下弦の盃(さかづき)

朝海

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第二章「輪舞(ロンド)」

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『本橋要』
 澪の従姉妹――菊池那智(なち)は、携帯のディスプレイに出た名前に、読んでいた本の手を止めた。本を閉じて電話に出る。
『こんな時間にどうした? 要』
<俺は白蘭会を抜けようと思う。そして、自分の会を立ち上げる>
『お前のところ仲がよかっただろう?』
<表面上だ。俺は家族ごっこにうんざりしている。甘いあいつらのことなんて嫌いだ>
 いつからか、家族と距離を取りたがっている自分がいた。息苦しさを感じていた。いるべき場所はここではないと、本能が訴えていた。
もっと、もっと、自由な場所へ――。
 欲望に忠実に。
 もう、自分を作り上げなくてもいいのだ。
 気にすることなく、好きに生きていけばいい。
 両親と澪がいる限り、この願いが叶うことはないだろう。ならば、自らの手で本橋家を潰してしまえばいい。
 跡形もなく消してしまえばいい。
 新しい形のやり方で全てを変えていく。
 世界を築き上げていく。
『澪たちと戦うということか?』
<そうだ。那智はどうする? お前に残された道は二つ。聞いたからには俺の手をとるか。このまま、澪に従うのか>
『要。私はお前といこう』
<下を見てみろ>
 カーテンを開けるとすでに要の姿がある。
『待っていろ。すぐにいく』
 那智は簡単に荷物を纏めると、身支度を整える。

「要」
「那智」
「お前の苦しみに気づいてやれなくてすまない。従姉妹として近くにいたのに。私はつらい」
 那智は要の胸を拳で叩いた。
 ポロポロと大粒の涙を流す。
 幼い子供のように泣きじゃくる那智を要は抱きしめた。
 そう。
 これも、演技の一つでしかない。
 腕の中で気づかれないように嘲笑う。
「泣くな――那智」
 要は那智の涙が落ち着いてから歩き出す。
「私は従姉妹失格だな」
「俺には那智がいる。それだけで、充分だ」
「あいつの視線はどうやって逸らしてきた?」
 あいつとは島本家の筆頭執事であり、本橋家最強と言われている島本瞬のことである。
「島本にはわざと海外出張に行かせた」
「その隙を狙って襲撃をするというわけか」
「気が付かれたとしても、完璧主義の男だ。任務を与えると帰っては来ない」
「行く当てはあるのか?」
「利用していない本橋家の別荘がある。ここだ」
「綺麗にしてあるな」
 住宅街から少し歩いたところに、本橋家の別荘は立っていた。那智は椅子に座る。食料や生活雑貨も揃っていた。要が大学の帰りに用意したのである。

 あれから、数か月――勢力を拡大し、要が率いる蒼蘭会の名前は、徐々に知られるようになってきていた。
 有名になってきていた。
(澪のプライドを粉々にしてやる)
 澪が立ち直れないよう完膚なきまでに、叩き潰すつもりでいた。
 邪魔者を排除するつもりでいた。
「この日を楽しみにしておりました」
「那智」
 要は那智に木箱を渡す。
 那智は木箱を開けた。
 竜の絵が描いてあるピアスが入っている。
 菊池家の紋章――蓮の絵が描いてあるピアスを外した。蒼蘭会のピアスをつける。ここまでは、うまく要を転がすことができている。
 潜入の任務としては順調だった。
 そのために、体を捧げてもよかった。
 待って、待って、待ち続けて。
 情報を少しずつ警察側に流しながら、準備を進めてきた。
 那智の願いとしては一つだけ。
 要の絶望する顔が早く見たい。
 彼は優しかった正と優里を殺したのだ。
 自分にとって唯一の家族だったのに。
 本音を言える人たちだったのに。
 要はそんな人を容赦なく奪っていった。
 海外での任務が終わってから、二人が亡くなったと聞かされてあの時の悔しかった気持ちは忘れない。
 忘れることはできないだろう。
 要の組織に潜入している理由は、復讐の他に澪の両親を助けることができなかった、那智なりの償いでもあった。
「要様。組長としてつけてくれますか?」
「来い――那智」
 要は慣れた様子でピアスを通していく。
「似合っていますか?」
「よく似合っている」
「このピアスがある限り、私は要様を裏切りません」
「誓えるか?」
「私はここで誓います」
 要は那智に手を差し出す。
 那智はその手をとった。
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