下弦の盃(さかづき)

朝海

文字の大きさ
1 / 20

序章「最悪の出会い」

しおりを挟む
 学校帰りの少女――須田あかりは、やくざ同士の抗争を目撃してしまった。確かに、ここは一般人とやくざが引いている境界線ということもあり、危険な場所でもあった。あかりにとって学校からも近く、慣れているから抗争に巻き込まれたこともないから大丈夫と通っていたのである。
「おい! 見られていたぞ!」
 背後から男たちの声がした。
(見つかった!)
 運悪く男たちに見つかってしまい追いかけられる。あかりは全族力で逃げた。だが、男たちの体力に勝てるわけがなく簡単に壁際へと追い詰められてしまう。
「悪いな。お嬢さん。見られたからには簡単に返すわけにはいかねぇよ」
「なぁ」
「ああ」
 男たちが顔を見合わせた。あかりの制服を乱暴に破く。濃紺の瞳にうっすらと涙が浮かぶ。こんな男たちに抱かれるなんて悔しかった。せめてもの抵抗に、あかりは口を塞いでいる男の手を思いっきりかむ。
「この女!」
 男たちが一斉に、手を振り上げた。あかりは目を閉じる。いつまでたっても、衝撃がこない。恐る恐る閉じていた瞳を開いた。あかりの目の前には、一人の青年が立っている年齢としては二十五・六だろう。
 凛とした空気を身に纏っている。
「お前、本橋澪か?」
「ちょうどいい。お前を倒す!」
 本橋澪と呼ばれた青年は、男たちを簡単に倒していく。数分もしないうちに男たちの山ができていた。殺されないだけましだと思えと、無機質な声で吐き捨てる。
 その声に温かさはなかった。

「よく生きていたな」
 澪はあかりの体に、上着をかけた。冷たいダークブラウンの瞳が見下ろしてくる。見てしまったら凍ってしまいそうで、あかりは視線を逸らす。澪はあかりの顎を指で支えると、無理やり視線を合わせた。
「私は――」
「最近、警備(パトロール)で部下が君の姿を何回か目撃している」
「ごめんなさい」
「謝るぐらいなら最初から通らないことだ」
「あの……私は普通の生活を送れるのでしょうか?」
「見たからには難しいだろうな」
「――そんな」
 あかりの顔が青ざめていく。全身から血の気が引いていくのが分かる。情けないほど体が震えていた。日常が壊されようとしている。
 奪われようとしている。
 あかりにとって恐怖でしかなかった。
「まさか、あなたも?」
 澪はあかりに名刺を渡す。
 白蘭会(しろらんかい)組長――本橋澪
「やっぱり……やくざ」
 自分の予想が当たってしまったことを知る。嫌なことはよく当たってしまう方だった。現実になってしまったことが数えきれないほどある。
「分かりきっていることだろう? 須田あかりさん」
「どうして、私の名前を?」
「領域(テリトリー)を荒らす人物を調べていないわけないだろう?」
「やくざはそこまでするのね」
 目の前の人物は常識がないのだと実感をする。
 一般人とは違うのだと自覚をした。
「それも、仕事のうちだ」
「最低」
「最低なのはどちらだろうな? 最初、私たちの領域を荒らしたのはそっちだろう? 好き勝手していたのは君の方だろう?」
「話にならないわ。あなたは私の生活を壊そうとしている。警察を呼ぶ」
「どうぞ? 呼ぶなら好きにすればいい」
「後悔しても知らないわよ?」
「後悔をするのは須田さんの方だと思うが」
「何が言いたいの?」
「意味が分かるから、かけてみればいい」
 あかりは携帯を取り出して一一〇にかける。

「はい。どうしました? 事件ですか? 事故ですか?」
「やくざに絡まれてどうしようもなくて、助けてください」
「相手の服装は?」
「黒のスーツに――」
 携帯を澪に取り上げられた。
「仕事の邪魔をされているのは、こちらなのだが」
「あなたは誰ですか?」
「私は本橋澪。 白蘭会の組長だ」
「し……失礼しました」
「私が言いたいことは分かるだろう?」
「ちょっ……どういうことですか!」
 あかりは思わず横から話に割り込んできて叫ぶ。
「その方の言うことを聞いていれば大丈夫ですから」
 スピーカーに設定を変えたらしく、警官の慌てた声が聞こえてくる。
「だ、そうだ」
 携帯を切りあかりに携帯を突き返す。
 警察も使えないなんて、信じられない。
 市民を守れなくて何のための警察なのだろうか?
 そんな言葉があかりの脳裏をよぎる。
「特別に教えてやろう。事件全般の指揮権、捜査権は持っていないが、警備は我々白蘭会が受け持っている」
 それは、代々本橋家の者が築き上げてきた信頼関係でもあった。
「警察と癒着しているということですか?」
「癒着とは言い方が悪い。提携と言ってくれ」
 一台の高級車が音もなく止まった。運転席から降りてきた青年がドアを開ける。その仕草はとても、綺麗なものだった。
 まるで、映画やドラマに出てくる執事のように見えた。
「送っていく」
「結構です」
 あかりは差し出された澪の手をはじいて歩き出す。下手な注目を浴びたくなかった。澪は興味をなくしたといわんばかりに車に乗り込む。
 澪を乗せた車は滑らかに走り出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について

おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。 なんと、彼女は学園のマドンナだった……! こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。 彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。 そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。 そして助けられた少女もまた……。 二人の青春、そして成長物語をご覧ください。 ※中盤から甘々にご注意を。 ※性描写ありは保険です。 他サイトにも掲載しております。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

【短編集】こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...