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林間学校開始!

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「林間学校楽しみ~だな~♪」

 林間学校に向かうバスの中。
 東条はさも当然のように俺の隣に陣を取り、嬉しそうにパンフレットを広げていた。もはや突っ込む元気もなかった。
 番長との一件以来、東条は人目もはばからずにスキンシップを取ってくるようになり、片時も俺の傍を離れようとしなかった。どう見ても仲のいい同性の範疇はんちゅうを超えており、周りもざわつき始めていた。
 あれは三日前のことだ。
 東条は仲の良いクラスメイトの女子に問いかけられていた。

「東条君ってもしかして不知火君のこと、その……」

「うん。好きだよ。大好き」

「ええ! や、やっぱりそうだったんだ」

 決定的なその一言を言い淀んでいた女子生徒の言葉を、あっさりと代弁したのである。

「オイオイ不知火マジかよ」

 教室の往来で堂々と宣言されたため、クラスメイトが顔を青くしていた。
 『どういうつもりなのかしら?』 『確かに東条君は可愛い顔してるけどでも、ねぇ?』 『東条のこと女として見てんじゃねぇの?』 『最低だな!』 『羨ましい!』
 
 色んな噂話が嫌でも耳に入ってくる。我慢の限界だった。

「そういうんじゃねぇから!!」

 たまらなくなった俺は思わず自身の机をバンっと叩きつつ席を立った。
 ざわついていた教室がシーンと静まり返る。

「あ、あはは。もちろん冗談だよ。最近ほんとに仲良くなったけどね。友達だよ!」

 そんな最悪な空気を変えてくれたのは東条の一言だった。が、そもそも諸悪の根源は彼である。
 思わずムッっと東条を睨みつけた。すると東条は俺にだけ見えるようにウィンクしつつ、自身の顔の前で片手を添えてゴメンねとジェスチャーした。
 『な~んだ。ビックリしたぁ』『そもそもなんであの不知火なんだよって話』『でもそれにしては不知火君慌てすぎじゃなかった?』『あんま言い過ぎるとやべぇって。だってアイツさ……』
 
 また好き勝手に噂話が跋扈ばっこする。こういう流れは一度始まりだすと止められないことを、俺はよく知っていた。仕方なく頭をかきつつ黙って席についたのだった。

 そう。あんなことがあったのに、あったのに、だ。なぜこの男は自重しないのか? あれはほんとに冗談だったのかとの疑いの視線がバス中から突き刺さる。
 だいたいなぜか槍玉にあげられるのは常に俺なのだ。女として見ているだとか、東条の気持ちを弄んでいるだとか、ブサメンのくせに、だとかもう好き放題もいいとこである。俺から東条に対して絡んだことなど一度もないのに。

「あっこれ美味しい! アキラ君も食べる?」

 そんな俺の心境なんぞどこ吹く風。東条はそうして食べかけのポッキーを目の前に差し出してくるのだ。

「確かに旨いな」

 無心でポッキーを咥え、ぼりぼりと咀嚼する。正直味なんてほとんどわからない。
 ただここでもらわなかったり、無視したりするのは逆効果だ。俺へのヘイトが高まるのは目に見えてる。だが食べたら食べたで黄色い声もあがるもんだから手に負えない。
 そんなこんなで林間学校までの地獄の道中は続いたのだった。

 林間学校は福島県の舘岩で二泊三日で行われる。もう六月に入り、都内では蒸し暑くなってきたころだがここは避暑地ということもありまだ涼しい。むしろ夜は肌寒いぐらいだという。
 現地に到着したのは昼過ぎだった。バスを降りるとまずは宿舎まで手荷物を運ぶこととなった。
 都会の喧騒を離れ、緑生い茂る木々に囲まれた空気は澄んでおり、鉄筋に囲まれた暮らしの俺たちからするとその環境はかなり新鮮だった。
 バス停から宿舎までは歩いて五分程だった。その道中も木々の隙間から山中に見える鳥居の存在やキツネなどの野生動物の発見に、心躍らずにはいられない。
 のだが……。

「アキラ君アキラ君! 見てよあれ! リスがいるよ!」

 隣にこの男さえいなければ……。
 周りは変な気を使ってか俺たちに干渉しない距離感を取り始めている。
 あどけない顔をしつつ、こういう状況も含めてすべて計画通りというのがこの手の男(弟の進から得た経験則による)だ。
  ちなみに進だが、最近常に女の匂い(東条のものと思われる)をまとわせて帰るせいか時折包丁が飛んでくるようになってきている。こないだは飛んできた包丁が俺の顔をかすめ、壁に突き刺さる案件があったぐらいだ。
 
「兄さん、俺もう、そろそろ……危ないよ?」

 瞳のハイライトを消失させる得意技を使って俺を追い込むやり方は東条に似ている。
 ま、まぁ軽い、軽い事故だよねあれは!! そうしておこう。そういうことにさせてくれ。

 宿舎に着くとクラス混同でいくつかの大部屋にランダムで生徒たちが割り当てられた。
 今回の林間学校ではクラスの垣根を超えた交流を図ることも目的としているらしく同部屋のメンバーはほとんど顔も知らない連中だった。幸い東条は別の部屋に割り当てられたらしい。
 ……。
 いや違った。最近見知った顔が、いた。そして目が合ってしまった。

「よぉ」

 番長である。
 林間学校は私服でいいというのに相変わらず裸学ランにボロボロの学帽、下駄である。番長の周りだけ人がはけており、異様な程のパーソナルスペースを確保している。

「ここ、空いてるぜ?」

 いつかの保健室でのことのように、あぐらをかいた番長がその横をポンポンと叩いた。

「いやでもなんか悪いし俺は向こう行くよ」

「……」

「あの~、浦島君?」

「……」

 デジャブかよ! なんで何も言わずにポンポン叩き続けるのさ。怖いんだよそれ!!

「じゃ、じゃあ失礼するよ」

 もしかしたら番長は良い人なのかもしれないとの希望的観測を俺は未だ捨てきれずにいた。恐怖を拭いその隣に腰かける。

 『勇者だ! 勇者がいるぞ』『浦島のこと怖くないのかよ』『あいつ四組の不知火だぜ? ほら例の』『ああ。あの両刀使いって噂の?』『いやそれだけじゃねぇよ』『もしかして浦島とも関係持ってたり?』
 
 ……。
 聞こえてる。聞こえてるよ君たち。せめて聞こえない声で頼むよ。俺はいいけど頼むから番長のこと刺激すんなよ!!

 荷ほどきを終えると20人は入る大部屋の三分の一近くを俺と番長のみで占拠する羽目になっていた。もういいやなんでも。
 五分程で館内放送が始まり、食堂まで来るようアナウンスが入った。昼食である。

「行くぞ不知火」

「う、うん」

 なぜか当たり前のように番長に声をかけられ、一緒に食堂までいくことに。同部屋の人間は俺たちから10歩程下がってついてくる。
 俺たちの部屋は二階にあり、食堂は地下一階にあるのだが、道中で一階にある大浴場の入り口がチラリと見えた。番長は足を止めてその入り口を睨むとクックック、と笑い出す。
 
 くそったれめ! とうとう始まりやがったか!? 番長特有の発作か!?
 などと警戒していると番長に肩をポンポンと叩かれた。

「もう糸くずなんぞ絡ませてんじゃねぇぞ」

 どうやら思い出し笑いだったらしい。大浴場を見て俺のナニを連想されるのも気味が悪かったが、番長のツボもよくわからなかった。
 そんなこんなで食堂に一同が着くと学年主任の挨拶が始まる。

「……では皆さん林間学校だからといって羽目を外し過ぎないように。ルールを守って楽しい思い出を作っていきましょう。ぜひぜひこの機会に普段関われない仲間との交流を通じて人間的に成長していってください。まぁ硬い挨拶はこれぐらいにして、もう皆さんお腹も空いてるでしょうから食べましょうか。いただきます」

 先生の音頭で昼食が始まった。と、番長は目の前の食事を一分とかからず完食していた。よく見ていなかったが素手で食べていたような気もする。この男は本当に人間なのだろうか?

「どうした不知火?」

「い、いや、なんでもないよ」

 こうして始まった林間学校。二泊三日。男子同士が同じ屋根の下で何もおこらないはずはなく……。
 果てして東条から離れることの出来た現状が吉と出るか、凶と出るのかや如何に。
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