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Dear 赤い薔薇と白い薔薇を貴方に
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Dear 『 』
花の色が美しい季節になりました。
雲ひとつない天気の中、庭に咲き誇る薔薇の花に囲まれて、今この手紙を書き綴ってます。
お元気ですか?
貴方は現在、何をしてますか?
この薔薇を見ると貴方と出会った頃を思い出します。幼い頃、貴方はよく私に沢山のお話をしてくれましたね。半分以上が貴方の趣味話でしたけど、そんな話をいつも楽しく聞いて、そして生き甲斐にして日々を生きておりました。
私は籠の中の鳥。
あぁ、一度でも良いから貴方――――
「おいカルティア! さっさと支度しろ!!」
屋敷の二階の窓から私を怒鳴るのは、この屋敷の主人であるビルア・ゲーティス。彼の声が私の耳に入ると、美しい空や薔薇の花の色が褪せていく。
気付けば、いつもの灰色の世界に私は迷い込んでいた。
「おい聞いてるのか、カルティア!!」
彼は横暴であらゆるモノを金で手に入れていた。地位や名誉、そして私ですらも。
「はい。かしこまりました」
「ったく、今日は母上と父上に会うんだ。くれぐれも無礼のないよう」
「……はい」
「ちっ、態度以外は良い女なんだがな。高い金を払ったんだ、もっと我に尽くせ!」
そう吐き捨てると勢いよく窓を閉めた。
彼の乱暴さは一躍有名だ。気に入らない奴がいれば金の力で懲らしめて、事件を起こせば金の力で隠蔽する。
金がものを言う時代で、ゲーティスは優位に立っている。そのため誰も彼に反抗することができない。
私は感情を心の奥にしまい、書き綴っていた手紙をクシャクシャに丸めて地面に投げ捨てた。この庭はいつもメイドが掃除をしてくれるため、捨てた手紙は回収してくれるのだ。私に同情しているからなのか、ゲーティスにはその手紙の事は秘密にしてくれている。
相手に届くことのない手紙。
私は毎日、書いては捨てて書いは捨ててを繰り返している。完成しても届かない、だから私はその手紙を完成させない。
だって完成してしまったら虚しいじゃない。未完成のままの方が、手紙を書くための明日が楽しみに迎えられる。
それが私の生き甲斐だから。
◆
「お嬢様、御食事は……」
「今は食欲が無いの。後でもらえるかしら、ごめんなさい」
「………」
薔薇が咲き誇る庭に置いてある丸テーブル、私はいつもそこで呆けていた。今の時間での食事はゲーティスと一緒に取ることになる。だから毎度時間をずらしてもらっているのだ。
またいつもと同じ日々、の筈が今日は少しいつもと違う。メイドが返事を返さずにただ黙り込んで立っている。
「どうしたの?」
「御嬢様。私はずっと御嬢様を見てきました。御嬢様は齢まだ二十と四年。人生これからという歳に、貴方の背負う重荷は見るに耐えません」
「でも、これが私の運命なのです。神が与えた運命、それを逆らおうにも……やはり私じゃどうする事もできない」
そう、どうする事もできないのだ。
助けを求めるにしても誰に?
このメイドが助けてくれるとでも?
執事やメイド、様々な人に同情はしてもらえても、助けてはくれない。
「御嬢様、一つお聞きしたい事がございます」
「なんですか?」
「いつも手紙を書いてらっしゃいますね。ご主人様ではない誰かに」
「えぇ。それは昔の知人です」
「知人……ですか」
幼い頃から一緒に育った一人の少年。
彼との思い出は二十年経った今でも鮮明に憶えている。私は薔薇の花一輪を毟り取り、鼻に近づけた。
「彼は薔薇が好きだったの。いつも私に会う度、薔薇の花をプレゼントしてくれた。優しくて温かくて、私は彼を愛してた。この先ずっと一緒にいるものだと思っていた」
だけど私はある日、両親に捨てられた。
顔とスタイルが良い、たったそれだけで大金になると知った両親は奴隷市場に私を売ったのだ。
「ふふ、ごめんなさいね。話し相手がいなかったもんだからつい。いつも手紙を捨ててくれてありがとう」
「……御嬢様、失礼ですが私は御嬢様の書いた手紙を捨てたことはありませんよ?」
「何を言ってるの。いつも地面に落ちている丸めた手紙を捨ててくれてるじゃない」
外へ出掛けて戻ってくる頃には庭に捨てたはずの手紙はどこにも見当たらない。誰かが捨てる以外あり得ないのだから。
だけど、メイドは捨ててないと否定する。
と同時にメイドはハッと何かに気付いて、笑みを浮かべながらこう言った。
「てっきり御嬢様が指示していたのだと思ってました」
「指示? 何を言ってるの?」
「そろそろですかね。御嬢様、空をご覧ください」
私は言われるがまま空を見上げる。
広大な青いキャンパスで動く白い雲は、くっついては離れを繰り返し、ゆっくりと遠くへ流れていく。今日も良い天気だ、と暢気に考えていると、私の頭上を猛スピードで何かが横切る。
「今のは……鳥?」
「毎日この薔薇を盗みに来る盗人さんです。あの辺をご覧ください」
メイドが指差す方向に影が動いたのを感じ、私は恐る恐るそこへ近付いた。身構えながらヒョイと首を伸ばして見てみると、そこには可愛らしく首を傾げるフクロウがいた。
「いつも薔薇の花と何かを咥えて飛び去るんですけど、御嬢様の手紙を咥えていたのですね」
「…ぁあ………あぁ」
私は知っている。
このフクロウを知っているのだ。
幼い頃から一緒に育った彼の家族。
忘れもしない、私の大切な友人だ。
「こふぅーこふぅ」
このフクロウは私を覚えているのか、手を差し出すと顔をスリスリと擦り付けてきた。
やはり、彼のフクロウだ。
「さすが御嬢様。誰かが近付くといつも逃げてしまうのに……御嬢様?」
「うっ……ひっく……あぁ私ったら嫌だわ。泣かないって決めたのに」
このフクロウを見て、閉じ込めていた思い出の扉が開いてしまった。まるで地下深くに眠る水が噴水のように地上へ噴き出している感覚。溢れ出てくる涙を私は止めることができない。
「こふっ」
「御嬢様、フクロウに何かを付いてませんか?」
「え?」
確かにフクロウの首元に小瓶が付けられていた。私はそれを手に取ると、中には小さな手紙が入っていた。
Dear カルティア
君はどうしたい?
たった一言だけ、手紙にそう書いてあった。それを見た瞬間、私はテーブルに戻って薔薇の植木鉢の隅に隠した紙とペンを握り、想いの内を書き綴った。
Deat フィルトン
私はもう一度、貴方に会いたい。
貴方と一緒に生きていきたい。
一緒に食事をして、一緒に旅をして、一緒に苦労して、一緒に老いていきた。
て。
だからフィルトン……私 助
を け
涙で紙が滲みながらも私は素直な気持ちを書き、手紙を小瓶に入れて再びフクロウに付けた。
「お願いこれをフィルトンの元まで届けて」
「こふっー」
フクロウがそう鳴いた後、羽を広げ青空に羽ばたいて行った。
私はただフクロウに願いを祈り続けた。
◆
「それでそれで?」
「その後ね、夜中にパパが窓をドーンっと突き破って私を助けてくれたの!」
「うわぁ……パパ、かっこいい!!」
父に熱い眼差しを送る娘に照れ臭そうにしている夫、フィルトン。
「なぁもうこの話はやめよう、カルティア」
「いいじゃない、いいじゃない! 誰かに話したくて仕方が無いのよ」
「もう数年前の話だろ」
「あー、パパ照れてる?」
「そっか、パパ照れてるんだぁー」
「そ、外の空気吸ってくる!!」
森に囲まれた田舎にある木造の住宅。
そこで私達三人で暮らしている。
フィルトンは脚本家という職に就き、私もその手伝いをしている。収入はそれほど多くはないが、生活に不便は感じていない。
「パパ」
「カルティア。リナは?」
「今はコバルトのお墓にお花を置きに言ってる」
コバルトは私達を繋げてくれたフクロウの名だ。
「コバルトには沢山の恩があるわ」
「そうだな。俺達の我儘によくついてきてくれた。一緒に旅もしたし、リナの遊び相手にもなってくれたもんな」
「うん」
私達は目の前に広がる自然を眺めながら当時の事を思い出す。偶然が重なり奇跡となって、私は今ここにいる。
「さてと、俺達も行くか」
「そうね」
家の庭に綺麗に咲き誇る赤い薔薇と白い薔薇。私達は一輪ずつ持って、コバルトの墓へ向かった。
Dearコバルト。
貴方に赤い薔薇と白い薔薇を。
花の色が美しい季節になりました。
雲ひとつない天気の中、庭に咲き誇る薔薇の花に囲まれて、今この手紙を書き綴ってます。
お元気ですか?
貴方は現在、何をしてますか?
この薔薇を見ると貴方と出会った頃を思い出します。幼い頃、貴方はよく私に沢山のお話をしてくれましたね。半分以上が貴方の趣味話でしたけど、そんな話をいつも楽しく聞いて、そして生き甲斐にして日々を生きておりました。
私は籠の中の鳥。
あぁ、一度でも良いから貴方――――
「おいカルティア! さっさと支度しろ!!」
屋敷の二階の窓から私を怒鳴るのは、この屋敷の主人であるビルア・ゲーティス。彼の声が私の耳に入ると、美しい空や薔薇の花の色が褪せていく。
気付けば、いつもの灰色の世界に私は迷い込んでいた。
「おい聞いてるのか、カルティア!!」
彼は横暴であらゆるモノを金で手に入れていた。地位や名誉、そして私ですらも。
「はい。かしこまりました」
「ったく、今日は母上と父上に会うんだ。くれぐれも無礼のないよう」
「……はい」
「ちっ、態度以外は良い女なんだがな。高い金を払ったんだ、もっと我に尽くせ!」
そう吐き捨てると勢いよく窓を閉めた。
彼の乱暴さは一躍有名だ。気に入らない奴がいれば金の力で懲らしめて、事件を起こせば金の力で隠蔽する。
金がものを言う時代で、ゲーティスは優位に立っている。そのため誰も彼に反抗することができない。
私は感情を心の奥にしまい、書き綴っていた手紙をクシャクシャに丸めて地面に投げ捨てた。この庭はいつもメイドが掃除をしてくれるため、捨てた手紙は回収してくれるのだ。私に同情しているからなのか、ゲーティスにはその手紙の事は秘密にしてくれている。
相手に届くことのない手紙。
私は毎日、書いては捨てて書いは捨ててを繰り返している。完成しても届かない、だから私はその手紙を完成させない。
だって完成してしまったら虚しいじゃない。未完成のままの方が、手紙を書くための明日が楽しみに迎えられる。
それが私の生き甲斐だから。
◆
「お嬢様、御食事は……」
「今は食欲が無いの。後でもらえるかしら、ごめんなさい」
「………」
薔薇が咲き誇る庭に置いてある丸テーブル、私はいつもそこで呆けていた。今の時間での食事はゲーティスと一緒に取ることになる。だから毎度時間をずらしてもらっているのだ。
またいつもと同じ日々、の筈が今日は少しいつもと違う。メイドが返事を返さずにただ黙り込んで立っている。
「どうしたの?」
「御嬢様。私はずっと御嬢様を見てきました。御嬢様は齢まだ二十と四年。人生これからという歳に、貴方の背負う重荷は見るに耐えません」
「でも、これが私の運命なのです。神が与えた運命、それを逆らおうにも……やはり私じゃどうする事もできない」
そう、どうする事もできないのだ。
助けを求めるにしても誰に?
このメイドが助けてくれるとでも?
執事やメイド、様々な人に同情はしてもらえても、助けてはくれない。
「御嬢様、一つお聞きしたい事がございます」
「なんですか?」
「いつも手紙を書いてらっしゃいますね。ご主人様ではない誰かに」
「えぇ。それは昔の知人です」
「知人……ですか」
幼い頃から一緒に育った一人の少年。
彼との思い出は二十年経った今でも鮮明に憶えている。私は薔薇の花一輪を毟り取り、鼻に近づけた。
「彼は薔薇が好きだったの。いつも私に会う度、薔薇の花をプレゼントしてくれた。優しくて温かくて、私は彼を愛してた。この先ずっと一緒にいるものだと思っていた」
だけど私はある日、両親に捨てられた。
顔とスタイルが良い、たったそれだけで大金になると知った両親は奴隷市場に私を売ったのだ。
「ふふ、ごめんなさいね。話し相手がいなかったもんだからつい。いつも手紙を捨ててくれてありがとう」
「……御嬢様、失礼ですが私は御嬢様の書いた手紙を捨てたことはありませんよ?」
「何を言ってるの。いつも地面に落ちている丸めた手紙を捨ててくれてるじゃない」
外へ出掛けて戻ってくる頃には庭に捨てたはずの手紙はどこにも見当たらない。誰かが捨てる以外あり得ないのだから。
だけど、メイドは捨ててないと否定する。
と同時にメイドはハッと何かに気付いて、笑みを浮かべながらこう言った。
「てっきり御嬢様が指示していたのだと思ってました」
「指示? 何を言ってるの?」
「そろそろですかね。御嬢様、空をご覧ください」
私は言われるがまま空を見上げる。
広大な青いキャンパスで動く白い雲は、くっついては離れを繰り返し、ゆっくりと遠くへ流れていく。今日も良い天気だ、と暢気に考えていると、私の頭上を猛スピードで何かが横切る。
「今のは……鳥?」
「毎日この薔薇を盗みに来る盗人さんです。あの辺をご覧ください」
メイドが指差す方向に影が動いたのを感じ、私は恐る恐るそこへ近付いた。身構えながらヒョイと首を伸ばして見てみると、そこには可愛らしく首を傾げるフクロウがいた。
「いつも薔薇の花と何かを咥えて飛び去るんですけど、御嬢様の手紙を咥えていたのですね」
「…ぁあ………あぁ」
私は知っている。
このフクロウを知っているのだ。
幼い頃から一緒に育った彼の家族。
忘れもしない、私の大切な友人だ。
「こふぅーこふぅ」
このフクロウは私を覚えているのか、手を差し出すと顔をスリスリと擦り付けてきた。
やはり、彼のフクロウだ。
「さすが御嬢様。誰かが近付くといつも逃げてしまうのに……御嬢様?」
「うっ……ひっく……あぁ私ったら嫌だわ。泣かないって決めたのに」
このフクロウを見て、閉じ込めていた思い出の扉が開いてしまった。まるで地下深くに眠る水が噴水のように地上へ噴き出している感覚。溢れ出てくる涙を私は止めることができない。
「こふっ」
「御嬢様、フクロウに何かを付いてませんか?」
「え?」
確かにフクロウの首元に小瓶が付けられていた。私はそれを手に取ると、中には小さな手紙が入っていた。
Dear カルティア
君はどうしたい?
たった一言だけ、手紙にそう書いてあった。それを見た瞬間、私はテーブルに戻って薔薇の植木鉢の隅に隠した紙とペンを握り、想いの内を書き綴った。
Deat フィルトン
私はもう一度、貴方に会いたい。
貴方と一緒に生きていきたい。
一緒に食事をして、一緒に旅をして、一緒に苦労して、一緒に老いていきた。
て。
だからフィルトン……私 助
を け
涙で紙が滲みながらも私は素直な気持ちを書き、手紙を小瓶に入れて再びフクロウに付けた。
「お願いこれをフィルトンの元まで届けて」
「こふっー」
フクロウがそう鳴いた後、羽を広げ青空に羽ばたいて行った。
私はただフクロウに願いを祈り続けた。
◆
「それでそれで?」
「その後ね、夜中にパパが窓をドーンっと突き破って私を助けてくれたの!」
「うわぁ……パパ、かっこいい!!」
父に熱い眼差しを送る娘に照れ臭そうにしている夫、フィルトン。
「なぁもうこの話はやめよう、カルティア」
「いいじゃない、いいじゃない! 誰かに話したくて仕方が無いのよ」
「もう数年前の話だろ」
「あー、パパ照れてる?」
「そっか、パパ照れてるんだぁー」
「そ、外の空気吸ってくる!!」
森に囲まれた田舎にある木造の住宅。
そこで私達三人で暮らしている。
フィルトンは脚本家という職に就き、私もその手伝いをしている。収入はそれほど多くはないが、生活に不便は感じていない。
「パパ」
「カルティア。リナは?」
「今はコバルトのお墓にお花を置きに言ってる」
コバルトは私達を繋げてくれたフクロウの名だ。
「コバルトには沢山の恩があるわ」
「そうだな。俺達の我儘によくついてきてくれた。一緒に旅もしたし、リナの遊び相手にもなってくれたもんな」
「うん」
私達は目の前に広がる自然を眺めながら当時の事を思い出す。偶然が重なり奇跡となって、私は今ここにいる。
「さてと、俺達も行くか」
「そうね」
家の庭に綺麗に咲き誇る赤い薔薇と白い薔薇。私達は一輪ずつ持って、コバルトの墓へ向かった。
Dearコバルト。
貴方に赤い薔薇と白い薔薇を。
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