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第三章 翔との別れ

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 遠慮がちに、でも翔に聞こえるように声を掛けた。

かける。迎えが、来たよ」

 翔は肩を小さく揺らすと、俯いた。翔の制服を掴んでいた京ちゃんの手に力が込められ、ギュッと皺が寄る。

「あぁ」

 小さく呟いたものの動く気配を見せない翔の肩に、優しく触れた。

「待ってるよ、翔のこと。京ちゃんには、私がついてるから。お願い、行って」

 京ちゃんみたいに、お父さんとお母さんとあんな形で別れるような思い、翔に味わって欲しくない。今、講堂の出口で待っているはずの翔の親は、彼が来るのを今か今かと不安を胸に待っているはず。

 お願い、京ちゃん。不安で、寂しくてたまらない気持ちは分かるけど、翔を解放してあげて。親の元に、行かせてあげて。

 祈りながら、ふたりを見つめる。

「ッッかけ、る……ウッ……行か、ないで……ウッ、ウッ……そばに、いて……お願……ウゥッ」

 嗚咽と共に漏れた京ちゃんの言葉は、私の期待していたそれとは違っていた。

「京、子」

 泣いてるんじゃないかと思うぐらい、押し潰したような翔の声。こんな切ない声、聞いたことなかった。

「2年1組吉田翔!! お母さんが待っています。至急出口に来なさい!!」

 急き立てるような先生の声がキーンというスピーカー音と共に耳を揺らす。翔は唇を噛み締めた。

 今度は遠慮なんかせず、翔の腕を取って引っ張り上げた。

「ねぇ、翔! お願い、お母さんの元に、行ってあげて!!」

 声を荒げると、京ちゃんの全身がビクッと揺れて翔から離れ、怯えたような、それでいて憎しむような目で、私を見つめた。そんな彼女の視線に戸惑いながらも、翔に向かって訴えた。

「きっとお母さん、心配してるよ。何があったんだろう、って不安になってるよ!」

 ギュッと腕に力を込めると翔が立ち上がり、暗い瞳が私を映し出した。

「お前は。美輝は、俺がいなくなっても不安にならないのかよ?」

 私の心の奥まで見透かすようなその視線に、喉をグッと押し潰される。

「わた、しは寂しい、けど、でも、仕方ないよ」
「だったらお前はなんでここに残るんだよ!!」

 翔が苛立ちを露わにする。

「それ、は……私の、お母さんは仕事、が忙しくて、お父さん、もいない、し……京ちゃんの、ことも心配、だし」

 だんだん声が小さくなっていく。翔に、最大の理由を話せないことが、私の罪悪感を大きくする。

「お前、ほんとに俺のこと好きなのかよ!? なんで俺たち付き合ってんだよ!!」

 顔を真っ赤にして叫ぶ翔に、私は俯くしかなかった。

「何やってんだ、吉田。お母さん、ずっと待ってるぞ」

 その声に顔を上げると、こうくんが私と翔の間に立っていた。まるで、私を庇うように。昔から、光くんは私の味方だった。いつでも私を守ってくれていた。

 もう、私のことは好きじゃないと言った癖に、いつだって光くんは中途半端な優しさで私を傷つける。だから私は、光くんのことをいつまでたっても嫌いになれない。

「分かったよ。行きゃー、いいんだろ」

 翔が光くんを睨み上げ、フイと顔を逸らした。

 こんな風に、喧嘩なんてしたくなかったのに。

 去っていく翔の背中を悲しく見つめていると、光くんが憂いのある眼差しで私を諭す。

「見送ってやらないのか? 彼氏、なんだろ」

 ほら、また。
 優しくしたと思ったら、冷たく突き放す。

 傷ついた瞳で見上げると、フイと視線を逸らされた。ズクッとした痛みを覚えつつ、光くんを無視し、京ちゃんに声を掛けた。

「京ちゃん、行こ」
「う、ん」

 京ちゃんは静かに立ち上がると、私をおずおずと見上げた。

「ミッキー、あの」
「翔が、行っちゃうよ」
「うん」

 京ちゃんは、私にどんな言い訳をするつもりなんだろう。気になりながらも、今は去っていく翔にお別れの言葉を掛けるのが先決だ。

 講堂を見渡すと、健一はまた片隅に置かれたマットの上に小さくなって座っていた。呼びかけなければと思いつつも、心が疲弊してきていて、もうそんな気力がなかった。既に周りにはポツポツとしか生徒が残っていなくて、先生たちは固まって輪になり、何か話し合っていた。

 これから、どうなるのだろう。そんな不安が沸き立ってくる。
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