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秋葉夕雲

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第二章

110 意思を投げろ

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 四大発明というものをご存じだろうか。
 紙、印刷技術、羅針盤、火薬。世界に普及し、発展していったこれらの技術は全て古代の中国で発明された。
 しかし、当の中国人でも想像すらしていなかったに違いない。まさか異世界で自分たちが発明した技術が使われているなんて。

 一番最初に見た文明の産物は紙幣と思しき紙だった。そこに漢数字らしきものが書かれていたことも記憶している。
 さらに高い製紙技術を持っていたことも理解していた。
 今考えればなんとなく服装なんかもどこか中国っぽい気がしなくもない。
 しかし、明らかに中国らしからぬ存在もある。セイノス教だ。
 ぱっと話した感じだとあれは一神教だ。中国で一神教が確認されたのがいつかはわからないけど、オレの中の中国のイメージからかけ離れた存在である。まあ何が言いたいかというと、

「気付かなくてもしょうがないよね!」
 タミルも中国語を話してた気がするけど、テレパシー会話に集中してたから気付かなくても仕方がない。いいね?
 ちなみに大学の講義で中国語を履修していたので少しだけなら読める。ドイツ語との二択で中国語を選んでおいてよかった。誰だよ、外国語を学んでも異世界では役に立たないなんて言った奴は。オレか。確か言ったな。
 でも流石に流暢に読めるほどじゃない。それにこの中国語はかなりの期間地球と文化的な断絶があった言語かもしれない。……翻訳者がいるな。
 今捕えている奴が字を読めるといいんだけどな。そもそもまともな会話を成立させるのが難しいからなあ。
 いかれ衆狂、おっと間違えた。宗教を信じてる連中ってのはどうしてああも頭が固いかね。
 でももしも、その信仰心を利用することができたなら? ぐふふふふ。
 オレに良い作戦がある。



 薄暗い地下の牢獄の中では一人の女性が傷ついた体を懸命に動かしていた。
「ここは……どこだ?」
 定番のセリフを呟くも答えは……あった。何もない暗闇から人影の形をした光が現れた。
「目が覚めたか」
 辺りを見回しても目の前の光以外は何もない。しかし、脳裏に響く声が聞こえる。
「あ、貴方は誰ですか」
 またしても定番の言葉を紡ぐ。不安と期待が入り混じった複雑な声音だ。
「私はお前を良く知っており、お前もまた私をよく知っている。よくぞ邪悪な魔物と戦った」
「おお! あなた様はもしや我らの神ですか!?」

 ぶふっ! おっとまずい。あまりにも予想通りの展開すぎて思わず吹き出しちゃった。
 いやあ騙しやすい奴で助かった。適当に思わせぶりなセリフと望んでいるに違いない「頑張ったで賞」をくれてやればホイホイついてくると思ったけど、ちょろいなあ!
 タミルがオレをあれだけ拒んだのはオレが悪魔に違いないと思ったからだ。何故そう思ったか? 見張りの蟻がいたからだ。マディールされていない蟻から話しかけられると、それは悪魔に違いないと判断する。
 なら姿を現さなければいい。女王蟻の魔法であるテレパシーを知らない、ヒトモドキなら十分可能だ。
 しかもヒトモドキはテレパシーの機微を読み解く能力に欠けているみたいだから、オレが直接話してもオッケー。神を信じる簡単な方法は無知であることかもな。
「で? 妾はいつまでこれを続ければよいのじゃ?」
「とりあえず会話が終わるまで頼む」
 謎の人影は<糸操作>でそれっぽく見せかけただけだ。魔法の光で光っているように見えるため牢屋はかなり暗くしている。夜目の利く蟻でも糸なんか見えない。こいつらの暗視能力がどんなものかはわからないけどこの反応を見るに問題はないようだ。
 とはいえまだ半信半疑だからな。ここから完璧にオレを信じるようにしないと。

「私が私であることを疑うか」
「いえ。そのようなことは……」
「ならばこれに触れるがよい」
 ポトリとわずかな光からは黄色いと判別できる物体が落ちる。辛生姜の欠片だけどヒトモドキにはわからないだろう。
「これは……一体……?」
「お前の罪を暴く私の力が宿る宝物だ」
 恐る恐る黄色い何かに触れようとするが、それを制する。
「待て! もしもお前に罪がなければそれに触れるといい。しかし、罪があるならそれは決してお前を許さぬであろう」
 女性はビクっと体を震わせると明らかに呼吸を乱した。その時点でほぼ勝敗は決まったようなものだ。仮に触ったとしても問題はない。体が動かなくなるから後で適当に言いくるめればいい。
「わ、私は……」
「お前は誰かを傷つけたことなどないと言うかもしれん。しかし、お前が傷つけた者たちは決してお前のことを決して忘れぬぞ」
 嫌な汗がしたたり落ちる。動揺しているのは誰が見ても明らかだ。
「そ、そのようなことは、決して「それは、真実か? 私は嘘を吐いてはならぬと言ったはずだが?」
 ひっ、しゃっくりのような小さな悲鳴が漏れる。追い詰めて追い詰めてから糸を垂らす。そうすれば藁の糸だろうが掴みたくなるもんさ。それにしても……人の秘密を暴くのは楽しいなあ! くくく。
「だが私は寛大だ。直ちに罪を告白すればお前に挽回の機会を与えよう」
 嵐のさなかに日が差したと言わんばかりに顔を輝かせる。ちょろいなー。
「神よ! お許しください! 私は罪を犯しました!」
 はい、ゲームセット。石を投げるもんなら投げてみろ作戦成功!
 人間とは罪悪感を持つ生き物だ。大なり小なりね。もちろんオレにだってある。これはそんな罪悪感を巧みに利用した作戦だ。オレなりのアレンジを加えてみたけどな。
 キャッチセールスや詐欺、カルト宗教にも同じような手法は存在する。
 やっぱり聖書は詐欺のバイブルやな! ……ん?
 あ、今のなし。今のなーし!
 頭いいことを言おうとして頭痛がいたい発言をしてしまった。馬鹿が背伸びするもんじゃないな。
 しっかしまあ、どいつもこいつも情けない。どれだけ罪悪感を抱えていようが、法によって裁かれていなければ犯罪を犯していないと断言できるだろうに。オレならそうするけどなあ。
 まあひとまず話を聞いてみるか。

「問おう。汝はいかなる罪を犯したのか」
「つ、罪というわけでは……ただ、あの子供らに今年の台風は悪魔の仕業かもしれぬ、そう語っただけです」
 ――は。
 何やら妙なところで話がつながったな。子供のヒトモドキには実に覚えがある。
「その子らは森に踏み入ったのか」
「わ、わかりませぬ。勇気ある幼子らを連れていくといいとも話しました。その後、彼女らの姿を見たものはおりませぬ」
「私は見たぞ」
「おお! ではあなた様がお救いに、」
「すでに息絶えていたがな」
 女性の顔が暗がりでさえわかるほど蒼白になる。白々しい。まさに白々しい。
「お前はそうならぬと思っていたのか?」
「わ、私は村長に子供らに悪魔の脅威を語れと、そう命ぜられただけです」
「お前はその結果を予見していたのか?」
「そ、それは……」
 そうなるかもしれないとわかっていたのにも拘わらずに危険を止めない、あるいは消極的に後押しする。それを未必の故意という。場合によっては殺人罪が適用される。
 立派な犯罪だ。
「問おう。お前の法律においてそれは犯罪か?」
「ほ、ほうりつとは一体何ですか?」
 はい? 法律って言葉がわかんないのか? え、なんで?
「破ってはならぬ、きまりのことだ」
「か、戒律でございますね。確かに他人をそそのかしてはならぬと仰せになりましたが……」
 女はグダグダと言い訳を続けていたけど今の言葉が意味するのは明確だ。この国には法律がなく、その代わりとして戒律、宗教におけるルールが浸透している。
 例えば、汝隣人を愛せよ、という戒律があったとする。その場合隣人を愛せなかった人間は罪に問われることになる。
 なんてこった。流石は宗教国家。政教分離なんぞ思考にすらないらしい。だるいわー。ほんとだるいわー。
 でもこの方法なら比較的安全に情報収集できるってわかったからな。もっと続けようか。

「お前は罪を犯した」
「も、申し訳ありません!」
 言い訳を止めて、自分に<剣>を当てるように謝罪する。多分それが土下座みたいなもんなんだろう。
「だがその罪を償う方法を教えよう」
「それは一体!?」
 食いつきいいなあ。
「聖典を声に出して読め! そして読み書きができるなら書き写せ!」
「ありがとうございます神よ! 私は読み書きができます! 何度でも読み、何度でも書き写しましょう」
「まずはこの聖典を読むのだ。私の代理人を置いていく。その声に従え」
「はは! この命に代えましても!」
 よし。これで小春を置いていけば自動的に情報が取得できる。ひとまず聖典の日本語訳を完成させよう。人間だろうがヒトモドキだろうが自分にとって馴染みやすいお仕置きは簡単に受け入れてしまうようだな、ククク。



「紫水、村の散策はおおよそ完了したぞ」
「何かあったか?」
 千尋もちょうど調査を終えたので報告を聞いてみよう。
「村中を探したが生き残りの村人はもういなかったのう。必要以上にとどめを刺されているようだったな」
 トカゲの奴、相当村人に恨みでもあったらしい。徹底的すぎるな。
「食い物とか資料とかは?」
「地図などはない。何らかの文字が書かれている本は見当たらん。紙と筆は見つかったがな」
 資料なしか。もしかしたら立て籠もっている石造りの建物に集中しているのかもな。識字率がどの程度かわからないけど、この文明レベルならそう高くはないだろうな。紙と筆があったのはラッキーだった。紙の出来を確かめたりしたのかな?
「食べ物ならたくさんあったぞ。食べてよいか?」
「一応待っとけ。見たことある食べ物はあったか?」
「ない。食べてはいかんのか?」
「駄・目・だ」
 食い意地の悪さは治らんなあ。
 ざっと見た感じ米がメインであわみたいな雑穀やオレにもわからない葉野菜がたくさんあった。それとなんだろう、ぶにっとしたグミみたいな食べ物? もあった。これなんだろ?
 雑穀のほうは魔物じゃないけど、葉野菜は魔物みたいだ。しかし、この村で栽培されているのは残念ながら米と雑穀、サクランボだけみたいだ。
 サクランボが貯蔵されていないのでどこか別のところに送られているのかもしれない。とりあえず米と雑穀とサクランボを少しばかり頂いておこう。もちろん栽培して増やす目的だ。
 ついでに捕まえてる女……名前まだ知らないのに今気づいた。名前と農業関連の知識も聞き出さないとな。
「後は海老だけでなくお主がゴブリンと呼んだ奴もいたぞ」
「お、ここにもいたか。会話は……お前じゃ無理か」
 今のところ多数の魔物と会話可能なのは女王蟻だけだ。だからオレ自身が会話しようと思った。海老はともかく、ゴブリンは今まで誰も会話したことがないし。
「いや、向こうの女王は妾と会話できたぞ」
「まじで!? てかゴブリンの女王ってなんだよ」
「そう呼ばれるものがおるようだのう」
「へー。何て言ってた」
「我らが神は偉大だと言っておったのう。何を馬鹿な。シレーナの方が偉大に決まっておろう」
 ゴブリンも洗脳済みかあ。千尋とゴブリンはなるべく会わせない方がよさそうだ。宗教戦争が勃発しかねない。
「ま、オレが会ってみるよ」
 もちろんテレパシーで会話するだけだけど。



「初めましてゴブリンの女王」
「ゴブリン? 我らは小鬼でチュー。偉大なる神の信徒でチュー」
 へー、こいつらは小鬼って呼ばれてるんだ。……ちゅー?
 んーとね。こいつらをよく見てみよう。
 背が低く、猫背。なんとなく子悪党みたい。毛はどこにもない。それと、出っ歯だ……。
「質問があるけど……お前以外の小鬼は子供を産むか?」
「子を産むのは女王の役割でチュー」
 確定。こいつは女王しか子供を産まない真社会性生物だ。真社会性生物でなおかつチュー、出っ歯。これだけの条件がそろっている奴は一つだけ。
「ハダカデバネズミかよぉぉぉぉ! お前らゴブリンじゃなくて、デバネズミから進化した生物かよ! 畜生! オレのファンタジーへの憧れをどうしてくれる!」
 ハダカデバネズミは唯一哺乳類でも真社会性生物が確認できる生物だ。地面に穴を掘って暮らす生物で、土の魔法を持つのも納得できる。
 でもなあ。ゴブリンじゃないんだよ! せっかくファンタジーっぽい生物がいたと思ったのに!
「いきなり叫んでなんでチュー?」
「気にすんな。オレの問題だ」
 こうなったらどこかにエルフかトロールかドワーフでもいることを期待しよう。切り替えだ、切り替え。
「お前たちはオレに従うつもりはあるか?」
「我らは神の信徒でチュー。お前には従わんでチュー」
 一体何度読んだのかさっぱりわからないほどボロボロになった本を一冊小脇に抱えながら堂々と宣言する。
 やっぱがっつり洗脳済みかい。
「そか。りょーかい」
 踵を返す。正直こいつらの魔法はあんまり魅力を感じない。<錬土>と被ってるし、優先順位の関係で<錬土>とかなり相性が悪いから味方に組み込むとかえって面倒なことになる気がする。
 それにしてもこいつも真社会性生物か。海老もそうだし、蜘蛛や蟻もそうだ。
 カミキリスはどうも違うみたいだけど、海老と一緒にいた方が安全だから従ってるのかな?
 つうか真社会性生物は家畜として優秀過ぎるのか? まあ確かに徹底的なまでに上に従うという性質は持っているから洗脳はしやすいはずだ。
 あるいは……そういう性質を持たない魔物は家畜となる前に殺しつくされたのか。
 村を占領して一日目の昼。まだまだ忙しかった。
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