272 / 315
第四章 天命
第十五話 地の災い
しおりを挟む
ぐらりと地面が揺れた。
思わず立っていられなくなったエタはこけそうになったが。
「ちょっと」
「大丈夫?」
ミミエルとシャルラに支えられた。
「う、うん。二人ともありがとう。でも、今の揺れ……」
「今頃天の牡牛と戦っているはずよね」
エタたちは囮部隊なので天の牡牛の討伐には参加しておらず、遠く離れた場所で待機している。
しかしそんな場所ですら揺れを感じる何かが起こったのだ。
これが天の牡牛との闘いと無関係であるとうそぶけるほど楽観的になれなかった。
トエラーは何が起こったのかわからなかった。突然轟音が響き、砂煙が舞った。それが晴れると、味方が消えた。
比喩ではない。
本当にいなくなった。地面を覆うほどの兵が瞬時に消え失せた。
「な、何が起こった……?」
茫然と呟くことしかできない。
そしてようやく、今まで多くの味方がいたはずの地面に大穴があいていることに気づいた。
「ま、まさか……落ちたのか!? あの穴に……いや、そもそもあの穴は……ひ!?」
言葉の初めは下を向いていたトエラーはやがて天を見上げた。
当然ながらそこには天の牡牛がいた。もうもうと立ち込める土煙をかき分けるように荒い鼻息を噴出させる。
それを見ただけで先ほどまで炎の如き熱さだった体は冷え切り、ガタガタと震えだす。
トエラーはようやく現実を認識した。
天の牡牛が一瞬にして地面に大穴を穿ち、味方を冥界に送り込んだのだと。
もしもここで彼が気を失ってしまったとしても彼を咎める者はいなかっただろう。
天の牡牛の覇気は神獣にふさわしく、それに睨まれて正気でいることは奇跡とさえ思えた。
だが彼は踏ん張った。
勇気ではない。
彼を支えたのは、責任感、あるいは恐怖だ。
ここで自分が立ち上がらなければウルクが亡国の憂き目に陥るかもしれない。天の牡牛の威容を目にした今だからこそ、これウルクに近づけてはならないという危機感が彼を突き動かした。
「う」
一歩前に出る。
天の牡牛の視線が突き刺さる気がした。
恐怖はいやおうなく増す。
しかし。
「うおおおおお!」
叫びながら、進み続ける。それがたとえ何の意味もない歩みであったとしても。
そして。
「はい失礼しますよ」
トエラーは横合いから頭に布を覆いかぶされた。
「!? もが……」
しばらく抵抗していたトエラーだったがやがてぐったりと倒れた。
布に何らかの掟が備わっていたのだろう。
「悪いね、将軍様。あんたに死なれちゃ責任を取る奴がいなくなる。ここからは敗戦処理だ」
彼はこの国の上層部から送り込まれた監視役であり、それゆえに状況を見据えた判断を行ったのだ。
そして彼は混乱している戦場に響くような大声を上げた。
「将軍様が負傷された! 我々はこれより撤退する!」
茫然としていた味方は我先にと逃げ出し始めた。見るも無残な潰走である。
「しっかし、話が違うぜ。天の牡牛は疲れたら弱くなるんじゃねえのか?」
彼の呟きが天の牡牛に聞こえたのかどうかはわからないが、大きな、ため息のような鼻息を一つ、放った。
思わず立っていられなくなったエタはこけそうになったが。
「ちょっと」
「大丈夫?」
ミミエルとシャルラに支えられた。
「う、うん。二人ともありがとう。でも、今の揺れ……」
「今頃天の牡牛と戦っているはずよね」
エタたちは囮部隊なので天の牡牛の討伐には参加しておらず、遠く離れた場所で待機している。
しかしそんな場所ですら揺れを感じる何かが起こったのだ。
これが天の牡牛との闘いと無関係であるとうそぶけるほど楽観的になれなかった。
トエラーは何が起こったのかわからなかった。突然轟音が響き、砂煙が舞った。それが晴れると、味方が消えた。
比喩ではない。
本当にいなくなった。地面を覆うほどの兵が瞬時に消え失せた。
「な、何が起こった……?」
茫然と呟くことしかできない。
そしてようやく、今まで多くの味方がいたはずの地面に大穴があいていることに気づいた。
「ま、まさか……落ちたのか!? あの穴に……いや、そもそもあの穴は……ひ!?」
言葉の初めは下を向いていたトエラーはやがて天を見上げた。
当然ながらそこには天の牡牛がいた。もうもうと立ち込める土煙をかき分けるように荒い鼻息を噴出させる。
それを見ただけで先ほどまで炎の如き熱さだった体は冷え切り、ガタガタと震えだす。
トエラーはようやく現実を認識した。
天の牡牛が一瞬にして地面に大穴を穿ち、味方を冥界に送り込んだのだと。
もしもここで彼が気を失ってしまったとしても彼を咎める者はいなかっただろう。
天の牡牛の覇気は神獣にふさわしく、それに睨まれて正気でいることは奇跡とさえ思えた。
だが彼は踏ん張った。
勇気ではない。
彼を支えたのは、責任感、あるいは恐怖だ。
ここで自分が立ち上がらなければウルクが亡国の憂き目に陥るかもしれない。天の牡牛の威容を目にした今だからこそ、これウルクに近づけてはならないという危機感が彼を突き動かした。
「う」
一歩前に出る。
天の牡牛の視線が突き刺さる気がした。
恐怖はいやおうなく増す。
しかし。
「うおおおおお!」
叫びながら、進み続ける。それがたとえ何の意味もない歩みであったとしても。
そして。
「はい失礼しますよ」
トエラーは横合いから頭に布を覆いかぶされた。
「!? もが……」
しばらく抵抗していたトエラーだったがやがてぐったりと倒れた。
布に何らかの掟が備わっていたのだろう。
「悪いね、将軍様。あんたに死なれちゃ責任を取る奴がいなくなる。ここからは敗戦処理だ」
彼はこの国の上層部から送り込まれた監視役であり、それゆえに状況を見据えた判断を行ったのだ。
そして彼は混乱している戦場に響くような大声を上げた。
「将軍様が負傷された! 我々はこれより撤退する!」
茫然としていた味方は我先にと逃げ出し始めた。見るも無残な潰走である。
「しっかし、話が違うぜ。天の牡牛は疲れたら弱くなるんじゃねえのか?」
彼の呟きが天の牡牛に聞こえたのかどうかはわからないが、大きな、ため息のような鼻息を一つ、放った。
0
あなたにおすすめの小説
うちの冷蔵庫がダンジョンになった
空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞
ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。
そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。
後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます
なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
アガルタ・クライシス ―接点―
来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。
九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。
同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。
不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。
古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』
月神世一
SF
【あらすじ】
「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」
坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。
かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。
背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。
目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。
鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。
しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。
部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。
(……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?)
現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。
すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。
精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。
これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ワシの子を産んでくれんか
KOU/Vami
ライト文芸
妻に先立たれ、息子まで亡くした老人は、息子の妻である若い未亡人と二人きりで古い家に残された。
「まだ若い、アンタは出て行って生き直せ」――そう言い続けるのは、彼女の未来を守りたい善意であり、同時に、自分の寂しさが露見するのを恐れる防波堤でもあった。
しかし彼女は去らない。義父を一人にできないという情と、家に残る最後の温もりを手放せない心が、彼女の足を止めていた。
昼はいつも通り、義父と嫁として食卓を囲む。けれど夜になると、喪失の闇と孤独が、二人の境界を静かに溶かしていく。
ある夜を境に、彼女は“何事もない”顔で日々を回し始め、老人だけが遺影を直視できなくなる。
救いのような笑顔と、罪のような温もり。
二人はやがて、外の世界から少しずつ音を失い、互いだけを必要とする狭い家の中へ沈んでいく――。
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる