君のぬくもりは僕の勇気

天渡清華

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その三

♪♪♪♪♪♪♪

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「ハル、静也君帰るって」
 翔一郎さんの声に、身体ごと振り返る晴輝。
「え? なんでだよ、打ち上げつきあってくれよ。おごる約束だったじゃん」
 俺はこっちに来ようとする晴輝に近づき、腕にふれて動きを止めさせる。
「ごめん、悪いけど今日は帰る」
 一度帰ると決めたら、自分でもびっくりするぐらいその決意は強くなった。
「……分かった。そこまで一緒に行くよ」
 翔一郎さん達に挨拶して、裏口から外へ。途端につまらなそうな顔になった晴輝。悪いなと思ったけど、俺がいなくなったら晴輝が困るかな、とも思ったけど、俺は早くこの場から立ち去りたかった。一人になって、静かに考えたかった。
「じゃあまた。次の旅は名物三昧だな」
 晴輝は顔を上げ、そう言ってにやっと笑った。俺はその明るい顔にほっとする。
「そうだね、この仕事始めたら太ったから気をつけなきゃ」
 ほんのちょっと声が沈んだだけでも、やっぱり晴輝は気づいてしまうんだろうか。
「気をつけて」
「そっちこそ、飲みすぎんなよ」
 ふざけて舌を出して見せると、晴輝はゆっくりドアを閉めた。背中がドアの向こうに消えかかる。
「晴輝、俺これからはもっと頑張るから!」
 思いよりも先に言葉が出ていた。またドアが大きく開く。
「やっと呼び捨てにしてくれたな」
 晴輝は俺がもう遠くにいると思ったのか、大声で言うと、本当にうれしそうにあったかい満面の笑みを見せた。
「あ、ああ……」
 俺はとまどった。名前を呼び捨てにするとかしないとか、無意識だし、今の俺にとってはそんなの問題じゃないし。
「じゃあおやすみ、静也」
 晴輝の笑顔がドアの向こうに消えた。自分から帰ると言ったくせに、晴輝の姿が見えなくなった瞬間、変にさみしくなる。
 俺はドアが閉まっても、しばらくそこにぼんやり立っていた。なにから考えたらいいか分からないぐらい、いろんなことで頭がいっぱいになってる。
 ゆっくり歩き出す。自分のスニーカーの先を見つめながら、人通りの多い駅の方へ歩く。頑張らないとな、という漠然とした気持ちだけがぐるぐるしてる。
 ほてってる心を落ち着かせたくて、星のない夜空を仰いだ。信号待ちのスクランブル交差点で、晴輝のアルバムの超特大看板が目につく。
 いつもの薄い色のサングラスをはずした素の笑顔。ついさっきまで見ていた顔。
 俺は周りの人が動き出しても、立ち止まったまましばらく、その看板を見上げていた。
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