42 / 50
第一章
第四十二話 魔王、二つ名をつける
しおりを挟む
コウガの前に立つは、曲刀を構えた悪魔、アドラ。
オリヴィスの前に立つは、鞭を持つ悪魔、ミミドラ。
どちらも、他の悪魔たちとは明らかに格が違う。
間違いなく、S級相当の実力があるだろうと思われた。
アドラが、不意にコウガに笑顔を向ける。
「へへへ、面白いじゃんか。なぁ、あんた、教えてくれよ」
「……なんだ?」
「あっちのエルフは【エルフの至宝】。そっちの女は……確か、【聖拳】っていうんだろ?あんたは、なんて二つ名なんだよ??」
「む?……ぐむ」
痛いところを突かれ、黙り込んでしまうコウガ。
「あん?聞こえなかったか?二つ名だよ二つ名。こっちの世界じゃ、強い奴は必ず持ってるもんなんだろ?」
「むむむ……」
「え?もしかしてあんた、二つ名無いの?あんただけ?なんだよー、雑魚なの??うわ、つまんねー」
「ざ、雑魚ではない!!」
「じゃあ二つ名あるだろ?教えてくれよ」
「うぐ、その……お、お嬢様!!」
コウガが必死の形相でエリスの元へ駆け寄っていく。
「あ?なんじゃ??」
「俺に!俺に今すぐ、二つ名をください!!」
「……は?そんなもの、別に今でなくとも……」
「いえ!今なのです!聖女第一の騎士たるこの俺が、悪魔に舐められるわけにはいかないのです!なんでも構いません!二つ名をください!!慎んでお受けします!」
「二つ名ってそういうものではないような……まぁよいわ。それでは……そうじゃなあ……」
エリスは頬に指を当て、目を閉じて思案する。
――前世では、こやつは確か【嘆きの剣】などと呼ばれていたのじゃ。今はとてもそんな感じではないからのぅ……。
これまでのコウガの行動。人となり。そして実力。それらをしっかり考慮して、エリスの頭に閃いたのは……
「【変態】でどうじゃ」
「なっ!?」
「【エルフの至宝】ウィスカー、【聖拳】オリヴィス、【変態】コウガ……ううむ、他に比べて少し語呂が悪いのう。そうじゃ、【変態騎士】にするか?」
「【変態騎士】!?」
コウガが叫んだのを最後に、しん……と、辺りが静寂に包まれた。
必死に笑いを堪えているのは、オリヴィスだ。
……少しして。
居た堪れない顔で、アドラが恐る恐る口を開いた。
「うん……あの、なんか、余計なこと言って悪かったな?」
「ええい!悪魔が謝るな!!」
「ぬ?なんじゃ、気に入らなかったか?今のお主にピッタリじゃと思ったのじゃが」
「いえ!さすがお嬢様!抜群のセンスです!ただ、今の俺にはまだまだ勿体無く!!今は慎んで遠慮させていただきます!」
コウガは、アドラへと振り返ると半ばヤケクソ気味に吼えた。
「いくぞ悪魔め!聖女第一の騎士であるこのコウガが、天誅を下してくれる!!!!」
……全くの無駄な時間を経て、ついに二人の戦いが始まった。
「……なんだかわからないけど、あっちは始まったようね」
「ぷくく……変態……お嬢様、マジ最高だぜ。あー、腹いてぇ。……さて、こっちも始めるかい?」
「いいわよ。【聖拳】……だっけ?うふふ、楽しませてね。期待してるわ」
「へっ、すぐに後悔するぜ?こちとら生憎と、手加減できねぇんでな」
「手加減なんていらないわよ。……ワタシのほうが、ずっと強いもの」
言い終わると同時、ミミドラの鞭が大気を裂いた。
超速で襲いかかる鞭の先端を紙一重でかわすと、オリヴィスが静止状態から一気に駆け出す。
強靭な脚力が強大な推進力を生み出し、オリヴィスは一瞬でトップスピードに達した。
刹那で懐に入られたミミドラは一瞬ギョッとした顔をしたが、繰り出された正拳突きを冷静に背を逸らして回避する。
と同時に、手元をひねる動きで鞭の先端を引き寄せ、オリヴィスの背後から強襲を仕掛けた。
踏み込みの衝撃でわずかに硬直時間が生まれていたオリヴィスは、死角から放たれた超音速の一撃をとっさの横っ飛びで回避するも、足がわずかに触れ、皮膚を裂かれる。
「ちっ!」
鮮血が宙を舞った。
前転しつつ距離を取ろうとするが、間髪入れずに襲いくる鞭がオリヴィスの行く手を阻む。
しなる鞭はまるで生き物のように、変幻自在にその軌道を変え、次の一撃を予測させない。
オリヴィスはなんとか体勢を整えると、首を狙う攻撃をすんでのところで掻い潜って、再びミミドラの懐に飛び込もうと地を蹴った。
しかし、その先に、先程かわしたはずの先端が現れる。虚を突かれたオリヴィスは肩を強かに打ち据えられ、地面に叩きつけられた。
「……うぐぐ、いってぇー!」
「うふふ、どうしたの?こんな程度かしら?」
地に這いつくばりながらオリヴィスが目線を上げる。
「げっ……二本!?」
オリヴィスが驚きの声を漏らす。
先ほどまで、ただの一本の鞭だったものは、いつの間にかミミドラの手元から分岐して、二本となっていた。
「そうよ?悪魔の鞭が、普通の鞭なワケ、ないじゃない。でも、こんなので驚かないでよ。ほら、ほら、ほらー」
ミミドラが手首をひねるたび、新たな鞭が、触手のようにズルリと生え、それぞれが意思を持っているかのように、ウネウネと動き出す。
それは次々と数を増し……最終的に、九本もの鞭が、ミミドラの手元から踊っていた。
「おいおい、マジかよ……」
大きく裂かれた肩の傷を押さえながら、凍りついた顔でオリヴィスはヨロヨロと立ち上がる。
「うふふ。その表情、とってもいいわぁ……。さぁ……二回戦に行きましょう?」
金属と金属が激突する鈍い音が、幾度も庭園にひびきわたる。
コウガとアドラは、互いに一歩も引くことなく、正面から切り結んでいた。
すでに数十合は展開された撃ち合いは、その一撃一撃全てが必殺であり、ぶつかるたびに衝撃で押し出された空気が土煙を巻き上げる。
「へへへ!やるじゃんか!」
「ふん!貴様こそな!」
「これで二つ名が無いなんて信じられねぇぜ!なんなら俺がつけてやっても……」
「二つ名のことはもう言うな!!」
一際大きい衝突音が響いた後、二人は互いに距離を取った。
「……ああ、久しぶりに楽しい時間だぜ。まさか人間でこんな凄腕がいるなんてな」
「……ふん」
割と素直に褒めるアドラに、少しだけ気分が良くなったコウガ。
「けど、さ。いつまでも遊んでらんねーんだ。仕事はちゃんとしないとな」
「お嬢様に、危害は加えさせんぞ」
コウガは剣を握り直す。
「ま、んじゃあ、気張って止めてみてくれよ」
刹那。
アドラから、先ほどまでとはまるで別物の、巨大なプレッシャーが放たれた。
「うぐっ!?」
ゴキゴキと、アドラの身体から異音が聞こえ始める。
少年のようだった体つきは、みるみるうちに成長し……そしてすぐに、オーガほどの巨躯にまで到達した。
筋肉は膨張し、全身に黒い複雑な紋様が浮かび上がる。
その異常な成長に合わせるように、握っていた曲剣も巨大化を始め、すぐに大木のような大剣へと変化した。
「こ、これは……!」
コウガが思わず後ずさる。
黒い瘴気を吐き出し、全身に圧倒的な魔力を漲らせながら、アドラはニヤリと口元を歪めた。
「さあ……行くぜ」
直後。
眼にも止まらぬ超スピードの斬撃が放たれた。
辛うじて剣の腹で受けるが、信じがたい膂力の一撃に、コウガは足でこらえることが出来ず吹き飛ばされる。
弾かれた空気は衝撃波となり、周囲の植木をズタズタに刈り取った。
受身を取る余裕すらなく、地面に打ち付けられたコウガは、苦しそうに息を吐き出す。
「ふー、やっぱりこの身体じゃ面白くねぇなあ。ぜーんぶ壊しちまうもんなぁ……まぁ、いいや。これ以上長く戦ってもつまんねぇし、もう、終わりにしようぜ」
オリヴィスの前に立つは、鞭を持つ悪魔、ミミドラ。
どちらも、他の悪魔たちとは明らかに格が違う。
間違いなく、S級相当の実力があるだろうと思われた。
アドラが、不意にコウガに笑顔を向ける。
「へへへ、面白いじゃんか。なぁ、あんた、教えてくれよ」
「……なんだ?」
「あっちのエルフは【エルフの至宝】。そっちの女は……確か、【聖拳】っていうんだろ?あんたは、なんて二つ名なんだよ??」
「む?……ぐむ」
痛いところを突かれ、黙り込んでしまうコウガ。
「あん?聞こえなかったか?二つ名だよ二つ名。こっちの世界じゃ、強い奴は必ず持ってるもんなんだろ?」
「むむむ……」
「え?もしかしてあんた、二つ名無いの?あんただけ?なんだよー、雑魚なの??うわ、つまんねー」
「ざ、雑魚ではない!!」
「じゃあ二つ名あるだろ?教えてくれよ」
「うぐ、その……お、お嬢様!!」
コウガが必死の形相でエリスの元へ駆け寄っていく。
「あ?なんじゃ??」
「俺に!俺に今すぐ、二つ名をください!!」
「……は?そんなもの、別に今でなくとも……」
「いえ!今なのです!聖女第一の騎士たるこの俺が、悪魔に舐められるわけにはいかないのです!なんでも構いません!二つ名をください!!慎んでお受けします!」
「二つ名ってそういうものではないような……まぁよいわ。それでは……そうじゃなあ……」
エリスは頬に指を当て、目を閉じて思案する。
――前世では、こやつは確か【嘆きの剣】などと呼ばれていたのじゃ。今はとてもそんな感じではないからのぅ……。
これまでのコウガの行動。人となり。そして実力。それらをしっかり考慮して、エリスの頭に閃いたのは……
「【変態】でどうじゃ」
「なっ!?」
「【エルフの至宝】ウィスカー、【聖拳】オリヴィス、【変態】コウガ……ううむ、他に比べて少し語呂が悪いのう。そうじゃ、【変態騎士】にするか?」
「【変態騎士】!?」
コウガが叫んだのを最後に、しん……と、辺りが静寂に包まれた。
必死に笑いを堪えているのは、オリヴィスだ。
……少しして。
居た堪れない顔で、アドラが恐る恐る口を開いた。
「うん……あの、なんか、余計なこと言って悪かったな?」
「ええい!悪魔が謝るな!!」
「ぬ?なんじゃ、気に入らなかったか?今のお主にピッタリじゃと思ったのじゃが」
「いえ!さすがお嬢様!抜群のセンスです!ただ、今の俺にはまだまだ勿体無く!!今は慎んで遠慮させていただきます!」
コウガは、アドラへと振り返ると半ばヤケクソ気味に吼えた。
「いくぞ悪魔め!聖女第一の騎士であるこのコウガが、天誅を下してくれる!!!!」
……全くの無駄な時間を経て、ついに二人の戦いが始まった。
「……なんだかわからないけど、あっちは始まったようね」
「ぷくく……変態……お嬢様、マジ最高だぜ。あー、腹いてぇ。……さて、こっちも始めるかい?」
「いいわよ。【聖拳】……だっけ?うふふ、楽しませてね。期待してるわ」
「へっ、すぐに後悔するぜ?こちとら生憎と、手加減できねぇんでな」
「手加減なんていらないわよ。……ワタシのほうが、ずっと強いもの」
言い終わると同時、ミミドラの鞭が大気を裂いた。
超速で襲いかかる鞭の先端を紙一重でかわすと、オリヴィスが静止状態から一気に駆け出す。
強靭な脚力が強大な推進力を生み出し、オリヴィスは一瞬でトップスピードに達した。
刹那で懐に入られたミミドラは一瞬ギョッとした顔をしたが、繰り出された正拳突きを冷静に背を逸らして回避する。
と同時に、手元をひねる動きで鞭の先端を引き寄せ、オリヴィスの背後から強襲を仕掛けた。
踏み込みの衝撃でわずかに硬直時間が生まれていたオリヴィスは、死角から放たれた超音速の一撃をとっさの横っ飛びで回避するも、足がわずかに触れ、皮膚を裂かれる。
「ちっ!」
鮮血が宙を舞った。
前転しつつ距離を取ろうとするが、間髪入れずに襲いくる鞭がオリヴィスの行く手を阻む。
しなる鞭はまるで生き物のように、変幻自在にその軌道を変え、次の一撃を予測させない。
オリヴィスはなんとか体勢を整えると、首を狙う攻撃をすんでのところで掻い潜って、再びミミドラの懐に飛び込もうと地を蹴った。
しかし、その先に、先程かわしたはずの先端が現れる。虚を突かれたオリヴィスは肩を強かに打ち据えられ、地面に叩きつけられた。
「……うぐぐ、いってぇー!」
「うふふ、どうしたの?こんな程度かしら?」
地に這いつくばりながらオリヴィスが目線を上げる。
「げっ……二本!?」
オリヴィスが驚きの声を漏らす。
先ほどまで、ただの一本の鞭だったものは、いつの間にかミミドラの手元から分岐して、二本となっていた。
「そうよ?悪魔の鞭が、普通の鞭なワケ、ないじゃない。でも、こんなので驚かないでよ。ほら、ほら、ほらー」
ミミドラが手首をひねるたび、新たな鞭が、触手のようにズルリと生え、それぞれが意思を持っているかのように、ウネウネと動き出す。
それは次々と数を増し……最終的に、九本もの鞭が、ミミドラの手元から踊っていた。
「おいおい、マジかよ……」
大きく裂かれた肩の傷を押さえながら、凍りついた顔でオリヴィスはヨロヨロと立ち上がる。
「うふふ。その表情、とってもいいわぁ……。さぁ……二回戦に行きましょう?」
金属と金属が激突する鈍い音が、幾度も庭園にひびきわたる。
コウガとアドラは、互いに一歩も引くことなく、正面から切り結んでいた。
すでに数十合は展開された撃ち合いは、その一撃一撃全てが必殺であり、ぶつかるたびに衝撃で押し出された空気が土煙を巻き上げる。
「へへへ!やるじゃんか!」
「ふん!貴様こそな!」
「これで二つ名が無いなんて信じられねぇぜ!なんなら俺がつけてやっても……」
「二つ名のことはもう言うな!!」
一際大きい衝突音が響いた後、二人は互いに距離を取った。
「……ああ、久しぶりに楽しい時間だぜ。まさか人間でこんな凄腕がいるなんてな」
「……ふん」
割と素直に褒めるアドラに、少しだけ気分が良くなったコウガ。
「けど、さ。いつまでも遊んでらんねーんだ。仕事はちゃんとしないとな」
「お嬢様に、危害は加えさせんぞ」
コウガは剣を握り直す。
「ま、んじゃあ、気張って止めてみてくれよ」
刹那。
アドラから、先ほどまでとはまるで別物の、巨大なプレッシャーが放たれた。
「うぐっ!?」
ゴキゴキと、アドラの身体から異音が聞こえ始める。
少年のようだった体つきは、みるみるうちに成長し……そしてすぐに、オーガほどの巨躯にまで到達した。
筋肉は膨張し、全身に黒い複雑な紋様が浮かび上がる。
その異常な成長に合わせるように、握っていた曲剣も巨大化を始め、すぐに大木のような大剣へと変化した。
「こ、これは……!」
コウガが思わず後ずさる。
黒い瘴気を吐き出し、全身に圧倒的な魔力を漲らせながら、アドラはニヤリと口元を歪めた。
「さあ……行くぜ」
直後。
眼にも止まらぬ超スピードの斬撃が放たれた。
辛うじて剣の腹で受けるが、信じがたい膂力の一撃に、コウガは足でこらえることが出来ず吹き飛ばされる。
弾かれた空気は衝撃波となり、周囲の植木をズタズタに刈り取った。
受身を取る余裕すらなく、地面に打ち付けられたコウガは、苦しそうに息を吐き出す。
「ふー、やっぱりこの身体じゃ面白くねぇなあ。ぜーんぶ壊しちまうもんなぁ……まぁ、いいや。これ以上長く戦ってもつまんねぇし、もう、終わりにしようぜ」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
230
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる