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冒険の準備
動く現実と夢
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僕は目を覚ました。
まわりは見覚えのある景色。
豊かに流れる水と、燦々と降り注ぐ陽光。
前に来た時は瑞々しい果実をつけた木々が連なっていたが、この場所には無いみたいだ。
「はじめまして、ひさしぶり」
背後から謎な言葉で話しかけられる。
振り返ると、そこには黒い髪の少年が立っていた。
「……!……!!」
「あぁ、返事は無理だろうから気にしなくて良いよ」
声を出そうとしても息が漏れるばかりだった僕に、少年は気遣いの言葉を掛けた。
背丈は小さく(小学生くらい?)、落ち着いた雰囲気と違って見た目は僕よりずっと子供だ。
「一度、門をくぐったのにしばらく顔を出さないから少し心配したけど……。ただ忙しかっただけみたいだね」
そうだ。
"洗礼"を受けた時に見た夢だ。
あの時、遠くに居た人影がこの少年だったのか?
「キミが手を伸ばそうとした果実……あれを食べる資格がキミにはまだ無くてね。今回は少し離れた場所で目覚めてもらったよ」
そう言えば確かに果物を食べようとした記憶がある。
「次に出会う時、キミは資格を持っているかも知れない」
資格ってなに?と、問おうとしても言葉が喉を通らない。
「焦る必要は無いさ。キミの身体は膨大な時間に耐えられるように変化したんだから」
膨大な時間?
「"無限の洞"は逃げも隠れもしない。キミに限らず、全てを使いこなせる者が居ない以上はね」
ますます意味がわからない。
「それじゃあ、また会おう」
好きなだけ話をしたかと思えば、少年は一方的に話を打ち切り背中を向けて歩いていった。
僕は追いかけようとしたが、抗えない眠気に襲われて再び意識を失った。
「……ん」
顔に朝日が差して目が覚めた。
「何か大事な夢を見ていたような……」
なんとか記憶を手繰り寄せようと頭をひねる。
「およ?もう起きたでござるか?」
布団の中から灯花が顔を出す。
「あぁ、もう日も昇ったしな」
既に"早朝"とは言えない時間帯だろうし……。って!
「何やってんだお前はぁ!!」
ベッドから灯花を蹴り落とす。
「あ痛っ!」
下着姿の灯花が布団ごと飛び出して床に尻餅をつく。
「お前がいらん事したせいでなんか思い出しそうだったものが吹っ飛んだだろうがっ!」
「そ、それは大変でござる!今すぐ二度寝しなくては!」
立ち上がった灯花は両手で布団を構えて突撃してくる。
「眠気も吹き飛んだわっ!」
ベッドに飛んできた灯花の顔面に枕でカウンターを合わせる。
「ぐふぅっ!」
枕を顔に押し付けられたままベッドに迫り倒れ込む灯花を避け、僕はその横をすり抜ける。
「あっ、ユウ氏の温もりと残り香でまた眠気が…………ZZZ」
灯花はそのまま二度寝を始めた。
「あーもう!めちゃくちゃだよ……」
灯花のせいでどんな夢を見ていたか全く思い出せなくなった。
「はい、じゃあコレを持って」
町の外で昨日同様、カガリに木の棒を渡される。
「今日教える"シフ"が身体強化の聖法っていうのは知ってるよね?」
僕は森での事を思い出す。
「自動車並みのスピードが出てたけど、あれでよく筋肉痛にならなかったな……」
「そう言えばそうでござるな」
岩の上に座る灯花。
「"シフ"は身体を法力で覆わせて強化する聖法でね」
カガリは手に持った棒を振りかざす。
「"肉体は強靭な風となる……速身の聖法、シフ"」
棒から出た一筋の光がカガリの身体を通過した。
「身体が覆われる法力は対象が身に着けている物にも影響を出すから……。灯花ちゃん、ちょっとそこ使うね」
「了解でござる」
カガリは灯花が座っていた岩の前に立ち、棒を振り上げ……
「えいっ」
声がした瞬間、カガリの頭上にあった右手がいつの間にか対角の左足の方へ振り下ろされていた。
「?」
「?」
僕と灯花は何が起きているのかわからず風だけが通り過ぎて行った……が。
ズズズと音が聞こえ、岩が斜めに"切り落ちていく"のを見てやっと何が起こったか理解した。
「こんな風に、身に着けている物も一緒に強化されるのがこの聖法の特徴なんだ」
「え……いや、ちょっと待って」
灯花がカガリが持ってた棒を拝借して岩を思いっきり叩く。
バキン
岩にぶつかった瞬間、当たり前だが棒は折れてしまった。
「えぇ……怖っ!」
ござる口調を忘れる程に灯花が驚く。
「こんな風に、持っていた棒も身体から離れるとただの棒に戻っちゃうから注意が必要だね」
カガリは近くに落ちていた木の枝を拾い上げる。
「術者の力量にもよるけど、ある程度の距離なら離れた相手にもかけたままに出来る……けど、法力の消費が激しいから使う回数は最小限が良いかな」
法力を使い切ったらどうなるんだろう?
「今日は近くの岩場にある大岩をこの棒で叩き斬って球状にしてもらうから、二人共頑張ってね!」
「"肉体は強靭な風となる……速身の聖法、シフ"!」
僕の指先から光が走り、灯花の体を通り抜けた。
「まずは斬る岩を拾ってこよう。適当な大きさの岩をいくつか見繕って持ってきて……」
「了解でござる」
そう言うと、灯花はすぐ足元の地面から少し顔を出している岩を指先で摘んだ。
「いや、もう少し地面から出てたり岩壁から突き出てるのを砕いたりした方が……」
ボゴッ
カガリの助言が届く前に、灯花はまるで畑の芋でも収穫するように地面から岩を引っこ抜いた。
「えぇ……?どうして?」
高さ4mくらいの大きな岩を片手で持ち上げる灯花を見てカガリがドン引きしている。
「……コホン。この岩を木の棒でなるべく綺麗な球になるよう加工するんだけど何か質問あるかな?」
「はい」
灯花が手を挙げる。
「何故、棒を使うのでござるか?」
確かに、身体が強化されているなら素手でも良さそうなものだ。
「それには理由が2つあってね。1つは聖法とか関係無く、腕力で岩を砕いて球にする人が居るから」
「私は一向に構わんでござるッッッ!」
「いや、聖法の訓練なんだから腕力じゃ駄目だよ」
カガリがスパッと斬り捨てて灯花がω←こんな口でショボンとする。
「もう1つは物を介した訓練は力の調節の練習にもなるし、実戦に近い感覚を磨けるからね」
なるほど……と、そこまで聞いて僕はふと浮かんだ疑問をぶつけた。
「これって逃げるために教えてるんじゃないの?」
あれだけ速く走れるなら無理に戦う必要は無いんじゃ?
「これから先は馬車の移動になる。荷物を捨てたら旅が続けられないから、必然的に襲われても逃げずに戦わないといけないことの方が多くなるよ」
そっか……。前回は大して荷物が無かったもんな。
「さ、時間も惜しいし早く始めよう。力の調節を間違うと棒が折れたり岩が削れすぎて球状にならなかったりするからね」
カガリは灯花に拾った野球のバットサイズの木の棒を渡す。
「これ、さっきの棒より太くないでござるか?」
「うん。だって細いと斬りやすいもん」
「……」
あくまで"訓練"。
「じゃ、ボクは近くの川でお昼ごはんを釣ってくるよ」
そう言って、カガリは茂みの中へ姿を消した。
――――――――同時刻、宿屋。
宿屋の前には一様な制服を着た一団が佇んでいる。
その制服の肩には龍を纏う大樹の紋章が刻まれており、それがその一団の所属を表していた。
「どうしてこんな田舎町に龍王騎士団が来てるんだ……」
「しかもあの朱い服……噂の騎士団長じゃないか?」
「あの"空飛ぶ鬼馬"の?」
遠巻きに眺める野次馬達がざわめく。
「団長、すぐに済ませてきます故、しばしここでお待ちを……」
「いえ、構いませんわ。これはお父様から直々に受けた命令です。貴方ともう一人、付いて来なさい」
"団長"と呼ばれた女性は話しかけてきた壮年の男性を手で制し、宿屋へと足を踏み入れていった。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
受付に居たおかみさんは相手を見た瞬間、少し緊張しながらも努めて平静を装った。
今自分が対面している相手が何者か一目で理解したからだ。
「今日はドラグ・コトラ議会総議長からの勅命でここに来ました。私達は森で目撃されたフードを被った怪しい3人組を捜索しています」
女性が懐から取り出した白い樹皮紙には、背格好の特徴を記した文字が書き込まれていた。
「この宿に3人組の宿泊客が居ますね?」
おかみさんは記された内容に驚くあまり、平静を崩しそうになる。
「はい。先日から宿泊をしている3人組のお客様が1組……何があったのですか?」
この質問に団長は少し眉を動かす。
「そんな事を聞いてどうするのです?」
その言葉には微かな疑念の色を滲ませていた。
「いえいえ。もしも凶悪な犯罪者だった場合は他のお客様にも注意喚起をしないといけませんので……」
それを聞いた"団長"の表情がやわらかくなる。
「あらあら私としたことが……。仕事を優先するあまりに民の安全まで気が回っていませんでした。謹んでお詫びしますわ」
ぺこり、と素直に頭を下げる姿は騎士団長という肩書きからは意外な行動だった。
団長が頭を上げると、傍らに居た壮年の男が手配の理由を語り始めた。
「詳細は話せないが、この者は記憶の森にて我が国の機密を持ち去った容疑が掛かっている。手配書に書いてある通り、他の宿への聞き込みでも3人組の宿泊客は居ない為、ここの宿泊客である可能性が高い。もしかすると他国の間者であるやも知れん」
「なるほど。その3人組のお客様は朝から出かけていますので、帰るまでお待ちいただければ……」
そう言っておかみさんは下女にお茶を用意するように指示する。
「いえ、おかまいなく。もし出頭した3人組が容疑者であれば公務協力の規則から銀貨30枚がでますので」
「分かりました。えっと……お名前をよろしいですか?」
「あら?てっきり知っているものと思いましたけど……まぁ、良いですわ」
「私は龍王騎士団団長、マリガン・エル。最近は"紅の騎士"と呼ばれることの方が増えましたし、そちらでも構いませんけれど……」
3人の来訪者が宿屋から去り、おかみさんはやっと肩の力を抜くことができた。
手元の手配書を見直す。特に背格好の部分。
そこから予測される服のサイズは、昨日受け取った注文票のものと完全に一致していた。
まわりは見覚えのある景色。
豊かに流れる水と、燦々と降り注ぐ陽光。
前に来た時は瑞々しい果実をつけた木々が連なっていたが、この場所には無いみたいだ。
「はじめまして、ひさしぶり」
背後から謎な言葉で話しかけられる。
振り返ると、そこには黒い髪の少年が立っていた。
「……!……!!」
「あぁ、返事は無理だろうから気にしなくて良いよ」
声を出そうとしても息が漏れるばかりだった僕に、少年は気遣いの言葉を掛けた。
背丈は小さく(小学生くらい?)、落ち着いた雰囲気と違って見た目は僕よりずっと子供だ。
「一度、門をくぐったのにしばらく顔を出さないから少し心配したけど……。ただ忙しかっただけみたいだね」
そうだ。
"洗礼"を受けた時に見た夢だ。
あの時、遠くに居た人影がこの少年だったのか?
「キミが手を伸ばそうとした果実……あれを食べる資格がキミにはまだ無くてね。今回は少し離れた場所で目覚めてもらったよ」
そう言えば確かに果物を食べようとした記憶がある。
「次に出会う時、キミは資格を持っているかも知れない」
資格ってなに?と、問おうとしても言葉が喉を通らない。
「焦る必要は無いさ。キミの身体は膨大な時間に耐えられるように変化したんだから」
膨大な時間?
「"無限の洞"は逃げも隠れもしない。キミに限らず、全てを使いこなせる者が居ない以上はね」
ますます意味がわからない。
「それじゃあ、また会おう」
好きなだけ話をしたかと思えば、少年は一方的に話を打ち切り背中を向けて歩いていった。
僕は追いかけようとしたが、抗えない眠気に襲われて再び意識を失った。
「……ん」
顔に朝日が差して目が覚めた。
「何か大事な夢を見ていたような……」
なんとか記憶を手繰り寄せようと頭をひねる。
「およ?もう起きたでござるか?」
布団の中から灯花が顔を出す。
「あぁ、もう日も昇ったしな」
既に"早朝"とは言えない時間帯だろうし……。って!
「何やってんだお前はぁ!!」
ベッドから灯花を蹴り落とす。
「あ痛っ!」
下着姿の灯花が布団ごと飛び出して床に尻餅をつく。
「お前がいらん事したせいでなんか思い出しそうだったものが吹っ飛んだだろうがっ!」
「そ、それは大変でござる!今すぐ二度寝しなくては!」
立ち上がった灯花は両手で布団を構えて突撃してくる。
「眠気も吹き飛んだわっ!」
ベッドに飛んできた灯花の顔面に枕でカウンターを合わせる。
「ぐふぅっ!」
枕を顔に押し付けられたままベッドに迫り倒れ込む灯花を避け、僕はその横をすり抜ける。
「あっ、ユウ氏の温もりと残り香でまた眠気が…………ZZZ」
灯花はそのまま二度寝を始めた。
「あーもう!めちゃくちゃだよ……」
灯花のせいでどんな夢を見ていたか全く思い出せなくなった。
「はい、じゃあコレを持って」
町の外で昨日同様、カガリに木の棒を渡される。
「今日教える"シフ"が身体強化の聖法っていうのは知ってるよね?」
僕は森での事を思い出す。
「自動車並みのスピードが出てたけど、あれでよく筋肉痛にならなかったな……」
「そう言えばそうでござるな」
岩の上に座る灯花。
「"シフ"は身体を法力で覆わせて強化する聖法でね」
カガリは手に持った棒を振りかざす。
「"肉体は強靭な風となる……速身の聖法、シフ"」
棒から出た一筋の光がカガリの身体を通過した。
「身体が覆われる法力は対象が身に着けている物にも影響を出すから……。灯花ちゃん、ちょっとそこ使うね」
「了解でござる」
カガリは灯花が座っていた岩の前に立ち、棒を振り上げ……
「えいっ」
声がした瞬間、カガリの頭上にあった右手がいつの間にか対角の左足の方へ振り下ろされていた。
「?」
「?」
僕と灯花は何が起きているのかわからず風だけが通り過ぎて行った……が。
ズズズと音が聞こえ、岩が斜めに"切り落ちていく"のを見てやっと何が起こったか理解した。
「こんな風に、身に着けている物も一緒に強化されるのがこの聖法の特徴なんだ」
「え……いや、ちょっと待って」
灯花がカガリが持ってた棒を拝借して岩を思いっきり叩く。
バキン
岩にぶつかった瞬間、当たり前だが棒は折れてしまった。
「えぇ……怖っ!」
ござる口調を忘れる程に灯花が驚く。
「こんな風に、持っていた棒も身体から離れるとただの棒に戻っちゃうから注意が必要だね」
カガリは近くに落ちていた木の枝を拾い上げる。
「術者の力量にもよるけど、ある程度の距離なら離れた相手にもかけたままに出来る……けど、法力の消費が激しいから使う回数は最小限が良いかな」
法力を使い切ったらどうなるんだろう?
「今日は近くの岩場にある大岩をこの棒で叩き斬って球状にしてもらうから、二人共頑張ってね!」
「"肉体は強靭な風となる……速身の聖法、シフ"!」
僕の指先から光が走り、灯花の体を通り抜けた。
「まずは斬る岩を拾ってこよう。適当な大きさの岩をいくつか見繕って持ってきて……」
「了解でござる」
そう言うと、灯花はすぐ足元の地面から少し顔を出している岩を指先で摘んだ。
「いや、もう少し地面から出てたり岩壁から突き出てるのを砕いたりした方が……」
ボゴッ
カガリの助言が届く前に、灯花はまるで畑の芋でも収穫するように地面から岩を引っこ抜いた。
「えぇ……?どうして?」
高さ4mくらいの大きな岩を片手で持ち上げる灯花を見てカガリがドン引きしている。
「……コホン。この岩を木の棒でなるべく綺麗な球になるよう加工するんだけど何か質問あるかな?」
「はい」
灯花が手を挙げる。
「何故、棒を使うのでござるか?」
確かに、身体が強化されているなら素手でも良さそうなものだ。
「それには理由が2つあってね。1つは聖法とか関係無く、腕力で岩を砕いて球にする人が居るから」
「私は一向に構わんでござるッッッ!」
「いや、聖法の訓練なんだから腕力じゃ駄目だよ」
カガリがスパッと斬り捨てて灯花がω←こんな口でショボンとする。
「もう1つは物を介した訓練は力の調節の練習にもなるし、実戦に近い感覚を磨けるからね」
なるほど……と、そこまで聞いて僕はふと浮かんだ疑問をぶつけた。
「これって逃げるために教えてるんじゃないの?」
あれだけ速く走れるなら無理に戦う必要は無いんじゃ?
「これから先は馬車の移動になる。荷物を捨てたら旅が続けられないから、必然的に襲われても逃げずに戦わないといけないことの方が多くなるよ」
そっか……。前回は大して荷物が無かったもんな。
「さ、時間も惜しいし早く始めよう。力の調節を間違うと棒が折れたり岩が削れすぎて球状にならなかったりするからね」
カガリは灯花に拾った野球のバットサイズの木の棒を渡す。
「これ、さっきの棒より太くないでござるか?」
「うん。だって細いと斬りやすいもん」
「……」
あくまで"訓練"。
「じゃ、ボクは近くの川でお昼ごはんを釣ってくるよ」
そう言って、カガリは茂みの中へ姿を消した。
――――――――同時刻、宿屋。
宿屋の前には一様な制服を着た一団が佇んでいる。
その制服の肩には龍を纏う大樹の紋章が刻まれており、それがその一団の所属を表していた。
「どうしてこんな田舎町に龍王騎士団が来てるんだ……」
「しかもあの朱い服……噂の騎士団長じゃないか?」
「あの"空飛ぶ鬼馬"の?」
遠巻きに眺める野次馬達がざわめく。
「団長、すぐに済ませてきます故、しばしここでお待ちを……」
「いえ、構いませんわ。これはお父様から直々に受けた命令です。貴方ともう一人、付いて来なさい」
"団長"と呼ばれた女性は話しかけてきた壮年の男性を手で制し、宿屋へと足を踏み入れていった。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
受付に居たおかみさんは相手を見た瞬間、少し緊張しながらも努めて平静を装った。
今自分が対面している相手が何者か一目で理解したからだ。
「今日はドラグ・コトラ議会総議長からの勅命でここに来ました。私達は森で目撃されたフードを被った怪しい3人組を捜索しています」
女性が懐から取り出した白い樹皮紙には、背格好の特徴を記した文字が書き込まれていた。
「この宿に3人組の宿泊客が居ますね?」
おかみさんは記された内容に驚くあまり、平静を崩しそうになる。
「はい。先日から宿泊をしている3人組のお客様が1組……何があったのですか?」
この質問に団長は少し眉を動かす。
「そんな事を聞いてどうするのです?」
その言葉には微かな疑念の色を滲ませていた。
「いえいえ。もしも凶悪な犯罪者だった場合は他のお客様にも注意喚起をしないといけませんので……」
それを聞いた"団長"の表情がやわらかくなる。
「あらあら私としたことが……。仕事を優先するあまりに民の安全まで気が回っていませんでした。謹んでお詫びしますわ」
ぺこり、と素直に頭を下げる姿は騎士団長という肩書きからは意外な行動だった。
団長が頭を上げると、傍らに居た壮年の男が手配の理由を語り始めた。
「詳細は話せないが、この者は記憶の森にて我が国の機密を持ち去った容疑が掛かっている。手配書に書いてある通り、他の宿への聞き込みでも3人組の宿泊客は居ない為、ここの宿泊客である可能性が高い。もしかすると他国の間者であるやも知れん」
「なるほど。その3人組のお客様は朝から出かけていますので、帰るまでお待ちいただければ……」
そう言っておかみさんは下女にお茶を用意するように指示する。
「いえ、おかまいなく。もし出頭した3人組が容疑者であれば公務協力の規則から銀貨30枚がでますので」
「分かりました。えっと……お名前をよろしいですか?」
「あら?てっきり知っているものと思いましたけど……まぁ、良いですわ」
「私は龍王騎士団団長、マリガン・エル。最近は"紅の騎士"と呼ばれることの方が増えましたし、そちらでも構いませんけれど……」
3人の来訪者が宿屋から去り、おかみさんはやっと肩の力を抜くことができた。
手元の手配書を見直す。特に背格好の部分。
そこから予測される服のサイズは、昨日受け取った注文票のものと完全に一致していた。
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