3 / 7
Ⅲ.魔女服の罠
しおりを挟むルドさんはどうして、ここまで親身になってくれるんだろう――
一人きりの空間で、泡立て器を握る手を止め、ぼんやりとクリームの白を見つめる。
気づけばまた、同じ疑問に行き着いていた。
最初から、謎の多い人だった。
視界が塞がれていても、そのことを欠片も感じさせないほどの身のこなし。
武道に長けていて、さらにはハロウィン祭の出店許可証まであっさり取ってきてしまう。
どう考えても、普通の人じゃなかった。
それなのに、どうして私なんかに……。
彼にとってのメリットなんて、どこにもないはずなのに。
――私が好き、とか?
頭の中に浮かんだ瞬間、顔が一気に熱くなった。
「な、ないないないっ!」
思わず大げさに首を振り、両頬を手で挟み込む。
天井を仰いで「落ち着け、私!」と心の中で叫んだ。
いくらなんでも、それは夢見がちすぎる。
天と地がひっくり返ってもありえない。
ルドさんは例えるならば、絵本から抜け出した王子や騎士のような完璧な人。
そんな彼が田舎の冴えない娘に惹かれるだなんて、奇跡どころか幻だ。
「……集中、しなきゃ」
小さく呟いて、頬を軽くぺちんと叩く。
けれど、その頬はますます赤くなるばかりだった。
◇ ◇ ◇
作業に没頭するあまり、ハロウィンの仮装準備をすっかり忘れていた。
ハロウィン祭では毎年、仮装して参加するのが暗黙のルールとなっている。
過度な衣装は求められないが、手を抜けば逆に浮いてしまう。
気づけば祭りは目前。新しく買う時間も、もちろん予算もない。
ダメ元で物置を漁ると、懐かしい布の感触が指に触れた。
両親と一緒に参加していた頃の、魔女風の黒いワンピース。
「さすがに……この歳じゃ、きついかな……」
それでも一縷の望みに賭け、そっと袖を通してみる。
ひやりとした布地が肌をなぞり、昔より少し変わった体の線をなぞった。
「……う、ん……入った、けど……」
布は伸びきり、少しでも動けば裂けそう。
背中のファスナーは悲鳴を上げ、ウエストのリボンは息苦しいほどに食い込む。
「う、うぅ……やっぱ無理……!」
諦めて脱ごうと両腕を引き抜く……が、今度は肩が引っかかってしまい、まったく動かない。
視界は布で覆われ、呼吸が熱くこもる。
完全に身動きがとれなくなってしまった。
と、その時――
コツ、コツ……と、扉を叩く音がした。
間を置かず、低く落ち着いた声が耳に届く。
「……ニーナさん? いないんですか?」
――あ、戸締まり、してない。
「ル、ルドさんっ……た、たすけて……!」
「……!?」
急ぎ足の音。
扉が開き、駆け込んできたルドさんが目にしたのは――パツパツの衣装に身を詰め込み、両腕を宙に上げたまま動けない私。
「っ……一体、何を……」
「ぅぅ……ぬ、脱げないんですぅ……!」
息を乱しながら訴えると、彼は短くため息をつき、距離を詰めてきた。
その足音に合わせて、わずかに香るコーヒーのような匂い。
「……引っ張りますよ」
「お、お願いします……!」
袖口に触れた彼の手は、思ったより熱くて大きい。
その熱が、布越しに腕から肩へと伝わってくる。
「せーの……」
スポン、と音がして一気に解放される。
空気が肌に触れた瞬間、全身の血が一気に巡るのを感じた。
「はぁっ……助かりました、ルドさ――」
言いかけて、彼の視線に気づく。
わずかに逸らされたその顔は、頬が薄く赤い。
そこで、ようやく自分の格好を思い出す。
乱れた髪に熱を帯びた頬、そして――下着姿。
「っ、ご、ごめんなさい!」
慌てて腕で体を隠すと、彼は無言で自身の上着を肩に掛けてくれた。
その布越しに残る、彼の手の温度が逃げない。
「……もし、今ここに来たのが私じゃなかったら?」
「え……?」
「女性ならまだしも、あの日、店で暴れていたような男だったら……どうしたんですか?」
喉がひくりと動く。
答えられない私に、彼は視線を落としたまま続けた。
「……お客さんが少ないからって、気を緩めすぎです」
「……」
静かな声。けれど、その奥に冷たい刃のようなものが潜んでいた。
「……少しは、身をもって知ったほうがいい」
頬をかすめる、ひとすじの熱。
撫でるようでいて、境界を探る指先が、あまりにもはっきりと肌に残る。
「こんなふうにされても……文句は言えませんよ?」
吐息がこぼれ、耳の奥まで届く。
視線が絡み合い、逃げ場を失う。
その奥にある光は、冗談めいているようで、決して軽くはない。
「……私は言いましたよね。あなたを襲わないという保証は、どこにもないと」
声は低く、柔らかい。
それなのに、胸の奥をかき混ぜられるようで抗えない。
笑うべきか怒るべきか――その境界線は、霧のように溶けていく。
首筋に落ちる視線が、熱を孕んで這い上がる。
背筋を伝うその感覚に、息が詰まった。
「……もっと危機感を持ってください。じゃないと、次は……こんなものじゃ済みませんよ」
耳まで熱くなる。
喉はきゅっと締まり、言葉は出ない。
胸の奥で鳴る鼓動だけが、やけに大きく響いていた。
――やっぱり、この人はずるい。
危うくて、優しくて、そして、どこまでもかっこよくて。
その余韻は、しばらく消えなかった。
0
あなたにおすすめの小説
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです
石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。
聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。
やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。
女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。
素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。
『階段対策会議(※恋愛)――年上騎士団長の健康管理が過剰です』
星乃和花
恋愛
【完結済:全9話】
経理兼給仕のクラリスは、騎士団で働くただの事務員――のはずだった。
なのに、年上で情緒に欠ける騎士団長グラントにある日突然こう言われる。
「君は転倒する可能性がある。――健康管理対象にする」
階段対策会議、動線の変更、手をつなぐのは転倒防止、ストール支給は防寒対策。
全部合理的、全部正しい。……正しいはずなのに!
「頬が赤い。必要だ」
「君を、大事にしたい」
真顔で“強い言葉”を投下してくる団長に、乙女心を隠すクラリスの心拍数は業務超過。
さらに副団長ローレンは胃薬片手に「恋は会議にするな!!」と絶叫中!?
これは健康管理?それとも恋愛?
――答え合わせの前に、まず“階段(概念)“をご確認ください。
身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)
柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!)
辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。
結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。
正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。
さくっと読んでいただけるかと思います。
【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした
楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。
仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。
◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪
◇全三話予約投稿済みです
「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう
ムラサメ
恋愛
漆黒の髪と瞳。ただそれだけの理由で「不吉なゴミ」と虐げられてきた公爵令嬢ミア。
死の森に捨てられた彼女が出会ったのは、呪いに侵され、最期を待つ最強の黒竜と、その相棒である隣国の竜騎士ゼノだった。
しかし、ミアが無邪気に放った「おまじない」は、伝説の浄化魔法となって世界を塗り替える。
向こう見ずな天才騎士に拾われたミアは、隣国で「女神」として崇められ、徹底的に甘やかされることに。
一方、浄化の源を失った王国は、みるみるうちに泥沼へと沈んでいき……?
【完結】余命半年の元聖女ですが、最期くらい騎士団長に恋をしてもいいですか?
金森しのぶ
恋愛
神の声を聞く奇跡を失い、命の灯が消えかけた元・聖女エルフィア。
余命半年の宣告を受け、静かに神殿を去った彼女が望んだのは、誰にも知られず、人のために最後の時間を使うこと――。
しかし運命は、彼女を再び戦場へと導く。
かつて命を賭して彼女を守った騎士団長、レオン・アルヴァースとの再会。
偽名で身を隠しながら、彼のそばで治療師見習いとして働く日々。
笑顔と優しさ、そして少しずつ重なる想い。
だけど彼女には、もう未来がない。
「これは、人生で最初で最後の恋でした。――でもそれは、永遠になりました。」
静かな余生を願った元聖女と、彼女を愛した騎士団長が紡ぐ、切なくて、温かくて、泣ける恋物語。
余命×再会×片恋から始まる、ほっこりじんわり異世界ラブストーリー。
黒騎士団の娼婦
星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる