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第二章
第1話 朝の稽古
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春が過ぎ去り、しかし夏はまだ遠い朝の空気の下で、長い髪をまとめた少女とつややかな短い髪の少女が二人で向き合っていた。
二人はともに麗しいと呼んでよい顔立ちだったが、学生なら何百回と袖を通した体操服を着て、お互いに今にもとびかからんばかりにステップを刻んでいる。
明らかに剣呑な雰囲気であり、その表情も刃のように研ぎ澄まされている。もっとも髪の短いほうの少女はどんなことがあっても顔色ひとつ変えないのだが。
すっ、と髪の長い少女が顔めがけて左拳を前に突き出す。
とんと軽く後ろに下がった髪の長い少女を追うように右の拳が弧を描く。そちらは左手で防いだ。
反撃とばかりに髪の短い少女が態勢を整える前に髪の短い少女が突きを繰り出す。それは髪の長い少女の右手に阻まれ……ぱきんと、人体がぶつかったとは思えない音が響いた。
二人の間に気まずい沈黙が残った。
「あの」
先に声を出したのは髪の短い少女だった。
「皆本さん。ギフトは使わないはずでは?」
それに長い髪の少女、皆本葵も応える。
「悪かったわね五月。使うつもりはなかったのよ」
ため息をつきながら手のグーパーを繰り返す。一見するとごく普通の女子高生の腕である。
「あんたは痛みとかないの? ちょっと動きが悪かった気がするけど」
葵の質問に対して髪の短い少女、平川五月も自分の右手を観察した。
「今朝はあまり体調がよくなかったので……ただ攻撃の痛みはありません。それどころか何かに当たった感触そのものがありませんでした。エネルギーがどこかに消えたようなイメージですね」
「音はしてるのに不思議ね」
二人が行っていたのは組手だ。
本格的なものではなく、軽く体を動かす程度に過ぎない。ただしその目的は運動ではなく、自らの異能の調査だ。
葵は先週とある事件……声に出すと困惑したくなる響きだが、善の神と悪の神との闘いに巻き込まれた。
その結果として本来動物しか取得できないはずのギフトと呼ばれる力を授かったのだが……これが曲者だった。
人間、あるいは人間が作り出したものだけに対して極めて有効である力。
本来なら動物同士を戦わせるこの戦いにおいては無用の長物どころか逆に余計なデメリットを抱え込む羽目になる。そのため一時的にギフトを抑え込めないかと試すために組手という手段を選んだのだ。
「結局、完全に自動で発動するギフトを停止することはできないのですね?」
「そうね。こう、全身に力を入れて呼吸を止めてる感じなのよ。ちょっとでも気を抜くと発動しちゃう」
「ですが常に発動しているわけではないのでしょう?」
「まあね。何か手に持ってたりすると発動しないみたい。たださっきみたいに攻撃されると反射的に使っちゃうっぽいのよね」
「悩ましいところですね。不意の攻撃に対応できる反面、使いたくない時にも使えてしまう。まあ、完全に人類文明のものを破壊してしまうなら服さえ着れませんからね」
「……やめてよ想像しちゃったじゃない」
「いっそのこと魔法少女の変身シーンみたいになるかもしれませんね」
「人を痴女扱いしないでもらえる? そういえばさ、あんたも格闘技かなんかやってたの?」
「祖父から護身術を習いました。あとは体を動かすことなら……サッカーですかね」
五月はどちらかというとアウトドア趣味の人間だった。こう説明するとたいていの人に驚かれる。深窓の令嬢という言葉がぴったり似合う外見から趣味を想像できないらしい。
が、葵はそんなことを考えもしない。
「ああ、外国を飛び回ってたのよね。サッカーとかコミュニケーションとしても使えるんだっけ」
葵は顔がわからない。
いわゆる相貌失認と呼ばれる生まれつきの病気だ。葵自身はそれに思うところがあるようだが、外見から趣味や人となりを判断されることに辟易している五月にはむしろありがたいことだった。
「そうですね。最初は言われるままに始めたことでしたけど……今では見るのも自分でするのも好きですよ」
穏やかな声音で、しかし完全な無表情で五月は答えたのだった。
二人はともに麗しいと呼んでよい顔立ちだったが、学生なら何百回と袖を通した体操服を着て、お互いに今にもとびかからんばかりにステップを刻んでいる。
明らかに剣呑な雰囲気であり、その表情も刃のように研ぎ澄まされている。もっとも髪の短いほうの少女はどんなことがあっても顔色ひとつ変えないのだが。
すっ、と髪の長い少女が顔めがけて左拳を前に突き出す。
とんと軽く後ろに下がった髪の長い少女を追うように右の拳が弧を描く。そちらは左手で防いだ。
反撃とばかりに髪の短い少女が態勢を整える前に髪の短い少女が突きを繰り出す。それは髪の長い少女の右手に阻まれ……ぱきんと、人体がぶつかったとは思えない音が響いた。
二人の間に気まずい沈黙が残った。
「あの」
先に声を出したのは髪の短い少女だった。
「皆本さん。ギフトは使わないはずでは?」
それに長い髪の少女、皆本葵も応える。
「悪かったわね五月。使うつもりはなかったのよ」
ため息をつきながら手のグーパーを繰り返す。一見するとごく普通の女子高生の腕である。
「あんたは痛みとかないの? ちょっと動きが悪かった気がするけど」
葵の質問に対して髪の短い少女、平川五月も自分の右手を観察した。
「今朝はあまり体調がよくなかったので……ただ攻撃の痛みはありません。それどころか何かに当たった感触そのものがありませんでした。エネルギーがどこかに消えたようなイメージですね」
「音はしてるのに不思議ね」
二人が行っていたのは組手だ。
本格的なものではなく、軽く体を動かす程度に過ぎない。ただしその目的は運動ではなく、自らの異能の調査だ。
葵は先週とある事件……声に出すと困惑したくなる響きだが、善の神と悪の神との闘いに巻き込まれた。
その結果として本来動物しか取得できないはずのギフトと呼ばれる力を授かったのだが……これが曲者だった。
人間、あるいは人間が作り出したものだけに対して極めて有効である力。
本来なら動物同士を戦わせるこの戦いにおいては無用の長物どころか逆に余計なデメリットを抱え込む羽目になる。そのため一時的にギフトを抑え込めないかと試すために組手という手段を選んだのだ。
「結局、完全に自動で発動するギフトを停止することはできないのですね?」
「そうね。こう、全身に力を入れて呼吸を止めてる感じなのよ。ちょっとでも気を抜くと発動しちゃう」
「ですが常に発動しているわけではないのでしょう?」
「まあね。何か手に持ってたりすると発動しないみたい。たださっきみたいに攻撃されると反射的に使っちゃうっぽいのよね」
「悩ましいところですね。不意の攻撃に対応できる反面、使いたくない時にも使えてしまう。まあ、完全に人類文明のものを破壊してしまうなら服さえ着れませんからね」
「……やめてよ想像しちゃったじゃない」
「いっそのこと魔法少女の変身シーンみたいになるかもしれませんね」
「人を痴女扱いしないでもらえる? そういえばさ、あんたも格闘技かなんかやってたの?」
「祖父から護身術を習いました。あとは体を動かすことなら……サッカーですかね」
五月はどちらかというとアウトドア趣味の人間だった。こう説明するとたいていの人に驚かれる。深窓の令嬢という言葉がぴったり似合う外見から趣味を想像できないらしい。
が、葵はそんなことを考えもしない。
「ああ、外国を飛び回ってたのよね。サッカーとかコミュニケーションとしても使えるんだっけ」
葵は顔がわからない。
いわゆる相貌失認と呼ばれる生まれつきの病気だ。葵自身はそれに思うところがあるようだが、外見から趣味や人となりを判断されることに辟易している五月にはむしろありがたいことだった。
「そうですね。最初は言われるままに始めたことでしたけど……今では見るのも自分でするのも好きですよ」
穏やかな声音で、しかし完全な無表情で五月は答えたのだった。
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