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第一章
第48話 後悔
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昔々あるところに。
人の顔がわからない女の子がいました。
まあ、私のことなんだけどね。
人と違うことを自覚するようになってからはそれなりに上手く振る舞えるようになっていた。
お父さんはいつも歴史のことを話していた。それがあの人なりのコミュニケーションだったのだろう。
時折世の中に現れる天才の中には脳に障害を持った人がいると言っていたのは多分私を励ます意図があったのだろう。
お母さんはいつも私を励ましてくれていた。今思えばおしゃれがすごく好きな人だったのに、私のためにそれをやめた。
見た目以外のおしゃれのしかた。あるいは、顔がわからなくてもおしゃれをする方法を一緒に考えていた。笑顔の練習なんかもしたっけ。私に寄り添うように。
でも。
お父さんとお母さんが死にました。
加害者の運転手は涙ながらに謝り、額を地面にこすりつけていましたが何を言っているのかはよくわかりませんでした。
だから……私は母の姉、叔母夫婦に引き取られることになった。
祖父母は皆他界しており、他の人たちとはやや疎遠だったので選択肢はなかった。とはいっても正月なんかに顔を合わせるくらいの関係だったので家族というよりは他人に近かった。
それは相手もそうだったらしく、気をつかったりはしてくれるのだけれど、どこかよそよそしかった。
それはまあ我慢できた。そりゃ私だっていきなり年に何度かしか会わないやつを育てろと言われても戸惑うだろう。
でも本当に辛かったのは……叔母夫婦が猫アレルギーだったことだ。
どうしてもと言われ、さつまとアワビ、両親が飼っていて私も大好きだった二人の猫は一人暮らししている叔母夫婦の息子、つまりいとこが面倒を見ることになった。
身を引き裂かれそうだった。
それでも希望はあった。
当時の私は中学生。いきなり働ける年齢じゃない。
でも高校を卒業してすぐに働けばアワビとさつまの面倒をみられる。
とくにアワビは老齢だけどぎりぎりで看取ってあげられる。だからとにかく猛勉強した。なんでもいいから知識を身に着けた。
それでも不満はあった。
いとこがさつまとアワビの写真をまったく送ってくれなかったことだ。それどころか二人の様子さえ教えてくれない。
これに関しては本当に不満がたまっていた。
そうして私は決断した。
いとこの家に行く。アワビとさつまの様子を見る。
家探しして、いとこが住んでいる家は母方の祖父の家で、住所も判明した。少し遠かったけれど行ける距離だった。
そうしてたどり着いていとこを問い詰めた。
アワビとさつまはどうしているのかと。いとこははぐらかすばかりでまともに答えなかった。
でも。
『にゃあ』
かぼそい、風が吹けば消えるろうそくみたいな声を聴いて私は勝手に家に上がり込んだ。
そこには、弱り切り、命の灯火が消えそうなさつまがいた。
激怒して問い詰め、そしてアワビはどこだと聞くと。
『そこの庭に埋まってるぞ』
それからの記憶ははっきりしていない。
ただ、肉を打つ感触と、黒々とした炎のような怒りだけは覚えている。
衣服がボロボロになっていて汗も噴き出していて唇の端から血が出ていて、いとこはがたがた震えながら倒れていて、それでも怒りは収まらなかったけど。
『にぃ』
さつまの鳴き声で我に返った。
いとこを無視してさつまを抱えて動物病院に駆け込んだ。
そこで出会ったのが獣医師だった先生だ。
さつまを治療してもらい、私が自首するために警察に連絡していたところに口添えをしてくれた。
あの人には感謝してもしきれない。
しかしやはり罪悪感はあった。なにしろ引き取ってもらった相手の息子を全力で殴ってしまったのだから。もしかしたら少年院なんかに送られるのかとも思った。
しかしいとこはもともと近所トラブルが絶えず、ある程度正当防衛が成立する用件だったらしい。
話がややこしくなったのはその後だ。
どうやら叔母夫婦は私の遺産をかすめ取ろうとしていたらしい。いとこの問題行動の賠償、投資の失敗などで借金がかさんでいたらしい。
笑ってしまう。
こんな漫画どころか絵本に出てきそうな悪役が親族だったなんて。
当然ながら叔母夫婦と一緒に暮らせるはずもなかったが、先生は私の里親になってくださった。
最初は先生のことを怪しんでいたけど、あの人は純粋に善意で私を養ってくれたし、そもそもさつまを助けてくれた先生なら騙されても、全財産を差し出しても惜しくないと思ったのだ。
それからまた幸せな生活が始まると思っていた。
あの日。
あの時、学校から帰ると先生は倒れていた。
今でも思う。
もしも、私がちゃんと顔を見ることができれば、普通だったのならば、何か先生の異常に気づけたのかもしれないと。
父も、母も、先生も。祖父も、もしかするとアワビも。
私をたくさん愛してくれた。
私にたくさんのものを残してくれた。
私はその恩の百分の一も返せていない。
だからせめて。
最後に残った家族、さつまだけは私がちゃんと面倒を見なければならない。
どれほど困難でも。
どんなことをしても。
それがたとえ。
世界中を敵に回すようなことだとしても。
人の顔がわからない女の子がいました。
まあ、私のことなんだけどね。
人と違うことを自覚するようになってからはそれなりに上手く振る舞えるようになっていた。
お父さんはいつも歴史のことを話していた。それがあの人なりのコミュニケーションだったのだろう。
時折世の中に現れる天才の中には脳に障害を持った人がいると言っていたのは多分私を励ます意図があったのだろう。
お母さんはいつも私を励ましてくれていた。今思えばおしゃれがすごく好きな人だったのに、私のためにそれをやめた。
見た目以外のおしゃれのしかた。あるいは、顔がわからなくてもおしゃれをする方法を一緒に考えていた。笑顔の練習なんかもしたっけ。私に寄り添うように。
でも。
お父さんとお母さんが死にました。
加害者の運転手は涙ながらに謝り、額を地面にこすりつけていましたが何を言っているのかはよくわかりませんでした。
だから……私は母の姉、叔母夫婦に引き取られることになった。
祖父母は皆他界しており、他の人たちとはやや疎遠だったので選択肢はなかった。とはいっても正月なんかに顔を合わせるくらいの関係だったので家族というよりは他人に近かった。
それは相手もそうだったらしく、気をつかったりはしてくれるのだけれど、どこかよそよそしかった。
それはまあ我慢できた。そりゃ私だっていきなり年に何度かしか会わないやつを育てろと言われても戸惑うだろう。
でも本当に辛かったのは……叔母夫婦が猫アレルギーだったことだ。
どうしてもと言われ、さつまとアワビ、両親が飼っていて私も大好きだった二人の猫は一人暮らししている叔母夫婦の息子、つまりいとこが面倒を見ることになった。
身を引き裂かれそうだった。
それでも希望はあった。
当時の私は中学生。いきなり働ける年齢じゃない。
でも高校を卒業してすぐに働けばアワビとさつまの面倒をみられる。
とくにアワビは老齢だけどぎりぎりで看取ってあげられる。だからとにかく猛勉強した。なんでもいいから知識を身に着けた。
それでも不満はあった。
いとこがさつまとアワビの写真をまったく送ってくれなかったことだ。それどころか二人の様子さえ教えてくれない。
これに関しては本当に不満がたまっていた。
そうして私は決断した。
いとこの家に行く。アワビとさつまの様子を見る。
家探しして、いとこが住んでいる家は母方の祖父の家で、住所も判明した。少し遠かったけれど行ける距離だった。
そうしてたどり着いていとこを問い詰めた。
アワビとさつまはどうしているのかと。いとこははぐらかすばかりでまともに答えなかった。
でも。
『にゃあ』
かぼそい、風が吹けば消えるろうそくみたいな声を聴いて私は勝手に家に上がり込んだ。
そこには、弱り切り、命の灯火が消えそうなさつまがいた。
激怒して問い詰め、そしてアワビはどこだと聞くと。
『そこの庭に埋まってるぞ』
それからの記憶ははっきりしていない。
ただ、肉を打つ感触と、黒々とした炎のような怒りだけは覚えている。
衣服がボロボロになっていて汗も噴き出していて唇の端から血が出ていて、いとこはがたがた震えながら倒れていて、それでも怒りは収まらなかったけど。
『にぃ』
さつまの鳴き声で我に返った。
いとこを無視してさつまを抱えて動物病院に駆け込んだ。
そこで出会ったのが獣医師だった先生だ。
さつまを治療してもらい、私が自首するために警察に連絡していたところに口添えをしてくれた。
あの人には感謝してもしきれない。
しかしやはり罪悪感はあった。なにしろ引き取ってもらった相手の息子を全力で殴ってしまったのだから。もしかしたら少年院なんかに送られるのかとも思った。
しかしいとこはもともと近所トラブルが絶えず、ある程度正当防衛が成立する用件だったらしい。
話がややこしくなったのはその後だ。
どうやら叔母夫婦は私の遺産をかすめ取ろうとしていたらしい。いとこの問題行動の賠償、投資の失敗などで借金がかさんでいたらしい。
笑ってしまう。
こんな漫画どころか絵本に出てきそうな悪役が親族だったなんて。
当然ながら叔母夫婦と一緒に暮らせるはずもなかったが、先生は私の里親になってくださった。
最初は先生のことを怪しんでいたけど、あの人は純粋に善意で私を養ってくれたし、そもそもさつまを助けてくれた先生なら騙されても、全財産を差し出しても惜しくないと思ったのだ。
それからまた幸せな生活が始まると思っていた。
あの日。
あの時、学校から帰ると先生は倒れていた。
今でも思う。
もしも、私がちゃんと顔を見ることができれば、普通だったのならば、何か先生の異常に気づけたのかもしれないと。
父も、母も、先生も。祖父も、もしかするとアワビも。
私をたくさん愛してくれた。
私にたくさんのものを残してくれた。
私はその恩の百分の一も返せていない。
だからせめて。
最後に残った家族、さつまだけは私がちゃんと面倒を見なければならない。
どれほど困難でも。
どんなことをしても。
それがたとえ。
世界中を敵に回すようなことだとしても。
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