ホール家を継ぐ者

我輩吾輩

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第3話 モンブランと荒くれ者

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店内に入る。

「ここに座りましょう。」

プレメイが近くにあった席を指さした。

「勝手に座って大丈夫なの?」

「大丈夫だから、さっさと注文して。」

ええと、これが美味しいのだろうか。
メニューのうち一つだけが異常に大きく描かれている。モンブランだ。

「プレメイも何か注文する?」

「私は大丈夫。」

プレメイはモンブランが描かれた部分をじっと見つめている。

……。

「お待たせいたしました。注文をお伺いいたします。」

「モンブラン二つお願いします。」

「二つも食べるの?」

「いや、一個はプレメイの分だよ。」

店員さんが注文を伝えに行った。

「むぅ……。」

「もしかして、モンブラン嫌いだった?」

あんなにじっと見ていたのに?

「そんなことはないけど……。」

「一人で食べるより一緒に食べたほうが美味しいよ。」

せっかく一緒に来たのだ。二人で食べてもう少し仲良くなりたい。

「お待たせいたしました。モンブランでございます。」

机にソーサーほどの大きさのお皿が置かれる。
お皿の上には子どもの手のひらほどの大きさのお菓子が乗っていた。

「これがモンブラン……。」

食べたことがあるような、ないような。

とりあえず見た目を観察しよう。

てっぺんに甘栗がちょこんと乗せられている
その甘栗を支えるようにマロンクリームがくるくると回っている。
ほのかに香ばしい香りがして、
こっちに来てから何も食べていなかったことを
思い出させた。

くぅ。

……おなかすいた。

「……。」

プレメイはモンブランをじっと見ている。

「食べないの?」

「……。」

モンブランに意識が向けられていて、僕の言ったことには気がついていないようだ。

「いただきます。」

待ちきれないのでスプーンで一口すくう。

「はい、あーん。」

「……なにしてんの。」

「最初の一口目はあげようかなって。」

「ふざけてるでしょ。」

「うん。」

スプーンを口に入れる。

「美味しい……!」

思わず声が出る。

モンブランをすくう手が止まらない。
あっという間に食べきってしまった。

「……。」

プレメイはまだモンブランに手を付けていない。

「僕が食べちゃおうかな。」

 ガタッ

「ひっ。」

焦った。すごい顔で凝視されたのだ。
とてつもなく恐ろしい顔だった。

「た、食べていいよ。」

心臓がバクバクする。

「……いただきます。」

どうやら観念してくれたみたいだ。

プレメイがスプーンを手に取る。
スプーンを肩の高さまで上げるのが見えたあと
一瞬でモンブランが無くなった。

ずっとモンブランを見ていたはずなのに、瞬きの合間に消えていた。

「おお……。」

衝撃的な光景だった。

「もう一個頼む?」

「お願いします!」

即答だった。そして敬語だった。

そして、次なるモンブランを頼もうと店員を引き留めたとき、

招かれざる客がやってきた。

「おい、アンティエ商会だ。さっさとこの店を明け渡してもらおうか。」

 ドンッ

男の怒鳴るような声が聞こえたあと、扉が勢いよく蹴破られた。

客たちはみな静まり返っている。
もちろん僕も。

何が起きたんだ?

「またですか。いい加減にしてください。」

店員の、冷静な怒り声に

僕は我に返った。

「……インテガー様。下がっていてください。」

プレメイが僕を後ろによけようとする。

「さっさとこの契約書にサインするんだ。」

「前から言っています。売りません。」

拒絶の声。店員と乱入者の問答が続く。

「なら仕方がない。おい、てめえら。ここで暴れてこい。」

「ここ、ぶっ壊せるなんて夢みたいだ~。あそことあそこは真っ二つにしたいね!」

「ひ、ひひ、ひぃっひ~。暴れがいがあるってもんだぜ~!」

見るからに荒くれ者といった感じの手合いが店にぞろぞろと入ってくる。

流石にもう黙っていられない。

「君たち、何をやっているんだ!さっさとこの店から立ち去りなさい!」

……ノブレス・オブリージュの精神で話したけど、これでいいんだろうか。

「ああ?なんだあいつ?」

「ふっひゃっは~。邪魔する奴は~こうだぜっ!」

向かってきた。どうしよう、とりあえず頭を守らないと。

「おい、貴様。」

 バシッ

荒くれ者が振りかざした手をプレメイが捻り上げた。

「インテガー様に何をする。」

「ひっ、ひっ、いてぇ、いてぇ。」

なぜこんなに強いのか、凄い。

「はなして、はなしてくれさい。」

荒くれ者は慈悲を乞う。

「君たちアンティエ商会とか言ったね。何でこの店を買い取ろうとしているんだい?」

僕からの質問だ。

「しらない!しらない!だから、はなして……。」

ただの下っ端のようだ。

「そこの君。そこで偉そうに命令している君。教えてくれないか。」

アンティエ商会と名乗ったその男に投げかける。

「……そんなこと教える義理はねえ。てめえら、さっさとずらかるぞ!」

「へ、へい!」

はやい。あっという間にいなくなってしまった。

「お、置いてかないでくれぇ……。」

残されたのは哀れな男がただ一人。

「これ、どうする?」

男を指さしながら、プレメイにどうすればいいのか聞いてみる。

「は、放してくれ。二度とこんなことはしねえから。頼む、頼むよ……。」

「警備隊の詰め所に突き出すのがよいかと。」

「わかった。」

「そ、そんな。ひどいや!」

おそらく雇われていたのだろう。どんな事情があるのかは知らない。もしかしたら、やむを得ない理由があるのかもしれない。だが、こんなことをしたのだ。しっかりと罪を償ってもらうほかない。
……それに、暴力で物事を解決しようとするやつが街中を出歩いているなんて、怖すぎる。

「お願いだ、お願いだよ。頼む、頼む!」

男はまだわめいていた。
プレメイにアイコンタクトをする。

「黙れ。折られたいか?」

意思が伝わったようだ。

「だ、だまります。」

……まあ、味方だと頼もしいかもね。

散らかった店内を眺める。
とりあえず、今の事態を収拾しないと。

「あの、店員さん。」

呆然と立っていた店員に話しかけた。
「アンティエ商会と名乗っていた連中、あれはいったい何なのですか?」

「……王都でも古くからある商会です。昔はよいお取引をさせていただいていました。」

まさか。
あの荒くれ者が商会員だったなんて。

「そうなの?」

荒くれ者に聞く。

「……そう、だ。」

驚いた。まったくそんな風には見えない。

「それで、なぜアンティエ商会はこの店を売ってほしいと言ってきたのです?」

「実は、それがわからないのです。」

「何か心当たりとかはありますか?」

「いえ、とくには……。」

……。

「そういえば、この辺りのお店の中には同じような被害にあっているところもあるとか聞いたことがあります。といっても、この辺りはもとからお店の立ち代わりが激しい場所なので、詳しくは知らないのですが……。」

……。
いったい王都市場では何が起きているのだろうか。

「プレメイ、調べてみない?」

少しだけ、これもまた少しだけ、好奇心が湧いた。
ちょっとだけ調べてみたい。

「はい!」

「乗り気だね。」

「ここのモンブランに何かしようとするやつら、許せません。」

「い、いてぇ!もうすこし、力を弱めてくだせぇ……。」

とりあえず、こいつを警備隊の詰め所に突き出してからだ。




モンブランをお土産に『喫茶店ノルム』を出た。

日が沈みかけ、あたりは茜色に染まっている。

王都市場に隣接する運河、

その水面が夕日に照らされてキラキラしている。

王都の夕焼けは綺麗だった。

「王都は、いい場所ですよ。」

プレメイがつぶやくように言った。

「悪い部分もたくさんあって、そういうのが目立ちやすいけど、いいところもたくさんあるんだ。」

確かにそうかもしれない。この夕焼けみたいに、王都のいいところをたくさん見つけられたら王都での生活も楽しくなりそうだ。

でも、僕はそういったいい面よりも、悪い部分にばかり目が行ってしまう。

だから、気を付けて観察しないときっと見つけられないのだろう。

「プレメイ、いいところを見つけるの、手伝ってくれる?」

「いいよ。では、行きましょうか。」

僕たちは歩き始めた。




「もしかして、坊主は王都に来たばっかりなのか?王都にはいいところがたくさんあるんだぜ。例えば……って、いたい、いたいです。だまりますからやめてください。」

「おじさん元気だね。」

「おう!」

褒めてない。
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