玄関にあった、知らないはずの鍵

Wataru

文字の大きさ
1 / 1

玄関にあった、知らないはずの鍵

しおりを挟む
なんだ、この鍵は。

玄関の靴箱の上に、見覚えのない鍵が置いてあった。

どこの鍵か分からない。
いつからあったのかも思い出せない。

気味が悪いが、鍵だから捨てるわけにもいかない。

まあいいか、と家を出た。



職場で、同僚に声をかけられる。

「そういえば彼女さん、元気?」

「……彼女?」

思わず聞き返す。

「何言ってんだよ。婚約したって言ってただろ」

笑われる。

笑い返したが、頭の中は空白だった。

彼女なんて、いない。

はずなのに。

ふと、左手を見る。

指輪がはまっている。

自分のものじゃないみたいに、しっくりこない。

外そうとして、やめた。

理由は分からない。



帰宅する。

玄関には、あの鍵。

あるはずのない記憶。
いるはずのない婚約者。

何かが、おかしい。

その時、母から電話がかかってきた。

「元気にしてる?」

「してるよ。……なあ、俺さ」

言葉が詰まる。

「彼女なんて、いたっけ?」

電話の向こうが、静かになる。

長い沈黙のあと、母が言った。

「あんた……事故に遭って、記憶なくしたのよ」

息が止まる。

「一緒にいた子がいてね」

声が震えている。

「あの子は……助からなかった」



電話を切ったあと、しばらく動けなかった。

気づくと、玄関に立っていた。

鍵を手に取る。

冷たい。

けれど、不思議と手に馴染む。

この部屋で。

誰かと笑って。

一緒に暮らしていた。

そんな気がする。

でも、顔も声も思い出せない。

何も残っていない。

それでも。

ここに、誰かがいたことだけは分かる。

主人公は小さく呟く。

「……悪い」

誰に向けた言葉か、自分でも分からなかった。

鍵を、元の場所に戻す。

捨てることは、できなかった。

部屋に入る。

誰もいないはずの空間が、

少しだけ、温かい気がした。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

抱きしめて

麻実
恋愛
夫の長期に亘る不倫に 女としての自信を失った妻は、新しい出会いに飛び込んでいく。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

幸せになれると思っていた

里見知美
恋愛
18歳になったら結婚しよう、と約束をしていたのに。 ある事故から目を覚ますと、誰もが私をいないものとして扱った。

処理中です...