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episode4 帰れない夏
episode4-5
しおりを挟む「初めはね」
知哉さんが切ない声で話し出す。
「飛鳥の携帯の待ち受けを見た時……、付き合い始めてすぐの頃だよね。イラストを見て、なんか見たことある絵だなと思った」
そういえば、思い返してみるとそう言っていた。
「その時は何か知っている漫画にでも似てるのかなって思った。高校の時、クラスメイトが描いたって言ってたから、その子が何かの漫画を真似て描いたのかなとか、そんなふうに思った」
いつまでも待ち受けをあのイラストにしていた罰だ。あんなに自分を大切にしてくれた恋人に、こんなにも苦しそうな表情をさせている。
「その後、廉と街で再会した。その日から少し心にひっかかるものがあった。廉は絵の勉強をして、絵の仕事をすると言った。廉は小さい頃から絵がうまかったからなと思った時、飛鳥の待ち受けのイラストが、廉の描く絵に似ているんだってことに気付いた。しかも、廉は高校のクラスメイトだったと飛鳥が言った。だから、あれは廉が描いたものだと、ほぼ確信した。飛鳥が未だに待ち受けにしてるって、きっと当時好きだったのかなとか、もしかしたら今でも……とか、ちょっと思った」
そんな前から、ずっと嫌な思いをさせていたことを知って、つらさが増す。
「廉とは三月に食事に行ったよね。その時、廉は『峰は元気?』って言ったんだ。俺、確かに飛鳥のことをフルネームで紹介した。でも、それは街で再会したあの一回だけだった。あの時って、偶然会えたことに驚いて、かなり気持ちが高ぶっていたと思うんだ。そんな状況で、さらっと紹介された名字が頭に残るかなって。廉は飛鳥のことを覚えていないと言っていたけど、それは嘘なんだと思った」
知哉さんは交互にふたりを見た。
「嘘をつく理由って、ひとつしかないと思ったんだ。廉も飛鳥が好き。飛鳥も廉が好き。でも俺は、気付かないふりをしてた。飛鳥が好きだから。手放したくなかったから。長いこと知らないふりして、……ごめん」
知哉さんが頭を下げる。
「優しくなんかないって言ったでしょ。こんな卑怯な男なんだよ。そんなやつに遠慮なんてする必要ない」
北嶋と、ちらっと目が合った。
「でも……」
そう口を開いたところで、次の言葉が見つからない。代わりに北嶋が話し始めた。
「そんなの、気持ちわかるし、それに昔、兄貴とまだ一緒に暮らしてた頃、俺は助けてもらうばっかりで、俺が何かしてあげたことなんかなくて」
「廉は、してくれたことあるよ」
「え?」
「俺が中一か中二の頃、俺の部屋で、男同士のそういう雑誌、廉、見つけたでしょ?」
「えっ」
「廉は見なかったふりをしてくれて、誰にも言わないでいてくれた」
「あ、うん」
「やっぱり覚えてた? 小学生の廉には衝撃的な雑誌だったでしょ」
「え、……うん」
ちょっと北嶋が笑って、知哉さんも笑った。それで空気が和やかになった。
「俺がそんなの持ってたって意外?」
知哉さんに急に質問されて、「あ、うん」と答えた。
「今も持ってるよ。雑誌もDVDも。飛鳥に見つからないように隠してある」
「えっ」
「必死に隠して、中学生みたいだろ?」
三人で笑った。
そんな笑うなよと、楽しそうに知哉さんが言う。
「中一とか中二って、ちょっと早いね」
「そうかな。こう見えて、中学生の頃なんか、好きな男とやりたいってことしか頭になかったよ」
コーヒー淹れ直すねと言って、知哉さんがキッチンに立つ。北嶋を見ると、何かを考えているような顔をしていた。
「もう決めてるんだ」
戻ってきた知哉さんが言う。
「今からっていうのは無理だから、今晩、心の整理をする。それで明日から、俺は、廉と飛鳥の兄になる」
「兄って……」
「飛鳥は、弟の廉の恋人になる。だから俺にとっては飛鳥も弟」
「知哉さん……」
「兄弟が、家族が、増えるのは嬉しい。しかもそれが飛鳥なら、なおさら」
やっぱりこの人はすごい。そうだ、出会った時、真綿のようだと思ったんだ。ふんわりと優しく包み込んでくれる。
「近いうち、三人で食事に行こう。お兄さんがおごってやるから」
「返事は?」と言われ、ふたりともうなずいた。
「高二から好きだったんだもんなぁ。すごいな、もう一度会えるなんて」
二杯目のコーヒーを飲み終えても、まだ三人でくだらない話をして、終電近くまで笑って過ごした。
電車なくなるよと知哉さんに言われ、慌ててふたりで知哉さんの家を出た。
ふたりになって、特別に何かを話すわけでもなく、「とりあえず携帯番号教えて」と言われ、「あ、そうだよね」と間の抜けた返事をした。
夜、北嶋に何かメールを送ろうか迷っていると、『おやすみ』とだけメールがきて、『おやすみ』と返信した。思えば、これが北嶋との初メールだ。これからどんなメールのやりとりをするのだろう。電話で何を話すのだろう。離れていた年月の分を取り戻すように、たくさんのことを話したい。本音で話したい。
それから、明日から知哉さんがお兄さんになる。この人の、強く優しい決断を、絶対に一生忘れない。
* * *
勤めることになった図書館は、月曜と第三水曜が休館日で、土日と祝日は平日よりも早く閉館する。
北嶋の仕事は週休日が決まっていなくて、でもなるべく月曜に休めるようにしてくれているようだ。それでもゆっくりふたりで過ごせる時間がとれないことが続いた時、合鍵を北嶋に渡した。いつでも来てと言ってある。泊まっていくことも最近は増えた。
今日は北嶋も休みだと言っていたのに、何か買うものがあると、画材屋へ行っている。少し部屋の掃除をして、昨晩から読み始めた本を読んでいた。
集中していたから、北嶋が部屋に来たことに気付いていなかった。鍵を開ける音も、玄関の開く音も聞こえなかったようだ。急に話しかけられて驚いた。
「峰、何読んでんの?」
びっくりした。それと同時に、十七歳のあの頃を思い出す。
――峰、何読んでんの?
――太宰治。
――へぇ。走れメロス? 人間失格?
――斜陽。
――ふーん。古本? ずいぶんボロボロ。
――新品で買ったけど、けっこう読み込んでるから。
――本、好きなんだね。
――うん。……好き。
顔を上げて返事をした。
「斜陽」
北嶋は、「えっ?」という顔をした。そして近付いてきて本の表紙を見る。「違うじゃん」と言って、ふふと笑った。
「なんで嘘言うの?」
北嶋が笑っている。あの頃交わした会話を、北嶋はどれくらい覚えているのだろう。
「峰って、ホント、本好きだな」
南側の窓から太陽の光が射し込む。
「うん。……好き」
顔を見て、もう一度「好き」と言うと、そっと抱きしめられた。
肩越しに、さっき北嶋が置いた紙袋が目に入る。いつもの画材屋の袋ではなかった。英語の店名を読むと、『ジュエリー』と書かれていた。
宝石? え、これはサプライズのプレゼントか何かで、やっぱり見なかったふりをしたほうがいいのかな。
八月最後の月曜日。ほど良く冷房の効いた部屋に、蝉の鳴き声が聞こえてくる。夏の終わり。今日は、八月二十五日。初めてキスをしてから、ちょうど六年目。
* * * 蒼すぎた夏 終 * * *
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