うちの猫は液体です

秋葉夕雲

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第一章

第53話 裏切者

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 防水ジャケットの中までずぶぬれになったレーンはようやく人心地ついた。背中を直立した樹木に預ける。
 さつまに押し流された彼とカラスのスマイルは何とかして逃げ延びたのだ。
「大丈夫ですカー?」
「問題ない。スマイル、お前も飛べそうか?」
「カー。翼の油が取れかかっているので少し濡れましたカー。時間が必要ですカー」
 カラスは尻尾から油が出ており、それを塗りたくって翼を防水加工する。とはいえ水の量が量だったので万全の防備にはならなかったようだ。
 ふう、とレーンは重々しいため息をついた。彼の風貌と相まって刑事ドラマの一幕のような雰囲気が醸し出された。
「よし。もう少し休むと出発するぞ。バイクを隠してあるからそこまで……」

「いやいや、それはさすがに虫が良すぎひん?」

 突如響いた軽薄そうな声の方角をレーンとスマイルは同時に首を向ける。
 スマイルは知識として、レーンは実際に会った記憶がある。その男は。
「河登昌行……なぜここに……」
 ちゃらいファッショに身を包んだ男。その男は顔が広いオーナーなら絶対に知っている。
 最強のオーナーとギフテッド。
 河登昌行。
「いやそら、うちのネズミが逃げたんやから追っ手の一人や二人差し向けるやろ」
「……」
 余裕を崩さない河登。それに対してレーンは冷たい汗が流れるのを自覚していた。
 スマイルのギフトは狙撃に特化しており、正面からの戦闘は不得手だ。
 しかも先ほどの戦闘でほとんど視力を失っており、一度ギフトをつかえるかどうかというところ。
 そして相対するのは最強の男。
 勝ち目などあるはずもない。
 しかしそれでも勝ちの目を見つけるべく、過去に類を見ない速度で矢を取り出し、スマイルに渡す。
 ……そのはずだった。
 しかし矢はむなしく空中を漂い、地面に落ちた。
「スマイル? スマイル!?」
「カラスのギフテッドかあ。初めましてやけど、すまんな。眠ってもろたで」
 レーンは今ほとんど目が見えない。だが逆にそれ以外の感覚は鋭敏である。そのレーンでさえも河登が何をしたのかまるで見当がつかない。
「河登昌行。お前はなんだ?」
「何言うたかて……二十代のおっちゃんやで、いやまあ、お兄ちゃんて呼ばれたほうがええけど、寿命が縮んでもうてるしなあ」
「ふざけるな。我々善側はあのギフテッドの猛威を知っている。あの時の絶望を知っている。だがお前はあれを倒した。そして生還した。いまだにお前のギフテッドを見てすらいない。お前は何故、そうまで強い?」
「それたまに聞かれんねんけど、強い弱いにいちいち理由いるか? 強いやつは強いだけやで? 大義名分とか理想とか、そんなんは強なられへん奴らの言い訳とちゃう? まあ、異論反論は聞くで? 俺倒してからやけどな」
 レーンは矢を番えようとして……その行動を移せずに地面に倒れた。
 これが河登昌行。
 圧倒的な実力差があるがゆえに、戦闘すら成立しない。はたからは相手が勝手に倒れているだけにしか見えない。
「さーて、仕事いっこ終わりやな。さて、ほんじゃ、大前君。話聞こか」
 そう言って後ろ手を縛られた男が数人の男に連れられて現れた。
 彼らはオレンジ色のベストを着こんでいた。全員特別獣害対策委員会のメンバーだが、山間部などでは偽装の都合で猟友会などから支給される狩猟用の服を着ることが多い。
 大前と呼ばれた男は涙ながらに語り始める。
「も、申し訳ありません、河登さん。母を人質に取られてどうしようもなく……敵側に情報を流し、あまつさえ占いのラットを逃がしてしまいました」
「うんうん。えらい辛かったな。それで? 脅してきた相手の素性はわかるか?」
「いえ、それが……まったくわからず……ですが今も奴らに母が捕まっていると思うと……」
「そうかそうか。そらしゃあないな。せやけど大前君。君、親御さん二年前に亡くしてる言うてなかった?」
「え?」
 大前は呆ける。しかし徐々に顔と言葉が崩れていく。
「え、え、え? いやでも、母は、確かにははははははいいいいい……」
「ほい、ごめんな」
 河登が人差し指を大前に向けると大前は気絶した。
「明らかに操られとんなあ。善側の生き残りか。そいつらが別の勢力作ろうとしてんのかな。きな臭くなってきたな。ひとまず大前君はしばらく隔離やな」
「それだけでいいんですか?」
 他の隊員から処分が甘いのではないかという意図の質問が飛ぶ。
「ええよ。精神系のギフトはかなり条件きついねん。しかも長期間操るやなんてそうとう手段は限られるはずや。そのうち正気に戻るで」
「それにしても河登さん……よく大前の家族構成なんて覚えてましたね。あんまり接点ありませんでしたよね」
「んーまあそら君らはいつ俺らのこと忘れるかわからんやろ? それに万が一戦いに巻き込まれて死んだら記憶も記録も残らへんかもしれへん。せやったら俺が覚えとくしかないやん」
 思わず特害対の面々は顔を見合わせる。
((((こういうところがあるからこの人についていきたくなるんだよなあ))))
 全員の心の声はおおむね一致していた。
 オーナーでない彼らはいつ自分の記憶が消えるかわからない。だからこそ絶対に自分やその家族のことを覚えてくれるという確信を持てる河登を信頼する。
「お。向こうも終わった感じやね。んー……よし、救急車……は遠すぎんな。うちの車にでかいやつあったやろ。あれにけが人……もしかしたら死人かもしれんけど……どっちにせよ乗せて病院まで送ろか」
 了解、と全員が唱和する。
 特害対の面々からは葵や五月たちの様子はほとんどうかがえなかったが、河登の言葉を疑う人間はこの場にいなかった。
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