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第四章 満ちる月に甘やかに咲く
7.飲み過ぎ注意
やがて日が傾き、夕食にはリシャールの両親も同席して、いつになくにぎやかな時間になった。
豪華な料理が並ぶ食卓で、気さくな二人の旅の話はとても興味深く、次第にエヴァンジェリンの顔も笑顔が浮かぶ。
「あなた、昔はこんなに喋らない子だったのにねぇ。エヴァンジェリンさんのことになるとムキになったりして、変わったわね」
ジョゼットの言葉に、リシャールがわずかに目元を赤くしながら、反論するのを諦めたように黙ってワインを口に運んでいる。
「エヴァンジェリンさんも、遠慮しないでどんどん飲んでちょうだい。ハイディ特産の蜂蜜酒よ。栄養価が高いんですって。体にいいわよ」
「は、はい。いただきます」
淡い金色の液体が入ったグラスを傾ける。甘くてまろやかな口当たりだった。
「おいしいです……」
ほっと息をつくと、喉の奥がほんのりと温かくなる。とても心地がよくて、エヴァンジェリンは体にいいという言葉を信じ、勧められるままに蜂蜜酒を口にした。
そのおかげか、さらに会話も弾み、心も体もふわふわと浮いてしまいそうなほど幸せな時間だった。
「私も蜂さんを育ててみようかなあ……」
夕食が済み、それぞれが部屋に戻る中、エヴァンジェリンは長い廊下を歩きながら、上機嫌で先ほどまで飲んでいた酒の味を思い出す。
「エヴァンジェリン……だいぶ酒を飲んでいたが、普段はほとんど飲まないだろう? 大丈夫なのか?」
「何がですかぁ?」
笑ったら、くらりと眩暈がしてふらつき、それをリシャールが支えてくれた。
「大丈夫じゃなさそうだ」
「ふふ……あれ、すごくおいしかったですよね。毎日飲んだら、もっと元気になれますかね」
口元に手を添えて笑みを漏らす。足元が雲の上を歩いているように感じられて楽しかった。
「いや……絶対飲み過ぎだろ。顔色が変わらないまま酔うタイプとは迂闊だった」
リシャールは独り言のように唸る。
自室の前まで来たところで、扉の向こうからリディアが顔を出した。
「奥様、湯浴みの支度ができておりますが……どうなさいますか?」
彼女はこちらを見るなり、明らかに心配そうな顔になる。
「ありがとう、リディア。大丈夫よ。今夜は……リシャール様に手伝ってもらうから」
エヴァンジェリンはにっこりと笑って答えた。
「はぁっ……⁉︎」
リシャールがぎょっとしたように硬直し、リディアも大きく目を見開く。
静止した時間のなかで、エヴァンジェリンだけがご機嫌で、彼の腕にぎゅうっと抱きついた。
「だめ、ですか……?」
うるんだ瞳を潤ませながら、上目遣いに彼を見つめる。その表情は、明らかに理性を試すものだったが、本人にはまったく自覚がなかった。
「さすがに、それは……まずいのでは……」
戸惑いを隠しきれない声で口ごもる彼に、エヴァンジェリンはふにゃりと笑う。
「だって私たち、夫婦じゃないですか」
そう囁きながら、彼の腕にさらにしがみつくように身を寄せ、部屋の中に足を踏み入れた。
――みんなの前では仲良しなところをアピールするんだったわよね。
ぼんやりした頭の中で、それだけはなぜかはっきりと頭に残っている。
「そ、そ、それではっ……! わたくしはこの辺で、失礼いたします。何かありましたら、すぐにお申しつけください!」
顔を赤くしたリディアがハッと我に返った様子で、慌てて頭を下げた。
扉が閉まる音が部屋の中に、やけに大きく響く。
「……まいったな」
頭をかくリシャールの横顔を、エヴァンジェリンは嬉しそうに見つめる。
「このままベッドに連れて行った方が、よさ――」
「リシャール様。早く入らないとお湯が冷めちゃいますよ~」
ため息をつくリシャールの隣で、エヴァンジェリンは突然ドレスの紐を解き始めていた。
「ま、待て。ここで脱ぐな、せめて浴室で……!」
リシャールは、慌ててエヴァンジェリンの手を引いて浴室へ連れていく。
しっとりとした湯気が肌にまとわりつき、彼女はもどかしそうにドレスを脱いでいくが、背中で絡まったリボンに悪戦苦闘していた。
「リシャール様。脱がせて……くれませんか?」
片方の袖を下ろしながら、甘えるような声音が浴室に甘く響く。
華奢な白い肩が灯りに照らされ、艶やかに浮かび上がった。
それを目にしたリシャールの顔が、ぎこちなく強張り、喉仏が上下に動く。
「く……っ、湯に浸かれば酔いが醒めるか……?」
ぶつぶつと呟きながら、彼は覚悟を決めたようにエヴァンジェリンのドレスを脱がせていく。
床に広がるドレスがまるで花が咲いたように広がった。身につけているものをすべて取り去ると、エヴァンジェリンはかすかに目を伏せる。
ーーリシャール様が任務に戻られる前に、一つでも思い出を残しておきたい。
心から愛されなくても、彼のすべてを受け入れて、それを胸に生きていきたい。一度でいいから抱いてほしい。
ーーそう。私はリシャール様の妻。私にはそれを求める権利があるはず。
まだ頭の中がふわふわしているけれど、そのおかげで恥ずかしさはあまり感じなかった。
「早く入るといい」
「一緒に入ってくれないんですか?」
首を傾けて、困ったように眉根を下げる。
「君はただ酔っているだけだ。明日の朝にはその発言を後悔することになるぞ」
リシャールが視線を彷徨わせながら唇を引き結んだ。
「私……っくしゅん」
言いかけたエヴァンジェリンは、小さなくしゃみをする。
「ほら、早くしないとまた熱を出しかねない」
「でも……一緒がいいです」
「っ……どうなっても知らないからな」
彼は深いため息をついた。
「リシャール様になら、どうされてもいいですよ?」
そう答えた瞬間、何かが切れたように、彼の手が自らの服にかかる。
そのままボタンを引きちぎらんばかりの勢いで、彼は上着を床に脱ぎ捨てた。
豪華な料理が並ぶ食卓で、気さくな二人の旅の話はとても興味深く、次第にエヴァンジェリンの顔も笑顔が浮かぶ。
「あなた、昔はこんなに喋らない子だったのにねぇ。エヴァンジェリンさんのことになるとムキになったりして、変わったわね」
ジョゼットの言葉に、リシャールがわずかに目元を赤くしながら、反論するのを諦めたように黙ってワインを口に運んでいる。
「エヴァンジェリンさんも、遠慮しないでどんどん飲んでちょうだい。ハイディ特産の蜂蜜酒よ。栄養価が高いんですって。体にいいわよ」
「は、はい。いただきます」
淡い金色の液体が入ったグラスを傾ける。甘くてまろやかな口当たりだった。
「おいしいです……」
ほっと息をつくと、喉の奥がほんのりと温かくなる。とても心地がよくて、エヴァンジェリンは体にいいという言葉を信じ、勧められるままに蜂蜜酒を口にした。
そのおかげか、さらに会話も弾み、心も体もふわふわと浮いてしまいそうなほど幸せな時間だった。
「私も蜂さんを育ててみようかなあ……」
夕食が済み、それぞれが部屋に戻る中、エヴァンジェリンは長い廊下を歩きながら、上機嫌で先ほどまで飲んでいた酒の味を思い出す。
「エヴァンジェリン……だいぶ酒を飲んでいたが、普段はほとんど飲まないだろう? 大丈夫なのか?」
「何がですかぁ?」
笑ったら、くらりと眩暈がしてふらつき、それをリシャールが支えてくれた。
「大丈夫じゃなさそうだ」
「ふふ……あれ、すごくおいしかったですよね。毎日飲んだら、もっと元気になれますかね」
口元に手を添えて笑みを漏らす。足元が雲の上を歩いているように感じられて楽しかった。
「いや……絶対飲み過ぎだろ。顔色が変わらないまま酔うタイプとは迂闊だった」
リシャールは独り言のように唸る。
自室の前まで来たところで、扉の向こうからリディアが顔を出した。
「奥様、湯浴みの支度ができておりますが……どうなさいますか?」
彼女はこちらを見るなり、明らかに心配そうな顔になる。
「ありがとう、リディア。大丈夫よ。今夜は……リシャール様に手伝ってもらうから」
エヴァンジェリンはにっこりと笑って答えた。
「はぁっ……⁉︎」
リシャールがぎょっとしたように硬直し、リディアも大きく目を見開く。
静止した時間のなかで、エヴァンジェリンだけがご機嫌で、彼の腕にぎゅうっと抱きついた。
「だめ、ですか……?」
うるんだ瞳を潤ませながら、上目遣いに彼を見つめる。その表情は、明らかに理性を試すものだったが、本人にはまったく自覚がなかった。
「さすがに、それは……まずいのでは……」
戸惑いを隠しきれない声で口ごもる彼に、エヴァンジェリンはふにゃりと笑う。
「だって私たち、夫婦じゃないですか」
そう囁きながら、彼の腕にさらにしがみつくように身を寄せ、部屋の中に足を踏み入れた。
――みんなの前では仲良しなところをアピールするんだったわよね。
ぼんやりした頭の中で、それだけはなぜかはっきりと頭に残っている。
「そ、そ、それではっ……! わたくしはこの辺で、失礼いたします。何かありましたら、すぐにお申しつけください!」
顔を赤くしたリディアがハッと我に返った様子で、慌てて頭を下げた。
扉が閉まる音が部屋の中に、やけに大きく響く。
「……まいったな」
頭をかくリシャールの横顔を、エヴァンジェリンは嬉しそうに見つめる。
「このままベッドに連れて行った方が、よさ――」
「リシャール様。早く入らないとお湯が冷めちゃいますよ~」
ため息をつくリシャールの隣で、エヴァンジェリンは突然ドレスの紐を解き始めていた。
「ま、待て。ここで脱ぐな、せめて浴室で……!」
リシャールは、慌ててエヴァンジェリンの手を引いて浴室へ連れていく。
しっとりとした湯気が肌にまとわりつき、彼女はもどかしそうにドレスを脱いでいくが、背中で絡まったリボンに悪戦苦闘していた。
「リシャール様。脱がせて……くれませんか?」
片方の袖を下ろしながら、甘えるような声音が浴室に甘く響く。
華奢な白い肩が灯りに照らされ、艶やかに浮かび上がった。
それを目にしたリシャールの顔が、ぎこちなく強張り、喉仏が上下に動く。
「く……っ、湯に浸かれば酔いが醒めるか……?」
ぶつぶつと呟きながら、彼は覚悟を決めたようにエヴァンジェリンのドレスを脱がせていく。
床に広がるドレスがまるで花が咲いたように広がった。身につけているものをすべて取り去ると、エヴァンジェリンはかすかに目を伏せる。
ーーリシャール様が任務に戻られる前に、一つでも思い出を残しておきたい。
心から愛されなくても、彼のすべてを受け入れて、それを胸に生きていきたい。一度でいいから抱いてほしい。
ーーそう。私はリシャール様の妻。私にはそれを求める権利があるはず。
まだ頭の中がふわふわしているけれど、そのおかげで恥ずかしさはあまり感じなかった。
「早く入るといい」
「一緒に入ってくれないんですか?」
首を傾けて、困ったように眉根を下げる。
「君はただ酔っているだけだ。明日の朝にはその発言を後悔することになるぞ」
リシャールが視線を彷徨わせながら唇を引き結んだ。
「私……っくしゅん」
言いかけたエヴァンジェリンは、小さなくしゃみをする。
「ほら、早くしないとまた熱を出しかねない」
「でも……一緒がいいです」
「っ……どうなっても知らないからな」
彼は深いため息をついた。
「リシャール様になら、どうされてもいいですよ?」
そう答えた瞬間、何かが切れたように、彼の手が自らの服にかかる。
そのままボタンを引きちぎらんばかりの勢いで、彼は上着を床に脱ぎ捨てた。
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