二人の周りには、精霊達がふわふわと飛び交っている。好奇心旺盛な精霊達は、時々林檎の籠を覗き込んでいた。
 
 引退したとはいえ、元精霊守であるおじ様を慕う精霊は多く、森から屋敷までついてきてしまっている。こうして、街の小さなお屋敷で一緒に暮らしているようだ。私のそばにいてくれるシュシュのように。

「精霊達も、林檎を食べられたらいいのですが……」
「彼らは人間の食べ物に興味があるだけだからね。いいんだよ気にしなくても」
「ネネリアちゃんは本当に優しい子だね。ルディエルとは大違いだよ。あの子ったら見舞いにも一度来たっきりで……」

 私は苦笑いをした。
 ルディエル様は、精霊達に急かされてお屋敷の模様替えの真っ最中だ。どうやらそちらが最優先事項のようだし……以前、街へお誘いした時も「今は忙しい」と断られてしまった。
 
「ルディエル様は、精霊達と一緒にお屋敷のお手入れをされてまして……」
「はは。私の時もそうだったな。親から精霊守を受け継いだ途端、精霊達が急き立てるんだ。『早く巣作りをしろ』『つがいを迎えろ』ってもううるさくてね」
「そうなのですか?」
「ああ。もう朝も夜も、ずっと騒がれてノイローゼになるくらいだよ」

 おじ様は当時のことを思い出したのか、軽くため息をついた。

「彼らにとって、精霊守が誰を伴侶に選ぶかは一大事だからね。屋敷を整えるのも、番を迎えるための大切な準備であるから……ルディエルは彼らの猛攻から逃げられないのだろうなあ」
「懐かしいわ。私も突然、精霊達に迎えに来られてねえ」

 おじ様の話を聞いていたおば様も、昔を懐かしむように目を細めている。
 
「そうだったな。妻も、精霊達が連れてきたんだ。奥手過ぎる私に代わって、まるで“この人がいい”とでも言うようにね」
「精霊達が?」
「そうなのよ。私も昔から精霊が見える体質だったんだけど、まさかこんなにも好かれていたとは思ってもみなかったから……あの時は驚いたものよ。急に引越しも決まっちゃって」
「えっ……」
 
(そうなんだ……精霊達が“つがい”を連れてくる……そんなことがあるのね……) 

 あまり街へおりてこないルディエル様が、いつの間に伴侶となる女性を見つけたのか――私は不思議に思っていた。
 しかし精霊達が森まで連れてくるのなら納得だ。ルディエル様も、精霊達に認められた女性なら伴侶として迎えたいに決まっている。

 おじ様とおば様は、出会った頃の昔話に花を咲かせている。私は頷きつつも、どこか上の空でその話を聞いていた。
 
 おじ様達の話を聞いてから、ルディエル様のお相手がだんだんと形を帯びてきて、なんだか話に集中できない。
 少しずつルディエル様が遠くに行ってしまうようで……なんだか胸がぎゅっと苦しくなる。
  
「そういえば、ネネリアちゃんはいつ引っ越すの?」
「……え?」
「あなたは言おうとしないけど……私達も薄々知っているのよ、ソルシェ家で辛い思いをしているんじゃないかって。早く家を出るべきだわ。あなたはもう大人なのだし、あの人達の犠牲になる必要は無いのよ」
「おば様……」

 おば様のあたたかい言葉が胸の奥まで沁みてくる。
 誰かが、自分のことをちゃんと見てくれている――そのことがたまらなく嬉しかった。

 けれど、私の心は揺れた。
 ミルフィ達にあんなことをされてまでも、いまだに家を出る勇気が持てないのだ。

 幸い、私には父が残してくれた僅かばかりのお金が残っている。義母やミルフィから隠し抜き、使わずに取っておいた大切なお金だ。
 
 それを元手にすれば、あの屋敷から引越すことくらいはできるだろう。
 義母達から離れるためには、隣街とは言わず遠くの街へ引越す必要があるかもしれない。大人になったのだから、越した先にはなにか働き口だってあるはずだ。下働きや接客であれば、頑張ればきっと私にもやっていける。

 けれどいつまでもぐずぐずとくすぶっていたのは、この街を離れたくなかったからだ。
 
 この街を離れてしまったら、ブレアウッドの森へ行けなくなってしまう。居心地の良いアレンフォード家だけが私の支えだったのに、拠り所を失ってしまう。 
 アレンフォード家では、精霊達が、ルディエル様が、優しく微笑んで下さるのに。
 
「少し……心の準備が欲しくて」
「そうよね、すぐ決められることでは無いもの。でもネネリアちゃん、私達はあなたの味方よ。それだけは忘れないで」
「はい。ありがとうございます、おば様」

 おば様からは優しい言葉をいただいているはずなのに、なぜか私はどん底に突き落とされたような悲しみに襲われる。

(ルディエル様も近いうちにご結婚されるんだもの。私もそろそろ、アレンフォード家から離れないといけないわよね……)

 

 私が去った後で、おば様が呟く。

「ネネリアちゃんが森へ引っ越してきてくれる日が楽しみねえ」
「ああ。しかしルディエルは求婚できたのか? ネネリアはどことなく元気が無いように見えたが……」

 石畳を歩く私の後ろを、精霊が心配げに付いてくる。
 輝く羽は、誰にも知られることなく森の方へ飛んで行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが

カレイ
恋愛
 天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。  両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。  でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。 「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」  そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

私を溺愛している婚約者を聖女(妹)が奪おうとしてくるのですが、何をしても無駄だと思います

***あかしえ
恋愛
薄幸の美少年エルウィンに一目惚れした強気な伯爵令嬢ルイーゼは、性悪な婚約者(仮)に秒で正義の鉄槌を振り下ろし、見事、彼の婚約者に収まった。 しかし彼には運命の恋人――『番い』が存在した。しかも一年前にできたルイーゼの美しい義理の妹。 彼女は家族を世界を味方に付けて、純粋な恋心を盾にルイーゼから婚約者を奪おうとする。 ※タイトル変更しました  小説家になろうでも掲載してます

緑の指を持つ娘

Moonshine
恋愛
べスは、田舎で粉ひきをして暮らしている地味な女の子、唯一の趣味は魔法使いの活躍する冒険の本を読むことくらいで、魔力もなければ学もない。ただ、ものすごく、植物を育てるのが得意な特技があった。 ある日幼馴染がべスの畑から勝手に薬草をもっていった事で、べスの静かな生活は大きくかわる・・ 俺様魔術師と、純朴な田舎の娘の異世界恋愛物語。 第1章は完結いたしました!第2章の温泉湯けむり編スタートです。 ちょっと投稿は不定期になりますが、頑張りますね。 疲れた人、癒されたい人、みんなべスの温室に遊びにきてください。温室で癒されたら、今度はベスの温泉に遊びにきてくださいね!作者と一緒に、みんなでいい温泉に入って癒されませんか?

聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないので仕事します!

碧桜
恋愛
私は花園美月。20歳。派遣期間が終わり無職となった日、馴染の古書店で顔面偏差値高スペックなイケメンに出会う。さらに、そこで美少女が穴に吸い込まれそうになっていたのを助けようとして、私は古書店のイケメンと共に穴に落ちてしまい、異世界へ―。実は、聖女様として召喚されようとしてた美少女の代わりに、地味でオタクな私が間違って来てしまった! 落ちたその先の世界で出会ったのは、私の推しキャラと見た目だけそっくりな王(仮)や美貌の側近、そして古書店から一緒に穴に落ちたイケメンの彼は、騎士様だった。3人ともすごい美形なのに、みな癖強すぎ難ありなイケメンばかり。 オタクで人見知りしてしまう私だけど、元の世界へ戻れるまで2週間、タダでお世話になるのは申し訳ないから、お城でメイドさんをすることにした。平和にお給料分の仕事をして、異世界観光して、2週間後自分の家へ帰るつもりだったのに、ドラゴンや悪い魔法使いとか出てきて、異能を使うイケメンの彼らとともに戦うはめに。聖女様の召喚の邪魔をしてしまったので、美少女ではありませんが、地味で腐女子ですが出来る限り、精一杯頑張ります。 ついでに無愛想で苦手と思っていた彼は、なかなかいい奴だったみたい。これは、恋など始まってしまう予感でしょうか!? *カクヨムにて先に連載しているものを加筆・修正をおこなって掲載しております

7年ぶりに私を嫌う婚約者と目が合ったら自分好みで驚いた

小本手だるふ
恋愛
真実の愛に気づいたと、7年間目も合わせない婚約者の国の第二王子ライトに言われた公爵令嬢アリシア。 7年ぶりに目を合わせたライトはアリシアのどストライクなイケメンだったが、真実の愛に憧れを抱くアリシアはライトのためにと自ら婚約解消を提案するがのだが・・・・・・。 ライトとアリシアとその友人たちのほのぼの恋愛話。 ※よくある話で設定はゆるいです。 誤字脱字色々突っ込みどころがあるかもしれませんが温かい目でご覧ください。

虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜

ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」 あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。 「セレス様、行きましょう」 「ありがとう、リリ」 私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。 ある日精霊たちはいった。 「あの方が迎えに来る」 カクヨム/なろう様でも連載させていただいております

本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます

氷雨そら
恋愛
 本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。 「君が番だ! 間違いない」 (番とは……!)  今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。  本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。 小説家になろう様にも投稿しています。

処理中です...