獄牢町

ワイヤー・パンサー

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獄牢町

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(旅行ガイドが話している)


 みなさん。おはようございます。目の前をごらんください。あれが「獄牢空間」と呼ばれる世界です。通称「獄牢町」です。そうです。何もないですね。ただ、それでも高等な生物は生きています。私たちと同じく人間と呼ばれています。
 この世界には幼稚学校、小学校、中学校、高等学校、大学、大学院、専門大学校があり、すべての人間が幼稚学校から順々に学業を重ねていくわけです。
「…………?」
 はい。犯罪を犯した者の用意もできております。少年院、刑務所がありますし、もちろん警察、裁判所もあります。この少年院と刑務所は年齢で分けているだけで、内部の厳しさはそれほど変わりません。赤ん坊でも犯罪を犯せばすぐに少年院へ連れて行かれます。最近は少年院に入った赤ん坊が栄養失調で死亡してしまうなどということが問題となっております。少年院や刑務所をひっくるめて俗に牢獄施設と言ったりします。これから少年院と刑務所の両方をまとめて言うときは、「牢獄施設」という言葉を使わせていただきます。
 さて、この牢獄施設に入れられた囚人は、数ヵ月から数十年以内に、心を入れ替えたことを所長に示さなければなりません。もし、それができなかったときは、死刑、となります。ですから囚人は死に物狂いで所長に気に入られようとします。囚人によっては隠した盗品の一部を渡したりするそうです。それが理由かどうかは知りませんが、所長となった人はいつも金に困らないそうです。現在はそれが問題となり、徐々に改善しているらしいですが、まだまだかかりそうです。
 また、牢獄施設を出所した者に対して、犯罪を犯した過去を消したりする配慮がなされないため、ほとんどの者は仕事に就けず、ホームレス生活をしたり、再び犯罪に走るなどしているようです。この世界ではホームレスと犯罪者は増加の一途をたどっています。これについても色々と対策を講じているようですが、ほとんど効果はないようです。
「…………」
 あっ、そちらは危ないですよ。暴動地域です。
「…………!?」
 はい。では、暴動地域について説明しましょう。ここから北に行くと、暴動地域となります。ちなみに、暴動地域という名前は俗称ではなく、正式名称です。なぜそういう名前になったかと言うと、暴動が多いという単純な理由です。また、夜には暴動族、暴走族、暴力団が徘徊するという情報です。暴動族という言葉は私も初めて聞きましたので、どういうものかは分かりません。ただ危険であることは確かでしょう。暴動地域には気軽に入らないようにお願います。
「――――」
 私も話すのが疲れてまいりました。今日のお客さんは集中力が強大で、圧倒されてしまいました。そういうことですので、私は少し休憩を取らせていただきます。


(まわり、静かなまま)
(旅行ガイド、イスに座り、ウーロン茶を飲む)
(しばらくたつ……)


 さて、皆さん。何か質問はないでしょうか?
「…………。……………、………………………
 ……………………………………………………
 ……………………。…………………………?」
 とてもお詳しいのですね。分かりました。ではそのために、いったん話を戻しましょう。幼稚学校、小学校、中学校、高等学校、大学、大学院、専門大学校に関係することを話します。
 これらは順に入学し、卒業し、入学し、卒業……と繰り返すわけですが、もちろん試験があります。この試験というのが長いんですよ。だいたいどの試験でも一ヵ月以上はかかります。内容は、例えば小学校入学時の試験ならば、幼稚学校の全内容、中学校入学時の試験ならば幼稚学校と小学校の全内容……というように、今まで習ったほぼすべてが出題される仕組みです。ですから一ヵ月以上という長い期間が必要なのですね。ですが……、一ヵ月の緊張に耐え切れなくなって貧血等、体調が悪くなって倒れる生徒が毎年増えています。そして酷なことに、試験を途中で退席したり、あるいは試験に合格できないときは、幼稚学校からやり直しになるのです。つまり専門大学校入学試験に一回でも落ちれば、幼稚学校にまで戻らなくてはならないということなのです。
「…………!」
 専門大学校に入学せず、大学院卒業して会社に行ってもいいじゃないか。……同感です。しかし、この世界ではダメなんですね。幼稚学校から専門大学校まで卒業しなければ会社に就いてはダメだというのです。何度もこの法律を変えようという話があがるのですが、いつもいつもその案が取り消されます。勉学大臣のラーグンという人間が原因らしいです。どういう人間かと言うと、この人の言葉を引用すれば大体分かると思います。「不良品は捨て、良質なものを得たいのだ」、「私は奴隷制度復活を望んでいる」、「人間は戦争よって歴史を作ってきた。人間に戦争は不可欠なのだ」、「人は傷つくことにより、抵抗してはならないことを知る」、「一人を殺したのなら、その家族、親族、友人も殺さなければならない」
 私たちの世界で、このような人間の思うがままになってなくて本当に良かったと思っています。……皆さん気分が悪くなったようですね。では先ほどのラーグンと対立しているヘルスの言葉も引用してみましょう。「人間に良いも悪いもない。それは見ている側が勝手に決めているだけ」、「奴隷制度は望まない。人間は物でも道具でもない」、「戦争の歴史は過去の歴史。これからは戦争のない世界を作る」、「人は傷つけ支配しても、それは一時のこと。いつか傷つけた本人が苦しむことになる」、「一人を殺したからって、さらに殺さないで。そこで思いとどまってほしい……」
 現在この二人の論争があり、悪くも良くも社会に影響を与えています。
 ところでこのような世界の仕組みから、幼稚学校だけに人があふれ、会社のほうは人材不足という状態が慢性的です。次第にこの世界から人は遠ざかっていくでしょう。

 では、がんばって生きてください。
「…………!?」
 はい。そうです。この世界でです。私はあなたたちをここまで運ぶ役です。あとは自分で歩いてください。
「…………!!」
 そうですか……。では、籠ごとあなたたちを置いていきます。さようなら。
「!?」

(旅行ガイド姿の人間が消え、白いもやたちが途方もなく残る)


(どこか遠い場所で)

「そうか……。置いてきたか」
「はい。自分たちが退廃させた世界です。自分たちでどうにかさせればいいわけです」
「どうだろうな。うまくいくだろうか」
「うまくいかないときは、また運んできますよ。責任を果たしていない者はまだまだたくさんいますからね……」



         2006/10/27
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