君のぬくもりは僕の勇気

天渡清華

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その四

♪♪

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 疲れた。本当に疲れた。あれが大阪人パワーってやつなのか? 
 俺はぐったりして、ホテルのベッドにスーツのまま寝転がっていた。
 新大阪駅のホームに降りた瞬間から、戦場に放りこまれた。群がる出迎えのファンは、実際の人数の二倍も三倍もいるように感じるくらい、みんなやかましくて元気だった。さすがの晴輝も、ファンのパワーに笑顔がとまどってた。
 まあなんとか、晴輝を危ない目にあわさずに移動できてよかったけど、気張りつめっぱなしで三日分の疲れが一気にきたような感じだ。
 コンコン、コンコン。
 ノックの音……? 誰だよ、俺は眠いんだよ……。いいよ、無視無視。寝ちまおう……。
「静也、いないの? 寝たあ?」
 って、この声は晴輝じゃないか!
 俺はあわてて起き上がり、よろけながらドアに向かった。ホテルのセキュリティはしっかりしてるはずだけど、晴輝が一人で廊下に立ってるとこを、ファンに見つからないとも限らない。
 乱暴にドアを開けると、晴輝が首をかしげた。
「なにドタバタしてんの? もしかして起こした?」
 酒くさい。酒弱いくせに、そんなのんきに酔っ払ってんなよ……。
「とりあえず入って」
 ため息をかみ殺し、紙袋をぶらさげてる晴輝を中に入れる。
「あれ、まだ着替えてないの?」
 俺の腕をつかんで歩きながら、晴輝はスーツの生地を手に感じて驚いたらしい。
「疲れちゃって、スーツのまんまベッドに転がってたとこだったんだ」
「じゃあ来ちゃ悪かったかな、駅でもらったファンレター読んでもらおうかと思ってさあ」
 晴輝はテーブルまで来ると、椅子の位置を教えるまでもなく、一人で座った。俺も晴輝の向かい側の椅子に座る。
 テーブルの上になにもないのを手探りで確かめてから、持ってきた紙袋の中身を豪快にテーブルの上にひっくり返す晴輝。
「あ、プレゼントの箱も入ってたんだっけ」
 ごとん、という重い音に晴輝が舌を出す。
 テーブルに広げられたのは、ファンレターが七通と、プレゼントが一個。もっといっぱいもらってたはずだから、とりあえず手に触れたのを持ってきたんだろう。
 バーゲンに群がるおばさんの勢いだったたくさんの顔を思い出して、俺はまたうんざりした。「好き」ってパワーはすごいとしみじみ思う。
「なあ、プレゼント開けてくれる?」
 晴輝はプレゼントの箱を探り当て、俺の方に突き出した。
 俺がラッピングを開く音を聞きながら、晴輝は赤い顔して、酔っ払い特有のうっとりした表情になってる。こりゃ、最後には寝るな。
「香水だよ」
 出てきたのは、ブランド物らしい青い香水のびん。晴輝がテーブルのふちに添えてる手に、びんを軽くふれさせて渡す。
 晴輝は慎重に香水のキャップを取った。さわやかだけど少しスパイシーな感じもする匂い。化学者みたいにやけに神妙な顔つきで、香水の匂いを何度もかぐ晴輝。
「これ、お前にやるよ」
 ずいっ、と香水が俺の目の前に突き出された。
「え、冗談だろ? これ、ファンからのプレゼントじゃん。酔ってるからそんなこと言うんだろ?」
「そんなことないって、これはお前にあうよ。ほら、もらってくれって」
 倒してこぼしたりしたら困るから、とりあえず受け取ってキャップを閉め、もう一度訊いてみても、晴輝はいいからもらってくれを繰り返す。
「これ、俺じゃなくて隆宣さんの方があうって、隆宣さんにあげたら?」
 この匂いが俺にあってるなんて、本気で思ってるのか? いかにもスマートな大人の男がつけそうな、クール系の匂いなのに。
 晴輝が俺にこんなイメージを持ってるのかと思ったら、口調もなんだか早口になってしまった。
「なんだよ、俺がお前にやるって言ってんだよ。あいつはあれ以上大人装っちゃダメなんだって。お前は逆にこれつけて、かっこいい大人を演出するんだよ、分かった?」
 それって、せめて香水でごまかせってことだよな……。
 すごく複雑な気分で、俺は適当に返事してもらっておくことにした。酔っ払いに誠心誠意接するだけ損だ。
「さっそく明日から香水つけてよ。な、約束して。ほら」
 晴輝は指きりがしたいらしく、小指を立てた右手を出した。ふわふわと、どこまでも幸せそうに笑ってる。
「なにしてんだよ、約束しろよ」
 ちょっととまどっただけで、たちまちむくれて催促。
「あーはいはい、指きりね」
 綿あめのように声を甘ったるく軽やかに伸ばして、晴輝は小指を絡めた手をむちゃくちゃに振りながら、指きりげんまんを歌った。
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