ラトイリ旅行記

我輩吾輩

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ラトイリ国へ向かう

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文明の中心地、故郷のフラリスを出発しガザン線に乗ってポートタウンまで向かった。いつものように、車内は窮屈で人々のため息が胸につく。販売員が通路を通ろうとしてもどくものがいないので、無理矢理踏みつけながら渡ろうとして、軽い諍いが起こっていた。見慣れた光景だが、毎度のことながらうんざりさせられる。ようやくポートタウンに着いたが、大陸で最近起こった戦争のせいで船が出発せず、二ヶ月も何もない簡素な港町で過ごす羽目になった。終点まで向かえば大きな港町のタウライリーがあって、暖かなベットと美味しい料理があったと言うのに。船がようやく出発を決めると、急いで荷物を売り払った。大陸へ渡るときは毎回身一つだ。どうせ着けば大使館から色々と工面してもらえることはわかっていたし、荷物を船の中で取られる可能性もある。今回乗った船の船長は一昔前までサブラスで暴れ回っていたという傭兵にそっくりな者であった。船員たちを怒鳴り散らすわ客を蹴飛ばすは実に厄介な人物で、船内は常に緊張状態にあった。反乱が起きるのではないかという雰囲気の中、西南海を西へかけて、ようやく大陸に着いた。ここを渡り半月ほど経つとラトイリ国が見えて来る。まずはいつものように町の大使館へ向かう事にした。私の故国にして文明の中心地たるアルビアの大使館だというのに、実に貧相な見た目の場所だ。貧しい海国であるブラルバンの中ではまだいい方だが、風が吹くだけで崩れ落ちてしまいそうな見た目である。ドアを開けると人懐っこい顔で書記官のタルビンが出てきた。自国人が全くいない未開の地で過ごしていたためか、同胞たる私のことを歓迎している。故郷の缶詰を開け、ささやかな宴をしたあと、荷物を受け取った。ラトイリまでの道中は長いので、誰か寄越してくれるという。前回、寄越された人物は食料を腐らすは泣き言は言うわやかましいわで役に立たなかったので、途中で返したのだが、この書記官はそのことがわかっているのだろうか。遠回しに断ったのだが、しつこく連れて行くように言ってくる。この時点ですごい嫌な予感がする。根負けして部屋の奥まで行くと、見たことのある顔がいた。
「遅かったじゃない。」
最悪である。
「はあ。」
とりあえず返事だけはしておいたが、絶対に連れて行きたくはない。タルビンはというと、しきりに体を揺らし、こちらの様子を伺っていた。
「旅の道中は長いでしょうし、一人旅というのは悲しいものです。故郷を同じにするものがいるというのは、それだけで心強いものだと思いますよ。」
タルビンは口達者に捲し立てるが、私は一人旅をこれまでもたくさんしてきた。もちろん行きたくて行ったのは数回程度しかないが、それでも一人旅に慣れていることは知っているはずである。
明らかにタルビンはこの人物を私に押し付けようとしていた。
「こんなつまんない場所でじっとなんてしてられないわ。さっさと行きましょう。」
問題の人物は適当なことを言っている。この人物をは料理はできないし荷物を持とうともしないのだ。一度料理を任せてくれというので任せてみたら、持っていた食料全てを奇妙な廃棄物に変えられてしまったこともある。体力はあるようで、旅自体には着いてこれるのだが、虫が気持ち悪いだの疲れたからおぶれだのとにかく文句を言うのだ。私だって疲れるし虫は苦手だ。だが、それは仕方がないことなのだ。アルビアの、それもエストラルだったら虫を見ずに生活することだってできるだろうが、ここは野蛮の大地である。どうすることもできないのだ。
「荷物は私が持ってあげるわ。出発しましょう。」
驚いた。荷物を持とうとするとは。それに、久しぶりの旅なのか、非常に楽しそうである。私も故郷でこの光景を見たら、暖かい気持ちになれた気がする。しかし、これからラトイリまで向かうという時に見ても、ちっともそういう気分にはなれない。
「タルビン、君はどうしてこれを押し付ける。」
「いや、今回はお嬢様ご自身が希望されたことでして。」
「私が来ることはお前が教えたのだろう。」
「お料理の方も練習されて大変上達しております。なんとタルスーを作れるようになったのですよ。」
タルスーとは乾燥した麺をお湯で戻したものである。味付けはその土地によって大きく異なる。作るのにかかる時間は5分ほどである。
「あれは料理ではない。それにだ、タルスーの麺自体大陸では全然手に入らないんだぞ。」
「まぁ、普通はそうでしょうね。」
「どういうことだ?」
「実はハットレール様から、定期的に食料が送られてくるのです。」
ハットレール・ラウ・ミッドルス。アルビア三十公爵家の一つ、ミッドルス家の当主だ。ムルムに広大な領地を持っており、中央政界への影響力もある。
「タルスー何本ぐらい持っていくべきかしら。」
あの問題児の父親でもある。
前来た時に聞いたのだが、あの問題児は、エストラルにある学園で皇太子様の逆鱗に触れ、ここに流されてきたらしい。流されてきたのは数年前ほど前のはずだが、いまだに援助があるということなので、相当あの人物はハットレール様に愛されているのだらう。つまり、あの問題児に対して下手な扱いをすればミッドルス家に睨まれる可能性があることになる。しがない書記官であるタルビンには、強いプレッシャーだっただろう。
「どうぞ、連れて行ってください。」
下手な扱いができない以上、連れていきたくないが。
「ハットレール様からの伝言もあります。前回のお嬢様の護衛に関してお礼を言いたいとのことです。魔法省に伝手があるとも。」
成る程。そうきたか。

「行きましょう。」

「頼むから料理はしないでくれ。」
「あら、美味しいお料理をご馳走しようと思ったのに。」

さて、ラトイリまで出発するとしよう。
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