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恋人
特別 ※R18 ※モブレ未遂あり
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本日複数回更新しています。
モブレ未遂描写があります。***以降にその描写があります。
廊下に出た方がよかっただろうか。教室にふたりきりになると変に緊張してしまう。薄羽はひそかに深呼吸をする。葉山は華奢な女子だが、井野川や河名との話のせいで、どうにも得体の知れない人間に思えてしまう。あれも噂でしかない、といえばそれもそうだと思うのだが。
河名がそれほど遠くに行ったとも考えにくい。なんだかんだ、そういったところの誠実さはあるはずだ。それに大学でどうこうすることはないだろう。業者も来るかもしれないのだし。
葉山はにっこりと微笑んでいる。薄羽はつい、葉山の腕を見てしまった。腕っ節がすごく強い、というようには見えないが、せめて誰かにメッセージを一通くらいは送っておこうか。
そう考えてここが圏外だと思い出す。
「葉山さんお昼はいいの? 話ってすぐ済む?」
「あ、ごめん。薄羽くんお昼まだだよね? 話聞いてもらうんだし、あとで奢るね」
「いや、昼はもう予定があるから気にしなくていいよ。それで、話って何だろう?」
カツ、とヒールを鳴らす葉山は、気づくとすぐ近くにいた。それほど注視していたわけではないが、それでもこんなに近づいていたことに気づかず薄羽は驚く。
葉山ははにかみながら、あのね、と一拍おいた。
「間を取り持ってくれないかなあ? 私、小鳥くんのことが好きなの」
薄羽は一瞬眉根を寄せてしまった。どういうつもりだろうか。本気で思った。小鳥が、小鳥自身が薄羽と付き合っているのだと主張している場面に、葉山はいたはずだ。
「そういうのはちょっと、おれはしないよ」
「どうして? 私と小鳥くん、お似合いだって周りは言ってるよ。薄羽くんから見たら違うの?」
「そんなの、小鳥の気持ち考えてないじゃないか」
周りって誰のことを言っているのか。薄羽は背中が薄ら寒くなってきた。そうかな、と葉山は首を傾げる。さらさらと肩から髪が零れていく。丁寧に手入れがされているのだろうと思う、髪の流れだった。
「小鳥くんだって、私に告白されていやな気持ちになったりしないと思うな。あ! 薄羽くんもしかして見返りがほしい感じ?」
見返り? 薄羽は葉山と話しながら、混乱し始めていた。彼女が何を話しているのかわからない。自分の発言が届いていないように思う。 薄羽は非日常のこの状態に気を張っていたはずだった。けれど気づけばすぐ隣に葉山が立っている。腕を絡め取られ、胸を押しつけるように抱え込まれた。
「仕方ないから、一回くらいならいいよ。薄羽くん、かわいいし?」
「気持ち悪い」
「はあ?」
「見返りとかどうでもいいし」
薄羽は思い切り、葉山を振り払ってしまった。葉山は勢いに押され二、三歩後ろへ後じさると、はあ、と髪をかき上げた。
薄羽は込み上がってくるものを呑み込み、葉山に向き直る。腕を擦りたいほど肌が粟立っている。深呼吸をして、息を整えた。
「葉山さん、小鳥がすきなの?」
「別に」
葉山は鼻白んだ表情で吐き捨てる。これが本当の顔なのか、さっきまでの穏やかさはすっかりどこかへ消え去っていた。笑みのかけらさえ浮かべていない。
「顔は好き。あんな綺麗な子見たことないし。でも性格は最悪だと思う。カレシにするだけだから、性格なんてどうだっていいけど」
「どうでもよくないだろ」
「はあ? どうせあんたたちだって女避けの付き合いのくせに」
ちがう、と薄羽が言ったところで葉山はせせら笑うだけだ。
「薄羽くんだって別に、小鳥くんじゃなくてもいいんでしょ? 譲ってよ」
「おれは葉山さんとは違うよ」
薄羽ははっきりと言った。
頷いたときはただの興味で、楽しいからいいと思ったくらいだった。それは確かにそうだ。けれど、誰でもいいなんてことがあるはずがない。
「小鳥が好きだから一緒にいる」
恋人になるのに、相手が特別じゃないなんて、あるわけがない。
そうだ。最初からそうだった。綺麗な先輩だと思って見惚れて、いつでも真っ直ぐな目に吸い込まれそうになる。澄ました顔をしているのに、なんだか浮世離れしていて放っておけない。
小鳥におれじゃなくてもよかったんじゃないか、と言った。小鳥は違うと言ったけれど、本当に、自分でなくても、小鳥は誰のことだって選ぶことができる。自分じゃなくても、小鳥に優しくする人はいるだろうし、小鳥が好感を抱く人もいるだろう。
でも、それじゃあ嫌だ。薄羽が、嫌だった。
小鳥にとって薄羽が特別だからではなく、薄羽にとって小鳥が特別だからだ。
「ばかみたい。純愛のつもり? そういうのキモいんだけど」
「どう思われても構わないよ。とにかく、葉山さんの頼み事は聞けないよってだけだから」
「私が下手に出てるからって、勘違いしてる?」
葉山は腕を組み、薄羽を見下ろした。そういえば、ヒールの高い靴だと、葉山のほうが身長が高いのだ。薄羽はそんなことに気づく。
「言うこと聞かせるなんて簡単なんだから」
「なんにせよ話がそれだけなら、これ以上会話をする意味はないと思う」
「ねえ。たとえば私が、あなたに乱暴されたってここで泣いて叫び声をあげたら、みんなどっちを信じると思う?」
薄羽は息を吞んだ。葉山がどういう繋がりにしろ、多数の人間に慕われている、好まれていることを薄羽は知っている。同好会の先輩方だって、葉山がいると雰囲気が明るくなると笑顔で話していたくらいだ。
薄羽は拳を握る。首を振った。
「小鳥はおれを信じてくれるよ。友だちも。葉山さんの思うとおりにはならないよ」
「自意識過剰なんじゃない?」
「そんなことない」
全員が分かってくれるとは限らない。けれどここで折れるという選択肢は、薄羽の中にはない。
「小鳥くんだって、私に好かれて嬉しいはずよ」
「それこそ自意識過剰だ」
葉山は顔を顰めた。薄羽は知り合ってから初めて、彼女の本当の顔を見たような気がする。
「小鳥が好きなのは俺だよ、葉山さん。もう一回言うけど、君の思うとおりにはならない」
葉山はいつの間にか、薄羽から視線を外している。いまは不快な顔というよりも、面倒くさそうな顔をしている。これ見よがしに溜息を吐いた。
「気に入らないなあ」
「えっ?」
「うわっ!」
「きゃあ!」
ぽそっと、葉山が小さく呟く。小さすぎて、薄羽は聞き取れずについ聞き返してしまった。
それと同時に、廊下のほうから悲鳴と、どすん、と何か重量のあるものが落ちる音がした。
「っ河名!?」
廊下からした声は河名とカナミのものだった。転んだのか。何かトラブルがあったのか。薄羽は葉山の横を通り抜けようとしたが、そうできずに転んだ。転んだ、と思われた。
バチッ。と火花のような激しい音がした。
「あがッ……!?」
何が起こったのか、薄羽にはわからなかった。
一瞬にして視界が淡く光り、回転する。何が起きたのかわからない。自分が立っているのか、座っているのか。腕はアスファルトに擦ったように痛み、指先が針で刺されているように痺れている。
額に硬く尖ったものが勢いよく触れる。それが葉山が履いているパンプスだとは、すぐにはわからなかった。
「これね。友だちにもらったんだけど、使うのは初めて。結構効くんだね」
改造って結構簡単らしいね。葉山は歌うように薄羽に話しかけてくる。だが薄羽は応えるどころではなかった。息が吸えているのかもわからないのだ。
「薄羽くんって、男の人が好きなの? だから小鳥くんに付きまとってるのかなあって思ったんだけど」
薄羽のこめかみに、ぐっと圧が駆けられる。頭を踏まれている。そう分かっても、薄羽にはどうにもできなかった。動けない。
「それなら私、交友関係が広いから、紹介してあげられる男の子たち、いるし。仲良くしたらどうかな?」
***
足音が増えていることに、薄羽はなかなか気づけなかった。ただ、がやがやしている、とは思った。周囲がうるさい。
「へー。この子? ちっちゃくない? マジで男? 男だなあ」
「美篠ちゃん、足退けてよ。見えないからさ」
ぎりぎりと痛みを感じていたこめかみが解放される。しかしほっとするのもつかの間で、前髪を掴まれ、引っ張り上げられた。今度は首が痛い。だが舌ももつれ、口も開かない。薄羽はあちこちの痛みに顔を顰める。
「まあまあかわいいんじゃん?」
「尻使うんだよなあ。どんな感じ? 俺まだ尻は試したことないわ」
腿を持ち上げられ、尻を無遠慮に掴まれる。薄羽は力が入らないまま奥歯を噛んだ。下着の中に手を突っ込まれ、尻を撫でられたかと思うと穴に指を入れられた。濡れていないこともあり、ほんの先端だけだ。それでも引き攣れて痛い。薄羽はひっと声を漏らしたが、誰の耳にも届かない。
「結構具合良さそう」
「マジー? 期待しよ」
シャツを捲られ、太腿の半ばまで下着ごとズボンを引き摺り下ろされる。肌にすうすうとした空気が当たるのに冷や汗が出る。べたべたと、腹や腿を撫でられ、動かないなりに薄羽は身じろごうとした。だが、子どもほどの抵抗も感じられないのだろう、触っている男たちは気にも止めない。
「触り心地いいしハマるかも」
「ハメるんだろ」
「ハッ。バカかよ」
肌を知らない男に触られている。怖気が走り、肌が粟立った。きもちがわるい。触らないでほしい。
足をなんとか動かそうと必死になりながら、小鳥、と名前を呼んだ。声になってなかったかもしれない。助けてほしいというわけではなく、小鳥の名前を呼ぶことで、力が出るように思えた。まだどうにかなったわけじゃない。身体が動けばなんとか逃げられる。小鳥。ごめん。大袈裟じゃないかなんて、自分が油断していた。薄羽は謝りながら、歯を食いしばる。指先で、床を掻いた。小鳥。呼ぶ。小鳥!
「薄羽!」
バン! と壊れるようにドアが開き、光と共に飛び込んできた。ようやく戻ってきた視界に小鳥を捉えながら、こんなときまで眩しいのだと、薄羽はつい笑いながらぽろっと涙をひとつ零した。
モブレ未遂描写があります。***以降にその描写があります。
廊下に出た方がよかっただろうか。教室にふたりきりになると変に緊張してしまう。薄羽はひそかに深呼吸をする。葉山は華奢な女子だが、井野川や河名との話のせいで、どうにも得体の知れない人間に思えてしまう。あれも噂でしかない、といえばそれもそうだと思うのだが。
河名がそれほど遠くに行ったとも考えにくい。なんだかんだ、そういったところの誠実さはあるはずだ。それに大学でどうこうすることはないだろう。業者も来るかもしれないのだし。
葉山はにっこりと微笑んでいる。薄羽はつい、葉山の腕を見てしまった。腕っ節がすごく強い、というようには見えないが、せめて誰かにメッセージを一通くらいは送っておこうか。
そう考えてここが圏外だと思い出す。
「葉山さんお昼はいいの? 話ってすぐ済む?」
「あ、ごめん。薄羽くんお昼まだだよね? 話聞いてもらうんだし、あとで奢るね」
「いや、昼はもう予定があるから気にしなくていいよ。それで、話って何だろう?」
カツ、とヒールを鳴らす葉山は、気づくとすぐ近くにいた。それほど注視していたわけではないが、それでもこんなに近づいていたことに気づかず薄羽は驚く。
葉山ははにかみながら、あのね、と一拍おいた。
「間を取り持ってくれないかなあ? 私、小鳥くんのことが好きなの」
薄羽は一瞬眉根を寄せてしまった。どういうつもりだろうか。本気で思った。小鳥が、小鳥自身が薄羽と付き合っているのだと主張している場面に、葉山はいたはずだ。
「そういうのはちょっと、おれはしないよ」
「どうして? 私と小鳥くん、お似合いだって周りは言ってるよ。薄羽くんから見たら違うの?」
「そんなの、小鳥の気持ち考えてないじゃないか」
周りって誰のことを言っているのか。薄羽は背中が薄ら寒くなってきた。そうかな、と葉山は首を傾げる。さらさらと肩から髪が零れていく。丁寧に手入れがされているのだろうと思う、髪の流れだった。
「小鳥くんだって、私に告白されていやな気持ちになったりしないと思うな。あ! 薄羽くんもしかして見返りがほしい感じ?」
見返り? 薄羽は葉山と話しながら、混乱し始めていた。彼女が何を話しているのかわからない。自分の発言が届いていないように思う。 薄羽は非日常のこの状態に気を張っていたはずだった。けれど気づけばすぐ隣に葉山が立っている。腕を絡め取られ、胸を押しつけるように抱え込まれた。
「仕方ないから、一回くらいならいいよ。薄羽くん、かわいいし?」
「気持ち悪い」
「はあ?」
「見返りとかどうでもいいし」
薄羽は思い切り、葉山を振り払ってしまった。葉山は勢いに押され二、三歩後ろへ後じさると、はあ、と髪をかき上げた。
薄羽は込み上がってくるものを呑み込み、葉山に向き直る。腕を擦りたいほど肌が粟立っている。深呼吸をして、息を整えた。
「葉山さん、小鳥がすきなの?」
「別に」
葉山は鼻白んだ表情で吐き捨てる。これが本当の顔なのか、さっきまでの穏やかさはすっかりどこかへ消え去っていた。笑みのかけらさえ浮かべていない。
「顔は好き。あんな綺麗な子見たことないし。でも性格は最悪だと思う。カレシにするだけだから、性格なんてどうだっていいけど」
「どうでもよくないだろ」
「はあ? どうせあんたたちだって女避けの付き合いのくせに」
ちがう、と薄羽が言ったところで葉山はせせら笑うだけだ。
「薄羽くんだって別に、小鳥くんじゃなくてもいいんでしょ? 譲ってよ」
「おれは葉山さんとは違うよ」
薄羽ははっきりと言った。
頷いたときはただの興味で、楽しいからいいと思ったくらいだった。それは確かにそうだ。けれど、誰でもいいなんてことがあるはずがない。
「小鳥が好きだから一緒にいる」
恋人になるのに、相手が特別じゃないなんて、あるわけがない。
そうだ。最初からそうだった。綺麗な先輩だと思って見惚れて、いつでも真っ直ぐな目に吸い込まれそうになる。澄ました顔をしているのに、なんだか浮世離れしていて放っておけない。
小鳥におれじゃなくてもよかったんじゃないか、と言った。小鳥は違うと言ったけれど、本当に、自分でなくても、小鳥は誰のことだって選ぶことができる。自分じゃなくても、小鳥に優しくする人はいるだろうし、小鳥が好感を抱く人もいるだろう。
でも、それじゃあ嫌だ。薄羽が、嫌だった。
小鳥にとって薄羽が特別だからではなく、薄羽にとって小鳥が特別だからだ。
「ばかみたい。純愛のつもり? そういうのキモいんだけど」
「どう思われても構わないよ。とにかく、葉山さんの頼み事は聞けないよってだけだから」
「私が下手に出てるからって、勘違いしてる?」
葉山は腕を組み、薄羽を見下ろした。そういえば、ヒールの高い靴だと、葉山のほうが身長が高いのだ。薄羽はそんなことに気づく。
「言うこと聞かせるなんて簡単なんだから」
「なんにせよ話がそれだけなら、これ以上会話をする意味はないと思う」
「ねえ。たとえば私が、あなたに乱暴されたってここで泣いて叫び声をあげたら、みんなどっちを信じると思う?」
薄羽は息を吞んだ。葉山がどういう繋がりにしろ、多数の人間に慕われている、好まれていることを薄羽は知っている。同好会の先輩方だって、葉山がいると雰囲気が明るくなると笑顔で話していたくらいだ。
薄羽は拳を握る。首を振った。
「小鳥はおれを信じてくれるよ。友だちも。葉山さんの思うとおりにはならないよ」
「自意識過剰なんじゃない?」
「そんなことない」
全員が分かってくれるとは限らない。けれどここで折れるという選択肢は、薄羽の中にはない。
「小鳥くんだって、私に好かれて嬉しいはずよ」
「それこそ自意識過剰だ」
葉山は顔を顰めた。薄羽は知り合ってから初めて、彼女の本当の顔を見たような気がする。
「小鳥が好きなのは俺だよ、葉山さん。もう一回言うけど、君の思うとおりにはならない」
葉山はいつの間にか、薄羽から視線を外している。いまは不快な顔というよりも、面倒くさそうな顔をしている。これ見よがしに溜息を吐いた。
「気に入らないなあ」
「えっ?」
「うわっ!」
「きゃあ!」
ぽそっと、葉山が小さく呟く。小さすぎて、薄羽は聞き取れずについ聞き返してしまった。
それと同時に、廊下のほうから悲鳴と、どすん、と何か重量のあるものが落ちる音がした。
「っ河名!?」
廊下からした声は河名とカナミのものだった。転んだのか。何かトラブルがあったのか。薄羽は葉山の横を通り抜けようとしたが、そうできずに転んだ。転んだ、と思われた。
バチッ。と火花のような激しい音がした。
「あがッ……!?」
何が起こったのか、薄羽にはわからなかった。
一瞬にして視界が淡く光り、回転する。何が起きたのかわからない。自分が立っているのか、座っているのか。腕はアスファルトに擦ったように痛み、指先が針で刺されているように痺れている。
額に硬く尖ったものが勢いよく触れる。それが葉山が履いているパンプスだとは、すぐにはわからなかった。
「これね。友だちにもらったんだけど、使うのは初めて。結構効くんだね」
改造って結構簡単らしいね。葉山は歌うように薄羽に話しかけてくる。だが薄羽は応えるどころではなかった。息が吸えているのかもわからないのだ。
「薄羽くんって、男の人が好きなの? だから小鳥くんに付きまとってるのかなあって思ったんだけど」
薄羽のこめかみに、ぐっと圧が駆けられる。頭を踏まれている。そう分かっても、薄羽にはどうにもできなかった。動けない。
「それなら私、交友関係が広いから、紹介してあげられる男の子たち、いるし。仲良くしたらどうかな?」
***
足音が増えていることに、薄羽はなかなか気づけなかった。ただ、がやがやしている、とは思った。周囲がうるさい。
「へー。この子? ちっちゃくない? マジで男? 男だなあ」
「美篠ちゃん、足退けてよ。見えないからさ」
ぎりぎりと痛みを感じていたこめかみが解放される。しかしほっとするのもつかの間で、前髪を掴まれ、引っ張り上げられた。今度は首が痛い。だが舌ももつれ、口も開かない。薄羽はあちこちの痛みに顔を顰める。
「まあまあかわいいんじゃん?」
「尻使うんだよなあ。どんな感じ? 俺まだ尻は試したことないわ」
腿を持ち上げられ、尻を無遠慮に掴まれる。薄羽は力が入らないまま奥歯を噛んだ。下着の中に手を突っ込まれ、尻を撫でられたかと思うと穴に指を入れられた。濡れていないこともあり、ほんの先端だけだ。それでも引き攣れて痛い。薄羽はひっと声を漏らしたが、誰の耳にも届かない。
「結構具合良さそう」
「マジー? 期待しよ」
シャツを捲られ、太腿の半ばまで下着ごとズボンを引き摺り下ろされる。肌にすうすうとした空気が当たるのに冷や汗が出る。べたべたと、腹や腿を撫でられ、動かないなりに薄羽は身じろごうとした。だが、子どもほどの抵抗も感じられないのだろう、触っている男たちは気にも止めない。
「触り心地いいしハマるかも」
「ハメるんだろ」
「ハッ。バカかよ」
肌を知らない男に触られている。怖気が走り、肌が粟立った。きもちがわるい。触らないでほしい。
足をなんとか動かそうと必死になりながら、小鳥、と名前を呼んだ。声になってなかったかもしれない。助けてほしいというわけではなく、小鳥の名前を呼ぶことで、力が出るように思えた。まだどうにかなったわけじゃない。身体が動けばなんとか逃げられる。小鳥。ごめん。大袈裟じゃないかなんて、自分が油断していた。薄羽は謝りながら、歯を食いしばる。指先で、床を掻いた。小鳥。呼ぶ。小鳥!
「薄羽!」
バン! と壊れるようにドアが開き、光と共に飛び込んできた。ようやく戻ってきた視界に小鳥を捉えながら、こんなときまで眩しいのだと、薄羽はつい笑いながらぽろっと涙をひとつ零した。
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