君のぬくもりは僕の勇気

天渡清華

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その二

♪♪♪♪

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 空港から車で、会場の下見に直行する。明日もリハはするけど、晴輝の目が見えないからなおさら、実際にステージに立ってみて、念には念をということらしい。
 会場に入ると、すでにステージにはセットが組まれ、ツアーTシャツを着たスタッフが動き回っている。
 セットと言ってもごくシンプルだ。晴輝達の立ち位置が少し高くなっているだけ。ステージのセンターに晴輝が弾くキーボード。その少し後ろ、客席から見て左寄りにドラムセットがあり、右がギターだ。
 晴輝はまず楽屋からステージまでの行き方を確認すると、ステージの袖から自分のキーボードまで伸びている点字ブロックみたいな敷物の上を歩き、距離感を確かめ始めた。目が見えない晴輝のために、ステージセットのサイズはどの会場でも同じになるようにしているという。
「音はまだ出せないの?」
「まだです、すみません!」
 誰にともなく言った晴輝に、客席にいたスタッフが大声で返す。ぼんやり見ていると、やがて晴輝はゆっくりと、キーボードの前に座った。本番をイメージしているのか、キーボードに両手を乗せて、動く気配がない。
 俺の隣で、大石さんは本当に優しくて柔らかな表情で、晴輝を見守る。完全に母親の顔だ。俺の視線に気づいて、大石さんはかわいらしく肩をすくめた。
「晴輝をデビューさせるのは結構大変だったのよ。でもこんな優しい歌、世間に知られないなんて悔しいじゃない。ねえ?」
「……そうですね」
 同意を求められて、一応返事はした。晴輝の歌は優しい。それは音楽に興味がない俺にも分かる。
「まだまだ手引きにも慣れないと思うし、ずっとイベント警備やってきた村上君に、完璧な仕事を求めるつもりはないの。だから気を楽にして、とにかく晴輝をよろしくね」
 完璧な仕事を求めるつもりはない? 俺に期待してないって言ってんのか? じゃあ俺はなんのためにいるんだろう。お互い、専門のSPじゃないことは同意の上のはずだろ?
「どう、晴輝? 感覚はつかめた?」
 少し怒りが混じった困惑が身体を覆う。そんな俺に気づくふうもなく、大石さんは袖に戻って来た晴輝の肩を抱くようにして迎える。
「うん、あとは明日のリハで。大石さん、翔一郎しょういちろうさんと隆宣たかのぶはもう着いたかな?」
「着いた頃じゃない? みんなでおいしい物食べに行きましょ」
 翔一郎さんはサポートのギタリスト、隆宣さんはドラマーだ。隆宣さんが翔一郎さんの世話を焼いてるところは、親子っていうより夫婦、らしい。
 大石さんは車の中で二人に連絡して、すすきのの居酒屋で落ちあうことにした。通された個室で、部屋に入るなり思わず立ち止まってしまう。さすがギョーカイ人、って言うべきか?
「なんだよ、急に止まるなよ」
「あ、ごめん……」
 俺は呆然と、目の前に立ってる隆宣さんらしき人を眺めた。
 悔しいぐらいにかっこいい。ゆるくウエーブがかった、肩にちょっとかかる程度の金髪が、白い肌に映える。華奢なフレームのメガネをかけた顔は、よく整って鼻も高い。身長もそこそこある。モデルだとか言っても、たぶん誰も疑わないだろう。
「村上静也君だね?」
 ぼーっとしかけたところに、柔らかくておっとりした声。あわてて返事をして声の主を見る。
「椎名翔一郎です、よろしく」
 ひょろりと背が高い、たれ目がちの笑顔。目線が俺とあんまり変わらないってことは、身長は百八十センチ前後ってとこか。
 差し出された手を握ると、指はごつごつして、すげえ細くて長かった。確か年は、大石さんと同じ四十三歳って言ってたな。
「はじめまして、土井隆宣です」
 翔一郎さんに続いて差し出された手を、俺は少し気おくれしながら握った。隆宣さんは俺の一つ上らしいけど、とてもそうは見えない落ち着きぶりだ。
 翔一郎さんはいかにも人がよさそうで、公園で子供と遊ぶのがすごく絵になりそうな人だ。反対に隆宣さんは、見るからにクールで、他人の世話なんか焼かなそうだけど……。
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