下弦の盃(さかづき)

朝海

文字の大きさ
10 / 20

第九章「小さな変化」

しおりを挟む
「私には関係ありません。巻き込まないでください」
 あかりは思わず溜息をつく。
「抗争を見た時点で巻き込まれています。それとも、自分で自分の身を守れるとでも?」
 確かに、文の言葉は的確である。澪たちに守られて今のあかりに戦う力はない。文の言葉に車に飲み込む。悔しいが従うしかなかった。
「話してください」
「白蘭会は緊急事態を除いて、武器を持たずに話し合いで解決することを主旨としている団体です」
「穏健派ということですか?」
「はい。澪様が武器を持たずに、戦う姿をあなたも見ているでしょう?」
 助けてもらったあの時、澪は武器を持っていなかった。身のこなしとしては空手だろう。テレビで空手の大会を少しだけ見たことがある。しかも、それなりの段の有権者だろう。そうでなければ、あそこまで戦えない。
「空手ですか?」
「よくお分かりで。私も私の兄も皆、武術を心得ています」
「でも、本橋さんも二十五・六ですよね? まだ、両親が生きていてもおかしくはないはずです」
 あのような若い歳でやくざとはいえ家業を継ぐ方が珍しい。いくら、穏健派といえども、中で争いが起こっていてもおかしくはないはずだ。
「それは」
「野田さん?」
 もしかして、聞いてはいけない質問だったのだろうか?
 知られたくないことだったのだろうか?
「ご両親はすでに他界されております。澪様はご両親の思いを引き継いでいらっしゃいます」
「申し訳ありませんが、隠し事をするぐらいなら信じるに値しません」
 そのような人物が自分を守れるだろうか?
 あかりは警護される身として不安になる。
 心配にあり心細くなった。
「どう考えるかは須田さん次第です」
「野田さんも本橋さんと同い年ぐらいですよね? なぜ、この世界に?」
 見た目は普通の会社員にしか見えない。
 普通の日々を捨ててまで、過酷な場所に足を踏み入れたのだろうか?
「私たち兄妹は施設から脱走したところを澪様に助けてもらったのです」
 海外からの仕事を終えた涼を、紹介してもらったのはつい最近のことだった。
「施設にいた方が幸せだったのでは?」
「施設にいても楽しくなかった。私は兄とともに、偶然澪様と出会い尽くすことを決めました。だから、私はここにいるのです。それが、私たちの生きがいなのです」
 車が澪のマンションに到着する。あかりは用意された部屋に入ると体をベッドに投げ出した。

 数か月後――。
「あれ? 本橋さんと野田さん?」 
 あかりは学校帰りの車の中で、澪と涼を見つけた。子供たちと一緒に遊んでいる。懐いているのか子供たちも澪と涼の傍にいた。二人に笑顔を見えた。普段、見ることができない涼と澪の姿だった。
(あの二人、あんな表情もできるのね)
 あかりにとっても、新鮮だった。仕事中には見せない柔らかな空気である。あかりとしては、自然と引き寄せられる何かがあった。
「ここは、白蘭会が経営している孤児院だわ」
「文が言っているのは仕事が一つではないと?」
「ええ。その他にも障害者のグループホームの経営をしていたりするのよ」
 文とは敬語なしで、名前を呼べる仲になっていた。涼との区別をつけるという意味合いもある。あかりも涼よりも文の方が話しやすかった。今や頼りになるお姉さん的な存在になっている。
「本橋さん、笑っている」
「あれが、澪様の本当の笑顔だと思う?」
「どういう意味かしら?」
 今の笑顔が偽りだというのだろうか?
 作っているものだというのだろうか?
 付き合いが浅いあかりには分からない。判断ができなかった。二人が笑っているというのに、文の表情にはいつも以上に影をおとしている。
「私から話していいかは分からないけれど、澪様はお兄様に両親を殺されているの」
「お兄さんに?」
「それから、澪様は私たちの前でも笑わなくなったわ」
 澪から正と優里を奪った要が許すことができない。できれば、この手で殺してやりたい。めった刺しにしてやりたい。だが、澪はそのことを快く思わないだろう。
 部下の手が血で染まることを、誰よりも嫌っている人だから――。
「血のつながっている兄弟なのに? それこそ、話し合いで解決すればいいじゃない」
「要様に甘さは通用しないわ」
 両親の意思を大切にしていきたいというのが、澪の考えである。新しいやり方で切り開いていきたい要と思いがすれ違ってしまっていた。
 二人の道が交わることはなくなってしまう。
 残されたのは戦いのみ。
 刃を交わるのみ。
「兄弟で争うなんて私には考えられない。やっぱり、私はこの世界は嫌いだわ」
「ええ。嫌いなままでいいわ。澪様もあかりには染まらないと思っているはずよ」
「でもね、あなたたちのような人もいるのだと思えるようになったのは事実よ」
「ありがとう。その言葉、何だか告白みたいね。澪様に伝えたらどうかしら?」
「文」
 文の言葉にあかりは慌てる。完全にあかりをからかっていた。
 文があかりに心を開いている証拠である。
「あかりが素直になればいいじゃない」
「文。それ以上は言わないで」
「残念」
 あかりは流れていく風景を眺めた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

野球部の女の子

S.H.L
青春
中学に入り野球部に入ることを決意した美咲、それと同時に坊主になった。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...