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遺体争奪編

相対的劣等者の意地 2

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 地面のレンガを壊してリザが踏み込む。突き。剥き出しのミキサーのような一撃を、ロルフは大剣に魔力を込めて弾いた。ただ二つが当たっただけなのに、異常にリザの槍が跳ね上がる。手は上がり、腹は剥き出し。踏み込んだ左足には重心が残っており、右足はつま先だけ地面に触れている。
 予備動作なしでロルフの右足が繰り出された。対抗すべくリザの右足が太ももから上がるが、膝下が伸び切る前にロルフの足が腹に埋まる。魔力の発動。ピンポン玉のようにリザが吹き飛んだ。
 地面に当たる直前に右から魔力が飛んで、一度跳ね上がった後に左から魔力が飛ぶ。異様な跳ね上がりを見せて、リザが空中で体勢を整えた。そのまま着地する。

「我が名誉、この槍と共に。我が栄光、この槍と共に。我が仲間、この槍と共に。我が魂、この槍と共に」

 詠唱を開始しながら、リザが槍を上で回し始めた。ロルフが膝を曲げ、跳ねる。左右から魔法による攻撃が飛んできた。空中で大剣を振るい、ロルフがそれらを叩き落す。妨害は功を奏したのか、ロルフがおそらく予定よりも少し離れたところに着地した。

「穿て! 我らが美酒のために!」

 リザが槍を振り下ろす。

「弾け」

 ロルフが舌なめずりでもしてそうな声でいい、大剣を光輪に合わせた。
 激突。
 拮抗。
 ロルフの肘が後ろに来て、上半身がわずかに仰け反った。大剣が手から飛び立って、宙で大回転する。光輪は神官のいる建物の隣にぶつかり、三階建ての建物が手から滑り落ちたプリンのように崩れた。

 ロルフが体勢を低くし、石畳すれすれを跳ぶ。右手の爪を見せ、リザに襲い掛かった。槍で防がれた硬質な音が霧に吸い込まるた。左手も槍を動かして防がれるが、ロルフの両手が槍にかかった状態になった。
 押し合い。
 リザに身体強化を施されているためか、ロルフの優勢とはならず、じりじりとリザの体勢が戻って行く。
 ロルフが足を繰り出した。今度は警戒されていたのかリザの足が合う。降ろす際に、ロルフは彼女の左足へと爪を伸ばした。リザが槍を手放す。引く。槍が地面に勢いよく叩きつけられた。ロルフが前のめりになり、光の柱が降り注いだ。

 ナギサの後ろで盗賊(ブラックリー)が動く。ナギサはロルフから視線を切って、盗賊の鼻先に刀を突きつけた。

「っと」

 盗賊がゆっくりと両手を挙げた。

「寝ていればよかったものを」

 刀をひっくり返し、峰で打つ。盗賊が短剣で防いだ。
 魔法陣が二人を囲うように展開される。ナギサは力任せに短剣を下に押し込み、盗賊の離脱という選択を封じた。魔力が高まる。跳ぶ。直後に、盗賊の周囲に白い粉が舞った。

「炎よ」

 上に小さな炎の塊を発射して、盗賊の頭の上に落とす。散らす。大きな爆発となって霧を吹き飛ばし、盗賊を地に沈めた。
 ナギサたちは、メゼスの魔法陣の防御によって爆風を防いだ。

「ブラックリーっ」

 リザの叫びが聞こえた。振り向くと、手放した槍に一直線にリザが向かっているのが見える。彼女の手が槍に届くかという時に、土煙の中から灰銀の毛並みが見えた。足が槍を弾く。リザが引く。多量の鎖が灰銀に伸びる。

「あー鬱陶しい!」

 土煙が晴れ、鎖に縛られ、引っ張られるロルフが見えた。
 目立った外傷はない。一応、無事らしい。
 リザが目線をロルフにしっかりと固定して、ゆっくりと動いて槍を手に取った。

(さて、援護するべきか)

「奥義、解放」

 ロルフを探るために変化する。瞠目すべき反応が二つ。一つは後ろの盗賊が動き出したこと。
 先にそちらを対処すべく、ナギサは盗賊の位置を目で確認せずに跳んだ。回し蹴りを強引に放ち、盗賊の手の物を落とす。強烈な臭気。前後左右が無くなり、ナギサの頭が上あがった。顎が丸見えである。
 だが、盗賊にも援護は間に合っておらず、決定機を逃したようだ。メゼスの消臭魔法のあと、魔法使いからの感覚没収と思われる魔法が盗賊に届いた。

「雷よ」

 加減ができないことを承知でナギサは雷を撃った。盗賊に回避を許さず穿ち、眠らせた。心音は、非常に微弱なものになっている。

「だいじょーぶー?」

 片膝をついたナギサを支えるように、メゼスがナギサの背に手を当てた。
 厚意に甘えて体重の一部を預けつつ、ナギサは叫ぶ。

「ロルフ! アラクネの本隊が港に向かってる! やはり博物館はブラフだ! あそこに先王陛下の遺体なんかない!」
「え?」

 反応したのは、リザだ。

「なーるほど。そっちも一杯食わされた口か」

 ロルフが完全に抵抗を止めて、口角を上げた。
 ナギサが盗賊(ブラックリー)の首根っこを掴んで、ロルフの方へと歩いていく。メゼスもゆっくりと続いた。
 リザは警戒するように槍を構えたままだが、攻撃は仕掛けてこない。いや、盗賊が人質同然なので攻撃できない、が正解かも知れない。

「先帝の遺体を守る者、だったか? 名乗った時は本当にあるのかもと思ってたんだけどねえ。それにしちゃあ防備が少なかったが、それだけ信頼されてんのかとも思ったさ。だが、今回は簡単にリザたちを博物館から排除した。じゃあ最初は何だったのか」
「……そっちが仲間割れをしたんじゃなくて?」

 ロルフの言葉に反応したリザが槍をナギサとメゼスの方に向けた。

「したのはそっち」

 ナギサは言って、盗賊をリザの方に投げ捨てた。刀をしまい、警戒をほどかせるためにまたただの人間態に戻った。
 リザが右手だけで槍を持って、左手で盗賊を引き寄せる。

「あるいは取引。博物館に援軍が来るのがやけに早かったからねえ。連絡したようなそぶりもないのに。つまり、誰かが知っていたんじゃない? 俺らが来るって。俺らの顔を知っている誰かが」
「海上でも接触したそうではないですか」

 リザが盗賊の脈を確認しながら返した。
 瓦礫の山から出てきた神官(グイド)が、盗賊に触れて治療を開始する。女魔法使(カエキリア)いも出てきて、短杖を構えながらリザの右側に出た。

「そ。戦艦一隻に鉄甲船一隻。警備には過剰じゃない? コストだって馬鹿にならないのに。まるで、戦闘になるのを知っていたかのように。しかも、接舷して乗り入れた方が弾薬は安くなるのに、砲撃を繰り返してきたんだよ」

 鎖に縛られたままだが、ロルフは関係なく話す。

「君たちに関してもだ、護衛対象である先王陛下の遺体は見た? 場所にはいった? まさか、ここから先に進めないでねだけで持ち場を決められたりしてないよね?」

 一行に、口を挟む気配はない。
 ただし、こちらはというとメゼスが徐々に霧を濃くしていっている。

「だいたい、大事なものが近くにあるのに存分に仕掛けをしていいって言って、実際に仕掛けを発動させたら危険だから博物館の外に放り捨てる。言い訳が欲しかったんじゃないの? 名声もあって魔族に知られている一行を、本来なら一番大事な位置から外すための言い訳が」

 言い終えると、ロルフが重心を後ろに戻した。
 じゃらり、と鎖が音を鳴らす。
 一度気が切れるタイミングなのにも関わらず、一行は何も言わない。ロルフが首を傾けて、瞳孔を隠すように変色していた目の色を元の黄色に戻した。

「戯言だとか、惑わされるなとか言わないんだ。珍しいねえ。本当のことを言っても信じてもらえないものとばかり思ってたよ」

 リザの口が開く。
 ゆっくりと円形から楕円に変わり、歯を噛み締めるように唇同士が触れた。顎が下がり、前髪が目にかかる。

「そんなことはない……。そんなことは関係ない。私は、与えられた役割を全うするだけ」

 リザが下唇を噛み締めた。
 歯を口内に戻し、ゆっくりと顔が上がる。ドン、と遠くから音が響いた。おそらくは、港で戦闘が開始されたのだろう。

「カエキリア、グイド、援護」

 槍を横にやり、リザが低い声を出した。
 神官(グイド)が渋々と言ったように指を組む。女魔法使(カエキリア)いは、ナギサたちを見てはいるが魔力を練る気配がない。

「早く!」

 リザが吼えた。
 二人の魔力がリザに行き、強化が施される。残念そうにロルフがため息を吐いた。

「主よ、我を封じる不浄なる鎖を解きたまえ」

 話しながらも解析を進めていたのだろう。
 鎖が、結晶と変わって霧の中に砕けて消えた。
 メゼスの粘体が地面を這ってロルフに大剣を投げ渡した。ロルフが受け取り、柄を使って回す。目が再び瞳孔を隠すように変色した。

「捕縛せよ!」

 神官が言う。ロルフを中心に、地面が発光した。

「無駄」

 すぐにレジストされ、光が消える。
 それでもリザへの強化の時間稼ぎにはなったようだ。無論、ナギサから見ればロルフは待つ気しかなかったと思えるが。

「最後に一つ聞かせてよ」

 ロルフが大剣の回転を止めて、大きく振った。
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