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第四章
277 勇敢なる駒
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追撃を行う自軍と逃げる敵軍優勢なのはこちらだったのは明らかだけど、決めきれない理由が二つ。遊牧民たちが逃げながら戦うことに慣れていること。散発的な援軍が敵に存在していたことだ。
放牧を行っていたと思しき男たちがぽつりぽつりと現れて殿のように本隊を逃がす役割になっていた。これはとても作戦行動だとは思えないから、偶然野営地に帰ってくる一団に遭遇したと考えるべきだけど……それが二度も三度も続けば首をかしげたくもなる。
まあ夜になる前に野営地に帰ろうとするのはおかしくはないけれど……もしかしたらでかい戦闘があると知らせておいたから心配して戻ってきたのだろうか?
「少々誤算でした。野営地に入る前に削るつもりだったのですが」
「いや、あんなもんただの偶然だろ。それよりも野営地の混乱はいよい収まる気配がないな」
ヤギが暴れまわっているこの状況はヒトモドキたちにとって全く予想外だったらしく、右往左往している。今すぐ撤退できる気配ではない。
「ならばあえて攻め込まず遠巻きに攻め立てましょう。奴らは逃げるのは得意でも守りながら戦うことには慣れていないでしょう」
「敵が突撃してきたらどうする?」
「白鹿に対処させればいいだけです。戦場だった場所の事後処理はどうですか?」
「ん、まあ順調だ」
「ならこちらにも千人ほど派遣していただけますか? 私共では占領や略奪は難しいので」
ラプトルは魔物の中では器用な方だけど、陣地を構築したりヒトモドキの道具を使いこなせるほどじゃない。そういう行為は蟻の仕事だ。
「わかった。急がせようか?」
「いえ、日が落ちるまでならばいつでも構いません」
朝から始まった戦いはもう夕方になろうとしている。逆に言えば夜になる前に決める気だろうか。
「理想的なのは夜になる直前に奴らをあえて逃亡させることです。そこをカッコウに追尾させて奴らが休息したところを見計らい再び我々が襲いましょう」
うわ……我が国の将軍……えぐすぎ。
一度休ませて気を抜いたところで襲うとか悪魔かこいつは。あ、なるほど。働き蟻たちを呼ぶのは自分たちが休息するためか。流石に翼たちも疲労がたまっているらしい。
敵の方が百倍休息を欲しいだろうから今は攻めるけど、敵が動かなければならないタイミングを見てこっちは休むわけか。夜戦ならラプトルたちの方が有利だし、その方がいいのかな?
「さて、ではほどほどに攻めましょうか」
「チャーロ様! 何とかまとまった数がそろいました!」
「よくやってくれました。逃げ延びた兵を合わせればしばらく対抗できるでしょう」
「ですが、混乱は収まりそうにありません」
「今しばし時間が必要のようですね。疲労は軽くないですが、神は決して我らを見捨てません! 我らの奮闘は報われるでしょう!」
おおお!
熱しきっていないぬるま湯のような鬨の声。それが現状を露骨に示している。敗北はそれに直面していない兵士の士気さえも落としてしまう。
「チャーロ様! 敵が来ます!」
「では行きましょう!」
馬の群れが迫る敵に向かっていく。
そのうちの一人に加わったウェングは震えながら肩で息をしていることを周囲に悟られぬように必死で隠していた。
(落ち着け。落ち着け! 動揺したら予知能力が上手く使えない)
もっと覚悟を決める時間があれば。もっと優勢な戦況なら。もっと訓練をしていれば。
危機に直面した人間が有史以来呟いてきた言葉を何度も繰り返しながら、心の均衡を保とうとする。
辺りを見回しても誰一人として怯えた表情を見せていないことが彼の焦燥をより煽っていた。こういう時は自分より追いつめられている誰かがいれば落ち着くのだが、その様子はない。
彼は自分が誰よりも臆病であるという劣等感とさえも戦わなければならなかった。
「来たぞ! 竜だ!」
それでもかろうじて暴走しなかったのは冷静なまま戦った方が生き延びる確率は高いという予知能力が働いていたからである。
これ以上動揺してそれさえも見えなくなれば、どうなってしまうのかわからない。
いやそれよりも――――。
(みんなは怖くないのか……?)
トゥッチェの民なら魔物から逃げることは日常茶飯事だし、普段は戦わない男でも魔物と戦った経験を持つ者も少なくない。
それでも自分のようにこれが初陣である男もいるはず。何故、こんなに動揺していないのか。
だがその疑問を紐解く前に矢が降り注いだ。
今日何度目かになる戦端が開かれた。
放牧を行っていたと思しき男たちがぽつりぽつりと現れて殿のように本隊を逃がす役割になっていた。これはとても作戦行動だとは思えないから、偶然野営地に帰ってくる一団に遭遇したと考えるべきだけど……それが二度も三度も続けば首をかしげたくもなる。
まあ夜になる前に野営地に帰ろうとするのはおかしくはないけれど……もしかしたらでかい戦闘があると知らせておいたから心配して戻ってきたのだろうか?
「少々誤算でした。野営地に入る前に削るつもりだったのですが」
「いや、あんなもんただの偶然だろ。それよりも野営地の混乱はいよい収まる気配がないな」
ヤギが暴れまわっているこの状況はヒトモドキたちにとって全く予想外だったらしく、右往左往している。今すぐ撤退できる気配ではない。
「ならばあえて攻め込まず遠巻きに攻め立てましょう。奴らは逃げるのは得意でも守りながら戦うことには慣れていないでしょう」
「敵が突撃してきたらどうする?」
「白鹿に対処させればいいだけです。戦場だった場所の事後処理はどうですか?」
「ん、まあ順調だ」
「ならこちらにも千人ほど派遣していただけますか? 私共では占領や略奪は難しいので」
ラプトルは魔物の中では器用な方だけど、陣地を構築したりヒトモドキの道具を使いこなせるほどじゃない。そういう行為は蟻の仕事だ。
「わかった。急がせようか?」
「いえ、日が落ちるまでならばいつでも構いません」
朝から始まった戦いはもう夕方になろうとしている。逆に言えば夜になる前に決める気だろうか。
「理想的なのは夜になる直前に奴らをあえて逃亡させることです。そこをカッコウに追尾させて奴らが休息したところを見計らい再び我々が襲いましょう」
うわ……我が国の将軍……えぐすぎ。
一度休ませて気を抜いたところで襲うとか悪魔かこいつは。あ、なるほど。働き蟻たちを呼ぶのは自分たちが休息するためか。流石に翼たちも疲労がたまっているらしい。
敵の方が百倍休息を欲しいだろうから今は攻めるけど、敵が動かなければならないタイミングを見てこっちは休むわけか。夜戦ならラプトルたちの方が有利だし、その方がいいのかな?
「さて、ではほどほどに攻めましょうか」
「チャーロ様! 何とかまとまった数がそろいました!」
「よくやってくれました。逃げ延びた兵を合わせればしばらく対抗できるでしょう」
「ですが、混乱は収まりそうにありません」
「今しばし時間が必要のようですね。疲労は軽くないですが、神は決して我らを見捨てません! 我らの奮闘は報われるでしょう!」
おおお!
熱しきっていないぬるま湯のような鬨の声。それが現状を露骨に示している。敗北はそれに直面していない兵士の士気さえも落としてしまう。
「チャーロ様! 敵が来ます!」
「では行きましょう!」
馬の群れが迫る敵に向かっていく。
そのうちの一人に加わったウェングは震えながら肩で息をしていることを周囲に悟られぬように必死で隠していた。
(落ち着け。落ち着け! 動揺したら予知能力が上手く使えない)
もっと覚悟を決める時間があれば。もっと優勢な戦況なら。もっと訓練をしていれば。
危機に直面した人間が有史以来呟いてきた言葉を何度も繰り返しながら、心の均衡を保とうとする。
辺りを見回しても誰一人として怯えた表情を見せていないことが彼の焦燥をより煽っていた。こういう時は自分より追いつめられている誰かがいれば落ち着くのだが、その様子はない。
彼は自分が誰よりも臆病であるという劣等感とさえも戦わなければならなかった。
「来たぞ! 竜だ!」
それでもかろうじて暴走しなかったのは冷静なまま戦った方が生き延びる確率は高いという予知能力が働いていたからである。
これ以上動揺してそれさえも見えなくなれば、どうなってしまうのかわからない。
いやそれよりも――――。
(みんなは怖くないのか……?)
トゥッチェの民なら魔物から逃げることは日常茶飯事だし、普段は戦わない男でも魔物と戦った経験を持つ者も少なくない。
それでも自分のようにこれが初陣である男もいるはず。何故、こんなに動揺していないのか。
だがその疑問を紐解く前に矢が降り注いだ。
今日何度目かになる戦端が開かれた。
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